BREAK SOLE

彼らは、突然空から現れた。

そう。
彼らは僕達が宇宙人と呼んで、長年コンタクトを計ろうとしていた相手だ。

僕達は彼らと敵対するつもりなど、なかった。
いや、少なくとも、僕達日本人は、だ。

武力政治の好きな、どこかの大統領が早まって彼らに攻撃を仕掛けたりしなければ。
こんな未来には、ならずに済んだかもしれない。
でも、もう遅いんだ。
後悔したところで、彼らに攻撃を仕掛けてしまったという事実は消えない。

彼らは――宇宙人達は、当然のことながら怒り、反撃に出た。
地球の防衛軍など、まるで役に立たなかった。
まるで紙くずを、上からクシャクシャッと踏みつぶすように、あっけなくやられていって。
なんだ、これなら最初から抵抗しないで降伏すれば良かったんだって。

きっと、誰もが思っただろうね。
あの野蛮な大統領でさえも。

とにかく、つまらない勘違いから始まった戦いのせいで。
僕達の星は壊滅寸前まで追い込まれた。

明日は僕の卒業した学校、有雅致中学の同窓会が開かれる。
猿山からメールが来てたんだ。同窓会のお知らせ。
中学があった跡地で開きたいから、是非お越し下さいってさ。
世界が破滅するかもしれないってのに、暢気な奴だと思うだろう?
僕も、そう思う。
でも明日の予定も特にないし、行ってみようかと思ってる。

学校が瓦礫の山となって海底へ沈む寸前、僕は中学を卒業した。
あれからもう、一年も経つのか……
みんなは元気かな?
テントの中をゴソゴソして、僕は卒業文集を手元に探り当てる。
最後のページを開くと、将来の夢を書いた寄せ書きが目に入った。

『将来は保母さんになりたいです』

これは、大豪寺の文字だな。優しい彼女らしい望みだ。
今となっては、叶うこともない願いだけど。

僕にも夢があった。高校に入って、大学を出て、教師になる夢だ。
でも、今となっては、もうそれも叶わない。

ないのは、明日の予定だけじゃない。
明後日だって、明明後日だって、来年の見通しも予定なんて、できない。
こんな世の中じゃぁな。

「晃、まだ起きてるの?電気消すわよ、いいわね?」
おっと、母さんだ。僕は卒業文集を閉じて、布団に寝転がる。
「いいよ。もう日記も書き終わったし」
ここも何時、襲撃されるか判らないしな。
電気を明々とつけっぱなしにしているのは危険だ。
僕は今、難民キャンプで暮らしている。
空襲があった日、僕と母と妹は命からがら逃げてきた。
父は途中で行方不明になり、今も消息が判らない。
我が家は沈没区域に入っていて、海の底へと沈んでしまった。
こんな状態では高校はおろか、大学にだって行けやしない。
僕の夢は、志半ばにして終わってしまった。
もう、どうにでもなれだ。
明日は同窓会へ行こう。
皆の様子も知りたいし。



∽1∽ 同窓会


「えー。では、これより有雅致中学第77回卒業生による同窓会を開催しまーっす!」
海岸線沿いに、場違いなほどの歓声と拍手が響き渡る。
「ご声援ありがとうございます、ご静聴ありがとうございます」
人の輪に囲まれてペコペコ頭を下げているのは、猿山突兵。
この同窓会を企画した、元クラスメートの一人だ。
有雅致中学跡地――といったところで、学舎は既にない。
空からの襲撃で瓦礫の山となったあげく、今は海の底に沈んでしまっている。
彼らが集まっているのは、学舎が沈む海岸線沿いの道路。
道路といっても交通の便が完全に麻痺してしまった今は、車一つも通りはしない。
閑散とした場所で、皆、思い思いに座り込んでいる。
ご馳走も余興もない。そんな同窓会であった。
「で、猿山ぁ。同窓会って、何やるの?」
一人が司会の猿山に声をかける、と、彼はチッチと指を振った。
「何やるのって、決まってんだろ。まずは各々の近状報告から始めねぇとな」
「近状報告?」とオウム返しに横田秋子が聞き返せば、猿山は片目を瞑って答えた。
「そっ。近状報告。あれから一年経ってるんだぜ?皆、どういう生活してるんだよ」
「どうって……避難生活に決まってるじゃん」
「そりゃ大前提。そのうえで、何があったか、とか色々話すこともあるだろ」
「じゃあ最初に」
ずり落ちかけたメガネを指で押さえ、桜井瞳が立ち上がる。
「猿山の近状から報告してみてよ。あんた、岡山に逃げたんだっけ?」
猿山が頷く。
「まぁな」
岡山県……いや、岡山県があった場所といった方が正しいか。
今の日本は、地図通りの形を成していない。
なにしろ陸地の大部分が、最初の空襲で海底に沈められたのだ。
「岡山はいいぜ〜。人の心が温かくてよ!」
猿山が自慢げに語れば、あちこちから反論が起きる。
「それなら、あたしの処だって!」
殆どの者が住み慣れた家を追われ、難民生活をしていた。
人が寄り添い合って住む場所では、心も自然と温かくなる。
どこも住めば都だろう。
物資的な問題は、とりあえず置いておくとして。

今、ここにだって人の心はある。
暖かい、人の心が。
みんな一年前と全く変わっていない。
優しくて、暖かい人達。

大豪寺春名は、安堵の溜息をつく。
「大豪寺は、今どこに住んでんだ?家族と一緒に東京か?」
不意に話を振られ、顔を上げた。
彼女が答えるよりも先に、間髪入れず、隣の秋子が猿山にツッコミを入れた。
「バカねぇ。東京はないでしょ、もう」
東京は真っ先に沈められた。
春名の両親を海の底へと飲み込んで。
単身赴任で東京へ赴いていた父。
そして父と共に東京へ出ていった母。
春名は祖母と広島に残っていた為、命を救われた。
祖母の家は、沈没区域から外れた場所に建っていたから。
それは喜ぶべきか、それとも悲しむべきなのか。
春名には判らなかった。
父も母も、口うるさい人達だった。
出世とお金だけが第一だと思ってるような、冷たい両親だった。
別居している間は、単身赴任してくれて良かったとさえ思っていたのに……
「あ。ゴメン、そんなつもりじゃなかったんだ」
いつの間にか泣いてしまったようだ。
目元に浮かんでいた涙を拭うと、春名は猿山に微笑みかけた。
「大丈夫。もう一年も経つんだもの、しっかりしなきゃ」
「そっか。そうだよな。もう一年経ったんだもんな」
何とはなしに、猿山が空を見上げる。
つられて皆も空を見上げ――


「あっ」


誰かが、叫んだ。


 

――まずいな。
Cソルの高度が落ちてきている。
このままでは、地上に突っ込むぞ。
彼は身を捻るようにして、後部に座る博士へ助言を求めた。
「Cソル、高度が落ちています!このままでは墜落する可能性もあります」
続いて、ここは何処だろうとレーダーに目をやる。
日本か。
日本の、確か広島という県があった場所だ。
随分遠くまで引っ張ってこられてしまったものだ。
最初に奴らと接触したのは、オーストラリア上空だったというのに。

広島の遥か上空に、彼らは居た。
かたや飛行艇に乗り込んで、かたや生身で空を飛んで。
飛行艇の周囲を守るように三つの戦闘機も空を舞っている。
戦闘機は、生身で空を飛ぶ物体と戦っていた。
物体とは――言うまでもない、宇宙から現れた外敵だ。
一般名称は『宇宙人』。
兵器を意のままに操り、空を自由に飛び、鉄をも切り裂く。
武器を作るのもやっとな地球人にとって、彼らは脅威の存在であった。
その宇宙人と戦っている戦闘機に乗り込む彼らもまた、一般人からは遠い存在である。
宇宙からの奇襲を遥か前から予期して、この日の為に戦闘訓練を重ねてきた。
といって、軍人というわけでもない。
どこの国にも所属しない。
彼らは一つの私設団体なのだ。
彼らは『アストロ・ソール』と名乗り、宇宙人と戦うと各国のトップクラスに宣言する。
どこの国の首相にとっても、衝撃的な存在となった。
彼らこそが地球を救ってくれる英雄となるのではないか、という期待と共に。


耳元でガンガンがなりたてる声が聞こえる。
『Cソル、聞こえるか!? 高度が落ちている、立て直しは可能か!?』
この声は、飛行艇にてセンサーを担当するスタッフだ。
敵の場所を探知してくれる時には便利だが、苦戦している時の通信は耳障りでしかない。
「うっるせェなぁ、聞こえてるよ!」
負けじとインカムへ怒鳴り返すと、ピートは正面モニターを睨みつけた。
敵は挑発するかのように、ふよふよと宙を舞っている。
敵――外宇宙から現れた宇宙人、と博士達からは聞かされている。
奴らと戦う為に、ピートは選ばれたのだ。
血反吐にまみれた特訓を経て、ようやくパイロット候補生の座を手に入れた。
候補生はピートの他にも多々いたが、試験を通過するうちに三人にまで減った。

ブルー=クレイ。
ヨーコ=パリエット。
そしてピート=クロニクル。

この三人が、ソルと呼ばれる戦闘機のパイロットとして選ばれた。
ピートが乗っているのはC型機、通称『Cソル』だ。
先ほど敵にエンジンをやられ、高度が落ちてきている。
このまま地上に落下すれば、いかな強度を誇る戦闘機とはいえ無傷では済むまい。
何より壊したら博士達に怒られる。
そちらのほうがピートにとっては頭の痛い話だった。

『ちょっと!Cソル高度が下がってるわよ!?あいつ、地面に落ちる気なのかしらッ』
ヨーコも馬鹿なことを言う。
好きこのんで地面に激突したがる奴など、この世にいるわけがないだろう。
恐らくはエンジンに被弾したのだ。
先ほどの光線を避けきれなくて。
なおもキンキン声で騒ぐヨーコの通信を一方的に切ると、クレイは操縦パネルへ念を送る。

戦闘機・ソル。

この機体は、普通の戦闘機のように操縦桿で動かせるシロモノではない。
コクピットには操縦席の他に、正面に据え付けられたモニターと足元のパネルのみ。
この、足元にあるパネルこそが操縦桿の代わりであった。
精神を集中させ、戦うイメージを念に込め、パネルへと送る。
口で言うのは簡単だが、やってみると一筋縄ではいかない。
たぶん、普通の人では動かすことすら、ままならないと思う。
パイロットの素質があり、博士達の特訓を成し遂げた者だけが操縦できる機体なのだ。
クレイとヨーコ、そしてピートの三人は過酷な特訓をクリアした。
しかし選ばれた戦士、その戦士たるはずのピートが苦戦している。
ピートを助けねば。
せめて落下ではなく不時着させるようにしなければ、後の戦闘にも響いてしまう。
なにしろ”敵”はソル三体でかかっても、やっと互角に戦える相手なのだから――!


「何だあれ!炭団か?炭団じゃないよなっ!?」
「炭団って何だよ!っていうか、あれ、落ちてきてないか!?こっちに!」
上空で戦うマメツブみたいな物は、今や肉眼でもハッキリ見える位置まで降りてきていた。
一つは金色に輝く雲のような存在。
そいつを囲むようにしてるのは、似たようなフォルムの三体。
色は赤と黄色と青。
丸っこくてユーモラスな形だが、空を飛んでいる処を見る限り、あれでも戦闘機なのだろう。
そして三体から少し離れた場所を、小さな飛行艇が飛んでいる。
「飛行艇と三体の戦闘機は仲間じゃないか?」
クラス一の秀才だった秋生晃が言うのに皆も頷いた。
とすれば――金色に輝くアレは一体?

決まってるじゃないか!
宇宙人だ!!

「がっ……がんばれーっ!軍隊がんばれーっ!!」
誰も彼もが自分でも知らないうちに、そんな声援を空へ向けて送っていた。
晃も、秋子も瞳も猿山も。
春名も声を大にして、割れんばかりの大声を送る。
だが三体のうちの一体、黄色い機体からは、ぼうっと火が吹いた。
声援が届かなかったのか?
いや、彼らがエールを送るよりも前から、あの機体は負傷していたようだ。
「お……落ちてくるぞ!みんな、離れるんだッ!!ここからッ!」
ゆっくりと、スローモーで、三つのうちの一つが落ちてくる。
春名達のいる、この道路の上に。
皆、慌てて散り散りに、思い思いの方向へ走り出した。
慌てているので、ちゃんと走れているのかどうかも、もどかしい。
アスファルトのはずなのに足がもつれる。前に進めない。
逃げる春名の視界に赤い物がちらっとよぎり、彼女は思わず空を見上げる。
墜落してくる黄色の機体を、空にいた赤い機体が追いかけてきていた。

――黄色の機体を、助けようとしているんだ――

直感的に春名は、そう思った。
だから逃げながらも、大声で叫んだ。
「頑張って!!最後まで、諦めちゃ駄目ェッ!」
アスファルトに激突する轟音の中で、彼女の応援は赤い機体に届いたかどうか。

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