BREAK SOLE

∽29∽ 選択


夜の七時を回った頃だっただろうか、館内に放送が流れたのは。
『Q博士より緊急の呼び出しです。至急、会議室まで集合して下さい』
名前を呼ばれたのは、以下の六名であった。

有田真喜子。
有吉澄子。
ジョン=エルスラー。
一文字刀。
シュミッド=シュリッター。
大豪寺春名。

廊下を慌ただしく走っているうちに、シュミッドは小柄な背中に追いついた。
ポンと肩を叩くと、黒髪の女性が振り向く。
「よッ、カタナ。お前も呼び出しだって?」
カタナと呼ばれた女性は頷いた。
「えぇ、そのようです」
心なしか落ち着かない様子なのは、彼女にも呼び出しの理由が判らないせいだろう。
一文字刀。
男のように髪は短く胸も平らで、まるっきり男に見えるが、れっきとした女性である。
「なんだろな。呼び出し食らう理由なんて思いつかねーんだけど、俺」
天井を見上げ、シュミッドは考えた。
最近は規約違反もしていないし、メシの時間にも間に合うよう気を遣っている。
口うるさいパイロット、ヨーコの注文にも逐一応えてやっている。
何も文句を言われる点は、ないはずだが……
「えぇ。最近はシュミッドさん、ルール違反もしてませんしね」
「えっ?俺の違反って、そんなに有名なのか!?」
カタナはクスクス笑いながら、頷いた。
「有名ですよ。就寝時刻を過ぎても女性の部屋へ入り浸っていたという伝説は」
シュミッドは整備班、一文字は救護班を担当している。
部署の違う人間にまで自分の噂が広まっていたのか、とシュミッドは頭を抱えた。
もっと、精進しなければいけないようだ。
「……助スタッフの子達も呼ばれていたようですね。何かの特命では?」
不意にカタナが話題を変え、ひそひそと囁く。
特命?と聞き返せば、彼女は頷き、自身の予想をシュミッドに打ち明けた。
「昨夜以降、博士達の様子がおかしいんです。作戦の変更があるかもしれませんね」
「昨夜……か。そういやカタナ、お前今日、あいつ見たか?」
「ブルーですか?いいえ、見かけておりません」
あいつといっただけで誰だか判るあたり、カタナも昨夜の事件は気にしていたようだ。
まぁ、それもそうか。
ブルー=クレイは、パイロット勢の中で一番大人しく従順で扱いやすい人物だ。
それが乱心したとあっては、誰もが不安となり心配もしようというもの。
「整備班以外にも、彼らに同行させるメンバーを増やすのではないでしょうか」
「それで、お前と俺が?だけどよ、それなら何で助スタッフまで呼ぶ必要があるんだ?」
「それは……」
判りません、と首を振る彼女を急かして、シュミッドは会議室へ急いだ。
結局のところ、博士に直接聞いた方が早そうだったので。

カタナとシュミッドが戸を開けた直後、穏やかな否定が中から聞こえてきた。
「申し訳ございませんが、辞退させていただきますわ」
声の主は真喜子であった。
穏やかに微笑んでいるが、口調には有無を言わせぬ強い意志が見え隠れしている。
部屋にいるのは、博士とパイロット達。
それから招集された有吉とジョンの姿も見える。春名は、まだ到着していないようだ。
ピートはがっくりと肩を落とし、横からヨーコに馬鹿にされていた。
噂の人、クレイもいた。
額には、ぐるぐると包帯が巻き付けられている。
ピートの様子にも真喜子の言葉にも無反応で、話を聞いているのかいないのか。
「そうか、では仕方ないの。ピートも納得するように」
穏やかにQ博士から諭され、ピートは舌打ちしつつ頷く。
「……チェッ。マキコおねーさまも、スミコおねーさまも酷いよ〜」
有吉にも何かを頼み、二人に揃って断られた後ということか。
真喜子は苦笑し、有吉は「ごめんなさいね」と、悪いと思っていなさそうな微笑を浮かべた。
「シュミッド=シュリッター、一文字刀、入ります」
ドアをノックしてからシュミッド、そしてカタナも中へ入る。
「おぉ、ご苦労様。待っておったぞ」
Q博士に促され、部屋の中央まで来た。
入れ違い気味に、真喜子と有吉が会釈して部屋から出て行く。
「……彼女たちは、一体?」
カタナが尋ねるのを制し、T博士は用件を切り出す。
「ジョン、シュミッド、カタナ。お前達には、ヨーコのパートナーとなってもらう」
「え!?」
シュミッドとカタナの驚きは綺麗にハモり、カタナが動揺しまくった表情で尋ね返した。
「パ、パートナーですか?それって、以前お話されていた戦闘のパートナーッ!?」
「そうじゃ。パイロットの目となる重要な役目じゃよ」
戦闘パートナーの話なら、スタッフの面々も知っている。
以前、そのような話が出たのだ。全員が集まったミーティングの際に。
基地の守りが手薄になるという理由で、計画は中止となったはずだが……
シュミッドが指摘すると、R博士が答える。
「守りの件は一応解決したのでな。ミクが作った疑似フィールドを出入り口周辺に張っておく。ここいらを調べている何者かの目も、当分はごまかしておけるじゃろう」
「疑似フィールド?あぁ、海底用の迷彩フィルターが完成したんですか」
チビッ子オペレーターの一人、ミクが毎晩徹夜で設計図を書いていたのを思い出す。
彼女曰く隠れ蓑だそうで、海底と同じ模様のフィルターを作成しているのだとか。
「偽装の瓦礫を押しのけられても、当分はしのげそうですか?」
シュミッドが聞くと、R博士は難しい顔をした。
「まぁな。奴らが妙な新兵器でも持っていない限りは」
その言葉に、ハッとした様子でカタナも尋ねる。
「……まさか!博士は、嗅ぎ回ってる連中が宇宙人の手先だと?」
「断言はできん」
一応首を振りつつも、やはりR博士は浮かない顔のままだった。
「うろついていたのは日本人という報告だからな。政府の連中かもしれん」
しかし、と続けて言う。
「万が一ということもある。三人のいない間は、節電モードでいくしかなかろう」
戦艦急製造中だというのに節電?またしても、戦艦の完成は先延ばしになりそうだ。
「それで博士。戦闘パートナーというのは三人全員、強制ですか?」
ジョンが尋ねた途端、ヨーコに怒鳴られる。
「強制って何よ!あんたまさか、嫌だって言うつもりじゃないでしょうね?」
「あっ!いやぁ、そうじゃなくってだな」
これには慌てて、ジョンも言い繕った。
「一人で充分だと思うのに、何故三人も呼ばれたのかと聞きたくて」
「第三希望まで出されたので、三人とも呼んだまでじゃ。なるのは、そのうちの一人だけじゃよ」と、答えたのはQ博士。
「第三希望……はは、ヨーコらしいですね」
お愛想で微笑んではみたが、カタナは胃がキリキリと痛み出してきた。
自分は一体、第何希望だったんだろう。
そもそも、自分がヨーコに選ばれる理由とは何だ。
Bソルの整備を手伝っているシュミッドや訓練補佐のジョンと違って、彼女との接点がない。
カタナは、ちらっと傍らのシュミッドを見た。
彼も面食らっている。嫌そうにも見える。
よりによってヨーコかよ、そう言いたげにも見えたのは気のせいではあるまい。
シュミッドがヨーコを嫌う原因を、カタナは知っている。
ヨーコは一部のスタッフ、それも男女問わずで若い連中からは嫌われているのだ。
強気な性格と、エリートたる高慢ちきっぷりが災いして。
「まず、第一希望シュミッド=シュリッター。どうじゃね、やってみんかね?」
シュミッドは長身細身、銀髪の美麗といってもいい程の男前な男性である。
なるほど、目の肥えたヨーコがパートナーに選びたがるタイプと言っていい。
その代わり女たらしだとか、女体ハンターといった悪い噂もカタナは耳にしているのだが。
ヨーコは、それらの噂を聞いたことはないのだろうか?
……まぁ、あったら彼を選んだりはしないか。
「あー……えー。その、申し訳ありませんが、辞退させていただきます」
ぽりぽりと頭をかきながら、シュミッドは丁重に辞退した。
すぐさまヨーコの罵声、もとい、文句が返ってくる。
「え〜〜!?ひっどおい、シュミッド!あたしの頼みが聞けないっていうの!?」
なるべく彼女と目を合わせないようにしながら、シュミッドは博士へ言った。
「ヨーコの事は心配でありますが、そのー。今手がけている作業も心配であります。俺が中心でやってる部分なんで、俺がいないと皆も困るでしょうし」
シュミッドは今、ソルの整備から離れて、戦艦製造に回っている。
担当はコンソール部品の組み立てで、彼を中心に作業が進んでいるのも事実であった。
ふむぅとQ博士は唸り、T博士がもっともらしく頷く。
「シュミッドの代わりが務まる技師も今のところは不在だ。わし個人としては、彼を連れて行かれるのは大いに困るのだがな」
なんと、T博士の後押しまであるとは。
意外なものでも見る目つきで、カタナはシュミッドを見た。
「……なんだよカタナ、俺が優秀で、そんなに意外か?」
ずばっと本人に突っ込まれ、慌てて手を振ってごまかす。
「いっ!いいえ、そんなことはっ。しゅ、シュミッドってスゴイのですねぇ」
慌てすぎたか、却ってジト目で睨まれた。
「そうよ、すごいのよ」と続けたのはヨーコ。
「すごいからこそ、実力を見込んでつれてってあげようと思ったのに。フン、だ」
そう言って、彼女はそっぽを向く。
そうだったのか。
てっきり顔で選んだものかとばかり、思っていたが……
「では第二希望、ジョン=エルスラー。お前さんは、どうじゃね?」
「は、はいっ!」
自分の番が来たか、とばかりにジョンが硬直する。
ジョンはシュミッドと比べると、些か地味な男だ。
とりたてて格好いいわけでも、背が高いわけでもなく、中肉中背。
理系の人間に居がちな冴えない風貌で、特別才能があるというわけでもない。
そのジョンをヨーコが取り立てるというのは、一体どういう理由なのか。
「あ、その……お申し出は大変嬉しいのですが……」
気弱に切り出してみたものの、ヨーコにギロッと睨まれた彼は萎縮する。
だが、Q博士に「ヨーコ、威嚇するのは禁止じゃぞ」とフォローされ、持ち直した。
「その、俺としましてはピートのパートナーを希望します!」
ジョンの返答には、一拍の空白を置いて。

「え〜っ!?」

ヨーコとピートが大声をあげた。
「何で?何で、オレなの!?希望してんのはヨーコじゃんっ」
「そうよ!ピートのおもりなんか、あんたには似合わないんだから!」
口々に騒ぐ二人を制し、U博士がジョンの意図を尋ねる。
彼は胸を張って答えた。
「は、あの。ヨーコは天性の鋭い勘があるから大丈夫だと俺は判断しました。ですが、ピートはまだ、実力的に見ても経験不足だと思います。俺も戦闘経験があるわけじゃないですが、動体視力には自信があります。ピートの役に立てる自信は、あります!ピートとの同行許可をお願いします!」
動体視力?
そうか、それでヨーコはジョンを同行させたがっていたのか。
第一希望は優秀な技師。
第二希望はレーダーとして役に立ちそうな男。
では、第三希望にカタナを選んだ理由は――?
カタナの思案は、R博士の声によって中断させられた。
「ピート、ジョンはこう言っておるが、お前はどうなんじゃ?」
皆の注目を浴びて、口を尖らしながらピートは、ぶちぶちと答えた。
「そりゃあ、ジョンは別に嫌いじゃないし。つれてってもいいけど」
「なら、決まりじゃな」
笑顔で頷くQ博士を大声で遮る。
「でも!」
「でも、なんじゃ?」
「できれば同行者は、おねーさまがいいなぁ〜……なんて」
ピートのささやかな願いは、T博士の冷たい一言で即座に却下された。
「馬鹿いっとる場合か。ジョンの意見の方が至極まともじゃわい。よってジョンの希望を優先する。ピート、仲良くやるんだぞ」
「わかりました。ちぇーっ」と、ふてくされているのはピートだけではない。
ヨーコも、ぶぅっと頬を膨らませて、ジョンを睨みつけている。
かと思えば、ひどく据わった目でカタナを睨んできた。
「じゃあ、あたしのパートナーは、あんたで決まりよね?」
――断ったら殺される――!
殺気ばしったものを背筋に感じ取り、ぞくっとなるカタナ。
涙目になりながら、それでも必死に抵抗を試みる。
「ふ、不服はありません。ですが承諾する前に、お聞きしたいことがッ」
「なによ?」
カタナは疑問を口にした。先ほどから不思議で仕方のなかった疑問を。
「ヨーコは、どうして私を選んだのですか?レーダーとして優秀な働きの出来そうな方は、他にも」
「だって」
ヨーコに遮られ、カタナはきょとんと彼女を見る。
心なしか、ヨーコの頬は赤い。
「ラッピーが一番懐いてんの、あんたなんだもん」
ラッピー?
あっと気づいたと同時に、ヨーコと自分の接点にも、ようやく気づく。
歓迎式の日、ヨーコが有田真喜子からプレゼントされた白い犬。
犬はラッピーと名付けられ、救護班の元へ預けられた。
忙しいヨーコに変わって、犬の世話を命じられたのである。
ラッピーは救護班の中でも特に、カタナに懐いていた。
「ラッピーが気に入ってるぐらいだから、いい人なんだって思ったのよ」
「は……はぁ、ありがとうございます」
それだけの理由で選ばれたというのには少々合点がいかないが、選ばれたこと自体は光栄に思うべきなのだろうか?
「ではカタナ、やってくれるかね?」
Q博士へ頷いてみせる。
元々、ヨーコのことは好きでも嫌いでもない。
気が強い人間は、あまり好きではない。だが彼女の気性には、原因がある。
周囲の人間が彼女を、そうなるべくして、そうさせてしまったのだ。
本当のヨーコは、もっと優しい人間なのではないかとカタナは思っている。
だから彼女のことは嫌いではない。嫌いになれなかった。
「ありがとう、カタナ!これからよろしくね!」
いきなりヨーコには両手を取られ、ぶんぶんと振り回される。
彼女の笑顔に驚きながら、カタナも笑顔で応えた。
「あっ、は、はいっ。こちらこそ、よろしくお願いします」
和気藹々な二人を微笑ましく眺めていたQ博士が、室内を見渡した。
「次はクレイのパートナーじゃが……ハルナちゃんは、まだきとらんのか」
「まだ、ですね。もう一度、招集をかけましょうか?」
U博士が言い、R博士に押しとどめられる。
「すぐ来るじゃろう。女の子は用意がいっぱいだろうしの」
私も一応、女なんですが――
カタナは、そんなことを思いながら苦笑した。

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