BREAK SOLE

∽25∽ 各地攻撃


けたたましく通信機が鳴り、応答したオペレーターが叫ぶ。
「本部より緊急コール!宇宙人が攻撃を開始した模様ですッ」
アストロ・ソール広島支部アストロナーガは、一瞬にして緊張に包まれた。

アストロ・ソール――
宇宙人の来襲を早くから予期し、反撃の準備を行ってきた組織。
彼らは、どの国にも属さない。有志の施設組織である。
Q博士を始めとする、機械工学博士達が結成した。
戦闘機には彼らの技術と知識、そして熱い正義の心が詰められている。
大型戦艦ブレイク・ソールこそが、彼らの切り札となるはずであった。
だが、戦艦はまだ完成していない。
本部が敵に見つかりそうになるという危機があり、一時中止を余儀なくされたのだ。
やがて彼らは広島の海底に工場を移し、製造を再開する。
広島へ支部を作るにあたり、一、二のアクシデントはあった。
一つは地元の人間に、宇宙人との戦闘を見られたこと。
もう一つは、彼らを保護という名で隔離するために組織の仲間へ入れたことだ。
アストロ・ソールの本部は北極にある。
広島支部と同じく水中というか氷の下、深海に身を潜めていた。
物資補給は月に一度、小型ボートを射出して買い出しに行かせる。
支部への補給は高速飛行艇による輸送。乗り物は全て、博士達の設計によるものだ。
三時間もあれば、地球の裏側まで行けるスピードが出る。
飛行は夜間に限られた。
なにしろ、彼らは地球人にも宇宙人にも見つかってはいけないのだ。
彼らの目をかすめ、且つ確実に荷物を届けなくてはならない。
スタッフは優秀な人間だけが集められた。殆どが軍人あがりだという。
彼らは一つの意志を約束させられた。
国を捨て、つまらぬ私益に走らず、互いに協力し、地球を平和にする礎となることを……


「緊急コール!?一体何事じゃ!」
叫ぶR博士にスタッフが答える。
「アメリカ、ドイツ、フランス、中国の主要軍事施設が宇宙人に襲われているとの事!彼らも応戦していますが、いつまで保つか判らない……そうです!」
ざわめく一同に、なおも通信を受け取ったオペレータースタッフが静寂を促す。
「あ、待って下さい、続報が!宇宙人は複数を確認!一種類ではなく、二〜三種類の敵を確認したとの事です」
「なんだって!?」
一体でも必死の攻防なのに、二種類三種類の敵が同時に攻撃してくるとは。
終焉の日が、こんな早くに来るとは思ってもみなかった。
戦艦は、まだ外枠しか出来ていない。
ソル三体だけで対応できるだろうか――?
「出せるだけの戦闘機を準備させろ!近くの国へ援護を飛ばす!!」
「R博士!戦闘機よりソルを行かせた方が確実だ!」
「だが、ここの守りはどうする!?三体とも行かせてしまっては戦艦の護衛が」
さしもの事態に、博士達もパニックに陥る。
大騒ぎの中、やけに冷静な金属製の声が響き渡った。
『連中は連合を組んだのか。なら、こちらも各国と連携を取る必要がある』
皆が慌てふためく中で、クレイとミグだけは無表情を保っていた。
「クレイ!そうじゃ、きっとそうに違いない。しかし、そうすると何故」
『何故?』
「何故今頃になって、奴らはタッグを組むようになったんじゃろうか」
クレイの一言で冷静さを取り戻したQ博士は、考え込む。
「戦闘力では圧倒しているだろうに、何故連合を……」
単に滅ぼすというのならば、地球の軍隊など彼らにとっては一人で充分だ。
四カ国を同時攻撃するにしても、各国に一人ずつ行けば済む話である。
それなのに一国につき二、三人で行くなど、一体何の意味が?
勿論、やり過ぎて損するということはない。ないが、しかし意味もない。
そんな無意味なことを、彼らは何故やっているのか――?
ヨーコが叫んだ。
「あたし達よ!あたし達、アストロ・ソールを警戒しているんだわ!!」
「だとすると――」
言葉を受け継いだのは、ミグ。
「敵の狙いは囮ですね。私達を誘き出し、分散させる為の陽動」
「どうするんだい?乗ってやるのか、それとも今回は無視を決め込むか」
デトラが尋ね、Q博士は通信スタッフへ尋ねた。
「襲われている国の中で、最優先される施設は何処にある?」
非情とも取れる発言に、ピートが声を荒げる。
「博士!地球を守るのがオレ達の役目だろ!?依怙贔屓しようってのかよ!」
ボンボンと手荒く頭を叩かれる。いや、撫でられた。
見上げると、デトラと目が合った。
「落ち着きなボウズ。そうしたいのは山々だが、手数が足りないんだ」
厳しい表情だ。瞳の奥では、押し殺された炎が燃えさかっている。
彼女も本音では、全ての施設を守りたいのだろう。
だが、戦える機体が少ない。
たった三体しかないのだ。
宇宙人と対等にやりあえる機体は、ソルの三体しか。
襲われている国は四つ。どこかを見限るしかないではないか!
「――アメリカです」
オペレーターが答えたのは、この戦いの火種となった国。
宇宙人との戦いが始まるきっかけを作った、愚かな国の軍隊であった。
「アメリカの軍事基地が、対宇宙人の戦力を一番多く残しています。空陸海と対抗機が揃っているのもアメリカだけ。というのが、本部の見解です」
めざとくR博士が突っ込みを入れる。
「残している?補充したのではなく?」
「はい」
オペレーターは即答し、手元のデータを読み上げる。
「最初の空襲で主だった基地は焼かれました。しかし彼らは、南海に浮かぶ孤島地下に最新機を隠していた模様。それを持ち出し、地上に潜伏する宇宙人を奇襲しようと画策していたようです」
なんと用意のいい。
しかし、世界中で【防衛】という言葉が一番似合わない国である。
宇宙人が来なければ、その最新機とやらで他国を攻め滅ぼす気だったのかもしれない。
「アメリカの国防省は、地上に潜伏する宇宙人の存在を知っていたのですか!?」
U博士が問い、スタッフは頷く。
「そのようです。各国首脳会談で、その話題を持ち出したそうです。公には伏せられたようですが」
なんということだ。
あれほど、各国の首相には念を押したというのに。
何でもいい、宇宙人の情報を掴んだら真っ先に知らせてくれと。
「それで、奴らは何処に潜伏していたのだ?」と、T博士が後を次ぐ。
「アフリカ南部です。しかし今はもう、いません。もぬけの空です」
今、アメリカや中国を襲っているのが、潜伏していた奴らというわけか。
奇襲しようという作戦がバレて、逆に奇襲をくらったというわけだ。
「馬鹿どもめ……!ワシらの手を煩わせてばかりいよる」
腹立ち紛れにR博士がゴミ箱を蹴っ飛ばす。ゴミ箱は派手な音を立てて転がった。
自分がリーダーシップを取りたいがばかりに、協力者を出し抜いた。
結果、自分の首を絞めるだけに終わった。
こんな空回りの馬鹿どもを、本当に守る価値はあるのだろうか?
だが、今、地球上で一番戦力を持っている国はアメリカである。
馬鹿だろうが何だろうが、使える戦力は残しておきたい。故に答えはYESだ。
アストロ・ソールとて、大義名分だけで戦っていけるほどの余裕はない。
共に戦える協力者は必要だ。例えそれが、馬鹿で自己中心的な国であろうとも。
「アメリカの次は中国、そしてフランス、ドイツの順です」
となると、見捨てられるのはドイツか。
Q博士とブルー=クレイの故郷でもある、ドイツ。
ヨーコは、ちらっとQ博士の様子を伺う。
彼の顔には何の憂いも浮かんではいなかった。厳しい視線をモニターへ向けている。
R博士は館内放送を使って、スタッフ全員に呼びかける。
「メインルームより指令!本部より緊急出動命令が入った、全ソルの整備を急げ!ハッチは五番、六番、七番を使用!以下の整備員は各戦闘機にてソルに同行せよ。マルク、メディーナ、デルニアは五番機。マチス、アーニャ、カリヤは六番機。ドリクソン、ヤゥネ、ニルは七番機。各位準備は怠るな!繰り返す――」
緊急の意味を示すサイレンが鳴り響いた。


いくら緊急に応援を頼むといわれても、こちらにも都合というものがある。
短時間で用意して即発射!というわけにはいかない。
何しろ、たった一機で複数の敵を相手に戦うのだ。装備を変える必要もあろう。
格納庫は各パイロットの他に、招集された整備スタッフが忙しく駆け回っている。
その中には、助スタッフの姿もあった。
各機の特徴に合わせた武器の装填。
対応する宇宙人との相性も考えなければならない。
アメリカを襲っているのは、タイプαとタイプγとタイプδ。
中国を襲っているのは、タイプγとタイプα。
フランスを襲っているのは、タイプδとタイプα。
全て飛行大型の宇宙人と確認されている。
大型というのは、戦闘機と同等のサイズの宇宙人だ。
奴らは自在に空を飛び、体から放つ光線で地上を焼き払う。
地上人型のタイプβが混ざっていないのは、意外といえば意外でもあった。
だがソルが市街戦を苦手としている点から考えれば、それも明白で。
奴らはソルを、いや、正しくはアストロ・ソールを誘き出そうとしているのだ。
地上戦では誘き出せない、と奴らも考えたのであろう。

タイプαは空中戦を得意とする宇宙人である。
体が透き通り、こちらの実弾を無力化する厄介な敵だ。
タイプδも空中戦に特化している宇宙人だ。
攻撃力もさることながら、素早く、肉眼では動きを捉えきれない。
タイプγは空中の他に、水中戦も得意としている。
ひらひらしており、見た目は薄い布のように頼りない。
しかし攻撃は頼りないどころか極悪で、変幻自在に曲がる光線を放つ。

この三タイプを相手に戦うのだ。通常弾の存在は切り捨てた方が良い。
「煙幕、火銃、あと効くかどうか判らんが催涙弾も装填しておくか」
整備スタッフ長スタイラーは呟くと、周囲の面々に命じる。
「Aソルは攻撃重視、Bソルは防御重視、Cソルには捕獲弾を装填。助スタッフも全員狩りだして手伝わせろ。戦闘機はカラー変更」
「カラー変更?」
一人が尋ね返し、スタイラーは歩きながら答えた。
「昼間っからドンパチやろうってんだ、夜行カラーじゃ目立ってしょうがない」
白いペンキを持って戦闘機へ向かう者、整備箱を持って駆け回る助スタッフ。
トレーラーやクレーン、フォークリフトが、部品をソルの元へ届ける為に走り回る。
格納庫は騒音で包まれる。その中を、スタイラーや他スタッフ達の指示が飛びかった。


「……ブルー。あなたはアメリカ担当だそうですね」
Aソルの傍らに立って整備の様子を眺めている彼に、ミグが声をかけた。
いつもと同じ淡々とした、感情のない口調で。
無言で頷くクレイを一瞥し、ミグもAソルへ視線を向ける。
Aソルが戦う相手は三体。タイプαとγとδ。
今まで幾多の宇宙人と戦ってきたが、三体同時というのは初めてだ。
一応戦闘機も同行するが、乗り込んでいるのは整備スタッフで戦力は期待できない。
勝てるのか――とは、ミグは聞かなかった。代わりに、こう尋ねる。
「撃退する自信はありますか?Q博士ご自慢の戦士、ブルー=クレイ」
クレイはAソルから目を離さず無言で一回、コクリと頷く。
「自信あり、ということですか」
満足のいく答えだったのか、心なしかミグの表情にも変化が現れていた。
無表情ではあるものの、口元が僅かに歪んでいる。彼女なりの笑みだ。
「この星を意味する称号を持つ者として、善戦して下さいね」
『あぁ』
再び頷くクレイを背に、ミグは歩き去っていった。
「何話してたの?お兄ちゃん」
不意に肩を叩かれた。振り向くと、ヨーコが立っている。
彼女は中国担当だ。Bソルにはシールドが取り付けられている。
タイプγとαは、どちらかというと攻撃重視の宇宙人である。
盾は、奴らの凶悪な光線を防ぐための装備だという話であった。
鉄をも両断する威力をもつ光線相手に、どこまで持つかは保証できないが――
残るCソル、ピートの機体には捕獲弾が山と積み込まれていた。
巨大な剣を吊り下げたクレーンが、Cソルの背後に回っている。
素早い動きで翻弄してくれるタイプδと、実弾無効のαが彼の相手であった。
まず動きを封じてから、あの巨大な剣で戦えと言うことらしい。
しかし、ピートに出来るのだろうか?スタッフや博士の考えた戦法が。
素早い動きの特訓では、彼はいつも合格ラインを下回っていたように思うのだが。

できる、できないじゃない。
やるしかないんだ。

クレイの乗り込むAソルには、片手銃が装着されようとしていた。
宇宙人の光線に対抗できる唯一の武器装備といってもいい、火炎放射器である。
媒体は背中に背負ったボンベ。ボンベから供給されるガスが命綱だ。
タイプαに実弾は効かない。全て、擦り抜けてしまう。
タイプγも効かないとまではいかないが、実弾が当たりにくい。
タイプδは動きが素早く厄介だが、クレイなら当ててくれると皆は期待していた。
最初、レーザー銃を使うという提案も出ていた。
しかしレーザーは大量の電力を消費する。そう何度も気軽に撃てるものではない。
外したら外したで、再充電までに時間を要する。
その間、ソルは攻撃力を持たなくなってしまう。大変に危険だ。
様々な状況をシミュレートした結果、Aソルの武器は火炎放射銃となった。
「三体同時、か……」
そう呟いたのはヨーコばかりではない。
スタッフの手伝いで駆けずり回る秋子や猿山達にも、次の戦いへ向けた不安はあった。
もし、クレイがやられたら。
誰もアメリカを救うことが出来なかったら。
終わってしまうんだろうか、そこで。
地球は宇宙人の手によって、滅亡させられてしまうのだろうか。
アストロ・ソールが、いくら頑張ったところで多勢に無勢。
ソル二体では、戦艦が完成しないまま全滅させられてしまう事だって、あり得る。
それとも地球人は滅びるしかないのだろうか。
愚かにも、この戦いを招いた原因の責任を取って……
誰もがハッキリくちには出さなかったが、誰もが同じ不安を抱いていた。

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