BREAK SOLE

∽24∽ デッド・ゾーン


地底基地アストロナーガ、その中核。
司令室は今、本部によってもたらされた衝撃のニュースに沸いていた。
「なんですって!?そ、それは本当なのですか、デトラッ」
U博士が叫ぶ。その顔は顔面蒼白だ。
傍らにいたアイザがよろめき、机に手をつく。
本部より緊急伝達の任を受けたデトラ=アウターゼの話によると、有志の軍事施設が宇宙からの空襲により軒並み壊滅したという悲報であった。
襲撃を受けたのは、イギリスとカナダと香港にある施設。
空の上、そのまた大気圏より向こう側から、直接攻撃を受けたのだ。
地元民の話だと、天から光の筋が一直線に降り注ぎ、地下まで貫いたらしい。
まるで神の裁きのようであった、という。
無論、彼らは神ではない。
彼らは宇宙に生きる、別惑星からの来訪者に過ぎない。
しかし、そんなものが宇宙から地上まで一息に届くとなれば……
どんな対空防御を施していようが、全く関係ないではないか。
改めて、宇宙人どもの科学力の高さには驚かされるばかりだ。
「それより問題は、」とデトラが皆の驚きを遮った。
「あいつらの施設が場所割れしてたことさね。情報漏れの可能性があるんだ」
「それって、スパイがいたってこと?」と、ヨーコ。
彼女をじろりと一瞥し、デトラは大きく頷いた。
「あぁ。或いは、諜報員として潜り込んでいたのかもしれない」
「ちょっと待てよ!それじゃ――」
今度はピートが割り込む。
「その言い方だと、スパイは地球人ってことにならないか!?」
皆の視線がピートに集まり、それからデトラへ戻る。彼女は荒々しく応える。
「そう言ってんのさ。施設にいた奴らは、入所前に身体検査を受けていた。異常な周波を放ってる奴は一人もいなかった。全員地球人だった。にも関わらず、基地は見事なまでに場所を特定され、攻撃された……内部にスパイがいたとしか、思えないほど的確にね」
足を組み直し、ヨーコは、またも尋ねる。
「有志の施設にいたメンバーって、どうやって決めた人員なの?」
「うちらと同じさ。政府機関が募集かけて、厳選なる抽選で決めた。身分や出生、これまでの人生が間違っていない奴だけを抽選で、ね」
大きく息を吐き、デトラは肩を竦める。
彼女が一瞬、クレイやミグを見たことにピートは気づいた。
アストロ・ソールも、そうやって厳選なる審査で人員を選んだはずなのに一人二人、間違った奴がいる。
身分や出生の、あやふやな奴が。地球人とは言い難い種族の奴が……
デトラはきっと、そう言いたいのに違いない。
ミグやクレイを見た時の彼女の目は、ひどく冷酷なものだった。
デトラ=アウターゼ。
彼女は、アフリカにあるU博士の研究所出身と聞かされた。
研究所へ来る前は、アメリカ陸軍に所属していたという。
軍人あがりの戦士にオペレーターなど勤まるのか?
ピートの疑問はもっともであったが、U博士は苦笑して「大丈夫ですよ」と答えた。
コンソール・コンセレーション――
操縦念動力に関してはミグ達に劣るものの、彼女には長年培ってきた知識がある。
軍人あがりの体力もある。加えて、実戦で慣らしてきた度胸と判断力。
デトラには初陣のミグ達をまとめる力がある、とU博士は強く推してきた。
――でも、あいつらとは相性悪そうなんだけどなぁ。
デトラは見るからに、粗野で感情的な雰囲気を臭わせている。
対してミグ達は全くの無感情で、まるでロボットのような生き物だ。
この両者が仲良くできるとは、到底思えないのだが……
だがピートは、これ以上、口を挟むのをやめた。
これは彼女達が解決すべきことであり、オペレーターではないピートには関係ない話だ。
「それで」
デトラの声で、ピートは我に返る。
考えを打ち切り、話に集中した。
「本部の連中が衛星を飛ばして調査した結果、とんでもない発見があった」
T博士が片眉をあげる。
「とんでもない発見?勿体ぶるんじゃない」
フン、と鼻を鳴らし小馬鹿にした目つきでデトラは言う。
「地球の周りにはさ、廃屋が沢山飛んでいるよねェ。アメリカのバカどもが飛ばしたやつや、ロシア製のポンコツがさ」
「廃棄された衛星ステーションのことか?それがどうしたというんだ」
先を促すR博士へ頷くと、彼女は続ける。
「その一つ。オーストラリア製のやつに、いたのさ。とんでもない奴らがね」

誰が住んでいたのか、はっきりと名が判ったわけではない。
だが本部の飛ばした衛星は、廃ステーションの中に確かな生命反応をキャッチした。
それも、一つ二つの小さな数ではない。数十の反応だった。
一個組織が潜んでいるといっても過言ではない。
ただ、それを確認した直後だった。
ステーションから何かが飛び出してきたかと思うと、一瞬にして衛星は破壊された。
破壊される直前、衛星のモニターに映し出されていたものは――

「何だったとおもう?」
デトラの焦らしに、イライラしながらT博士が問い返す。
「フン。まさか宇宙人、などと言い出すつもりじゃあるまいな?」
満足した笑みを浮かべるデトラ。
その態度は、博士の問いを肯定しているも同然だった。
「その通りだよ。それも、あたしらの知らない新タイプの奴でさ」
「新タイプ!」
U博士が絶望に叫び、隣で誰かが派手に倒れ込む。
アイザが気絶したものらしかった。
絶望したのはR博士も同じで、彼は天を仰ぎ、誰に言うともなく絶叫した。
「またしても、まったく別のやつが近づいてきてるというのか!この星にッ」
絶望とは裏腹に、闘志で燃えている者もいる。
ヨーコが握り拳を固めて突き上げた。
「上等よ!何匹こようが、全員蹴散らしてやるわッ!!」
「おーおー鼻息荒いこって」
冷やかすピートを尻目に、ふと、彼女は思いついたことを呟く。
「でも、あいつら何が目的なの?地球で取れる資源なんて限られてるでしょうに」
「知らんよ、そんなことは!奴らに聞いてみろッ」
投げやりなR博士を押しやり、Q博士が前に進み出る。
「デトラ。話はまだ続くのじゃろう?言ってごらん」
にやりと口元を歪め、彼女は頷いた。
面白くない。
まったく面白くない事態だというのに、デトラは不敵な態度を崩さない。
いや、もしかしたら彼女にとっては最大に面白い事態なのかもしれない。
なにしろ彼女は軍人あがりの戦士。戦うことが生き甲斐なのだから。
「宇宙人が出てきたのも驚きなら、最初に掴んだ生命反応の正体にも驚きだよ。だって、反応は間違いなく地球人の生態パターンだったんだからね!」
それは、つまり。
宇宙人と手を組む地球人が、確実に存在することを意味した――


宇宙に浮かぶゴミ。
かつて各国が先を争うようにして飛ばしたステーションの、なれの果て。
廃棄された衛星ステーションの一つに、彼らは隠れ住んでいた。
メイド・イン・オーストラリア。といっても実際に作ったのはロシアか中国だろうが。
メインルームのモニターには、日系人らしき男が映っている。
堤防に立ち、海を見つめているようであった。
「タニオカ、捜索の調子はどうだね」
基地側から一人の男が通信機へ話しかける。
黒いコートの上に黒いマントを羽織った、この男はKと呼ばれていた。
同じ組織に属していても、彼の本名を知る者はいない。
タニオカと名を呼ばれて、モニターの向こうにいる男が答える。
『いやぁ……芳しくありませんや』
「ほぅ。思ったよりも深いのかね?」
『いえ、その逆です。思ったより浅くて、底をさらっても出てくるのは瓦礫ばかりで』
タニオカはKの命令で、広島の海を調べていた。
海の底に何か沈んでいないか――
彼らと敵対する組織の基地でも潜んでいないかと探っているのである。
探っているといっても、潜水艦を出したりするわけにはいかない。
調査は内密に行わなければならない。
彼らの存在自体、地球人達に知られるわけにはいかないのだ。
人員を増やす事も叶わず、タニオカは気心の知れる部下を一、二名つれて海に入った。
潜水服を着ずとも海底に辿り着く。海は思った以上に浅かった。
道路沿岸の海底は瓦礫だらけだ。建物が崩れ、そのまま海に沈んだと思われる。
元フェリー乗り場からも潜ってみた。
似たような有様であった。基地どころか、魚一匹いやしない。
オマケにどこも浅瀬で、基地を作れるようなスペースなど、ありはしないのだ。
『やつら、日本にゃ潜伏してないんじゃないですかね?』
ヘックションと派手なくしゃみをかまして、タニオカが言った。
「……では、君が出会った子供達は?どう説明する。アリタ重工は調べてくれたか?」
Kに尋ねられ、タニオカは手持ちの鞄から手帳を取り出した。
『えぇ勿論。一人娘は親戚の家に預けられた模様です。両親の承諾アリで』
「親戚?どこの」
『北海道に遠い親戚がいるとかで。娘は一人で出かけたようです』
「一人娘が?ガードもつけずに?」
『えぇ。両親は反対したそうですが、娘が頑として主張したそうですよ』
お手伝いさんから聞いた確かな情報です、とも彼は付け加えた。
Kは顎に手をやり、考え込む。
「海底の地表に異常は見られないか?」
モニターの向こうで、タニオカが嫌な顔をした。
この冬空、また潜れって言うんですか?とでも言わんばかりに。
「寒い中すまないとは思っている。もう一度だけ調べてくれ、海底の地面を」
組織のボスであるK直々に頼まれては、イヤとは言えない。
タニオカは渋々承諾すると、部下二人にも命じて再び広島の海へ潜った。

タニオカとの通信を終えると、今度は別のものがモニターに映し出される。
黄色く、薄ぼんやりと光る物体。のっぺりとした体の輪郭線が光っている。
彼の名はベクトルという。彼が自ら、そう名乗った。
アストロ・ソールが【タイプβ】と呼んでいる種族の、宇宙人でもあった。
『K、きこえるか。たったいま、ちじょうからほうこくがあった』
辿々しい地球の共通語で、ベクトルが話す。
宇宙人は出会ってから二週間と経たぬうちに、こちらの言語を認識した。
会話として話せるようになったのは、さらに一週間後である。
向こうの言語は勿論こちらでは、まだ認識という段階にすらない。
語学の読解力でも地球人は宇宙人に負けている、とKは内心苦笑した。
「感度は良好だ。地上の仲間から何の連絡があったのかね?」
答えると、光る人物は少し躊躇した後、報告を続ける。
『・・・ほわいとはうす、だったか?あれを、ちゅうしんとして、いくつかのくにのぐんたいが、きしゅうをかけようとしているらしい。どうする、K。きしゅうにきしゅうでも、かけてやるか?』
「ほぅ……アメリカが?まだ戦争をしたりないと見えるな」
Kの口元に笑みが浮かぶ。
「奇襲されたところで、君たちに被害は及ぶまい。地球の軍隊は非力だ。だが、ただ単に叩き潰すだけでは芸がないな」
彼の真意が判らないのか、ベクトルは沈黙して話の続きを待つ。
「どうせなら有効活用させてもらおう。奴らを使って、アストロ・ソールを燻り出す」
『あすとろ・・・そーる。Kが、まえにいっていた、ぐるーぷか』
「キューストやクィス達にも伝えてくれたまえ。叩き潰す前にな」
わかった、と辿々しく答えて、ベクトルからの通信は切れた。
「……相変わらず、彼らの情報探知は早いですね。我々ですら掴んでいなかった最新ニュースですよ、今のは」
オペレーターが呟き、Kは踵を返して自室へと戻る。
「精進したまえ。彼らと共同作戦を取っているつもりならばな」


東京の空は灰色で覆われてしまった。
青空など最後に見たのは、いつの日だったか――
いつでも空からの攻撃に怯えていなけりゃいけない。
地下に掘った穴蔵で、毎日びくびくと怯えて暮らすだけの人生。

それに比べたら今置かれている状況のほうが、まだマシと言えるだろう。
たとえ、諜報員という名の捨て駒だとしても。
「お疲れさん。二人とも少し休め」
海からあがってきた部下二人に声をかけ、谷岡敬一は防波堤に腰を下ろす。
側に腰を下ろした部下の一人が言った。
「やっぱり底には何もありません。Kの予想も外れることがあるんですね」
「偽装の可能性は?」
谷岡が聞けば「ありません」と、間髪入れず残りの部下も首を振る。
溜息をつき、水平線を目に谷岡は呟いた。
「一体、あの子らは何処から来たんだろうなぁ。聞いときゃよかった」
この辺りは首都圏と比べると被害は、それほどでもなかったようだ。
海は青さを保っていたし、道路も所々断絶されているが通れないほどではない。
駅周辺の商店街が生き残っていたのにも驚きだ。
人々が集まる場所は、ほとんど最初の攻撃で壊滅したと思っていたのに。
もっとも、今は政府からの避難警告が出ているから誰も居ない。
ゴーストタウンだ。
だというのに、有田真喜子はクリスマスパーティーを開くと言っていた。
どこで?
だれと?
少なくとも、両親とではない。
彼らは娘が北海道へ避難したと思っているのだから。
だが北海道に住んでいるなら、北海道で買い物をするはずだ。
何もこちらまで戻ってくる必要など、ないではないか。
彼女が、広島内で匿われている事だけは間違いない。
それは何処だ?
陸なのか、それともKが言うように海の中なのか。
彼女と出会った場所を中心に、近辺の海へは潜ってみた。
だが、成果なし。
とても隠れ家などを造れるほどには深くない。
怪しい場所があるとすれば、大量の瓦礫が沈んでいた地域。
地図によると、元は中学校の校舎があった場所のようだ。
空襲で地面ごと崩れて、海中に沈んだと思われる。
瓦礫の下。
瓦礫を偽装して、海底の地下を掘っている可能性も考えられた。
クレーンを動かす許可さえ取れれば、もっと念入りに調べられるのだが――
「大事にするな、か」
面倒な制約がついている。
クレーンなど動かせば、瞬く間に空を飛ぶ自衛隊機の目に止まろう。
いくらゴーストタウンと化したと言っても、ここは日本の領土。
それに緊急勧告が出ていても、一部の裕福な者達は地下に隠れ住んでいる。
見回りの目が、全く来ないわけではないのだ。
忌々しそうに空を見上げると、谷岡は部下二人へ声をかけた。
「もう一度だけ底をさらってみよう。それで何も出なかったら、また報告だ」
二人とも唇が青くなっている。冬の寒空に素潜りだ、無理もない。
コートを脱ぎ捨てると、谷岡も海パン一丁になって海へ飛び込んだ。

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