BREAK SOLE

∽17∽ 僕達にも、出来ること


「お話の途中、申し訳ありませんけど」
二人の話を遮ったのはミグだ。
トレイを持って部屋へ入ると、後ろ手にドアを閉める。
「ブルーを貫いた物質の鑑定結果が出ました」
「ほぅ。それで、一体何だったのかね?あれは」
ミグは黙ってトレイを差し出した。
トレイの中に転がっているのは、小さな金属だった。
ネジ、或いはビスに似た形状だが……
「ふむ。指弾、じゃろうか?」
手にとって、まじまじと見つめるQ博士にミグが言う。
「金属に見えますが、地球上のものとは反応が一致しませんでした。また、この物体の構造を解析したところ、精巧な機械であることが判明」
「機械じゃと?」
再びトレイに転がされた物体を、ミグが摘み上げる。
二人にもよく見えるように、物体の先を指で示した。
「標的の体内へ潜り込んだ後、一旦は活動を停止します。ですが数分後には活動を再開し、標的の肉を抉り、奥へと進行を開始します。先端に、肉を抉る為のカッターがついているのは判りますか?」
ミグが強く物体を摘むと、先端からキラッと小さな刃が顔を出す。
Q博士は渋い顔になった。
「なんという、えげつない武器じゃ。貫通したと思いきや実際は肉に留まり、さらにえぐるというのか」
「えぇ。ブルー、あなたは光の線が脇腹を貫通したと報告しましたね。その光は只の囮。タイプβの攻撃は、この物体こそが要だったのです」
小さな物体は、今は鈍い光沢を放っている。
クレイの体から摘出された時、刃を剥き出しにして血まみれになっていた。
「あなたは光線で攻撃されたと思った、だから応急処置は止血で済ませた……でも体内に残された、これには気がつかなかった。だから再出血したんです」
トレイに転がる物体は大きさにして、僅か一、二センチ程度のものだ。
こんなものが光線と一緒に飛ばされたら、まず肉眼では避け切れまい。
「対処法を考えんとなぁ。それと、応急治療用機体の開発を急がねば」
せかせかとメインルームのキーを叩いて設計画面を出すQ博士に、ミグが重ねて言う。
「防御スーツの設計なら、ミクが得意としています。彼女も召集しましょう」
「おぉ、そうじゃったな。ではT博士に頼んで、残り二人も召集してもらおうかの」
『ミク?』とベッドの上からクレイが反応するのへ、ミグは淡々と答えた。
「私の妹です。私と同じ顔をしていますが、性格は私とは異なります」


クレイの手術は無事に成功したと子供達が聞かされたのは、夜になってからだ。
夕飯後。サロンには、今日も子供達が何人か集まっている。
いつもと違うのは、彼らの顔が真剣味を帯びてきたことだった。
「Q博士は俺達に戦う覚悟が足りないって言ったんだ。でもそれは俺達が、いつまでもお客様気分でいるからいけないんだと思う」
下向き加減に吐露する有樹へ、有吉が頷く。
頷きは彼女の同意と見て、元気づいた有樹は結論を唱えた。
「だから、俺達は俺達にも出来ること、やってかなきゃいけないんだ。いつまでもゲストじゃいられない。何か手伝えること、Q博士に頼んで」
途中で有吉が遮る。
「筑間くん。仕事というのはね、誰かに貰えることを期待しちゃダメなのよ」
「えっ?」
急には理解できない彼へ、優しく子供でも諭すように有吉は言った。
「自分から進んで探さなきゃ、誰かの役に立つとは言えないわ。私達への仕事を見つける手間を、博士達にかけさせては元も子もないでしょ。大豪寺さんは、すでに自分の役割を見つけたみたいよ」
「大豪寺さんが?」
指でエレベーターを示し、有吉が微笑む。
「彼女の得意なものって、なんだっけ?食堂の台所へ行ってごらんなさい」
何人かがエレベーターへ走っていく中、倖が小さな声で有吉を呼ぶ。
「……スーちゃんは、見つけたの?自分に、できること」
有吉は髪をかき上げると、涼しげに答えた。
「私の仕事は、大分前から見つかってるわ。博士達にも出来ない仕事よ」
そう、私の仕事。
同窓生の意見を、まとめあげること。
皆の暴走を、理性的な意見で止めること。
これは有吉にしか出来ない、といっても過言ではない重要な仕事であった。

食堂の台所からは、おいしそうな匂いが漂ってくる。
ひょいっと中を覗いた有樹は、歓喜の声を震わせた。
「うひゃ〜!何これ、すっげぇなぁ。これ全部、大豪寺さんが一人で作ったの!?」
食堂一帯を占める、料理の皿。
盛りつけセンスもさることながら、煮物に野菜サラダに焼き魚と栄養バランスも満点だ。
それらが、ほこほこと湯気を立てて、食堂のテーブルに並べられているのだ。
鍋に向かっていた春名が振り返る。
彼女は白いエプロンに身を包んでいた。
清潔な色が、彼女によく似合っている。
「うん。スタッフの皆にお弁当を作っちゃおう……と思って」
「ふ〜ん。あ、ちょっと食べてみてもいい?」などと聞きながら、有樹は手を伸ばしかけている。
「うん、どうぞ。でも、ちゃんと手は洗ってね?筑間くんっ」
「わ、わかってるって」
ジャバジャバと適当に手を洗い、ひとつまみ。
途端に肉団子の味と香りが、ほんわぁ〜っと有樹の口の中に広がってゆく。
「んんまぁ〜〜っ!」
続いてもう一つ、さらにも一つ。
ひょいぱく、ひょいぱくっと調子に乗って、ついつい有樹は一皿空にしてしまった。
「もぅ、筑間くんったら。さっき夕飯食べたばかりなのに、よく食べられるね?」
口の周りが、あんかけでベタベタな筑間を怒るでもなく、春名はクスクス笑っている。
彼女が怒ってないと知って、有樹は、ますます調子に乗った。
「これ、スタッフの夜食だろ?全員に配るっつっても、中には食べられない奴もいるんじゃない?余ったら俺に言ってよ。全部食べちゃうから」
「食べ過ぎて、太っちゃっても知らないよ?」という春名に、ウィンクで答える。
「大丈夫。基地を掃除で一周すれば、すぐに腹は減るから」
「おぉ〜っ!イイ匂いだと思ったらハルナちゃんか!これ作ったの!!」
入口で、誰かと似たような歓声をあげている奴がいる。ピートだ。
訓練帰りなのか首にタオルを巻いて、額に汗を浮かべていた。
「あ、ピートくん。お疲れ様。どうかな?一つ、食べていかない?」
春名に誘われるまでもなく、ふらふらと入ってきたピートは既に一皿手にしていた。
「オレ、これ好きなんだよねェ。ハルナちゃんはオレの好みをよく知ってるよ」
ピートが選んだ皿は、食べやすいサイズに小さく切られたステーキ。
付け合わせに、ほうれん草とキノコをバターで炒めた物が乗っている。
ちらっと覗き見してから、有樹が春名に尋ねた。
「それ、俺も好きだけどな。材料は全部取り寄せ?それとも、ここの食材?」
「ここにあったのを使わせてもらったの。U博士に取り寄せてもらおうとしたら、食堂にある食材を使ってもいいって許可をもらったから」
「へーぇ。太っ腹だねぇ」
感心する有樹の傍らでは、がつがつと品無くステーキをがっつくピートの姿が。
「んまっ!うっま〜い!くはぁッ、いつも出る飯より百倍うめーっ!」
「もぉ、ピートくん……大袈裟すぎだよぉ」と言いつつも、春名は頬を赤らめている。
まんざらでもないらしい。
それを見た有樹は、ピートに負けじと彼女を褒め称えた。
「いや、うまいって。ここの食事もそれなりだけどさ、大豪寺さんのは心がこもってるから!大豪寺さんと結婚する人は幸せだよな〜。毎日これが食べられるんだからっ」
筑間有樹は、女子に人気があるスポーツ少年だ。
学校にいた頃はサッカーをやっていて、県内でベスト四プレイヤーに輝いたこともある。
顔だって標準以上はキープしているし、なんと言っても笑顔が魅力的なのだ。
その有樹に手放しで褒められて、春名の上気は一層増した。
「お、お嫁さんって……毎日は、作らないもん」
「でも、特別な日やパーティーの時は張り切っちゃうんだろ?」
魅惑のスマイルでトドメを刺され、春名はそれ以上何も言えなくなってしまう。
会話が途切れた後、有樹は不意にパチンと指を鳴らした。
「……そっか。仕事って、こうやって思いつくもんなんだ。大豪寺さん、俺、ちょっと基地内を掃除してくるよ!」
さっき自分で言っていた軽口を思い出したらしい。
言うが早いか、彼は食堂を駆けだしていってしまった。
呆気にとられて見送ったピートは、ふぅっと溜息を漏らすと。
「なーんなんだろね、あいつぁ……ん?ハルナちゃん、どうしたんだ?」
まだポ〜ッとしたままの春名の肩を、軽く揺さぶった。


――格納庫。
青く輝くBソルの足元で、甲高い女の声が数人。
「整備を手伝うですって?ハン、あんた達素人に何が判るってのよ」
話にもならない、とばかりに相手を見下しているのはヨーコ。
真正面から見下されても、真喜子はニコニコと静かに微笑んでいた。
彼女ほど耐性のない優は早くも怒りを露わに、真喜子の袖を引っ張った。
「だから言ったでしょ、あいつはあたし達の手伝いを必要としないって」
優の手をふりほどき、真喜子は一歩進み出る。
「ちょっと、さわんないでよ!Bソルに汚い指紋をつけられちゃ」
ヨーコが騒ぐもお構いなしに、手慣れた動きでBソルの給油蓋を開けた。
注ぎ口に顔を近づけ匂いを嗅いだ後、改めてヨーコへ微笑みかける。
「重油が古くなっておいでですわ。新しいものと交換致しましょう」
「――えっ?」
真喜子を押しのけようとしていた、ヨーコの手が止まる。
「こちらの基地には古いものしか置いてないのでしょうか?でしたら、私がお取り寄せしておきますわね」
「ふ、古い油?油に古いも新しいもあるの?それに重油じゃないでしょ、ガソリンでしょ?これ、動かしてんのっ」
ペチペチとBソルを叩くヨーコに、真喜子は静かに首を振った。
「いいえ、重油でございます。ガソリンとは匂いが違いますもの。古い油はエンジンに支障をきたします。常に新しい油を入れておかないと」
単なる一般人だと思っていた相手が、いきなり訳のわからないことを言い始めた。
ヨーコはポカンと口を開けて、真喜子の顔を見つめるばかり。
一通り、重油とガソリンの違いと古い油の危険性について語り終えた後、真喜子は再びヨーコへ助力を申し出た。
「私は、これでも有田重工の娘です。機械の製造、及び整備には一般以上の知識を持ち得ております。ヨーコ様のお手を煩わせたりしませんので、どうかお手伝いをさせて下さいませ」

一瞬の空白をおいて。

ヨーコは、でんぐりがえった声をあげた。
「アリタ重工ですってぇぇ!?あんた、あのアリタ重工の関係者だったの!?」
「あら……ご存知でいらっしゃいましたか。光栄ですわ」
ころころと笑う真喜子の後ろでは、何故か優がふんぞり返って威張っている。
そうよ、今頃判ったのか、とばかりに。
有田重工は、世界でも指折りのトップ大企業である。
機械産業や船製造は言うに及ばず、ここ数年では重油にも手を染めていた。
「お父様のお仕事を、少しは手伝っておりましたから……」
こともなげに彼女は笑うが、重化学など、一介の女子学生が手伝える分野ではない。
いや、普通の中学生なら手伝いたいなどと思わないだろう。
ましてや油の違いが匂いで判別できるようになりたい、とは絶対に。
「ふ……ん。まぁ、いいわ。じゃあ、手伝ってもらおうかしら?」
お嬢様の意外な特技に度肝を抜かれたものの、すぐにヨーコは調子を取り戻し、偉そうにお願いしたのであった。
「やったね、有田さん!」と喜ぶ優にも、命令する。
「あんたは水くみ!Bソルを洗いたいから、博士からワックス借りてきといて!」
「え?あたしは違うよ?あなたを手伝いたいのは有田さんだけだってば」
ムッとして言い返す優など見もせずに、バケツと雑巾を投げつけた。
「さっさと行ってきなさいよ!手伝いたいんでしょ?あたしをっ」

――やっぱり、こいつ……好きになれそうもない!――

相手が見てないのをいいことにベーッとヨーコへ舌を出すと、優はプンプン怒りながらバケツを片手に走り出した。


廊下を、両手いっぱいにバスケットを抱えて走っていく小柄な少女。
「お仕事お疲れ様です〜。お夜食つくってみたので、よかったらどうぞ!」
手袋を油まみれにして、基地内の整備をしていたスタッフが振り返る。
バスケットから漏れてくる匂い、そして春名の差し出す弁当箱の中身に顔を綻ばせた。
「わぁ、ご馳走だなぁ。これ全部、君が一人で作ったのかい?」
「はいっ!」
「そりゃ〜すごいや。がんばっちゃったもんだねぇ」
元気に頷く春名の頭をナデナデしながら、別のスタッフが箸を掴む。
「ハシで食べるんだね……ちょ、ちょっと難しい、な」
「あ、フォークとスプーンもありますよ?」
用意周到だ。フォークを箸と交換し、金髪の彼は少し照れ笑いを浮かべた。
「ゴメンね。俺の国じゃ、ハシは使わなかったからさ」
「いいえ、お箸を使う国は今じゃ日本と中国だけですから……使えなくても恥ずかしいことじゃないと思います。はい、お茶もどうぞ」
春名はバスケットから紙コップを取り出し、お茶をくむ。
お茶は良い案配に冷ましてあり、ちょうど飲み頃の熱さであった。
「ありがとう。……うん、お茶もおいしい」
一人につき一つの弁当箱は、量的にも多すぎず、少なすぎず。
夕飯を食べてから約三時間は過ぎているから、お腹の空き具合も頃合いだ。
至れり尽くせりの夜食サービスに、他の場所で働いていたスタッフも群がってきた。
廊下に、ちょっとした人だかりができる。
このままでは通行の邪魔になる、と春名は慌てて立ち上がると、皆を窘めた。
「あ、皆さん。そちらにも持っていきますから、持ち場で待ってて下さい」
少女に叱られて、苦笑しながらスタッフ達が元の持ち場へ散っていく中。
最初に夜食サービスを受けたスタッフが弁当を食べ終えたようだ。
ちょっと品なくゲップなどしながら、彼らは側にあった雑巾で手を拭いた。
「はー、おいしかった。食った食ったァ!」
「今日は自分で夜食、作らなくて済みそうだ。ホントにありがとう」
口々に礼を言いながら、うーんと背伸びを一つ。
「さて、もう少し頑張ってみるかな」
男達が再び仕事に取りかかるのを見て、春名もニッコリ頷いた。
手早く弁当箱をまとめると、空いたバスケットに放り込み、立ち上がる。
「頑張って下さいね。それじゃ!」
ぺこりと頭をさげ、もう一度微笑んでから、廊下をパタパタ走っていく。
「……いい子だねぇ」
「うん。あれならブルーが気に入るの、判る気がする」
後ろ姿を見送りながら、夜食を食べたスタッフ二人は至福の感情に包まれた。

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