BREAK SOLE

∽18∽ 歓迎式


クレイが負傷した事件から数週間が過ぎて――
きたる、十二月の二十五日。
アストロ・ソール主催による、新入り歓迎会が開かれた。
メイン会場となるのは三階のサロン。
他にラウンジや食堂、会議室でも各種様々なイベントを行う予定だという。

司令室へ向かう途中、チョコチョコした足取りの少女が先を歩くミグの後をついてくる。
ツインテールの少女は、あちこちを見回しながら感嘆の溜息を漏らした。
「大したお祭り騒ぎになっておりますわねぇ、ミグお姉様」
立ち止まり、ミグは振り返った。
感情を見せぬ視線が、浮かれた少女の顔を貫く。
「これは新参者用の歓迎会ですので、貴女は参加しないこと。いいですね?」
後をついてきた少女は見る見るうちに元気がなくなり、「え〜……」と不満をあげる。
少女はミグにそっくりであった。
だがミグと違うのは、目まぐるしく変わる、その表情の豊かさだ。
さっきまで歓喜で輝いていた顔は、今やすっかり落胆で萎れていた。
「残念ですぅ〜……ミクも、ブルーさんにお会いしたかったのにィ」
しゅん、と項垂れるミクには目もくれず、ミグは再び歩き出す。
「すぐに会えます。私達は同じ使命を持った戦士なのですから」


男子用トイレにて、先ほどからずっと、ピートは鏡の前を独占していた。
といっても、トイレにいるのは彼一人。
他は会場へ向かったか、司令室で仕事の残りを片づけている最中だろう。
「よし……ネクタイも曲がってないし、セットもバッチリだ」
鏡の中の自分を見て、何度も確認する。
普段はピンピン跳ねまくった髪の毛が、ビシッとリーゼントに固まっている。
服は、この日の為に取り寄せてもらった白のタキシード。
首元には赤い蝶ネクタイをつけ、これでシルクハットでも被ったら、まるで手品師だ。
だが本人的には格好いいファッションなのか、ピートは何度も満足げに頷いた。
「ふふふ。この男前なピートさんを見たら、さしものハルナちゃんとてクラクラだぜ?」などと、怪しげな独り言まで垂れ流している有様。
「ピートくぅん、すてきよぉ〜」
「ハルナちゃんこそ、魅力的だよ」
「あぁんっ、ピートくん、もう大好きっ!」
「オレもさ、ハルナちゃん!」
「がばっ!」
「ぶちゅうう〜〜〜っ!」
世にも奇怪な一人芝居を続けたあげく、鏡に映った自分にブチュッとキスした時、背後から淡々とした声が彼の心臓を射抜いた。
「……変態がいます。T博士に知らせないと、デンジャーです」
ハッとなり振り向くと、トイレの入口にはツインテールの少女が立っていた。
見かけない顔だ。
着ている服もスタッフジャンパーではない、少々寒そうなワンピースである。
この基地に見知らぬ子供が迷い込んでくることは有り得ない。
そういや本部から来たというオペレーターがいるらしいが、この子がそうなのか?
「な!なんだよオマエ!ここは男子トイレだぞ!?」
「声がしたのです。甲高い声だったから気になって、覗いてみたのです」
慌てるピートを、少女の冷え冷えした声が遮る。
「でも、いたのは一人の変態でした。T博士に知らせないと」
「ちょ、ちょっと待ったぁ!」
踵を返す少女の腕を、はッしとピートの手が掴む。
こんなことをT博士に告げ口されたら、基地内におけるピートの立場が暴落してしまう。
見知らぬ人間に腕を掴まれても、少女の冷静さは失われることなどなかった。
感情の一切こもらぬ、冷ややかな瞳がピートを見上げる。
「離して下さい。変態に手を掴まれるのは嫌です」
「だッ!だれが変態だ!オレにはピートって名前があるんだよ!!」
「ハルナというのは恋人ですか?脳内の」
ピートより背丈は小さいくせに、グサッと突き刺さる一言を放つ子供である。
「脳内で悪かったな!でも、ハルナちゃんは実在する女の子だよっ」
「そうですか。なら、宣戦布告します」
手を振り払い、少女がピートへ向き直る。
心なしか眉が吊りあがっているところを見るに、彼女は怒っているようだ。
いきなり調子が変わってピートが「へ?」と驚く間に、少女は宣告した。
「あなたにハルナは渡しません。ハルナは、わたしが全身全霊をかけて守ります」
「な、なんなんだよ突然!大体、お前は誰なんだ!?」
怒るピートに再び冷たい視線を向け。少女は名乗りをあげる。
「ミカ。ミカ=エクストラです。変態は、嫌いです」
その言葉を最後に、音もなく少女の姿が入口から消える。
同時に、遠くからパタパタと近づいてくる足音が聞こえた。
「ミカァ〜。あっ、こちらにいらしたのですか?」
続いて可愛らしい声がミカを呼び、それに対してミカが何かを答え、すぐに二つの足音は遠ざかっていった。
後に残されたピートは、しばし佇んでいたが、やがて八つ当たり気味に鏡を殴りつける。
「ったく!なんだってんだよ、あのガキは。気分悪ィぜッ」


メイン会場では開会式を待つべく、何人かが集まっている。
いつもは地味なスタッフジャンパーの連中も、今日だけは華やかな格好だ。
子供達も、それなりにお洒落して現れた。
持ち込みの服を着ている者もいれば、U博士に頼んで取り寄せてもらった者もいる。
春名は、衣服を取り寄せてもらった。
手持ちの服はスポーティーなものばかりで、パーティーに着る用ではなかったのだ。
スタイルに自信があるほうではないから、ドレスではなくワンピースにしておいた。
ドレスだと、胸元の寂しい春名ではマヌケな格好になると考えて……
「ね。ね。大豪寺さんはプレゼント、用意した?用意、したかな?」
雲母も、今日ばかりはイメチェンとばかりにドレス姿をご披露していた。
とはいえ背丈が足りないから、やっぱり子供っぽいことに代わりはないのであるが。
「う、うん。一応……」
バッグから小箱を取り出し雲母に見せると、春名はすぐ、しまい込む。
誰かに見つかって冷やかされるのは嫌だし、誰にあげるのか追求されても困るからだ。
「ね、ねっ。それ、手作り?それとも、お取り寄せ?」
雲母は絶対に、相手が聞かれて困るような質問はしない。
誰にあげるのかとは聞かずに、当たり障りのないことだけを聞いてくる。
彼女の、こういうさりげない優しさは好きだ。だから、春名は素直に応えた。
「手作りにしたの。時間がなかったから、良いデキとは言い切れないんだけど」
「エヘヘ、やっぱ大豪寺さんは手作り派なんだぁ。私はね、お取り寄せ派なのぅ〜」
首に提げたポーチから平べったい箱を取り出して見せつけると、すぐにしまい込む。
「中身はね、開けた人だけのお楽しみ♪大豪寺さんのも、そうだよね?ね?」
彼女のテンションに少しついていけず、引き気味になりながらも春名は「うん」と頷く。
ドン引きされているとも気づかずに、雲母はキャイキャイはしゃいでいる。
部屋の装飾が素敵と言っては飛びはね、食事が沢山だねぇと言っては万歳して。
興奮気味な雲母のおしゃべりにつきあっているうちに、どんどん人が入ってきた。
残っていた仕事を片づけたスタッフや博士、それと訓練を終えたパイロットである。
「あ!見て見て、Q博士とクレイも来たよぉ〜っ」
クレイだけじゃない、ピートやヨーコの姿も見える。
クレイは黒の、ピートは真っ白なタキシードを着込んでいた。
何故かピートは、いつものピンピン頭ではなく、リーゼントにキッチリ固めている。
「ぶっ!何あれ、余興かなんか?」
彼の格好を見て吹きだしているのは、秋子。
秋子だけじゃない。瞳も恵子も、春名の同窓生は、腹をかかえて大爆笑。
笑っていないのは真喜子と春名、それから雲母ぐらいなものだ。
「別に、格好いいと思うけど。クレイも、ピートも、ヨーコも。……ね?」
雲母の呟きに同意するように、春名は小さく頷いた。
ピートの真っ白タキシードはともかくとして、ヨーコとクレイは普通に格好いい。
特にクレイは普段地味なジャンパーに身を包んでいることもあって、タキシードを着ただけなのに、やたら格好良く見えてしまう。
ヨーコは真っ赤なドレスに身を包んでいた。
胸元が大きく開いているタイプで、ネックレスが胸の谷間に挟まっている。
派手な美少女の登場に、周囲の男性陣からも歓声があがった。
「今日だけはヨーコが主役、かな?負けちゃいそぉだね」
雲母がまた呟くが、春名には頷く余裕も失われていた。
彼女の視線は、ヨーコに抱かれたクレイの片腕に集中している。

あんな露出度の高い、可愛い女の子に胸を押しつけられて。
寄り添われているというのに振り払うでもなく、平然としているなんて――
――平然としているのは、二人が、そういう仲だから?

何となく、もやもやした気分になり、春名は自分でも自分が嫌になる。
雲母もそれに気づいたのか、何も言わず、春名の肩をポンと叩いて慰める。
「……そろそろ開会式が始まるんじゃない?もっと前に行こ?ね?」
春名の気を紛らわせようと彼女の腕を取って、用意された台の前に近寄った。


演説台の上で、T博士やU博士が長々と開会の挨拶を熱弁している間。
「なぁ、なぁ。見ろよ、ハルナちゃんのカッコ!」
会場を見渡して、ピートは女の子のファッションチェックに余念がない。
「かっわいぃよなぁ〜。白いワンピ、白って彼女に似合ってると思わねぇ?」
春名を褒めたかと思えば、次に真喜子へ視線をずらし、これも褒め称える。
「マキお姉様のドレスも捨てがたいよな!クラシックっつーか古風っつぅか!」
仰々しい、といったほうが適切だろう。
真喜子の格好は、まるで童話に出てくるお姫様のようであった。
さらには後方を振り返り、有吉と美恵を発見。
美恵は黒いドレス。有吉は黒いセーターに赤のミニスカートを着こなしている。
今日の有吉からは、普段の優等生っぽさは微塵も感じられない。
「うは!ミエちゃんってば、大ッ胆!胸元開きすぎじゃねぇ?スミコおねーさまのミニもイイねぇ〜。黒タイツは魅惑のラインだぜぇ」
ピートは大はしゃぎで、一緒にいるほうが恥ずかしくなってくる。
なおも続くファッション評価を軽く聞き流しながら、クレイは春名を見た。
できればドレス姿を見てみたかったが、ワンピースという選択も悪くない。
ヨーコが放ってくる妖艶さというか毒々しさを、春名からは感じない。
彼女には清楚なイメージが漂っている。
清楚な少女には清楚な白が似合う。
ピートの評価は間違っていない。クレイは感心した。
もっと近くに寄って見てみたくなり、ヨーコの腕をふりほどく。
「あんっ。お兄ちゃん、どうしたの?いきなり振りほどくなんて、ひっどぉい」
彼女が不満に声を荒げるのにもお構いなく、人混みをすり抜けて前に出た。
「――では、これより歓迎式を始めたいと思います!」
U博士の長い長い挨拶も終わり、一斉に乾杯の音が鳴り響く。

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