BREAK SOLE

∽15∽ 帰還


誰もいない道、閑散とした街に、二人の足音だけが響いている。
クレイに腕を取られたまま、春名はもつれる足取りで坂道を下っていく。
先ほどから彼女の視線はずっと、クレイの脇腹に注がれていた。
片手で春名を掴み、もう片方の手は脇腹に当てられている。
宇宙人の光線が、彼の脇腹から血を噴き出させたことは記憶に新しい。
「ねぇ、クレイ。お腹は、大丈夫?」
はぁはぁ、と息を切らせながらも尋ねると、クレイがいきなり立ち止まる。
止まりきれず春名は彼の背中に飛び込んで、したたか顔面を打ってしまった。
イタタとぶつけた鼻をさすっていると、低い声が応える。
「……平気だ。出血は止まっている」
という割には、手で傷を抑えたままなのが気にかかる。
こちらへ振り向かないのも、顔色の悪さを気取られたくないため?
回り込んで彼がどんな顔をしているのか見てみようと春名が近づくと、いきなり下からすくい上げるように持ちあげられた!
「きゃあ!?」
バランスを取ろうと、春名は咄嗟にクレイのシャツを掴んだ。
「ななな、な、なにするの?」
上擦った声で春名が尋ねると、クレイは応える。
「速度が落ちてきている。春名は疲れているようだから、抱えて連れていく」
何でもないことのように言われ、さらに春名の顔は紅潮する。
間近にクレイの顔が迫る。
クレイは全くの鉄仮面を通していたが、額には汗が浮いていた。
ボートを高速で漕いだ後も、延々と歩いてきた時も疲れを見せなかった彼が、だ。
ハッとして脇腹の傷を見ると、シャツには血が滲んでいる。
出血は止まっていると言っていたが、けして怪我は軽くなさそうだ。
「だ、ダメだよ!クレイのほうが疲れてるじゃないッ、怪我もしてるし!」
春名は降りようと暴れるが、逆にしっかりと抱きかかえられてしまった。
「時間に間に合わない。俺を心配に思うなら、しっかり掴まっていてくれ」
本人にそう言われてしまっては、降りるわけにもいかず。
仕方なく、そう、本当に仕方なく!春名は、ぎゅっとクレイの首に手を回す。
彼は歯を食いしばっていたが、春名が安定すると笑顔を見せてくれた。
「これなら、すぐ着く。行こう」
これに対し春名は、何か気の利いた返事でも出来ればよかったのだが――
間近で微笑まれ言葉を失っているうちにクレイが走り出し、返事のチャンスを逃した。

坂道を飛ぶような速さで駆け抜ける。
入口には二つの人影が、春名とクレイを待っていた。
背丈と身なりで遠目からでもよく判る。猿山と真喜子の二人である。
「大豪寺!!無事だったかッ!」
「大豪寺様、クレイ様!こちらですわ〜っ」
クレイの腕から開放され、地面へ着地した春名へ猿山が駈け寄った。
「勝手にどっか行きやがって、心配させんなよ!」
怒りと喜びで半々な猿山を見て、さすがに春名も胸が締めつけられる。
彼は、本当に春名を心配してくれていたのだ。
口調は怒っているようでも、顔を見れば喜んでいるのが、よく判る。
春名が勝手にいなくなってショックを受けたという気持ちが半分、無事でいて嬉しいという気持ちが半分。
それらが整頓しきれぬまま、猿山の表情に出ていた。
「……ごめんね、心配かけちゃって」
そっと呟き猿山の手を握ると、彼は途端に真っ赤になって責めたことを詫びてきた。
「い、いやぁ!お前が無事なら俺はそれでいいんだっ」
デレデレになってしまった猿山の代わりに、真喜子が春名を諌めておく。
「大豪寺様がクレイ様を心配なさるお気持ちは、よく判りますわ。でも次からは、私達に一言断ってから行動して下さいませね」
「うん。本当にごめんなさい」
春名は真喜子にも謝り、真喜子は笑顔で頷き返す。
「ミグ様がタラップでお待ちですわ。行きましょう」


春名達が潜水艦から下りると、友達が総勢で出迎えてくれた。
「買い物無理だったんだって?残念〜」
「でも四人とも無事で良かった!心配しちゃったんだからね?」
四人が宇宙人に襲われたというのは、こっちにも伝わっていたようだ。
秋子の話によれば、基地全体に警報が鳴り響くほどの大騒ぎになっていたらしい。
「街中で戦っちゃダメなんて、ソルも案外不便だよねぇ〜」
雲母の言葉に、猿山も頷く。
「まったくだぜ。おかげでこっちゃ、ハラハラしっぱなだったよ」
「でも、どうしよう?クリスマスパーティーの用意ができなくなっちゃった」
春名の問いを、優が暗い表情で遮る。
「うん、それなんだけど……ヨーコが、そのことでまたキレちゃって」
「ヨーコ様が?」
先を促す真喜子に答えたのは、有吉。
「こんなことになったのも、あんた達がつまらない計画を立てたせいだ、って。ソルが出撃できないのもブルーが襲われたのも皆、私達のせいなんだって」
いかにもヨーコらしい考え方だよね、と彼女は涼しい顔で笑った。
笑い事ではない。
せっかく仲良くなれそうだったのに、何もかもがパァになりかけているではないか。
『ヨーコの説得は俺に任せて欲しい』
クレイが突然割り込んできたので、誰もが驚いた。
まだ彼が、ここに残っていた事も意外であった。
ミグは既に姿を消している。
四人を降ろすと同時に、自室へ戻っていったのだ。
クレイは淡々と話す。通話機で。
『必要な物資があるなら、U博士に相談するといい。きっと力になってくれる』
「U博士?って、あのデブった……もとい、ぽっちゃりした博士だっけ?」と有樹が尋ねれば、クレイは頷く。
『そうだ。物資補給はU博士の担当だ』
「担当って決まってるんだ!じゃあ、Q博士は何の担当なわけ?」
調子に乗って更に有樹が尋ねると、案外素直に答えが返ってくる。
『Q博士は総責任者だ。T博士は軍艦指揮、R博士は兵器管理を担当している』
いかめしい顔のT博士や、意地悪そうなR博士の顔が皆の脳裏に浮かんでは消えた。
それにしても、Q博士がアストロ・ソールの総責任者?人は見かけによらないものだ。
「ハイ、質問!U博士は今、どこにいますか?」
有樹を押しのけ、近藤が尋ねると。
『今から司令室へ行く。用のある者は同行してくれ』
クレイはエレベーターを指で示し、皆を促した。

――立入禁止の区域に入れる!

クレイの一言は、皆の冒険心と好奇心を大いに刺激した。
そして、しばらくの間、彼らは誰が同行するかで大モメにモメたという……


司令室は閑散としており、他の博士やスタッフの姿は、まばらであった。
U博士曰くスタッフの多くは現在、軍艦製造へ回っているとのことである。
結局クレイに同行したのは、猿山と春名の二人だけ。
真喜子は辞退し、他の皆は買い物に行かなかったからという理由で猿山に却下された。
買い物に出た人間が頼むほうが誠実だという猿山の言い分に、皆は納得したのだった。
「買い物の件は本当に残念でしたね」
U博士はクレイに労りの言葉をかけ、背後の二人にも目をやる。
「ですが……クリスマスパーティーではありませんが、パーティーなら我々も予定していたのですよ」
「えっ?」
驚く春名に、U博士は優しく微笑んだ。
「あなた達を迎え入れた事に対する、いわば歓迎式のようなものをですね。Q博士が計画なさっていたのです。先に、あなた方の計画を聞かされたので、お話する機会を失われたようですが」
「えーっ。じゃあ、俺達がやったことって無駄足じゃん」
ぶぅっと口を尖らせ、ふてくされる猿山には苦笑を向けた後。U博士は彼を慰めた。
「いえいえ。何かを行おうとする心は大切ですよ。何もせず他力本願になるよりは」
『それより物資補給の件ですが、彼らの要求する物を輸送することは可能ですか?』
突然割り込んできたクレイにU博士は少し驚いたふうであったが、すぐに頷いた。
「必要なものは何ですか?ツリー?それとも皆に配るプレゼントでしょうか」
「プレゼント?何でも注文可能だってのかよ」
まだふてくされている猿山に、U博士が答える。
「さすがになんでも、というわけには参りませんが。ピートが何か注文していたようでしたので、あなた方も要り用なのでは……と、思っただけです。注文なら承りますよ。えぇ、もちろん代金も頂きますが」
「あ、あの」と、これは春名。
彼女は料理用具とケーキの材料を注文し、ついでに台所の場所も教えて貰った。
「どうあっても自分で作りたいってか?さすがは料理の天才」
「も、もう。やめてよ、猿山くんっ」
猿山の茶化しに照れながらも、春名は嬉しそうだ。
そんな二人を見て、U博士も嬉しそうに微笑む。
「ほぅ。ダイゴウジさんは、お料理の達人ですか。パーティーが楽しみですね」
「そ、そんな。達人じゃないですよ〜」
「なんて言ってるけど、三年連続で家庭科Aだったって話だぜ」
「猿山くんっ!なんで猿山くんがそれ、知ってるの!?」
「ふふ……ブルー、あなたも楽しみでしょう。ダイゴウジさんの手料理は」
何気なくクレイへ話を振って、振り向いた時、U博士は言葉を失った。
つられて振り向いた春名や猿山も言葉を無くす。


クレイは、壁に寄りかかるようにして倒れ込んでいた。
押さえられた脇腹からは新たな血が滲み出し、床に血だまりを作っていた――

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