BREAK SOLE

∽11∽ きっかけ


「あ――いた!待って、待って下さいっ」
通路に飛び出し左右を素早く確認すると、クレイの後ろ姿がエレベーターに向かって歩いていくのを発見した。
春名が呼び止めると、彼も足を止めて振り返る。
「あ、あのっ、ご、ごめんなさいっ」
追いついた春名は、いきなり頭を下げて謝りだす。
「私、でしゃばったことしちゃって。あなた達のこと、何も知らないのに」
「何が?」
合成音声じゃない声が聞き返してきて、春名はハッと顔を上げた。
「え……?」
憂いに満ちた目が真っ向から彼女を見つめている。
「春名のしたことは間違っていない。二人を止めたのは正しい行動だ」と言って、今度はクレイが頭を下げる。
「あの場合、二人を制止に入るべき存在だったのは同じパイロットである俺だ。嫌な役目を任せてしまって、すまなかった」
まさか、逆に謝られるとは。
てっきり不愉快に感じて退席したのだとばかり思っていた春名は、慌てて彼を慰める。
「え、い、いえ、あのっ!そんな、誰が喧嘩の仲裁するかなんて、大した問題じゃないと思うしっ!クレイだけに責任押しつけるなんて、そんなこと!」
それに、と付け足す。
だんだん自信がなくなってきたのか、小声になりつつも。
「ピートやヨーコとは仲間なんだし、仲間なら仲良くしなきゃって思ったから」
「二人と仲良くしなければいけないのは、俺も同じだ」
そう言うクレイの顔には、まだ影が差している。
ピートやヨーコと仲良くなることに、何か不満でもあるのだろうか?
「二人と連携を取る為にも、必ず仲良くならなければならない」
「連携?」
「護衛機で外敵と戦うには、連係攻撃も必要だ。攻撃の息を併せるには信頼しあうことだと博士に言われている」

なんか……
彼の言い分を聞く限りだと、仲良くなる理由は効率性だけな気がする。
しかも、全部博士からの受け売りだ。
仲良くなって嬉しいとか楽しくなるといった感情は、クレイにはないのだろうか?

春名は不意に、過去の自分を思い出した。
何でも晃の助言に頼ってばかりで、自分で考えようともしなかった過去の自分を。
あの時、喧嘩を止めようと思った時、晃に相談することは、もちろん考えた。
一番初めに思い浮かんだことだった。
でも、しなかった。
自分自身で止めてみよう、そう思った。
自分の意見で言わなければ、きっと二人とは仲良くなれない。
誠意が二人に伝わらない。そんな予感がしたのだ。
「それだけの為に、仲良くなりたいの?」
「それだけ?重要な事だと思うが」
「友達って、仲良くなるって、そういうものじゃないと思うんだけど」
ちょっと強気に詰め寄ると、クレイは視線を外してしまった。
「……すまない。春名の言っていることが、よく理解できない。ただ、」
「ただ?」
「春名と、こうして話すのは楽しいと思っている」
再び視線を春名へ向けて、彼は微笑んだ。真から嬉しそうに。
「え……えぇっ!?」
突然の告白で真っ赤になる彼女に、クレイが続けて尋ねる。
「この感情が、仲良くなる……という物なのだとしたら、俺は二人と話すことも努力しなければいけない。だが、きっかけが掴めなくて困っている。どうすれば、きっかけを掴むことができる?」
きっかけって、言われても。
話すきっかけなら、その辺にゴロゴロ転がっていそうな気もする。
なにしろ春名と違って、クレイはピート達と同じパイロットなのだし。
話のネタなんて、いくらでもありそうじゃないか。
むしろ話のネタに困っているのは、有雅致中卒業生達の方だ。
ちょっと前まで見知らぬ他人だったのが、無理矢理共同生活しているのである。
育った環境も生まれた国も全く異なる。彼らと自分達を結びつける線が何もない。
「そうだ!えっと、クリスマスパーティーにはクレイも来るよね?」
即頷くかと思いきや、クレイは返事に迷っている。
そういえばQ博士は買い物の護衛は頼んだけれど、参加しろとは言ってなかったっけ。
クレイが答えやすいよう、春名は言葉を選びなおした。
「じゃなくて。クレイも、パーティーに参加してくれる?参加してくれれば……私も、嬉しいな」
ちら、と上目遣いに彼を見上げる。
猿山あたりが同じ事をやられたら鼻血噴射で月の裏側までぶっ飛んでいきそうな、恥じらう仕草のオマケつきだ。
「判った。参加する」
さすがに鼻血噴射とまではいかないまでも、彼も嬉しかったのかもしれない。
春名の言葉に速攻で頷いた後、クレイは少し照れた様子で尋ねたのだ。
「ピートはプレゼントを持っていくと言っていた。春名も何か、欲しい物はあるか?」
「わ、私?私にッ!!?」
「……いや、今は答えなくていい。当日を楽しみにしていて欲しい」
それじゃ出かける用意をしようと言い、クレイはエレベーターで上っていった。
恥ずかしさと嬉しさで真っ赤になり、ボーッと立ちつくす春名を通路に残して。


「それじゃ買う物は、折り紙、テープ、モール数本と、ダンボールでいいか?」
「もみの木も欲しいところですけれど……売ってはおりませんでしょうねぇ」
ラウンジには、既に用意を終えた猿山と真喜子がいる。
二人してテーブルを差し向かいに座り、買い物チェックに余念がない。
「売ってないなら作ればいいのさ。俺のクラフトワーク技術を見せてやんよ」
「まぁ!素晴らしいですわ、猿山様。楽しみにしておりますわね」
得意げな猿山に真喜子がパチパチ拍手していると、春名もやってくる。
「二人とも、おまたせ〜!ごめんね、遅くなって」
「お、大豪寺。やっと来たか」
「いえ、それほどお待ちしておりませんわ。大豪寺様も、お座りになって」
二人とも笑顔で迎えると、真喜子が春名を自分の隣に座らせる。
「大豪寺、お前も欲しいもんがあったらリストの中に追加頼んだぜ」
「うん。あ、じゃあ追加していいかな?ケーキの材料と、キッチン道具」
「おー!そいつを忘れてたッ。さすが大豪寺、伊達に料理好きじゃねぇな」
変な感心をされ、真喜子はクスクス笑い、春名も照れ笑いを浮かべた。
「料理関係の道具選びは、私に任せてね。飾りつけは、二人に任せるから」
「おう!任せとけっ」
「承知致しましたわ。……ところで、クレイ様は?まだでございましょうか」
「あれ?まだ来てなかったの?」
おかしいな、と春名は首を傾げる。
準備するといって部屋に戻ったのは、クレイの方が先だったはずなのに。
「Q博士と打ち合わせでもしてんじゃねぇの?外に出たら生水飲むなとか、おやつは二百円までヨ、とか」
「クレイ様は、箱入り息子のようでございますからねぇ」
「箱入り息子?なんだそりゃ。っていうか有田、お前が言うなよ〜」
くすくすと、冗談を言い合う真喜子と猿山。
春名は少し心配になって立ち上がりかけるが、真喜子に制された。
「行き違いになっても困りますし、もう少しお待ちになっては?」
箱入り娘でありながら、落ち着きに関しては春名より真喜子のほうが上のようだ。

おやつの相談をしていたわけではないが、猿山の予想通りクレイは博士と話していた。
でかける準備と言っても、クレイ自身が準備することなど何もない。
彼は潜水艦の手配をしてもらうため、博士達へかけあっていたのだった。
「潜水艦の運転はミグにやらせよう。大人数で動かす必要などあるまい」とはT博士。
それに対して異議を唱えたのはU博士だ。
「ミグを?彼女はコンソール・コンセレーションできるようになったんですか」
「そろそろ一人でも動かせるよう訓練しておかねばならんじゃろう」
R博士がジロリと睨むのも構わず、U博士は更に問う。
「大体、いつ此処へ召集したんです?彼女は本部で待機しているはずじゃ――」
それに答えたのはT博士ではない。
静かで、それでいて冷たい少女の声が答える。
「昨日付で到着しました」
「ミグ……!」
ミグと呼ばれた少女が皆の元へ歩いてくる。
彼女は、戦艦オペレーターとして選ばれたエキスパートの一人であった。
背丈はピートよりも小柄で、恐らく百五十センチもないはずだ。
遠目で見る限りは、小学生といっても通用しそうなほど小さい。
だが切れ長の瞳や全身から発している気配は、幼い少女の持つものではない。
研ぎ澄まされた刃物、とでも言うべきか。
二つに髪をまとめたツインテールが、まるで彼女の持つ雰囲気と似合っていない。
ミグが面を上げ、Q博士の横で佇むクレイを見た。
「あなたがブルー=クレイ、ですね。Aソルのパイロットに選ばれた」
「そうじゃ、仲良くしてやって欲しい」
朗らかに言うQ博士を鼻で笑い、彼女は呟いた。
「仲良く……それで、本日の任務は何ですか?T博士」
T博士が答える。あまり気乗りがしない、といった調子で。
「彼が地上へ買い出しに行くので、潜水艦をお前に操縦して貰いたい」
「潜水艦を?……了解です」
異議を唱えるかと思いきや、ミグはあっさり命令に応じる。
きびすを返して部屋を出る直前。クレイの前で立ち止まり、軽く名乗りをあげた。
「ミグ=エクストラです。仲良くしましょう、青き星の戦士」
彼の返事を聞こうともせずに、ミグは部屋を出て行った。


そろそろ探しに行こうか、という話になった頃、クレイがラウンジへ現れる。
「……お、来た来た。遅い、遅すぎんぞ、クレイ〜!」
ただし、彼は一人ではなかった。白衣のオッサンも一緒だ。
珍しくQ博士以外の博士が同行している。あのハクサイ頭はT博士か。
「今は状況が状況だけに、スタッフを動せる余裕もない」
到着するなりT博士が用件を切り出したので、子供達は黙って聞いた。
「そこで、昨日付で召集したミグが潜水艦を運転することになった。運転は集中力を必要とする。地上へつくまで静かに乗っていて貰いたい」
「集中力?あれ、でも運転はナントカパネルってのを操作して」
猿山の質問も遮り、T博士が無理矢理話を締める。
「運転するのはミグ一人だ。よって運転はコンセレーションで行う。君達は何も心配せず、黙って乗っていれば良い」
博士の有無を言わせぬ断言っぷりには、春名も真喜子も神妙な顔で頷くしかない。
とても、コンセレーションって何ですか?などと質問できる雰囲気ではなかった。
「クレイ、潜水艦は君を降ろしたら一旦基地へ帰還する。帰る時は非常回線で連絡を取ってくれればミグが迎えに行く」
『了解です』
「合流地点は判るな?」
『はい』
なおも入り込めない会話を二人は続けていたが、終わったのかクレイが振り向く。
『行こう』
「説明も何も無しかよ!!」
クレイが説明してくれるものと期待していた猿山は怒りのツッコミを入れるが、彼のツッコミはT博士によって受け流された。
「説明なら先ほど儂がしただろう。きちんと聞いていたまえ」
クレイは、さっさとドッグへ歩いていく。
春名達は慌てて彼の後をついていった。

潜水艦に乗り込むと、ようやく猿山達はホッと一息ついた。
「何なんだよ、あのハクサイ頭!いきなりやってきて、えらそーにっ」
「Q博士とは、だいぶ印象が違いますわね」
まぁT博士のことは、ひとまず置いておくとして……
海底基地へ来た時も思ったのだが、潜水艦の中は、かなり広い。
基地へ行く時は、たくさんのスタッフが動かしていた。
操縦席と思わしき席全てに人が座っていて、それぞれが何かの機器を担当していて、なのに今は少女が一人だけ席に腰掛けている。
こいつがミグか。こんな子供が一人で潜水艦を運転なんて、できるのか?
彼女の前方には球体が輝いている。
前に操縦席を見た時には、こんなものはなかった。
「何?これ」と春名が思わず尋ねれば、クレイが答える。
『コンセレーション用のコンソールだ。ミグが念を通して潜水艦を動かす』
「ねんを?通して?なんだそりゃ……うをぁっ!?」
「浮上します」
少女がポツリと呟いたかと思う暇もなく潜水艦が大きく揺れて、猿山は転がった。
春名や真喜子もバランスを崩して、床に倒れ込んでいる。
無事に立っているのなど、クレイ一人だけだ。
「ちょ、ちょっと待て、動くなら先に言って……あだッ!」
せめて席についてシートベルトを絞める時間ぐらいは欲しかった。
猿山の願いも虚しく、彼らは縦に横に大揺れする潜水艦の中で転がりながら、地上へ戻ってきたのである……

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