act6.代々軍人
宗像家は先祖代々、優秀なパイロットを輩出してきた。
ワ国がローダーなどという人工生命体に頼る前までの時代の話である。
桜が生まれる頃には、すでに人間はパイロットを引退しており、バトローダーが空を飛び回るようになっていた。
従って、宗像もパイロットではなく教官としての道を余儀なくされたのである。

ある日、宗像は上司に呼び出される。
新設されたばかりの空軍小隊、そこの教官になれという命令を受けた。
教官になるのは、これが初めてではない。
以前にも受け持っていた小隊があったのだが、そこの部隊は全滅してしまい、宗像は本部に戻されていた。
再びの教官就任に、宗像の胸は高鳴る。
同時に恐れもあった。
また全滅してしまったら、という恐れが。
あの小隊が全滅したのは、けして宗像のせいではない。
小隊の隊長が無能だっただけだ。
それでもバトローダー達の無念を考えると、心が痛んだ。
自分が、もう少し上手く育成してやっていたら――或いは死ななかったのかもしれない、と思うと。

ともあれ、命令を受けたならば即動かねば軍人ではない。
宗像 桜は、その日のうちに荷物をまとめ、本部を後にした。
新たなる勤務地、第38小隊空撃部隊へ――


ピッピッピッ、と規則正しく笛の音が鳴る。
「ぜんた〜い、とまれっ!」
シズルの号令に併せて、中庭をぐるぐる走っていたバトローダー達が一斉に足を止める。
教官が来るまでの間、彼女達はずっと中庭でマラソンばかりやらされていた。
体力作りならマラソンに限る、というシズルの持論によって。
学生時代は本ばかり読んでいた刃に異論が唱えられるはずもなく、毎日マラソン三昧となった。
これでは、面白くない。
誰がってバトローダー達が、だ。
本来なら、急ピッチで飛行機の運転練習をしなければならない立場にある。
しかし機体も教官も届かないのでは、練習のしようもない。
それでも彼女達が途中で投げ出さなかったのは、刃司令官が一緒に監視していたからである。
「はひー、疲れたぁ〜。しれいかぁん、マッサージしてくださぁぁ〜い」
コビコビに媚びまくってアルマがすり寄ってくるのを、さらりとかわして刃はミラを気遣う。
「大丈夫か?立てないようであれば手を貸そう」
ミラはストップのかかる何周も前から、くったりしゃがみ込んでしまって動けなくなっていた。
差し出された手を、ぎゅっと握り、彼女がキラキラと潤んだ視線を向けてくる。
「なんて、お優しい御方でしょう。白羽司令官は、わたくしを萌え殺すおつもりですのね」
よく判らないが立ち上がる気力だけは、あったようだ。
「ったく、だらしないなぁ二人とも。マラソンなんて体力作りの基礎じゃん?」
軽口を叩いているのは、ケイだ。
サイファ、ケイ、カリン、クロンの四人は毎日文句も言わんと黙々マラソンを続けており、終わった後も息を乱していない。
むしろ息を乱しているアルマや、ダウンしたミラのほうが珍しいのだろう。人工生命体的に考えると。
バトローダーの体力は設計上、人間の遥か上をいく。
何時間、何ヶ月間と長い月日を戦場で過ごすのだ。途中でへたばっていては、使い物にならない。
「お前ら、偉いな。あとで飴玉を一個ずつサービスしてやるぞ」
シズルに頭をナデナデされて、ケイが言い返す。
「飴玉もいいけど、もっとテンションのあがるご褒美が欲しいな」
おねだりするバトローダーというのも、人工生命体全体で見ると相当珍しい。
全てはシズルが勝手な判断でつけた、各個性の賜である。
「テンションアップの報酬ねぇ。例えば?」とシズルが促せば、ケイはチラッチラッと刃の横顔へ視線を向けて、こう宣った。
「え〜?例えば……司令官がキス、してくれるとか」
ちょうど、その発言をかました直後だった。
待望の教官が、第38小隊に到着したのは。
「貴様らァ!不敬であるぞッ!!」
重低音の怒鳴り声はビリビリと周囲一帯へ響き渡り、その場にいた全員を驚かせる。
「だっ、誰だよ、うるせーなぁ」
シズルにつられて刃も辺りを見渡して、こめかみに青筋を引きつらせた男の存在に気づいたのだった。

司令官室に戻った刃の前で、改めて宗像が挨拶する。
「宗像 桜、本日付で第38小隊に着任となりました!宜しくお願いいたしますッ」
踵を勢いよく併せての気合いが入りすぎた敬礼に、刃は驚いて声も出ない。
軍人というのが堅苦しく礼儀作法にうるさいのは知っていたが、まさか素人の自分に敬礼をしてくるとは。
「ははっ、ヤイバ。硬直してないで、お前も挨拶しちゃどうだ?」
シズルの至って気楽なタメグチに、宗像の眉毛が吊り上がる。
この男、何の説明もなく司令官にくっついて司令室まで入ってきたが、一体何者か。
「貴様、司令官に対して馴れ馴れしい口を訊くんじゃないッ。司令官殿とお呼びしろ!」
眉間に無数の縦皺を寄せる宗像には、司令官本人からの待ったが入る。
「いや、いいんだ。シズルは俺の親友だ。彼には敬語を使ってもらいたくない」
親友だと?
軍部で友達ごっことは。
前帝の息子にしては甘えた思考に、宗像の眉間の皺は、ますます濃くなる。
だが刃の言い分は、まだ続いていたようで、彼は困惑の表情を浮かべたまま付け足した。
「あなたも俺に敬意を払う必要はない。俺のほうが新米且つ若輩なのだから」
「いえ、司令官は自分にとって上司であります!上司に馴れ馴れしくなど、出来ませんッ」
宗像はビシッと額に手を当てて、敬礼を崩そうとしない。
司令官が直接頼んでいるのに強情だなぁ、とシズルは呆れもしたのだが、しかし軍人とは、そうしたものだと納得し、再び刃を促した。
「ほら、新人だと思ってんなら、さっさと挨拶しろってヤイバ」
「その前に!貴様は何なんだッ!?」
宗像に指をさされ、むっとしながらシズルが答える。
「ヤイバの説明、聞いてなかったのか?俺ぁ、ヤイバの親友だ」
「親友なのは判った!だが、それ以外の役目は何だと聞いているッ」
いちいち上目線口調で怒鳴りつけてくる宗像にはシズルの苛つきも倍増し、彼は、彼にしては珍しく無愛想に答えた。
耳などほじりながら、そっぽを向いて。
「あー。工場長だよ、工場長。バトローダーを作る工場の」
それを聞いた途端、宗像のこめかみには新たな青筋がビキビキッと走る。
「何だと!?では、貴様があの不敬なバトローダーどもを造った元凶だというのか!」
「へーへー。不敬っつーけどヤイバの言うこと聞かない、あんただって相当不敬じゃん」
「何だと貴様!?たかが工場長の分際で口答えするつもりか!」
殴る蹴るの喧嘩になる前に、刃は二人の間に割って止めに入った。
「もういい、やめてくれ二人とも。宗像教官。バトローダーやシズルの発言が不敬かどうかは俺自身が決める……あなたの裁量で決めないで欲しい。それと、シズルも無駄に煽るのは禁止だ」
本人に言われてしまっては、これ以上の口出しを宗像がするわけにもいかず、ギリィッと歯ぎしりの音が聞こえてきそうなぐらい口を結んだ彼の前で、刃は続けた。
「挨拶が遅れて申し訳ない。俺は白羽 刃。宗像教官は俺の出生をご存じだろうが、あまり、その件に囚われないで貰えると助かる。それと、先ほど言ったように俺は軍について何も知らないも同然だ。だから俺の事は新兵ないし後輩として、助言をしてもらえると有り難い」
「いや……しかし、それは……」と難色を示す宗像へ刃が頭を下げてくるものだから、宗像は慌てて司令官の頭を上げさせなくてはならなくなった。
「おやめください、白羽司令官殿!自分は、ここへバトローダーの指導をしに来たのですッ。助言をお求めであれば、副官に尋ねると宜しいでしょう。では、さっそくバトローダー達の様子を見て参りたいと思います。失礼しますッ!」
ガッ!と激しく踵を打ち鳴らし、額に手をあてて敬礼のポーズを取ると、くるっと半回転し、カツカツと靴音を鳴らして出ていった。
その動きたるや、規則正しい機械仕掛けの如し。
宗像がいなくなって、ようやく静かになった司令室でシズルが大きく溜息を吐く。
「……なんつーか、めんどくせー軍人が来ちゃったって感じだよなぁ……」
「あぁ。いかにも典型的な軍人だ」と頷いて、刃がクスリと笑う。
「なんで笑うんだよ、そこで」
訝しむシズルへは、微笑みを浮かべたまま答えた。
「いや。シズルは軍人が嫌いだったのか、と思ってな」
それなのに、自分のわがままに従って軍隊までついてきてくれた。
彼には何度感謝しても、したりない。
「軍人が嫌いってか、威張った奴が嫌いなだけだよ」とシズルもやり返し、腕を組む。
「ここ来て幸いだったのは、お前が上司ってのと、技師に嫌な奴がいなかったことだ。あとは、まぁ、出来上がったあいつらが、どれも可愛い子になったってのと」
「それなんだが」
ついでとばかりに刃は尋ねてみた。
「どうして、ああいったコンセプトで造ろうと思ったんだ?ミラや、カリン……高飛車や家庭的などといったカラーは戦闘用生物に必要とは思えないんだが」
あぁ、それか。とシズルは肩をすくめ、刃へ視線を戻してくる。
「戦闘用ったって、毎日戦闘してるわけじゃないぜ。生活面でも顔をつきあわせて暮らすんだ。だったら家事ぐらい出来た方が便利に決まってる」
「しかし掃除や食事の支度は、雑兵の仕事じゃないか。戦闘用生物に雑用をやらせるわけにはいかないぞ。宗像教官だって許すまい」
眉をひそめる刃へ、シズルが笑って答える。
「お前に好意的って考えたら、こういう形に落ち着いたんだ。それに宗像の野郎が何を言おうと最終権限は司令官、お前にある。なら、問題ないってもんよ」
「俺に、好意的……それが、お嬢様や家庭的に繋がった、と?」
どうにも判らない。
シズルの持つ"好意的"の価値観が。
或いは、家庭を持つ夢があったのかもしれない。家庭的な嫁さんと暮らす、といった。
軍隊に入ってしまえば、出会いそのものが減るし、生きて帰れるかも判らない。
シズルは、己の夢をバトローダーに写したのではあるまいか。
じっと見つめていたら、シズルが先手を打ってきた。
「何度も言うが、すまないって謝るのは禁止だかんな。俺は俺の意志で、お前についてきたんだ。その決定に後悔もしていない。まっ、最新の宗像家が嫌な奴だったのは意外だが、あいつとも仲良くやっていくさ」
「いや」
心を読まれたのかと内心驚きながら、それでも刃は平静を装って首を振る。
「ありがとう。シズルが俺の親友でいてくれて、本当に良かった」
「お前が俺のいる学校に入ってきてくれたおかげだよ」
あの学校に入ったのは、偶然だ。
たまたま、母の実家の近くにあった。それだけだ。
それでも。
「本ばかり読んでいた虚弱学生の何処に、お前は惹かれたんだ?」
刃には笑顔で問われ、シズルは大きく唾を飲み込んだ。
どこに惹かれたって、ここで今、胸の内をカミングアウトしろと?
いやいや。それは、さすがに恥ずかしい。
恥ずかしいというか、言えるわけがない。
お前が俺の好みだったから――なんてことは、絶対に!
早くも額にはブワッと汗が浮かんできたし、頬が熱くて照ってくる。
平静を装おうとして、あからさまに失敗しながらシズルは答えた。
「んー、まぁ。お前が、いつも一人でいて寂しそうだったからってのと、そんなお前と仲良くなりたいって下心が俺にあったっつーか」
「そうか」と頷いて、刃が手を握ってくる。
「仲良くなりたいと思ってくれて、ありがとう」
キラキラと点描が辺りに舞いそうなほど、こちらへ向けられた笑顔が眩しい。
アルマではないが、刃の笑顔には"尊い"という言葉が、よく似合う。
さながら天使。
背中に白い羽根でも生やしたら、愛の天使が誕生である。
というのは、盲目の愛フィルター五十枚重ねなシズルの瞳が見せる幻想だろうか。
己の恥ずかしい妄想に、ますますシズルは赤面し、明後日の方向へ視線を逃しながら「おう」と相づちを打ち、これ以上一緒にいたらボロが出かねないとばかりに退室の意を示した。
「ん、んじゃあ、そういうことで、俺も工場に戻るから。なんかあったら、俺を呼べよ?宗像の野郎よかぁ適切な助言、できると思うしよ」
軍事は刃と同等の素人なシズルに助言が出来るとはシズル本人にも思えないのだが、一応そんな事を言ってみる。
刃は「あぁ。いつでも頼りにしているぞ、シズル」と頷くと、名残惜しそうに手を放した。
シズルも機械仕掛けの人形の如く、カクカクと不自然な動きで半回転すると、右手と右足を同時に出しながら出ていったのであった……
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