act3.バトローダー創造
刃が大量の資料と格闘している間、シズルも機器の前で頭を悩ませていた。
バトローダーの創造が、思うように上手くいかない。
人型の器に命を定着させる――とは教本の教えだが、実際には命ではない。
意識と言った方が正しかろう。
人工生命体はロボットとは違う。しかし、本来の生物とも違う存在だ。
自然の生物には心臓があり、脳があり、自我を持っている。心臓が止まれば命も消える。
バトローダーに心臓はない。
手足を動かす動力は核と呼ばれ、人間でいうところの脳の位置に埋め込まれる。
意識を埋め込むのも核にだが、これが定着しないと即ゴミ箱行きとなる。
これまで、どれだけ体を上手に作れたとしても、だ。
失敗作は再生用のビーカーに放り込まれ、一からの作り直しとなる。
今に至るまで、成功はゼロ。シズルが頭を抱えるのも無理はない。
他部隊からベテラン技師が回されているから、もっと簡単にいくかと踏んでいたが、甘かったようだ。
「回路を埋め込むまでに至らないたぁ材料の問題か?」
皆も首を傾げている。原因不明らしい。
回路は核に意識が定着後、体内に埋め込まれる装置で、意識と核を連動させる。
「他部隊と変わらない素材のはずなんですがね」
皆でビーカーの周りに集まって額を寄せ合っていても、らちがあかない。
何度やっても教本通りにいかないのであれば、奇をてらった作成方法を考えるしかない。
「核、意識の順にやって失敗するんだよな?だったら順序を入れ替えてみるってのは」
シズルの案へ、全員が反対する。
「お前、何言ってんだ?核ってのは部品の器だぞ。部品に器を入れるなんて聞いたこともねぇよ!」
「うーん、なら」
別の案を唱えてみる。
「意識を改良してみるってのは、どうだ」
「意識を、改良!?」
技術者としては先輩であるが今は己の部下となった面々を見渡し、シズルは得意満面に言い放つ。
「そうだ。この意識ってのは、今までずっと下請けの部品を、そのまんま使ってきたんだろ?」
「そりゃ、まぁ。今までずっと、それで問題なかったからな」
ベテラン技師達は、シズルのタメグチに機嫌を損なうでもなく頷いた。
「だが、今回に限って上手くいかないってんなら、やり方を変えるっきゃねーだろ。意識と核、どちらかに問題があるんだ……まずは、意識を変えてみる」
「バラすのか?」
「バラバラにしちまったら、俺達には直せねぇ。ちょいと改造するんだ」
彼らが意識と呼んでいる物は、簡単に言うと人工知能である。
下請けの工場で作られているのだが、中身は五万パターンの行動プログラムを収めた小さなチップだ。
シズルは、その行動プログラムに改良を加えると言う。
改造自体は簡単だ。蓋を開き、プログラムを書き換える用の機械と接続して、直接命令文を書き換えればいい。
「しかし、意識を弄っちまったら何が起きるか判らんぞ?最悪、大大堂の悲劇の二の舞になるんじゃ――」
過去、バトローダーの意識を書き換えた例がなかったわけじゃない。
書き換えて、あげく暴走させて、街一つ潰してしまった大惨事があった。
それが「大大堂の悲劇」である。
当時の指揮官の名前を取ってつけられたという話だ。
「けど、このまま上手くいかないって無駄に時間と資源を浪費するんだったら、一でも成功しそうな方法を取ってみたほうがいいだろ?安心しろ、責任は俺が取る」
新参者に責任を取ると言われても。
だが、この男は司令官、帝の子供の親友という触れ込みではなかったか。
ならば、或いは責任が取れるかもしれない。
責任を取るというか、具体的には帝の威信を使って、もみ消すわけだが……
倉庫から機材を引っ張り出すシズルを最初のうちこそ遠巻きに眺めていたベテラン技師達も、次第に彼へ手を貸す者が現れ、そして――
意識の改造が行なわれた。
意識を核に押し込むには、専用の癒着液を使う。
接着後、核を通して意識が目覚めれば、定着完了だ。
「よぉし……入れるぞ」
誰もが、ごくりと固唾を呑んで見守る中――シズルの号令で核へ、ねりねりと癒着液が流し込まれる。
作業用ハンドで意識チップを核の上に置くと、すぐにプレス機が降りてくる。
二、三秒で液が硬化し、意識と核が接着されたら、動作テストの始まりだ。
技師が手元の装置を動かすとピッピッピと規則正しく右から順番に緑色のランプがついていき、全部のランプが明々と輝くのを最後まで見届けてから、全員が叫んだのであった。
「やったー!」
「定着したぞ!!」
これで暴走しなければ、真の大成功なのだが。
再び皆が見守る中、シズルは、バトローダーをゆさゆさと揺さぶった。
「さぁ、起きろ第一号。起きたらまず、お前の名前を決めようぜ」
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