act2.人員強化
バトローダーが戦場へ押し出されてくると共に、戦場から失われたものも幾つかある。
腕利きのパイロットが、その一つだ。
代々歴戦のパイロットを輩出してきた家系でも、バトローダーの進出と共に栄誉の終わりを告げた。
陸軍も海軍も、そして空軍も、今やバトローダーが兵士を担当するのが当たり前になっている。
人間の役割は工場開発か、司令塔。そのどちらにも能力のない軍人は、全て雑用に回された。


白羽 刃が率いる新設空撃部隊には、まだ兵士と呼べるバトローダーが一体もない。
だというのに、近日中には副官と教官が配属されると知って、シズルは目を丸くした。
「何もない場所に配属されたって、そいつらだって困るんじゃねーか?ったく、人事部も何考えてんだか」
「司令官が素人だから、軍規でも教えに来るのかもしれん」
シズルの悪態に軽口で応じた刃は、当の軍規が書かれた本を読んでいる。
軍規と言っても、難しく考える必要はない。
他人に迷惑をかけない、命令には従う、帝には敬意を払え、人命を尊重しろ……
大体が、一般礼儀の繰り返しだ。それを格好つけて、軍規と呼んでいるようなものだ。
「副官って、どんな奴がくるんだ?」
「エリートだと聞いている。が、それ以上は判らん」
「えぇ〜っ、いい加減だなぁ……」
ワ国軍の総本部は、ここから遠く離れた首都近郊にある。
伝達は主に通信で送られてくるのだが、何しろ軍部はドケチで有名だから、あまり長く通信を繋いでいるわけにもいかず、かわす会話時間も限られる。
刃に判ったのは、副官がエリートで軍人としては先輩で、軍では珍しい女性士官というのみであった。
副官が女性であることを、あえて刃はシズルに伝えなかった。
この親友は学生時代から何故か女性を軽視している様子があり、刃はそれを好ましく思っていない。
実力があるなら、男だろうと女だろうと関係ない。平等に接するべきだ。
だが、刃が何度持論を説いてもシズルは全く了承せず、彼の中で確固たる女性への不満があるのだと推測された。
よって、不快な言葉を友の口から聞かされたくなかった刃は、副官の性別を伏せたのだった。
「んじゃあ、教官は?教官もエリートなのか」
「いや。エリートだとは聞かされていない。歴代エースパイロットを輩出した家柄だとは聞かされたが」
刃が言った途端、「えっ!」とシズルが大声で驚く。
大声に驚いた刃の前で、彼は続けて叫んだ。
「それって、もしかして宗像家!?宗像の人間がバトローダーの教官やんのか!」
「なんだ、何か知っているのか?シズル」
「知ってるも何も有名だぜ!?宗像家っつったらワ国じゃエリートもエリート、超名門家系じゃねーか!伝説の撃墜王って異名を取ったって話だぜ」
と、言われても。刃は、これまでの人生で、一度も軍に目を向けたことがない。
戦場報道にも全く興味がなかったし、辺境で文学を愛でているのが、一番至福の時間だったのだ。
「まぁな、宗像家の人間がパイロットやってたのは俺らが生まれる前の話だし、お前が知らなくても仕方ねーか。しっかし、歴戦のエース家系が教官ねぇ〜」
シズルは興味があったのか、戦場に。
となると生命学を専攻していたのは、バトローダーを創造する為か?
いずれは刃の元を離れて、軍に入隊するつもりだったのだろうか。
無言になる刃に気づき、シズルが、そっと声をかけてくる。
「……ヤイバ?どうしたんだ、具合でも悪いのか」
「いや。シズルは、軍人に詳しいんだな」
「詳しいって程でもねーよ、全部他人の受け売りだしな。生命学部にいたんだ、軍マニアってのが。そいつの話を聞いているうちに興味を持ったっつーか」
シズルが調べてみたところ、宗像家は代々百年以上も続くパイロットの家系であった。
しかしバトローダーが広く普及されるようになってからは、人間は全員戦場を遠ざけられ、宗像家もパイロット業を引退せざるを得なくなった。
「んで?最新の宗像家は何て奴がくるんだよ」
「宗像 桜、だそうだ」
「サクラァ?なんだ、女みてーな名前だな?」
たちまちシズルの眉間には縦皺が寄ったが、目に入れないようにして、刃は否定する。
「向こうも言っていたが、女性のような名前だが男性だと」
「あっ、男なんだ。そうか、なら、いいや」
男性と知って機嫌を直したシズルに、今度は刃が質問する。
「最新の宗像家は、お前でも知らなかったのか」
「ん、あぁ。俺が知ってんのは、名門だった頃の、むか〜しの宗像家の栄誉記録だけだからよ」
「……シズルは戦場に、興味があるのか?生命学を専攻したのも、いずれは軍の工場員になる予定で」
そろりと疑問を切り出してみると、シズルは、あっさり「いんや?」と首を真横に振るではないか。
「生命学を取ったのは、グランローダーが作りたかったんだ。ま、グランからバトに変わっちまったが、どっちもローダーには違いねーし、問題ねーよな」
刃が何か言う前に、「おっと、謝るなよ?」とシズルには釘を刺された。
「言っとくが、お前には感謝してんだぜ?工場長なんて本来、学校卒業したばかりの身じゃ逆立ちしたってなれっこねぇからな」
ニッと笑うシズルに、ようやく刃の顔にも笑顔が戻ってくる。
「……ありがとう、シズル」
「なーに、お礼はバトローダーを上手く創造できた時にでも」
軽口を叩き、シズルは尋ねた。
「で、二人は、いつ頃こちらに?」
「具体的には三日後、だそうだ」
「三日後?随分と早いおつきで……」
「暇なうちに移動させておきたいんだろう」
戦況が慌ただしくなれば、新設の部隊に構っている暇もなくなる。
後方部隊への人事異動の話が本部で出ているということは、最前線に大きな動きがない証拠だ。
「じゃ〜、今のうちに建物の掃除でもしとくかなァ」
「それは俺に任せて欲しい。シズルは一刻も早くバトローダーの創造を」
「いやいや、司令官が建物の掃除はないだろ。掃除なんざ雑兵に命じとけよ、そいつも軍規のうちだろ?」
ビシッと手元の本を指さされ、刃が本をめくっている間に、シズルは戸口へ移動すると、「じゃ、バトローダーの生産に勤しむとしますかね」と言い残し、司令室を出ていった。
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