act1.ワ国第38小隊空撃部隊
ワ国の歴史は、他三国と比べて比較的浅い。
故に軍隊の発足も遅く、他国に後れを取っていた。
それでも一人一人の武力で戦うならば、他国の民に負けることもなかっただろう。
敵が空を飛んで攻めてきたりしなければ。
首都まで攻め込まれて、初めて時の帝は他国との戦力差を思い知る。
からくも首都陥落を凌いだ後は、急ピッチで人工生命体の研究が進められた。
ローダーは、初めから使い捨てを前提として作られた人工の労力である。
グランローダー、セクシャローダー、バトローダーの三つに分類され、軍事用のバトローダーは、他二つのローダーよりも能力値が数段高く設定されている。
そのかわり、性格設定は一切ない。
セクシャローダーのみ、性格設定を施される。それがローダー創造の基本とされていた。
刃とシズルが配属となった第38小隊は名前こそ勇ましいが、出来たばかりの小隊で、空撃部隊に至ってはバトローダーの創造さえ終わっていない。
従って、飛行場もローダー用宿舎も全くのカラッポ。
いるのは、他小隊から回されてきたローダー技師が数人ぐらいなものだ。
本部の建物も四階建てと広いが雑兵の姿はまばらで、これで軍隊として本当にやっていけるのかどうか刃は不安になったりもしたのだが。
シズルは全く気にしない様子で、あちこち見て回っていた。

「よぉ、見てみろよヤイバ。ここが司令室ってやつらしいぜ」
無遠慮に開け放たれた扉の向こうを覗き見て、刃は溜息をもらす。
だだっ広い一間の中央に、偉そうな机と椅子が置かれていて、扉から机までの間には赤い絨毯が敷かれている。
如何にも軍人専用の個室だ。
「落ち着かないな、ここに一人というのは」
「ま、そのうち馴れるって」
壁際には本棚が並び、ぎっちり書物も詰まっている。
部隊が活動できるようになるまで、軍規や戦略を学んでおくのも悪くない。
何しろ刃は、帝王学も軍の基礎も全く知らないのだから。
本棚から適当に一冊抜き取ったシズルが、パラパラとページをめくってヒュウと口笛を鳴らす。
「ラインだのデルタだの……へぇ〜、陣形って一口に言っても色々あるんだな!司令ってなぁ、戦況に応じて作戦変更する担当だろ?お前、こういうの知っといたほうがいいんじゃね〜の」
「あぁ……」
刃も一冊適当に引き抜いて開いてみた。
帝を褒め称えると共に、軍隊の在り方について難しい言葉が書き並べ立てられている。
一冊読むだけで一日を軽く費やしそうだ。
ポンと本を閉じ、シズルが言った。
「さて、お次は製造工場を覗いてくるか」
言うが早いか、さっさと出ていこうとするもんだから、刃は慌てて後を追いかける。
すると、シズルがくるっと振り向いて不思議そうに尋ねてきた。
「ん?ヤイバ、お前も来んのか」
「一人で此処に残っていても仕方あるまい」
「司令のお勉強があるだろ」
「それは後でも出来る」
「あ〜、うん、でもなぁ、工場はなぁ」
いつもなら、刃が何処へ同行しようと一切拒まないシズルが躊躇している。
刃が製造工場へ一緒についてくるのは、シズルにとって想定外なのか。
それとも、本音じゃ軍隊には入りたくなくて、一人になりたいから工場へ行く等と言い出したのか?
シズルに拒絶されるのは悲しい。己の半分を失ったような気分になる。
無言になる刃をどう受け取ったのか、シズルが唸るのをやめて、刃へ視線を戻した。
「あぁ、いや、来るなってんじゃねーけどヤイバ、お前は生命学を知らないだろ。だから色々ショック受けるんじゃないかなぁ〜と思ってさ」
「ショックとは何の話だ」
「お前、生命学っつかローダーについて、どれぐらい知ってる?」
「労力として創造される人工生命体……だろう?」
「まぁ、そうだ。だから当然失敗作もあるわけで……」
しばらく言葉を切り、シズルは言おうかどうしようか迷っていたようであったが。ややあって、話を続けた。
「失敗作は廃棄ビーカーに収容後、リサイクルされるんだ。それが、分野外から見ると気持ち悪く見えるらしくてさ」
「あぁ」
「その〜、気分悪くなったら俺に言ってくれれば」
何故シズルが躊躇っていたのか、ようやく判った。
失敗作は恐らくバラバラに切り刻まれるかして一旦分解され、さらに溶解した上で次の創造素材となるのであろう。
要は、それを見た刃が気分を害して倒れるんじゃないかと心配しているのだ、シズルは。
しかし、無用な心配だ。バトローダーは人工生命体、人間ではない。
生き物ではないものがバラバラになったからといって、それが何だというのか。
「シズル、俺なら大丈夫だ。お前の手を患わせたりしない」
「んん、まぁ、そんじゃあ、行きますか」
やはり気乗りしないシズルを先頭に、司令室を後にした。

ワ国軍は部隊ごとに専用の製造工場を所持している。
陸部隊の製造工場は、飛行部隊の工場とは別の場所にある。
そもそも飛行と陸では作戦自体が異なるのだから、バトローダーの設定も当然違ったものになる。
バトローダーの創造初期設定は、司令官の命令に基づいた上で工場長に一任された。
第38空撃部隊の工場長は、シズルだ。司令官である刃が任命した。
先ほど技師が数名いるといったが、彼らは軍隊では先輩なれど、立場上はシズルの部下となる。
製造工場に入った二人を出迎えたのは、技師だけではなかった。
なんと入口に廃棄物再生用の巨大ビーカーが置いてあり、その中では失敗作のものと思わしき手足や胴体らしきものが攪拌されていた。
生命学慣れしていない刃が気分を害するのではないかと、シズルが気を揉むのも仕方のない光景だ。
「工場は大抵どこも、同じ造りだからさ。ここもそうなんじゃないかと思っていたら、案の定」
「なるほど。シズル、お前の気遣いは感謝する……が、この程度は想定内だ」
「いやぁ、でも、やっぱ気持ち悪いんじゃ?」
「死体を怖がっているようでは部隊の司令など務まらん」
きっぱり言い切った刃を、驚いた顔でシズルが見つめる。
シズルの中での刃は、おっとりとして大人しい文学青年だったように思う。
それが、意外な一面もあったものだ。
「俺が指揮するのは、死亡率の高い飛行部隊だ。中には墜落等で死に至らしめられる生命体も出るだろう。その時に、いちいち怖がってなどいられるか」
「だからといって粗末にするのも、いただけんぞ」と、混ぜっ返してきたのは、工場にいた老輩技師の一人。
刃はコクリと頷き、技師に言い返す。
「無論、粗末に扱うつもりもない。大事に扱わせてもらう。願わくば、一つも死者を出さずに終わらせたいものだな」
陸が14名、飛行で6名、計20名のバトローダーが一個小隊の戦力となる。
欠落した場合には何体か補充を作れるとはいえ、資源も資金も無限に使えるわけではない。限られた中での創造だ。
「そうか……とっくに覚悟、決めてたんだな」
ポツリと小さく呟き、シズルが笑顔で刃を見やる。
「よっしゃ、そんじゃヤイバ、あぁ、いや、白羽司令?」
「なんだ、いきなり改まって。気持ち悪いな」
「や、気持ち悪いは、ねーだろ。もう、ここは軍隊の中なんだぜ?お前は上官、俺は部下だ。ここはビシーッと改まっていかにゃ〜」
「お前に他人行儀で呼ばれるのは、嫌なんだが……」
寂しげに呟かれ、シズルがガラにもなくオタオタしているうちに、刃が再度尋ね直してくる。
「いつも通り、ヤイバでいい。それで、なんだ?」
「あ、あぁっ、えぇっと、バトローダーの初期設定なんだが」
シズル曰く、どのローダーでも一番最初の設定を基に、その後の成長過程も決まるらしい。
初期設定とは全体能力値の他に、性格も含んでいる。
バトローダーとグランローダーは、一般的には性格設定を必要とされていないが、つけられない事もない。
「お前は、どんな奴を部下に持ちたい?」
シズルに尋ねられて、刃は考え込む。
「……シズルの好きなように作ってくれれば」
「そんな漠然としたもんじゃなくて、もっと、こう」
「いきなり言われても思いつかん」
「ん〜。それもそうか。じゃあ、俺が何個か例をあげるから好きな方を選んでくれ」
「判った」
「まず、好かれているのと無反応じゃ、どっちがいい?」
のっけから、えらい極端な選択肢が来た。
実際に命令を下す立場からすれば、無反応よりは好意的なほうが良かろう。
「では、好意的で」
「よっしゃ。次、女型と男型では、どっちがいい?」
「両者の違いは何だ?」
「柔軟性と強度かな。女型は最大能力値の伸びがいいんだが、強度は男型に劣る」
死ににくいという点では、男型のほうがいいのだろう。
だが肝心の能力が低くては、戦場で役に立てない。
「女型で」
「ふむふむ。じゃ、最後な。性格は全部一緒がいい?それともバラけて作るか?」
全員一緒だと、誰が誰だか混乱する恐れがある。
六人もいるのだから、性格は分けてもらったほうが判りやすいし、作戦も練りやすかろうと刃は考えた。
「全部違う性格で作ってくれ」
「オーケー。んじゃ、さっそく作成に取りかかるから、ヤイバは司令室に戻ってろよ」
ここで見ていては駄目なのか?と刃が聞き返す前に、別の技師が間に割って入る。
「司令官殿、バトローダー作成中は我々が走り回ったりなんだで少々忙しなくなります。申し訳ないんですが、完成するまで本部でお待ち下さい」
部外者は邪魔だから、さっさと去れということだ。
仕方ない。大人しく司令室に戻って、本でも読んでいるとしよう。
刃はシズルに別れを告げ、本部建物へと戻っていった。
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