act11.なんて雑多なミスコンテスト
第38小隊で突如始まったミスコンという名の立食会兼祝賀会は、身内の交流会というだけではなく、各小隊の司令親睦会も兼ねていた。
刃は一応、一桁小隊へも招待状を出したのだが、さすがに戦場最前線とあっては出席できず、二桁小隊の司令が集まる運びとなった。
最前列で声援を張り上げているのは少数派で、小隊司令の殆どがVIP席に収まっている。
「まずは初勝利、おめでとうと言っておこう」
かちんとグラスを併せて刃を褒めてきたのは第23小隊の司令、名を北城 敬一郎という。
由希子好みの渋いダンディで、しかしながら指には結婚指輪が輝いている。
「しかし君の処のバトローダーは個性的だと聞いていたが……これほどまでとはね」
噂は何処まで広まっているのか。
シズルの思いつきが、とんでもない事になっているのではと刃は内心冷や汗をかいた。
「日常では多少問題もありますが、戦果に影響はないかと思います」
「そのようだな。バトローダーとしての水準はクリアしているようだ」
足下を見下ろせば、ミスコンは水着審査に入っている。
気取ったモデルポーズでステージを練り歩いているのは、副司令の羽佐間 由希子だ。
「……羽佐間くんも此処へ来て変わったように見える」
「ご存じなのですか?」
北城は刃より軍での年季が長いのだから、当然ご存じのはずだ。由希子の事も。
尋ねてから当たり前だったと気づく刃へ、北城が笑いかける。
「彼女は昔、第二小隊の副官をしていた羽佐間 幸夫の娘さんだ。父親の背中を追いかけて空軍に入隊してきた。優秀な軍人でもある」
「軍人としての優秀さは聞き及んでいます。日常では、どのような人だったのでしょう」
「どのような、とは?」
北城には首を傾げられ、刃は言葉に詰まる。
由希子は着任と同時に刃を誘惑してきた。
前の小隊でも、あんな感じだったのかを聞き出したかったのだが、北城は、あまり深く彼女を知っているようでもなさそうだ。
父親が有名だから、その娘も一応認識している、といった程度なのであろう。
「彼女は以前、どの小隊に……?」
「前は父親と同じ小隊に所属していた。副司令としての着任は、ここが初めてになるね」
第2から第38へ異動とは、左遷の匂いを感じないでもない。
だが本部には本部の考えもあるのだろうと、刃は己の脳内に浮かんだ疑惑を打ち消した。
「ところで……」と北城が話題を変換してきたので、刃も耳を傾ける。
「君は、どの部下がタイプなのかね?いや、直感で答えてくれて構わないが」
「……は?」
普段礼儀を重んじる刃が、先輩に対して、あるまじき反応を見せてしまったのも無理なからぬ話。
まさか真面目を絵に描いたような相手が、好きなタイプを述べよなんて質問、してくるとは予想しまい。
ぽかーんとする刃を置き去りに、北城が下を指さす。
「見たまえ、羽佐間くんの美しい手足を。あれこそ人として、そして女性として究極の美を表わしていると思わんかね?だが、人工の美とはいえバトローダーも捨てがたい。私のお気に入りはカリンだ。周りの大輪に囲まれて一見は地味だが、そこに光るものがある」
ミスコンを開催したのは、当小隊のバトローダーお披露目も兼ねていた。
しかし、バトローダーの肉体美に他司令達が食いついてくるとは予想外だった。
軍人なんてのは誰も彼も機能や戦果しか求めていないと思っていたのに。
刃は意外なものを見る目を向けてしまい、北城には苦笑された。
「どうした。私のような軍人が美を語るのは、それほどおかしな事か?私とて人間だ。美を見る目ぐらいは、あるつもりだよ」
「あ……失礼しました、その」
「……バトローダーは戦場における使い捨ての消耗品。軍では長く、そう考えられていた。だが……君の部隊を見て、考えが改められた者も多いのではないか。一人一人を一つの個体として、扱う。我々は何か大事なものを捨ててしまっていたのかもしれない」
ぽつりと呟く横顔を見て、刃もまた、自分がそのようにバトローダーを認識していた事を恥じる。
案外シズルのほうがバトローダーに関しては、倫理を弁えているのかもしれなかった。

VIP席で司令が自分の倫理を恥じていた頃、ステージでは白熱の戦いが繰り広げられていた。
『さぁー大食い戦の栄光を掴んだ美の戦士は一体誰だ?サイファだーッ!』
げふっとゲップをもらして、サイファが勝ち鬨の拳を掲げる。
「うぃーップ。この勝負、あたしの勝ちだ!」
途端に会場は拍手の嵐と声援に包まれる。
サイファが勝ち誇る横では、お腹を押さえて倒れ込んだ他のバトローダーが横たわる。
「こ、こんなの普段から暴飲暴食している奴が勝つに決まってますわぁ、おえっ」
青ざめた顔でミラがぼやく横では、苦しげにお腹を押さえてカリンも同意する。
「そ、そもそも大食いと美には、何の関連性が……?」
ミスコンは美と何の関係があるのかも判らない勝敗大会になっていた。
『さぁー一時間の休憩を挟んだら、ついに今大会最大のバトル!空劇バトルに移動だぞ』
もはや司会もナチュラルに"大会"と称しており、コンテスト要素は何処かへ消え去っていた。
「たった一時間の休憩で飛行機に乗れっての?吐いちゃうよぉ」と、ぼやいているのはケイだ。
人工生命体でそれなら、生身で参加の由希子は、どうなるのか。
なお食堂&掃除のおばちゃん勢は、この時点で全員敗退済みだ。
彼女達には美がないのだから、当然であろう。
今は、ちゃっかり立食パーティに紛れ込み、皆と一緒に声援を飛ばしている。
「ふふっ、甘いですわね皆さん」
なんと由希子は腕を組んで余裕のポーズである。
バトローダーのように無様に床へ這い蹲ってもいない。
「甘いって何が」と苦しげに尋ねるアルマへは、流し目で答えた。
「勝てない勝負に全力で挑むのが、ですわ。勝てない勝負など、はなから放棄する。鉄則ですわね」
先の大食い大会では、食べる量を節制していたらしい。それで一人だけ平気な顔なのか。
「第一、そのように腹部を押さえて横たわるなど美意識が欠けているのでは、なくって?真の美を追究する者であれば、自らの無様を晒したりしないもの。よく覚えておくことね」
滅茶滅茶上目線の高飛車な説教をくらっても、バトローダー達は落ち込んだりしなかった。
「計算された行動……さすが気合いMAXで参加してきただけはあるね、副司令!」
「うん。あのナイスバディも、調整された上での美だったんだぁ」
むしろ、美の追究者である由希子への尊敬が高まった。
これまで副司令に反抗的だった彼女達にしては良い傾向だ。
「けど一時間後の空バトルでは、負けないよ!」
血気盛んに挑戦状を叩き返すケイの横では、カリンが尋ねた。
「羽佐間副司令も、出るんですか?」
「勿論よ」と、由希子。
生まれてこのかた戦闘機なんて一度も運転したことがない。ぶっつけ本番だ。
大丈夫。ワ国の飛行機は、生まれたてのバトローダーでも乗れるように調整されている。
生まれたばかりの人工生命体が運転できるなら、初心者の由希子にだって可能なはずだ。
内心恐怖で足が竦んでいたが、自分で自分を励ましていると、司会役の雑務兵が駆け寄ってきて、由希子に耳打ちした。
「飛行機運転、大丈夫ですか?ご無理でしたら、宗像教官が協力して下さるそうですけど」
「宗像教官が?」
宗像家は人工生命体が製造されるよりも前の時代には、パイロット輩出の名門家系であった。
それは由希子も父から聞いて知っているのだが、最新の宗像継承者に運転が出来るのか。甚だ疑問だ。
「できるの?彼に」
「本人は出来ると豪語しておりますが」
バトローダーに運転を教えたのは彼だし、由希子よりは知識がありそうだ。
惨めに墜落するよりは、どれが何だか判る彼に運転してもらったほうが死亡率も下がるだろう。
今更ながら、とんだ無茶ぶりをしてくれたものだ。刃司令も。
しかし、これも司令の愛を勝ち取る手段だと考えれば、ここでリタイアなんて、ありえない。
「では、彼に伝えてもらえるかしら。運転頼みます、と」
「了解です」
ささっと司会役は走っていき、最前列で腕組みする宗像へ耳打ちする。
最前列に彼がいたのだと、由希子は今知って驚く。
ゴリムサ軍団の中にいたせいで、気づかなかったようだ。
普段は喧々囂々バトローダーを叱りつけてばかりに見えて、内心では可愛がっていたのか。
自分に喧嘩をふっかけてばかりくるシズルも最前列に陣取っているし、彼らのバトローダーへの愛は深い。
最前列にいない刃司令はバトローダーと生身の人間、どちらが好きなのだろう?
彼もバトローダーのほうが、お気に入りだったとしても、このコンテストで人間への注目を向けてみせる。
由希子は改めて闘志をメラメラ燃やすのであった。
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