act10.第38回小隊ミスコン
出現数は四機。さりとて、撃墜したのは三機。
「一機逃しちまったか。まぁ、完勝とはいかなかったけど、お祝いぐらいはしてやんなきゃな」
シズルの軽口を聞き流し、刃は腕を組んで考え込んでいた。
お祝いをするのは構わない。
だが漠然と祝うのではなく、皆と副司令との溝を埋める一石二鳥なアイディアは、ないものか。
シズルに相談するのは無理だ。彼も副司令とは仲が悪いのだから。
「どうした?ヤイバ、難しい顔して考えこんじまって。大丈夫だぞ、宗像の野郎には俺がうまく」
シズルが何か言ってくるのを、刃は途中で遮った。
「祝賀会を開くのであれば、全員が仲良くできる和気藹々としたものにしたい」
「ん?あぁ、おう。んで、具体的には、どんな形がお好みだ?立食にするか、ゲストを呼ぶか」
戦争中とはいえ、この辺りは最前線と比べると比較的治安が穏やかだ。
予算の都合もあるから、あまり贅沢なパーティは開けないが、芸人を呼ぶ余裕ぐらいはあった。
「……言っただろう。全員が仲良くできるものがいい、と」
「おう。だからよ、具体的な案を」
「シズル、ここは俺に任せてくれないか?」と言い出した親友の顔を、シズルは、まじまじと眺める。
刃は真面目だ。真面目な顔で、自分一人でパーティ案を出すと言っている。
「お、おう、いいけど、そいつは当日まで俺にも内緒なのか?」
「もちろんだ。楽しみに待っていてくれ」
どんな案を思いついたのかは判らないが、刃にしては自信満々に頷かれ、シズルにも、それ以上突っ込む隙が与えられず、渋々承諾したのであった。

――そして、三日後。

空では爆竹が鳴り響き、各末端小隊の司令が貴賓として招待される。
ざわざわと人混みで賑わう飛行場に、急遽建てられた二本のポールには横断幕が掲げられていた。
『第38回・ミス空撃コンテスト』と、ポップに可愛い文字の躍る横断幕が。
そいつをポカーンと大口開けて、マコトや他の技師と一緒に眺めたシズルは、ようやく我に返る。
「いや。いやいやいや、なんだこれ?なんだ、これ!?」
「第38回って書いてありますね。いつの間に、そんな回数を開いたんでしょう」と、マコト。
そこは大した問題ではない。
問題は何故こんなものが我が小隊の飛行場で開催されたか、だ。
ミスコンというからには、女の美を競うコンテストに違いない。
なんだって、そんなもんを見せられなければいけないのか。不快極まりない。
とことこケイが歩いてきたので、シズルは彼女を呼び止める。
「おい、これを主催したのは誰だ?アルマか?」
「うぅん、違うよ」と首を振り、ケイが答える。
「刃司令だよ」
返事がないのをいいことに、とことこ歩き去っていった。
ケイが去って、しばらくしてからシズルを含めた技師達は蜂の巣を突いた如くの大騒ぎに。
「ど、どういうことだ?俺達は何も聞かされてねぇぞ」
「すると、あのポップでキュートな横断幕も、司令がお作りに?」
「いや、そこはどうでもいいだろマコト。問題は何でヤイバが、こんな酔狂な真似を始めたかで」
「大体ミスコンするにしたって、副司令ぐらいしか出られる人がいませんぜ。副司令と、あとは掃除のおばちゃんでミスコン?カァーッ、見たくねぇ!」
「その二人だけではない」と、彼らの騒ぎに割り込んできたのは誰であろう。
当の刃司令ではないか。
さっそくシズルが食ってかかる。
「おいヤイバ、俺に何の相談もなく何でこんな酔狂な大会を開きやがったんだ!?」
「お前だって前に無断で勝手な指示を出しただろう、俺の部下に」
刃は涼しげな視線でやり返すと、ぐぅの音も出なくなったシズルを横目に、皆へ改めて説明した。
「見ての通り、この小隊内でミス・空撃コンテストを開催する。副司令の他に食事班、それからバトローダーもエントリーする。皆、応援してやってくれ」
「バッ、バトローダー達も!?」
技師の大合唱へ頷き、さらなる驚きを彼らに提供する。
「なお、この大会は誹謗中傷を一切禁止している。参加者へ向けて野次や罵倒を飛ばした者は、一ヶ月の減給を覚悟しておくように」
先ほどから刃の背後をバトローダー達が走り回っている。
何をしているのかと思えば、会場に食事とテーブル一式を運び込んでいるのであった。
皆の視線に気づいたか、刃が背後を振り返って付け足した。
「立食式だ。バトローダー達の初勝利祝いも兼ねている」
これを機会に食事班や副司令との交流も、はかってくれ。
そう言い残して、司令は去っていった。呆然とするシズル達を残して。
「……食事班のおばちゃん達と交流しろだぁ?冗談きついぜ、司令も」
「副司令もだぜ。それこそ冗談じゃねぇよなぁ」
副司令がヒステリックババアなのは、着任二日目にしてシズルと工場で喧々囂々やりあったので、技師の誰もがご存じだ。
例えシズルの態度に非があろうとも、仕事をしていないと決めつけられた上での説教は不快であった。
工場が休みなのは、仕事をサボッているわけではない。
現在、特に作る物がないから、機材を起動させていないだけだ。省エネも兼ねている。
工場が常時フル回転しているのは、激戦区へ出撃している小隊ぐらいなものであろう。
バトローダーにメンテナンスが必要になるのも、怪我をした時のみだ。副司令は技師の仕事を何も判っていない。
「……いろんな誤解を解くためにも、交流、必要なんじゃないですかね?」
ぽつりと呟かれたマコトの一言に、全員が虚を突かれる。
「なるほど、それで副司令もエントリーしたってのか……俺達との不仲を知って、それで」
「じゃあ食事班のおばちゃんとも仲良くなれってのは、一体……」
食事班とは仲良くも悪くもない。言ってしまえば、お互い不干渉の身だ。
だが、この大会をきっかけに少しでも仲良くなっておけば、まずい飯も美味しくなるかもしれない。
皆の目が期待に輝き始めるのを眺めながら、シズルは内心舌打ちした。
あっさりヤイバに懐柔されやがって。
だがな、俺は、そう易々と納得しねーからな。
絶対に絶対、女なんかと仲良くしてやるもんか。


――そう考えていた時期は、シズルにもありました――


実際コンテストが始まってしまえば、つい一、二時間前に自分が決意した事などシズルの頭からはポーンと抜け落ち、彼は最前列に収まって、我が子同然に愛しきバトローダー達へ熱き声援を飛ばしていた。
『エントリーナンバー三番!麗しき空を駆けるお嬢様、ミラーッ!』
スポットライトを当てられてモデルウォーキングで登場したミラに、会場からは一斉に声援が送られる。
「ミラ、ガンバレよ!俺がついているぜー!」
「お前が、うちの小隊のナンバーワンだ!」
声援を送っているのは小隊の雑用ばかりではない。余所から来た他小隊の司令もだ。
「うほほぅ、あれがミラたんでござるか?素晴らしい、素晴らしいですぞぉ、クルズやイルミの貴族にも負けぬ優雅さ!そして愛らしさ!」
「うむうむ、お人形のようですなぁ、抱きしめてスリスリしたいですなぁ!」
なにしろ他の小隊のバトローダーときたら、デフォルト水準で作られたロボットみたいな奴ばかりだ。
38小隊のは個性あふれると聞いて、すっ飛んできたのであろう。
『エントリーナンバー四!弾けるフレッシュなボーイッシュ、ケイーッ!』
ミラに続き、ケイがステージ袖から走り出てきた瞬間、最前列では太った司令と痩せがたの司令が涎を飛ばして大興奮。
「うほー!かわいいですのぅ、かわいいですのぅっ」
「あの健康的な太股!スリスリしてみたいですなぁ!」
どうも卑猥な目で見られている印象が拭えないが、しかし大好評には変わりない。
ステージ袖では紹介を、まだかまだかと待ち続けている由希子の姿があった。
今日という、この日の為に選んできた超ハイレグ水着を見たら、刃司令も惚れ直す事請け合いだ。
惚れ直すもなにも惚れていないだろ、というツッコミは厳禁である。
最初、ミスコンの話を打診された時には彼の正気を疑った。
しかし親睦会を兼ねた大会だと説明される頃には、心の中に新たな野望が燃え上がっていた。
この大会で己の美を、とことん見せつけてやるのだ。
無論、見せつけるターゲットは白羽 刃ただ一人。
ミスコンは、外見の美しさを競うだけではない。
心技体を競うのだと、刃は説明していた。
望むところだ。
由希子とて、伊達に学生時代は華道部と茶道部を掛け持ちしていたわけではない。
全ては理想の恋人をゲットせんが為の下準備だ。
空軍に入ったのも、出世や世界平和が目的ではない。
男だ。凛々しい殿方を射止めるために来たのである。
羽佐間家は父親が軍人であった。
父の逞しい背中を見て育った由希子が、軍人に憧れるのも当然と言えば当然だろう。
実際入ってみたら、顔もゴリラなムサマッチョだらけで多少ガッカリしたのであるが、だが、それも、もう終わりだ。
白羽 刃の出現で。
こんなゴリラ動物園に、まさかの線が細い文学系男子の登場である。
最前列を埋め尽くす、むさい汚い暑苦しい他司令を冷たい目で一瞥すると、VIPと書かれた看板のぶらさがる見張り塔へ視線を向けた。
あの中に、彼はいる。
双眼鏡じゃないと見えない距離だが、きっと届くであろう。由希子の美は――
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