act12.空駆けるトライアスロン
『いよいよミスコンもクライマックス!空劇バトルの始まりだぁ!』
元気に叫んだ司会の説明によると、ルールはこうだ。
参加者は全員戦闘機に搭乗し、相手の機体の鼻先についた風船を割ればオーケー。
最後まで風船を守り抜いた奴がチャンピオンだ。
撃墜する必要はない。
機体は、この小隊の大切な戦力でもあるのだから。
むしろ壊したら罰金だと言われ、バトローダー達は震え上がった。
「あたし達、給料なんてもらってないよ?」
「そうだなぁ。じゃあ、体で払ってもらおうか」
ニヤニヤする司会役の雑兵に、またしても震え上がっていると、客席からは一斉にブーイングが飛んできた。
「おう、お前!俺達の可愛いバトローダーに何かしてみろ。バラバラにしてやるぞ!」
「安心しろ!お前らバトローダーの罰金は、俺達が肩代わりしてやっからよ」
叫んでいるのは技師ばかりではない。
清掃のおばちゃんや食事係なども声援を送っている。
「み、みんな……!」
思わず涙腺が緩んでウルウルしてしまうアルマを、サイファがからかう。
「罰金前提で感動している場合じゃないだろ?ここはあんたらしく、あたしがチャンピオンになったるぐらい言ってやんなよ」
仲間に喝を入れられて、ビシッとアルマは腰に手を当ててポーズを決めた。
「そ、そうだった!よ、よーし、チャンピオンになったろうじゃないの!」
途端に客席からは、割れんばかりの拍手喝采。
皆もノリが判っている。
元気になったアルマを筆頭に、戦闘機へ乗り込んでいくバトローダー達。
由希子は自前のパイロットスーツに身を通し、気取ったモデルポーズで立ちながら、それらを見守った。
「気取っていないで早く後部座席に乗り込んでくれ」と無粋な一言をかけてきたのは宗像教官だ。
「そちらこそ、運転はお任せして大丈夫なのでしょうね?」
流し目をよこしてくる副司令に、宗像は渋い表情で頷く。
なんでもいい。余計な荷物が一個乗っていようと、戦闘機を運転できるチャンスがあるのならば。
彼の志願もまた、刃司令の差し金であった。
――大会の余興として戦闘機を運転してみないか?
あなたの気が乗らないなら無理強いはしないと司令は気遣ってもきたが、宗像の返事は一つしかなかった。
ミスコン自体は、どうでもいい。しかし、戦闘機の魅力には抗えない。
運転には自信があった。伊達にバトローダーの教官を務めているわけでもない。
鼻先についた風船を割るぐらい、朝飯前だ。実際にやったことが一度もなかったとしても。
『さぁ、全機用意が整いました!あとは開始のフラッグを待つだけ』
フラッグを持っているのは、工場員のマコトだ。
「そんじゃ、いきますよぉ。フラァァイ、ゴォ〜〜!」
気の抜けた号令を合図に、次々戦闘機が飛び立ってゆく。
爆音と粉塵に包まれて何も見えなくなったのは一瞬で、すぐに空に機体を確認できた観衆は大声援。
司会役も空を見上げ、実況を始めた。
『さぁ最初に攻撃をしかけたのは一番機アルマ、おっと三番機サイファこれを軽く回避!』
あっさりアルマのバルカンをかわしたサイファは、後ろに回り込むべく旋回する。
まっすぐ直線上に撃ってくるなんて、こちらをナメているとしか思えない。
もっとも、そんな単調な攻撃でも初陣の海域ではボコボコ墜落させられた。
けど、こっちはセルーン軍ほど甘くないんだ。
なんせ優勝には、司令と一日一緒権がついてくるんだからね。
ぐるりと旋回中、サイファは新たな敵影を確認する。
――えっ?
と思う暇もなくバババと激しく機銃が鳴り響き、機体を斜めにからくも回避。
ずるい、二対一だなんて。割り込んできたのは、一体誰だい?
『五番機カリンが三番機に攻撃ー!』
カリンが一番最初に考えたのは、誰かの攻撃に便乗して一つずつ落としていく方法だった。
バラバラに攻撃していたんじゃ、えらく時間がかかってしまう上、効率的ではない。
幸い近くでアルマがサイファに攻撃しているのが見えた。
となればサイファの視野にはアルマしか入らなくなり、彼女は必ず旋回してアルマの後ろへつこうとするだろう。
狙うのであれば、旋回中しかない。態勢が整わなければ避けられるはずもない。
――といった思惑が外れ、カリンは『えぇっ!?今のをかわすのぉ!』と叫んだ。
そこに目映い光がフラッシュして、カリンは思わず目を瞑る。
目の前でパァンと風船の弾ける音が鳴った。
『おぉっと五番機はやくも脱落だ!撃ったのは四番機ケイ!』
『えーんっ』
泣く泣くカリンが着陸体勢に入る。
脱落者には、空域に残る権利などない。
それを上空から見下ろしつつ、ケイは次の標的を見つける。ニ番機は、確かミラ?
ミラは六番機、クロンを追いかけていた。
六番機は、ひらりひらりと攻撃をかわしており、クロンの回避にはケイも目を見張る。
普段は全然目立たない存在なのに、ここぞとばかりに運転能力を見せつけてくるとは。
――あたしのライバルは、こいつだ。
ケイもまた、クロンに狙いをつける。厄介な敵は早めに潰すに限るから。
早くも混戦になり始めた空域を、少し離れて飛ぶのは七番機。
運転手は宗像の由希子搭乗機である。
38小隊は六機しかないので、七番は借り物の飛行機だ。
「ねぇ、もっと高度を落とさないと攻撃できないのではなくて?」
後部座席で由希子が先ほどから、催促してくる。
この素人が。何も判っていない。
今の混戦に突っ込んでいったら、蜂の巣になるのは自分だ。
上空を旋回しながら、誰が一番上手いのかを宗像は見定める。
訓練では飛び抜けてケイの一人勝ちであったのに、今の状況はどうだ。
アルマとクロンが、意外や奮戦しているではないか。
特にクロンはミラと戦いつつ、実力者ケイとも互角に渡り合っている。
実戦でも、さほど目立たなかったというのに。そこまでしてミスコン覇者になりたいのか。
いつものクロンの様子を思い浮かべ、宗像は軽く目眩に襲われた。
ケイ、クロンと比べるとミラの攻撃は、やや単調だ。
一応覚えた飛行手段の限りを尽くしてはいるのだが、コンビネーションがパターン化している。
あれでは激戦区で生き残れない。
激戦区で求められるのは、瞬時の判断だ。ケイは、それをクリアしていた。
今も逃げ回るクロンを前に、パターンを少しずつ変則させている。
クロンが、それに気づかなければケイの勝ちだ。
『おーっと、三番機脱落!撃ったのは一番機アルマッ!』
サイファとアルマの一騎討ちにも決着がつき、一番機が混乱のバトルフィールド目がけて飛んでくる。
「今よ!爆撃開始ッ」
後部座席で騒ぐ荷物を無視し、宗像が動いた。
「ファイヤー!」
ただし、攻撃を仕掛けたのは一番機にではない。四番機を追いかけていた二番のミラだ。
彼女の後ろに急降下し、お尻へバルカンを撃ち込んだ。
『あびゃびゃびゃあ!』とタカビーお嬢様キャラらしからぬ悲鳴をすり抜けざまに聞きながら、急上昇する。
『おーっと、ここで静観していた七番機が突入してきたッ!』
撃ったのは風船を割るためではない。ミラの動揺を誘うのが目的だ。
いきなりの背後奇襲に、二番機の調子が崩れる。そこを見逃すクロンとケイではない。
『今だっ!』
撃ったのは、どちらが先か、ミラの鼻先で風船がパァン!と四散する。
『二番機、脱落ゥ!撃ったのは一瞬早かった、クロンの勝ち星だァ!』
誰が何を撃ったのか地上にいる面々にも判るよう、機体ごとに機銃の色を替えてある。
それでも判定がつかない場合の為に、それぞれの機体には小型の撮影機が取り付けられてあった。
こんなくだらない小細工を、よく手配したものだ、刃司令も。
或いは例のむかつく工場長の仕業だろうか。
『もーっ!許せませんわ、教官っ。わたくしと刃司令のラブラブライフを邪魔するだなんてッ』
不敬な一言をまき散らしつつ、二番機が着陸姿勢に入っていく。
しかし、それを見届ける暇は宗像にない。こちらの存在が、アルマに見つかった。
『ははーん、一人だけ上空で高みの見物ですか?そうは問屋が卸しませんよっと』
クロンへ向かっていたはずなのに、途中から進路を変えて上昇してくる。
だが――馬鹿め。それも、こちらは先刻承知だ。
宗像がニヤリと口元を歪ませるのと、アルマが『きゃぁっ!?』と悲鳴をあげたのは、ほぼ同時で。
『ちょっとぉ!汚い、汚すぎるでしょ、このド腐れチンコ野郎!』
可愛い顔に全く似合わぬ罵倒が、空域に響き渡る。
怒号の相手は宗像じゃない。
横手から攻撃を仕掛けてきたクロンへ向けたものだ。
「どくされチン……って、すごい言葉を使うわね、彼女。誰の教育かしら?」
由希子が眉をひそめ、宗像は頭を振った。
「さぁな。例の工場長が教えたのではないか」
「大体チン……って、クロンには生えてないじゃない、それ」
後方を盗み見ると、由希子は頬を赤らめている。意外と純情派だ。
「チン……があるのは、この空域じゃ、あなただけなのにねぇ」
いや、そうでもないか。先ほどから、随分とチンに執着している。
チンも結構だが、問題はケイだ。こちらの囮行動にも引っかかってこなかった。
生まれたばかりのバトローダーだというのに、まるで歴戦の戦士のような思考の回りようだ。
今はクロンとやりあうアルマの側を、大きく旋回しながら様子見している。
どちらにも攻撃を仕掛けないのは、こちらを警戒しているのであろう。
「次に狙うならケイよ、一人で飛び回っているし」
またも荷物が指示してきたが、宗像は無視する。
ケイを攻撃するのは、アルマとクロンの戦いが終わった後だ。
それにしても、クロンの回避率には舌を巻く。
アルマの攻撃は、がむしゃらだ。
単調かと思えば波状、かと思えば複数パターンと、なりふり構わぬものを感じる。
逆にいうとパターンが読めない。次に何を仕掛けてくるのか読みづらいのだ。
今も『でやーっ!』と叫ぶから撃つのかと思っていたら、クロンの機体へ突っ込んでいって、何がしたいんだか。
ケイのように本来あるパターンを複数組み合わせた戦法ではなく、でたらめの思いつきに近い。
それでもクロンには、避けられてしまう。
クロンもまた、回避だけは神業級なのだが、攻撃が今ひとつである。
一対一で戦うよりも、奇襲が得意なのかもしれない。
だとすれば、この膠着状態から救ってやって、クロンにケイを撃ち落とさせるか。
だが宗像が仕掛けた直後、ケイの機体も動きを替える。
「むっ!」
それに気づいた宗像は、途中で斜め上空へ進路を変更して飛び去った。
『ちぃっ!』と舌打ちをもらし、ケイの機体も斜め下へ飛び去っていく。
お互い、クロンを助ける方向へ動いていた。
『あ〜〜!何よ何よ、次のターゲットは、あたしってかぁ!ふっざけんなー、このチキンどもー!』
双方の狙いに気づいたアルマがギャンギャン騒いでいる。無理もない。
なおパイロットの音声は全員マイクで拾われており、外部へ筒抜け状態となっている。
よって先ほどのアルマのチンコ発言も、当然地上へ届いていると見るべきであろう。
「さっきから実況が大人しいわねぇ。サボッてんのかしら」
ぶつぶつ後部座席で由希子が呟いているが、きっと地上は、それどころではない。
クロンのチンコ疑惑とアルマの下品発言とで、大混乱だ。

「くっくっく、くされドチンコいわはった?」
「嘘だっ!ぼくらのアルマたんが、そんな下品な発言するなんて」
地上では宗像の読み通り、大混乱が起きていた。
VIP席でも、各司令がポカンとして空域を見上げている。刃は内心、頭を抱えた。
エキサイトしたバトローダーが何か失言するのではという危惧は、最初からあった。
しかし協力を申し出てくれた雑兵が、声を揃えて言ったのだ。
パイロットの音声を流したほうが観客も絶対盛り上がりますよ、と。
彼らの言葉を信じてマイクを装着させたわけだが、まぁ、なるべくしてなった結果が出た。
それにしても、アルマは、いつ誰に、あのような下品な単語を教わったのであろう。
工場員が怪しい。特に誰とは言わないが、シズルあたりが。
「ふっ、チンコか……宗像教官が仕掛けたのかねぇ」
刃の傍らでポツリ呟く北城も、目が虚ろである。
うちの人工生命体が下品で、すみません。
刃は穴があったら入り込んで出てきたくなくなった。
しかし――
「攻撃を仕掛けたのは六番機でした。先の発言はクロンに向けて言ったのでは?」
手元のモニターによると、撮影機から送られてきた映像では六番が一番に攻撃していた。
「では、クロンは男の子だと?いやいや、まさか、そんな。あんな可愛い子が男の子だなんて、君が認めても私は認めないよ」
ないない、まったくない。とばかりに何度も手を振る北城に、刃も同感だ。
可愛いからではない。
全員女にする方針で作った以上、男が混ざっているはずがないのである。
だが、ふとシズルの言葉を思い返して、刃はハッとなった。
クロンはシズルが作ったのではなく、マコトに作らせたと言ってなかったか?
マコトとは佐倉井 惇、シズルの元に就かされた新米工場員だ。
クロンだけコンセプトを聞かされていない。
マコトは、どういうイメージで造り上げたのだろう。
なんとなく聞きそびれてしまっていたことに、今更ながら刃は気づいた。
実況が再び騒ぎ出し、全員がそちらへ気を取られる。刃もだ。
『おーっと、四番機脱落!これは予想外の大どんでん返しぃー!』
四番は確かケイの駆る戦闘機であったはずだ。
ケイがアルマやクロンより先にやられるとは。
モニターを見過ごしたことを、刃は後悔した。
まぁ、録画してあるから後で確かめればいいだけなのだが。
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