不器用な恋と呼ばないで

#6

げふーっ!と、恥じらいもなく西脇が吐き出した大きなゲップを最後に。
肉フェス参加の時間も、終わりを告げたのであった。
「ふぃー、食った食った!あ、どうでしたか?先輩。三種の神器のお味は」
話の腰を折るように、琴が彼女の話題に割って入る。
「西脇さん、そのように女性が人前でお腹をポンポン叩くものではありませんよ」
上司の説教を西脇が素直に聞くと思ったら、大間違いだ。
彼女は生意気にも、口答えしてくる。
「なんすか、女性がお腹を叩いちゃいけないって法律で禁止されているんですか?」
島は密かに動揺する。
社会人になりたての頃、興宮が言っていた。
職場では上司や先輩に意味なく逆らったり、偉そうな態度を取るのは御法度だと。
人間社会には、長く年功序列の意識が染みついている。
そうでなくても輪を外れた行動を取る者に、世間の目は厳しい。
要するに仲間はずれにならない為には奇抜な行動を取るべからず、という基本知識を興宮は教えてくれたのだ。
些細な注意に対して反抗されるとは思っていなかった琴も、語気を強める。
「いえ、法律云々の話ではなく、一般的なマナーとして」
「その一般的なマナーってのは、誰が決めたんです?なんで、それに私が従わなくちゃいけないんですか」
二回りも年齢が上、しかも直接の上司に、よくここまで尊大な態度が取れるものだ。
琴と西脇の遣り取りを、興宮も興味深げに見守る。
「おかみさんは私のお母さんっすか?違うでしょ。だったら、ほっといてほしいっす。大体、人のやることなすことジロジロ観察しているって、そっちのほうが失礼でしょーが!」
「な、なら」
押し負けつつある琴が、ちらりと島に視線を送ってきたので、島も無言でコクリと頷く。
「島くんの意見を聞いてみましょう。島くんは、どう思いますか?女性が人前でゲップをしたり、お腹をポンポン叩く行為を」
「あーっ!ずるいですよ、劣勢になったからって応援を求めるのはッ」
ぎゃんぎゃん騒ぐ西脇を横目に、島は答えた。
「……みっともないですね。同じ席で食事を取りたくないと思う程度には」
「ぎゃふーんっ!」と些か昭和くさい悲鳴が平成生まれの西脇から飛び出し、彼女は仰け反った。
「ひどい、先輩だけは私の味方をしてくれると思っていたのに……突然の裏切り!」
何故そのように思いこまれていたのは謎だが、あえて全スルーして島は琴と向き合う。
「言うほど三種の神器では、ありませんでした……残念です」
「え?あ、あぁ、さっきのお料理のソースですか」
本来その感想を受け取るべき質問者は、今、琴の隣でエビぞりしている西脇のはずだ。
だが、島は琴に感想を伝えた。
「辛みをつけたいのであれば、俺ならコチジャンではなく山椒を使います。コチジャンは独特な香りが強くてソース全体の味を殺してしまう」
「まぁ、辛かったのですか。色は薄く見えましたのに」
驚く琴の横で、唐突に西脇が身を起こす。
「――ってぇ!慰めてもくれないんですか、先輩!」
ちらりと後輩を見て、島はボソリと突っ込んだ。
「自業自得だろう」
「自業自得って!私は私の思うがままに振る舞っただけっすよ!?先輩も長いものにグルグル巻かれちゃうタイプだったんすか!」
「お前の思うがままは、俺の感性に合わない。その答えに、お前がショックを受けるようなら、自業自得で間違っていないはずだ」
言葉少なではあるが結構ズバズバ言う島には、琴もビックリだ。
自分と話している時には、さらに言葉が少なく、どこか遠慮がちであったりするのに。
西脇の傍若無人は琴には手が余る存在だが、島には話しやすいのか。
先輩後輩というよりは、まるで親しい友人同士のようだ。
「……島くんは、西脇さんと仲が良いのですね」
思わずポツリと本音がこぼれる琴に、両名が反応する。
「そうすよ、以心伝心超ラブラブっす!」
「いえ、全然仲良しではありません」
首を真横に即否定する先輩へ、後輩の悲鳴がおっかぶさる。
「ちょ!平成生まれ同士、仲良くやりましょーよ!」
「うぅん?平成生まれは、お前さんだけだろ。島は昭和生まれだぞ」
すかさず興宮が突っ込んできたので、島も小さく頷いた。
島は今年で三十二歳になった。
それでも琴とは十三歳もの差があって、告白をためらう原因となっていた。
西脇は、この中で一番若い。
その割に態度がでかいので、あまり年下と話している気分にならない。
「ありゃ?そうでしたっけ。なんか先輩、若々しいから、いつも間違えるんスよね」
そこまで言われるほどには童顔でもなく、年相応の面構えなはずだ。
だが自分では確認できない範囲ゆえに、島は、ちらりと視線で琴へ助けを求める。
琴は何度か頷き、言葉を添える。
「そう……ですね、島くんは行動力があるから余計に、そう感じるのかもしれません。それと比べると私なんて、すっかり出不精のおばさんになってしまって」
「そっすね、おかみさんは未亡人だし、すっかりビービーエーって感じっすね」
「ビービーエーって?」
小首を傾げる琴へ「ババアです」と西脇が即答する。
「バッ……!」
これまた酷い暴言で硬直する琴へ、間髪入れずに島がフォローに入った。
「おかみさんは、年相応に落ち着いていると思います。その、おかみさんとしての貫禄が」
「バカタレ、こういう時は、こう言っとくんだ、島」
と、興宮も茶化しに混ざってきた。
「おかみさんは、物腰穏やかで素敵な未亡人ですよってな!なぁ、大蔵さんや」
二人の男性から注目を浴びては振り上げた拳を西脇に降ろす事もできず、琴は苦笑するしかない。
「……もう。どうとでも受け取ってくださいませ」
すっかり、ぐだぐだになった食後の一時を、締めに入る。
「こんな出不精のおばさんを引っ張ってくれる島くんには、いつも感謝しております」
「ひっぱる?綱引きの要領で?」とは、西脇。
引っ張った覚えのない島も首を傾げる中、琴が言い直した。
「あなたとなら行ってみたいと思える場所が出てくる、ということです。今回の肉フェスのように」
「ほ。こりゃまた、堂々としたデート宣言じゃないか」
茶化してくる興宮へも悠々とした視線を向けて、琴は宣言する。
この際だから、はっきり言っておかねばなるまい。
島にアタックをかけている西脇や、島に未練タラタラな興宮の前でも。
「えぇ、その通りです。これからも暇を見つけたら二人だけで、こっそりお出かけしましょうね、島くん」
島は誰にも渡さない。
彼に似合うのは小料理店の店員でも西脇の婿でもなく、大蔵屋の若旦那だ。
にっこり微笑む琴の背後に燃える炎を見たような気がした、興宮であった。
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