不器用な恋と呼ばないで

#5

――肉フェスタ、当日。
待ち合わせ場所に到着した西脇は、大きく溜息をついた。
無論、失望の溜息だ。
「まぁね、そりゃあね、先輩は人気者っすから、こうなるんじゃないかって懸念は、ありましたけど……」
待ち合わせ場所にいたのは、自分と島だけではない。
興宮と琴の姿もあった。
「つか興宮さんも、おかみさんも店長でしょ?GWなんちゅー絶好の儲け日程、夜中に遊びほうけていいと思ってんですか?」
「そりゃあ、こっちの台詞だわい」と、興宮もやり返す。
「大蔵屋は全日程無休だろうが。夜は営業時間じゃないつーても、客の緊急コールがあったら、どうすんだ」
琴は「大丈夫です」と言い切ると。
島と西脇を一瞥してから、興宮へ向き直った。
「全員が全員、宿を留守にするはずないじゃございませんか」
店という括りで数えると、興宮だけ部外者だから分が悪い。
そうと判ったか、彼自身も早々に折れてきた。
「まぁ全員が無休だったら、島も連れ出せんか。悪かったな、大蔵の」
「いいえ、おかまいなく。最初に言い出したのは、こちらの西脇ですし」
琴も、にっこり受け流し、西脇は狼狽える。
「あれっ?私一人が悪役のターン?」
島が全員に頭をさげた。
「すみません。俺には、こうするより他に手がなく……」
誘う側は一度で済むが、同行する彼は三度も来なければならないのである。
全員一纏めで済まそうと考えるのは、島からしてみれば当然だろう。
「いいんだ、いいんだ。お前の負担を考えなかった、こちらが全部悪い」
さっそく興宮が謝り返す。
「ごめんなさい、つい、自分の我が儘を押し通してしまって。そうね、西脇さんの言うとおり、あなたは人気者ですもの。他の人にも誘われる可能性を予想できなくて、ごめんなさい」
琴も、しおらしく謝り、西脇はというと。
「さぁ、ほんじゃさっそくフェスタ巡りといきましょう先輩!夜は短いんです、一日で済ませるには迅速な行動っすよ」
ぐいぐいと島の腕を引っ張り、他二人を苦笑させた。

ホテルのラウンジはフェスタ期間中、二十四時間開放されている。
昼間はビュッフェ、夜は洒落たバーに様変わりだ。
バーには屋台で出されているメニューが一通り置いてあるので、全網羅したい人は昼間よりも、夜に食べる方が合理的であろう。
「最終日は牛のかっさばきが行われるらしいっすよ?すごいですよね、牛一頭を丸々かっさばくとか。先輩は牛、かっさばいたことありますか?」
後輩の斜め上な質問に、島が首を振る。
「ないな」
「いやぁ、かっさばく役が先輩だったら是非見てみたいッスね!褌一丁で大鉈を振り回す先輩ッスよ、涎モンっすね!」
一体何を妄想しているのか、西脇は唾を飛ばして大興奮。
「ふふ、西脇さん。妄想で興奮するのも結構ですけれど、あまり騒がないように。他のお客様にも迷惑ですよ」
隣では琴が窘め、興宮も眉をひそめた。
「褌一丁って今時どこの解体ショーでも、そんな格好せんぞ?」
「現実には、ありえないからこそ妄想が捗るんです」と、西脇も譲らない。
「あっ、ところでディナーですけど、先輩は何食います?私はコレにしようと思ってんですけど。塊焼きステーキッ。やっぱ肉フェスつったらステーキですよね!」
女性にしては、モリモリいく派だ。
いや、西脇が日頃ステレオタイプから酷くかけ離れた女性なのは知っているが、意中の君、憧れの先輩が一緒でもスタイルを変えないとは恐るべし。
琴が目を丸くする手前で、島もメニューに目を落とす。
「……では俺は、これで」
と、指さしたメニューを西脇が読み上げた。
「うほっ、三元豚ステーキ三種の神器!?神器たぁ、こらまた大きく出ましたね、このお店も。研究部分はソースにありですか?先輩ッ」
島は「あぁ」と頷いた。
三元豚自体は珍しい存在ではない。
三品種交配した豚を、そう呼んでいるだけで、スーパーでも買える肉だ。
それよりも、わざわざソースを前面に出してきたのが気になった。
しかも神器呼び。自信満々である。
「夜食にステーキたぁ随分がっつりいくんだな、二人とも」
琴が思ったことを、興宮も口にする。
現在時刻は二十三時。
今からガッツリ食べたら、明日の朝まで胃もたれするのではないか。
琴は、ちょっぴり食べて帰るつもりだった。
お酒を島と飲み交わし、大体の雰囲気を味わう予定であった。
しかし西脇と島は、そうではなかったらしく。
「はぁ?だって肉フェスですよ、肉フェスッ。がっつり味わわないんなら、何の為に来るってんですか?ほんで、肉をがっつり味わうならステーキが一番っしょ!」
西脇は肉への想いを熱く語り、島も、じっと興宮を見つめて小さく囁く。
「せっかく金を払って入場したのですから、舌で確かめておかないと損です」
フェスタの入口受付で、700円の入場料を払った。
食券は1500円で、飲み物代も含まれる。
フェスタにしては安いと琴や興宮は感じたのだが、島と西脇の二人には大金だったのか。
或いは、払った分だけ元を取り返したいのかもしれない。
「ふむ。そういうんであれば、俺もがっつり食っとくか」
「いいんすよ?オッサンは無理しなくても」
辛辣な言葉が、ついつい西脇の口を飛び出し、琴は慌てて窘める。
「西脇さん!」
が、正面から島に「おかみさんは、何を頼みますか」と尋ねられ、意識がそちらへ向いた。
「そうですね……軽食っぽいものは、ありますでしょうか」
「軽食ゥ〜〜〜?」
途端に西脇からはジト目で睨まれたが、睨まれたって琴にガッツリ食べる気はない。
旅館のおかみが胃もたれで翌日伏せるなど、あってはならない失態だ。
「ほんじゃ、こりゃどうだ?焼き鳥バーガー。バーガー部分を剥がして焼き鳥だけ食えば、少なくて済むだろ」
興宮がオススメしてきたメニューを一瞥し、琴は緩く頭をふる。
焼き鳥部分だけでも、通常の焼き鳥の二倍三倍の量がある。
どこが少なくて済むのだか。
「島くんはオススメ、ありますか?」
「お……俺ですか?」
全く予期していなかったとでも言いたげに島は狼狽え、もう一度メニューに目を落とした。
オススメと言われても、今日初めて来たお祭りだ。
興宮のオススメは量が少なくていいと島も思ったのだが、あれが駄目なら何がある?スイーツをオススメする手もあるにはあるが、肉を味わうと言った自分がスイーツをオススメ?
なんだか、それはおかしい。邪道だ。
飲み物をオススメするのは、論外だ。食券内容に入っている。
どうすれば、おかみさんに失望されない答えが出せるのか。
ちらっちらとメニューと琴を交互に見ては、押し黙る島を見かねたのか。
「ごめんなさい、初めて来たのに判るわけないですよね。それじゃ、かき氷を頼みます」
琴は早々に前言撤回すると、自分でメニューを決めてしまった。

――役に立てなかった。

内心ずどーんと落ち込む島には、興宮が優しい言葉をかける。
「俺は柔らかジューシィローストビーフを頼むんで、俺のとお前のとで、少しずつ分けて食おう。なっ?」
敬愛する先輩の気遣いに絆されて、ちょっとばかり機嫌を直す島を見て。
西脇は、そっと思ったのであった。
先輩、いくらなんでもチョロすぎますよ……と。
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