不器用な恋と呼ばないで

#4

「近く、ここらでも肉フェスが開催されるそうっすよ!どうすか先輩、一緒に行きませんか!?」
――ある日の午後、休憩時間にて。
鼻息荒く西脇に誘われ、渋々島は彼女の差し出したチラシへ目を落とした。
肉祭り自体は知っている。
主に都内で開催される、肉料理に焦点を当てたグルメイベントだ。
だが、しかし島は一度も参加したことがない。
まず第一に、仕事が忙しい。
加えて肉のみというピンポイントな内容には、興味がイマイチ沸かない。
開催場所の遠さもネックであった。
此処から東京までだと、泊まりがけの小旅行になってしまう。
それが今年は、地元でも開催されるという。
チラシには連休の日程が書かれていた。
駄目だ。
連休は旅館にとってかき入れ時、この時ばかりは定休日も蹴って営業する。
時間制での入れ替えがあるとはいえ、のんびりフェスに出かける暇はない。
だが――
もう一度チラシを見て、島は内心驚愕する。
開催場所は城戸ホテルとなっていた。
城戸ホテルは、この数年で店舗を増やしているチェーン系企業だ。
大蔵屋からも、そう遠くない。
山を下りて駅前まで出れば、すぐの場所だ。
これだけ近場であれば、西脇が行きたがるのも道理である。
「まぁ、行ってくればいいんじゃないか」
「何言ってるんすか!先輩も一緒に行くんです!肉フェスですよ、肉フェス!もう、二度と開催されないかもしれない、この絶好のチャンス!」
何故ここまで鼻息が荒いのかは、さておくとして。
行くとしたら休憩中に、ちょこっと見学といった形になろう。
ならば、どの露天を見るのか予め事前に決めておかねば。
じっくり内容を吟味しているうちに、その日の休憩時間は終わった。

一日が終わり離れに行く途中で、島はおかみさんに呼び止められる。
「今年は城戸ホテルで肉フェス、というのが開催されるそうですね」
まさか西脇は、おかみさんにまで吹聴しにいったのか?
島は頭を抱えたのだが、琴が言うには地元では、だいぶ前から話題になっていたらしい。
城戸ホテルはスポンサー及び場所貸しだけでない。
ホテル内でもイベントに関連したフェアを行うそうだ。
この連休に、がっぽり稼ぐ見積もりであろう。
「それで、ね?もし島くんが良ければ、ちょっと見にいってみませんか」
聞き違いかと思った。
「……えっ?」
聞き返すと、琴はもう一度繰り返す。
「えぇ、ですから夜に余裕があれば、一緒に行きませんか?と」
まさか、おかみさんまで浮かれ気分でフェスタを見学しに行こうと思っていたとは。
下っ端従業員の西脇や自分と違って、琴は、この旅館のオーナーである。
営業中、一時たりとて持ち場を離れてはいけない身なのでは?
といった島の懸念へ答えるかのように、琴がひそひそと声を落とす。
「もちろん、営業時間中は無理です。ですから、終業後の夜に……ですね」
大蔵屋は夜十時で一階の窓口を閉める。
緊急の用事でもない限りは、翌朝十時まで従業員も就寝する。
フェスは深夜も開催されているので、その時間に行こうという提案だ。
「夜は城戸ホテル内限定になってしまうけれど……でも、その代わり昼にはないお料理を味わえるそうですよ」
西脇に負けず劣らずチェック怠りなかった模様で、琴の声は弾んでいる。
「どうかしら?島くんは、お料理研究が大好きだと料理長からも、お聞きしています。けして悪いお祭りではないと思うのだけど」
フェスは連休中ずっと開催される。
一日目は西脇と行くとして、二日目以降なら琴とも同行できるであろう。
脳内で日数計算をしながら、島はコクリと頷いたのであった。


だが、十連休を控えた前日の朝。
島は大いに頭を抱える。
市場で偶然出会った興宮にも誘われたのだ、フェスへの参加を。
三回連続フェス参加は、さすがに疲れると予想される。
かくなる上はと彼の取った行動は、同行者を困惑に陥れる内容であった……
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