不器用な恋と呼ばないで

#12

閑散とした砂浜を見渡し、興宮が、どっかと腰を下ろした。
「今の時期、もうちっと海水浴する奴がいるかと思ったんだが、見事に俺達だけか」
この辺りは東京と比べて気候が涼しい。
日が照っているのに、むしろ肌寒いぐらいだ。
加えて正規の海水浴場ではないから、人が少なくても、おかしくはない。
島は旅館を振り返って、入口を凝視する。
真木は、おかみさんらを呼んでくると言ったきり戻ってくる気配がない。
先に外で待っていろと言われ、こうして興宮と二人で待っているのだが……
「女は着替えに時間がかかるからな」
島の視線の先を見つめて、興宮がぽつりと呟く。
「どれ、先に水に慣れておくか」
早くも泳ぐ気満々で海へ入っていく。
つられて島も腰ほどまで入ったところで、興宮には抱きつかれた。
「おう、久しぶりよな。こうして二人っきりになるのはよ」
ぴったり密着されると、肌寒いはずの水が温かく感じられるのは何故か。
興宮の熱量が原因だと島は考える。
興宮に抱きつかれるのは、嫌ではない。それどころか安心する。
がっちりした体躯に、太い腕。
胸板は分厚く、それでいて弾力がある。安心感の理由の一つだ。
「……そうですね」
興宮と海水浴に出かけた思い出はない。
だが他の場所、例えば山登りやハイキング、釣りなどに行った記憶なら多々あった。
見るからに体育会系な興宮は、遊ぶ場所も当然のようにアウトドア一辺倒で、それでいて二人で来た海は、これが初めてだというんだから不思議なものだ。
背後から抱きしめられたまま、島はチラリと視線を下向き加減に落とす。
興宮の水着はピッチピチのビキニラインで、同性でも直視が憚られるデザインであった。
島の腰辺りには興宮の生暖かくも大きな何かが、ぴったり密着している。
温かいのは良いのだが、なんとなく居心地が悪くもあり。
落ち着かなげに身じろぎする島の耳に、興宮の苦笑が入り込んでくる。
「どうした、島?今更ハグで恥ずかしがる間柄でもないだろが」
「いえ、ハグがどう、というわけではないのですが……」
ますます島の視線は下がり、動揺している自分を見られまいと俯き加減に砂を見つめる。
てっきり無難なサーフパンツでくるんじゃないかと予想していただけに、ビキニは衝撃だ。
ここに到着したばかりの頃、西脇が超ハイレグビキニがどうとか話題を振ってきたが、島も、そういった水着は真木の専門だと密かに思っていたのは内緒である。
興宮が、ビキニを選ぶとは思ってもみなかった。
「それとも、これが気になっているのか?ン?ン?」
ぐいぐいと腰に柔らかいものをこすりつけられて、島は大いに狼狽える。
ビキニを意識していたのがバレたから――ではない。
偶然に当たっていたのではなく、興宮が故意に当てていたと判ったからだ。
これまでにも、もしかして性的行為をされているのかな?と疑いたくなる場面が何度かあった。
しかし男同士だし、まさかそんな、自分の考えすぎだと疑いを振り払うようにしてきた。
今は、あからさまに股間のイチモツを擦りつけられ、背後から回ってきた興宮の手が島の股間に伸びてくる。
「だっ、駄目です」と振り払っても、すぐ伸びてくる手は復活して、水着の上から優しく撫でられた。
「興宮、先輩……」
小さく呟き、島は項垂れる。
真夏の海岸、誰もいない、二人きりの海辺。
息が荒いのは自分なのか、それとも背後の男なのか。
きっと両方だ。
優しく撫でていた手の動きが変わり、布の上から掴んでくる。
「い……いけ、ません……」
譫言のように呟きながら、しかし手は振り払わずに島は身を委ねる。
耳元で、興宮が「島……」と、熱く囁いた気がした。
だが次の瞬間、興宮は秒の速さでパッと島から身を放し、ひょうきんな声でおどけてみせる。
「よぉ遅かったじゃないか、水着三人衆!」
見れば琴たちが、ようやくお出ましになったところであった。
「いやっほぅー!先輩見て下さい、ミズチンったら、この歳で水玉ワンピでございますぞぉ!」
西脇の場違いなほどのテンションの高さが、極度に緊張した後だと却って有難い。
「なにおー?そういうワッキーだって、スタイル無視した真っ赤ビキニじゃん!」
瑞穂も悪態でやり返し、最後に琴の水着を島に見せびらかしてくる。
「そんなことよりぃ〜、じゃーん♪本邦初公開、おかみさんの水着を、とくとご覧あれ」
紹介されずとも、琴の水着姿は真っ先に目に入っていた島である。
琴は白一色のワンピース、それも裾丈が長い落ち着いた水着だ。
西脇の寸胴ビキニや瑞穂の子供っぽく派手な水玉ワンピースとは、まるっきり一線を画す。
大人の色気とでも言えばいいのか、どうしても胸元に視線が吸い寄せられてしまう。
ワンピースの上からでも判る。でかい。
巨乳と呼んでも差し支えない乳が形よく収められており、足はすらっと伸びていて、長い髪の毛は、後ろで緩やかに結われていた。
これで日傘を差したりすれば、モデルとしても通用しそうな完璧なコーディネイトだ。
いうなれば、インスタ映え。カメラを持ってくればよかった。
……と、そこまで考えて。
無言でガン見していた己に気づき、島は否応なく恥ずかしくなってきた。
ここで何か気の利いた誉め言葉をかけられれば、琴からの好感度がグンとアップするだろうに。
何も思いつかない。
スタイルを褒めるのは下手したらセクハラだし、水着の善し悪しは実のところ、よく判らない。
かっこいいですね。可愛いですね?どちらも違うニュアンスに思える。
「ほ……」
それでも何とか言葉を絞り出す島に、全員が注目する。
「……本日は、お日柄もよく」
「ここでボケるかぁ!?島っ」
間髪入れずスパーン!と後頭部を殴られて、涙目で振り返った島の目に映ったのは真木であった。
「お前も男なら、正直に感想を言ってみろ!見事なおっぱいですね、とかな!」
何事にも正直なのは真木の美徳なのかもしれないが、平気でセクハラ発言とは恐れ入る。
さっそく女性陣からは「最初に褒める場所がソコですかぁ?」と、冷ややかな視線を送られているではないか。
「や、冗談だってばぁ瑞穂ちゃーん、水玉きゃわいいねっ」
たちまち格好を崩す真木など視線の隅に追いやって、改めて島は琴と向かい合う。
まずい。
向かい合ったのは失敗だ。頬が熱くなってくる。
真正面から見ると、ますます胸の膨らみに目がいってしまう。
見ちゃ駄目だ、駄目だと思えば思うほど、目が吸い寄せられるのは何故だろう。相手が琴だから?
巨乳は、これまで全く興味がなかったし、いいと思ったこともない。
なのに今日、おかみさんの水着姿を見ただけで巨乳に目覚めるとは自分自身でも驚きだ。
恐るべきは恋の魔力。いや、いうなれば水着の魔力か。
ワンピースなんて子供の水着かと思っていたのに、好きな人が着たら価値が一変してしまった。
ワンピースは、着る人によっては大人っぽくもなるのだ。
かくいう島の水着は、いわゆるボクサー型の青一色な競泳パンツなのだが。
西脇には「ヒュゥ〜♪島先輩、勝負水着マックスですね!」などと大袈裟に囃し立てられ、赤面する。
何と勝負するんだと思われたのか、いや確かに競泳水着ではあるが、誰かと競争しようと思って選んだのではない。
できるだけ布面積が多く、形が目立たないようなものを選んだつもりだ。
おまけに「ほんとだ、シンプルなのにセクシィ〜」と瑞穂にまで言われ、えっ?となった。
「ねー、体のラインにピッチリじゃないですかー。やだーもう、先輩ったら誘っているんですの?」
一体どこを見て評価を下しているのか、二人揃っての調子に乗った発言は、琴にやんわりと窘められる。
「二人とも、島くんが格好良すぎるからって、はしゃぐのは判らなくもないですけれど、セクハラ発言で困らせるのは、いけませんよ?」
「はーい」と素直に頷いた瑞穂とは異なり、西脇は果敢に噛みついてくる。
全く上司に敬意を払わない辺りは、いつぞやの肉フェスでも見た光景だ。
「はーん、そういうおかみさんこそ、島先輩の肉体美に血迷って抱きついたりしちゃ駄目ですからね」
「だっ、誰がそのような破廉恥な真似をすると言ったのです!?」
「ですよー、おかみさんは抱きついたりしませんよね、どっかのオッサンと違ってー」
瑞穂の辛辣な言い分には、興宮本人が不敵な笑いで跳ね返した。
「なんだ、見てたのか。意外と目ざといお嬢さんだ」
「見てたってか、見たくもないのに見えちゃったんですよねぇ……」
不満げに口を尖らした小娘相手に、重ねて興宮が、いけしゃあしゃあと言い訳をかます。
「だがな、ありゃあスキンシップ、昔っから俺と島との間でやっていた親愛の情よ」
親愛の情、ねぇ。
一瞬だが遠目に見えた抱擁は、どう見ても、その域を越えていた。
大体親愛だと抜かすなら、背後から抱きすくめるのではなく正面から抱き合うものではないのか。
だが瑞穂は、それ以上突っ込まずに自分で振った話題を終わりにする。
きょとんとする琴や西脇、真木には何のフォローもせず。
「ま、いいですけどぉー。この旅行でのエッチな真似は、今後全面禁止にしましょうね」
真っ先に「さんせーい!」と手を挙げたのは、意外にも西脇だ。
「あれ、アコちゃんは島に抱きつきたいんじゃないの?」
と真木が、からかえば。
「私だって時と場合は考えますよ、水着を見て即オッパイって騒ぐセクハラ久遠先輩とは違いますぅー」
やり返されて、頭を掻くはめになった。
「そんなことより海といえば海水浴も結構ですが、メインはスイカ割りでしょう。ほら久遠先輩、ぼさっと突っ立ってないで!私達が泳いでいる間に、ちょこっとパシッてスイカ一個、どっかから調達してきて下さいよ」
後輩の無茶ぶりを引き受けたのは、言われた当の真木ではなく。
「よし、そんじゃ市場視察のついでにスイカを探してくるとすっかな」
くるりと方向転換して歩き出した興宮であった。
すかさず島は「同行します」と申し出たのだが、そうはさせじと横から手が伸びてきて。
「いやいや島、お前が抜けたら俺、ハーレムになっちゃうし。いやハーレムは嬉しいけど、男一人じゃ何か恥ずかしいから、お前もココにいろって!あ、坂一さーん!帰りにビールなんかも買ってきてくれると嬉しいっす、お願いしまーっす」
しっかと島の腕を掴み、真木は去りゆく興宮の背に声をかけた。
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