夜に咲く花

5.戦

戦が始まった。
そろそろとくすぶっていた怨恨の炎が、一気にふくれあがったのは町工場が最初の場所だった。
たまりにたまっていた感情が、人の心を暴力という形で押し流す。
人夫達が人形師に襲いかかったのだ。棒や工具で殴りかかり、あっという間に打ちのめした。
それだけで済めば良かった。
それだけで済めば、一時的な暴動で済んだはずだった。
彼らは工場を焼き払った。
彼らのつけた火は生まれてくるはずだった自動人形達を全て飲み込み、それでも怨恨の炎は留まるところを知らず、足は街へと向かっていた。

――俺達の暮らしを、こんなにしたのは誰だ?

単純に考えれば、賃金をけちった工場主の仕業だろう。
だが、その工場主が大事にしている商品は何だ?
そして、それを工場主に作るよう指示しているのは?
人形師だ。
人形師が、全ての諸悪の根源だ。
奴らが俺達人間を、人形以下の存在に変えてしまったのだ。
人形を作る為の『道具』にしてしまったのだ――!

炎は工場を燃やしただけでは飽きたらず、街にも燃え広がる。
人形師の住む家が何軒も襲われた。
家から引きずり出され、大勢の手によって殴り倒され、昏倒する直前に見た物は燃えさかる我が家と、あぁ!愛する家族の涙。
引き裂かれる自動人形の、無惨な姿。
誰に、このような惨いことをする権利があるというのか。
徒党と化した人夫に対して、人形師は初めの頃こそ逃げまどうしかなかった。
しかし状況が判ってくれば、話は別だ。
彼らには幸い、優秀な手駒があった。
ソウル・オートマターだ。痛みを知らぬ人形達。
だけど心は持っているから、命じさえすれば人形師の代わりに戦ってくれる。
ソウル・オートマターさえ作れれば、人形師は無敵といってもよかった。
事態は賢者が、もっとも恐れていた方向へと進んでいた。


「ひどい有様だよ、街はね」
その日、久々にジャーマターの家を訪れたエクサリスは開口一番そう言った。
窓から目を離さず、ジャーマターがそれに応える。
「人夫に味方するのではなかったのかね」
革命家であったエクサリスに対する嫌味も、ほんの少しだけ混ぜて。
彼女だって昔、同じことをやったのだ。今の人形師と同じことを。
自動人形を生み出し、戦の手駒として使った。
ソウル・オートマターは本来、戦争の道具として作られたものだったのだから。
「確かに、あたしは人夫達の手助けをするつもりだった。でも あのやり方じゃあ勝てっこないよ。手助けする気も失せちまう」
「まるで昔の自分を見ているような気がするのでしょう?」
口を挟んだのは賢者ウォートリア。
戦を知り、慌ててジャーマターの元へ飛んできた一人だ。
「あぁ」
二人の皮肉に口元を歪ませ、エクサリスは頷く。
「絶対的な支配の前に、暴力は無意味さ」
エクサリスも人夫の中に過去の自分を見たのだろう。
力で反乱を起こす、その姿に。
「あたし達は馬鹿だった。なにも力で反抗せずとも良かったんだ」
吐き捨てる彼女にジャーマターも頷く。
「そのことに気づくのが少し遅かったようじゃな」
街は人形師の怨恨で焼き尽くされ、気がつけば多くの人間が死んでいた。
その中には多くの自動人形の魂も含まれていただろう。
炎が全ての戦いを焼き尽くしてしまった今は、憶測で語るしかないが。
「もう、昔の戦を覚えてる奴も少ないんだろうね。人夫は過去の人形師と同じ過ちを繰り返そうとしている」
ウォートリアも頷いた。
「そして、人形師もです」
今度の戦では、何人……いや何十の命が奪われるのだろうか。
人間だけではなく、人形達も含めて。
賢者の懸念をエクサリスは嘲笑う。まるで自分自身を笑うかのように。
「人形師がソウル・オートマターを使うのは自然の理ってやつだよ。だって、街に人形師の味方になってくれる奴がいるかい?工場主は駄目さ。いざとなったら人夫側に寝返るからね」
人形師が過去に勝利を得たのは、自動人形の発明あってのものだ。
彼らは自動人形を作ったからこそ生き延びられたといってもいい。
いや、自動人形を生み出すために生かされている。
「人形師は孤独なものではないよ、エクサリス。周りの声に耳を傾けてごらん。草や、星の囁きが聞こえるだろう」
話にもならぬ、と言いたげに彼女は首を激しく振った。
「草や星が戦ってくれるかい?ジャーマター、人夫達とはもう既に話し合いが出来る状況じゃないんだ。彼らの心は暴力に取り憑かれてしまっているんだからね」
これは生き残りをかけた戦いだ。
人夫は自分の地位を上げるため。
人形師は自分の地位を守るため。
しかし、そこに自動人形の地位は含まれていない。


空に星が流れた。
一つ、二つ。
星が連続して流れるなど滅多にない。ジャーマターは眉間に皺を寄せた。
「ダニスとジャニアは元気かね」
不意にジャーマターが話を切り替えた。
二人の名を呼ばれ、賢者はハッとして、老いた人形師の顔を見つめる。
「この戦で二人も不安になっているだろう。早く帰っておやり」
そうだ。
ジャーマターの心配ばかりしていたが、今度の戦は自動人形にも関係がある。
いつ何時、手数を必要とした人形師が乗り込んでこないとも限らない。
「えぇ、そうします」
頷き、鴉へと姿を変える賢者を呼び止める声がある。
「人形と一緒に暮らしているのか?」
エクサリスであった。
賢者は再び頷き、羽根を広げた。
「えぇ、大事な家族です」
賢者の飛び立った窓枠に、ひらりと黒い羽根が舞い落ちる。
その羽根を拾い上げるエクサリスにジャーマターが問うた。
「意外かね?」
「あぁ」と、エクサリス。
「あいつは自動人形を恨んでると思っていたんだけどね」



――戦が人を殺すのではない。人の心が人を殺すのだ――



暗き闇。
人の意識が閉ざされる時、心は絶望の闇に覆われる。
だが絶望の中にも咲いている花はある。
たとえ どんなことが起ころうと、その花は輝きを失わない。
人々はそれを『希望』と呼ぶ。
人形師ジャーマターの心には、その花が咲いているとウォートリアは思った。
全てを愛し慈しむ気持ちが、心に花を咲かせる。

私には、その花を咲かせることができるだろうか。
私は人夫や人形師を恨まずに生きることが出来るのだろうか?
暗く重苦しい空の中を賢者は飛んでゆく。
我が家で何が待ち受けているかも知らずに。



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