亜種族だってミジンコだって

上にあがった可憐を待ち受けていたのは、仲間の窮地であった。
先を行く少女が何事か唱えて両手を前に差し出すと、掌からは真っ白な霧が吹き出し部屋中を白く染める。
「寒っ!」と叫んだのは、可憐だけじゃない。
部屋にいた全員が叫んだ。
燃え上がる炎は鎮火され、カチンコチンに凍りついた盗賊団が氷像と化す。
たった一発で戦局をひっくり返した、この少女。侮れない。
「可憐!無事だったんだ」と走り寄ってこようとして、ミルが急停止する。
背後にくっついて走ってきたフォーリンも、驚愕の眼差しを少女へ向けた。
「イッ、イルミ人……!?」
一旦は困惑したがミルの立ち直りは早く、少女を威嚇にかかってくる。
「おい、お前!何でクルズに侵入しているんだ!誘拐されたのか!?」
睨みつけられても少女は怯むことなく、言い返した。
「あね、さらわれた!わたし、それをたすけにきた」
「お姉さん?一体誰に……」
驚く皆へ、こうも告げる。
「へいたい、あねをつれてった!」
「クルズ国の騎士団が?イルミ人に勝てそうな奴なんていたかなぁ」
首を傾げるミルの横にエリーヌも駆けつけると、可憐には聞き取れない言語で少女へ話しかけた。
『我が国民の犯した罪は、私の罪でもあります。イルミの旅人よ。どうか、あなたとお姉様のお名前をお聴かせ下さい』
一拍置いてから、少女が同じ言語で答える。
『ほぅ、こちらの言語が判る奴もいたのか。よかろう。我が名はドラスト=フット=フォーゲル。姉はクリシュナ=フット=フォーゲル、共にイルミ魔導部隊所属だ』
エリーヌがくるっと振り向いたので、おのずと皆の視線も彼女に集まる。
「皆様、彼女はイルミ国の魔術兵だそうです。詳しいお話を聞くためにも、まずは、ここを離れましょう」


近場の村、エリモ――
宿に入るなり二人だけで話がしたいとエリーヌに言われ、他のメンバーは下の酒場で一息入れた。
二人きりにして大丈夫なのか?と訝しがる可憐には、ミルが応える。
「あいつ、御貴族様らしいよ。ならゲスな真似はしないんじゃないかな」
もし変な真似をしても、すぐ追跡魔法をかけるから大丈夫だとの弁。
無論、エリーヌ自身にも防御の魔法がかかっている。生半可な魔法では、彼女は殺せない。
「ミルはエリーヌを随分信頼しているんだね。彼女も、その……御貴族様、なんだろ?」
そっと尋ねると、ミルはフンと鼻息を荒くする。
「当たり前だろ?彼女は王族なのに、わざわざ下々の側まで降りてきたんだぞ。宮廷で暮らしていれば、贅沢三昧で一生が終わったのに。自分の暮らしを捨ててでも国のために何かしたいって気持ちを、ボクら国民が受け止めなくて、どうするっていうのさ」
二人の出会いなんかもついでに聞いておきたいと可憐は思ったのだが、聞くよりも早く、エリーヌが階段を降りてきた。
「皆様、話は終わりました。ドラスト様のお姉様を救出に向かいましょう。ですが今の私達は圧倒的に戦力不足です。そこで」
どんどこ話を進める元王女に、ミルが待ったをかける。
「ちょっちょっ、ちょっと待って!?お姉さんを助けるのに異論はないけど、戦力不足はスカウトで補うって約束しただろ?まさかの作戦変更は、ナシにしてくれよ!」
慌てふためくミルへ微笑みかけると、エリーヌは話を締めた。
「えぇ、ですから、南下してサーフィスへ入りましょう。そこで有能な前衛を捜すのです」
「有能な前衛?でもサーフィスってド田舎村だよ?あんなとこに有能な奴なんて、いるかなぁ……」
腕を組んで考え込むミルの横で、可憐はヒソヒソとアメリアへ尋ねた。
「そういや今の俺達って、領土のどこらへんにいるの?」
アメリアは小首を傾げ、脳内で地図を展開する。
「ちょうど真ん中ですかねぇ。お城が領土の真ん中に建っておりますから」
するとゲリラは、騎士団の近くで巣を張っていたのか。
意外と大胆だ。
「それで結局ドラストさんは一緒につれていくんですか?」とは、ガーレットの問いに。
エリーヌは即座に頷くと、ちらりとミルを一瞥した。
「ミル、申し訳ないのですが個人的感情を控えていただけますか。私達は全世界を平和にするのが目的です。大儀を果たすまで、余所者だ何だと啀み合っている場合ではありません」
じろっとドラストを睨みつけ、それでもミルは渋々妥協する。
「うー……判ったよ。エリーヌが、そう決めたんなら」
そしてドラストへ手招きすると、こう言った。
「こっち来て。クルズ語を話せる魔法をかけてやるから」
だがドラストときたら、ふんと鼻を鳴らして拒否してくるではないか。
『そんな汚らわしい魔法は必要ない。私はエリーヌとだけ話すからな』
しかしながら彼女の嫌味が理解できたのはエリーヌだけで、ミルは、あっさりスルーすると勝手に呪文を唱え始める。
「呪の神々よ、かの者に言の葉を恵みたまえ!」
「おい、いらないと言っているだろう!」
ドラストの叫びが言葉として伝わってきて、可憐は、あっとなる。
驚く彼に、フォーリンが微笑んで補足した。
「可憐さんにも、この魔法、かかっているんですよぉ〜。お話しできないと困るだろうってミルが気を利かせて」
そうなのか。
道理で異世界なのに、すらすら会話が通じたわけだ。
「それじゃ改めて宜しく、ドラストさん」
可憐がにっこり微笑んで片手を差し出すとドラストはボッと赤く染まり、ややあってから手を握り返して視線を逸らす。
「……貴様、その笑顔は反則だぞ?まったく、女だらけの軍団に何で男が一人混ざっているんだか」
ぼやくドラストにも、フォーリンが律儀に補足説明する。
「可憐さんは私達が誇るスカウトマンなのですっ。この輝くスマァ〜イルで、人々をトリコにする役目なんですよぉ」
「虜、か……確かにな」
深く頷いて納得する彼女を横目に、ミルが階段をあがっていく。
「さ、話もついた事だし、寝よ寝よ。可憐も早めに寝といたほうがいいよ?明日は早くに出るからね」
ミルの後ろをトントン登っていきながら、不意に可憐は思い出す。
――そうだ、俺の顔。宿にいる間に確認しておこう。
BACK←◇→NEXT

Page Top