急展開は冒険のお約束

ピチャン……
どこかで水の跳ねる音がして、可憐は目を覚ます。

えぇと……
何がどうして、どうなって、俺は今ここにいるんだったっけ……

そうだ、思い出した。
暖かな日差しの中、のんびり皆と歩いていた。
すると突然、草むらから表れた五、六人の男達に周りをぐるりと囲まれて、可憐は顎に一発拳をくらって昏倒した。
話し合いも何もなく、一方的に暴力をふるわれたのだ。
戦おうと考える暇さえ与えてもらえずに。

そして、この有様である。
牢獄に閉じこめられている。
手は勿論、縄のようなもので拘束されて。
ミルもフォーリンも近くにいない。
全員、一人ずつ牢に放り込まれでもしたか。
襲ってきた連中は一体何者だ。
恐らくだが、騎士団ではなかろう。
本拠地が襲われないぐらいだ、メンバーの顔も割れていまい。
それにしても牢屋なんて初めて入ったが、トイレもベッドもない。
日本の牢屋なら、もっと綺麗なんだろうな。
可憐は危機感の欠片もなく、そんな事を考えた。


メンバーは個別で全員牢屋に閉じこめられていたかというと、それはなく、可憐以外のメンバーは全員、一つの部屋に集められていた。
後ろ手に縛られて、身体の自由を効かなくされた上で。
彼女達を襲ったのは、この辺りに根城を構える盗賊団であった。
総勢六名の小さな団だ。
どいつも舌なめずりせんばかりに、こちらを卑猥な目つきで眺めている。
「あうぅ……可憐さん、捕まっちゃいましたぁ」
涙目で呟くフォーリンには、ミルの叱咤が入る。
「可憐だけじゃないだろ!ボク達全員捕まったんだッ」
召喚術を会得していながら、何故あっさりとミルまで捕まったのか?
拳一発でノックアウトした可憐が、人質になってしまったからだ。
いくら異世界人とはいえ、弱いにも程がある。
しかし彼を呼んだのは他ならぬ自分なので、振り上げた拳を降ろす場所もない。
それより問題は、エリーヌも一緒に捕まってしまった点だ。
連中は、先ほどから彼女の顔を見ては囁きあっている。
王位継承権では下位に位置していたが、それでも彼女はこの国の王女だ。
顔を覚えている者がいたとしても、おかしくない。
いざとなったら、このアジトを焦土にしてでも逃がさなくてはなるまい。
大事の前に目立つ真似は、極力したくないのだが……
「可憐を探し出して、こいつらをぶっ飛ばして、あぁ、チクショウ。なんで、いっつもボクばっかり面倒な役回りになるんだ?」
ぶつぶつ詛いの言葉を吐き出していると、盗賊の一人に顎を掴まれる。
「こんな田舎町にゃあ不釣り合いなカワイコちゃんじゃねぇか。おい、お前、名前は?」
ミルは見た目、六、七歳の少女にしか見えない。
ぱっちりと大きな瞳に、柔らかそうなオレンジ色のショートカット。
町を歩けば、そっち系のオッサンに声をかけられそうな愛らしさがある。
奴隷としても愛玩用としても売り飛ばせそうな上玉だ。
「誘拐ゲス野郎に名乗る名前なんて、ボクは持っていない」
キッと睨みつけて強気に返すミルには、傍らのフォーリンのほうが焦りまくる。
「ミ、ミル、名前ぐらいなら教えても平気では?」
「なるほど、ミルっていうのか。名前も可愛いねぇ」
ゲッヘッヘッと笑われて、ミルの癇癪はフォーリンへ向けられた。
「もう!なんで名前教えちゃうんだよ、後の活動に差し障るだろ!?」
「ご、ごめんなさぁ〜いっ」
泣いて謝られても遅いのである。
こうなったら、もう、こいつらを全員ぶっ飛ばすしかない。
だが、それをやるには人質の可憐。彼を先に捜し出す必要がある。
戦闘では役立たずだろうと足手まといだろうと、関係ない。
彼にはスカウトをやらせたいのだ。
満場一致でイケメンと判断される顔から繰り出される、ナイス笑顔で!
「エリーヌ、ちょっと手荒な脱出方法になるけどいい?」
ひそひそと後方に座るエリーヌへ話しかけると、彼女も頷いた。
「えぇ。脱出方法は、あなたにお任せします。ですが」
「判ってる。可憐は先にボクが探しておくよ」
どうやって――?
エリーヌが尋ねるよりも早く、ミルが盗賊へ提案を持ちかける。
「お前ら、大方ボクらを、どこかへ売り飛ばす算段なんだろうけど。何もしないで売り飛ばすなんて、随分欲がないんだねぇ」
「お、なんだ?オチビちゃん。何か上手い脱出方法でも考え出したのかい?」
盗賊の一人が小馬鹿にした様子で話に乗ってくる。
むかつく気持ちを抑えながら、ミルは続けた。
「別に逃げ出そうなんて思っちゃいないさ。多勢に無勢だしね。それより、こっちのフォーリンは寝床の達人だよ。楽しまないでポイしちゃうなんて、勿体ないと思うけどなぁ〜?」
とんでもないネタふりに、一番驚いたのは本人だ。
「ひぇっ!?」
身を固くする彼女を、二人ばかりの盗賊が覗き込んでくる。
「この、いかにもおっとりした女が寝床の達人かぁ〜?」
「全然そうは見えねぇよな」
「そう見えないからこそ、驚きなんだよ。皆、見た目で騙されて、いつも彼女に財布を取られちゃうのさ」
したこともない冤罪が積み重ねられていく。ミルの舌先で。
「ちょ、ちょっとミルゥ〜!やめてくださいっ。私、ここで生きていけなくなってしまいますぅ〜」
本気でビエーンしているのに、ミルは全く取り合わず。
「大丈夫だよ、フォーリンの寝技なら。どこへ行っても暮らしていけるって」
肩をすくめる真似までして、フォローは一切なしの姿勢だ。
突拍子もないホラ話には、ガーレットもサーシャも首を傾げる。
先ほど名前をバラされた腹いせか?
いや、ミルはフォーリンに時々とんでもなく意地悪になるけど、意味なくホラ話を吹聴するような子でもない。
「フォーリンだって人生最後になる前に、誰かと気持ちよくなりたいよねぇ?」
気持ちよくなったことだって一度もないのに、聞かれても困る。
涙目で固まったままのフォーリンの前に、新たな影が落ちた。
「なに、人生最後になりゃあしねぇよ。お前らは金持ちの家へ売られていくだけだ。だが、そこまで仲間に言われるテクニックってのも気になるな」
奴らの中で一番偉そうな男が、彼女の前にかがみ込む。
目つきの悪い顔にジロジロ眺め回されて、フォーリンはもう、生きた心地がしない。
「はぅぅ……や、優しくお願いしますぅ」
ぽつりと呟く彼女を見て、盗賊達は下卑た笑いを浮かべた。
と、その時。
「燃え上がれ、クレイバード!ボクらの敵を焼きつくせ!」
なんの前触れもなく召喚獣が部屋に出現したかと思うと、フォーリンを品定めしていた盗賊達へ一気に襲いかかった。
ごうごうと燃えさかる火の鳥、クレイバードはミルの必殺召喚術の一つだ。
呪文を唱える隙が欲しくて、あんな与太話を仕掛けたのか――!
やっと仲間にもミルの考えが浸透する頃には、アジトの一部に火が燃え移る。
「カ、カレン様を先に助けるのではなかったのですか!?」
叫ぶエリーヌの真横に屋根の一部が燃え落ちてきて、彼女は慌てて飛びのいた。
「ごめん、順番狂った!でも、騒ぎに乗じて探せるよね」
ミルのこめかみに浮いた青筋を確認してから、アメリアも叫んだ。
「判りました!カレンさんは私とガーレットで探します!ミルはエリーヌ様とフォーリンをつれて、先に脱出して下さい」
走り出そうとするのを、さっと前に回り込んで盗賊が妨害してこようとする。
「おっと、逃がさねぇよ!」
見ればミルも囲まれており、横っちょではフォーリンがオロオロしている。
敵は六人、こちらも六人。
数の上では互角だが、戦力外が二人いる分こちらのほうが不利だ。
もう一人、可憐が自力脱出して加勢してくれれば、或いは。
いや、駄目だ。フォーリン二号が加わった処で何になる?
サーシャは即座に希望を打ち消すと、目の前の敵に気持ちを切り替えた。
武器もない、両手は縛られたまま。
全く、後先考えずに行動してしまう作戦参謀にも困ったものだ。

上の階が火事になっていても、下の階にいる可憐は気がつかず、ただ、ぼんやりと天井の染みなどを眺めて座っていた。
そういえば、食事の差し入れはあるんだろうか。
まだ危機感が沸かず、そんなことを考えていると、足音が近づいてきた。
タッタッタッと軽快に走ってきた足音は、可憐のいる牢の前で立ち止まる。
誰だろう。
水色の長い髪の毛を垂らした女の子だ。
透き通るような藍色の瞳が美しい。
耳が尖っていた。
初めて見る、亜種族っぽい容姿だ。
亜種族もクルズ国に住んでいたのか。
彼女は早口で何かを話しかけてきたのだが、可憐には、さっぱり聞き取れず、何度も首を傾げているうちに、向こうも諦めたかして、一つ溜息をつく。
ややあって、ごほんごほんと咳払いしてから、もう一度話しかけてきた。
「きみも、つかまっている人?まってね、今あけるから」
「あ、ハイ」
なんだ、普通にしゃべれるんじゃないか。
なら最初から普通に話して欲しい。
なんて考えていると、いきなり鉄格子がボン!と弾けるもんだから、可憐は心臓が飛び出すんじゃないかってぐらいには驚かされた。
「なっ、な、な、な……」
「ごめん。今の、まほう。これで、にげられるよね」
手を差し出されたので、咄嗟に可憐は手を握り返す。
握ってから、両手を拘束していた縄が解けているのにも気づく。
一体、いつの間に。
ぎゅっと掴んだ拍子に間近へ近づいてしまい、見つめ合った瞬間、相手の様子も豹変した。
彼女はビクッと身を震わせたかと思うと、慌てて手を振り払い、後ろを向いてしまった。
それほどまでに、見るに堪えない顔面だったのだろうか。
亜種族から見て、可憐の顔は。
確か"万人に好かれる顔"になっているはずなのだが。
そういえば自分のニュー顔面を、まだ自分で見ていない事にも気がついた。
一体自分は、どんな顔になってしまっているのか。
しかし、それ以上何かを考える余裕は可憐に与えられなかった。
ドカンと何かの爆発する音が響き渡り、天井が一部落っこちてきたからだ。
「なっ、何が起きているんだ!?」
慌てる可憐を、さっきの少女が促してくる。
「ここ、やけおちる。いこう」
「や、焼け落ちる?」
一体、上で何が起きたのか。
一向に説明されそうにないので、可憐はひとまず少女の後を追いかけた。
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