新しい仲間たち

ミル達ゲリラの本拠地は、クルズ国領土の山中にある。
以前の肉体であれば山登りなど、死んでもお断りであった。
しかし、今の可憐は世界一強い肉体の所持者である。
すいすいと自分の足が坂道を登っていくのを、彼は新鮮な気持ちで眺めた。
歩くのを楽しいと思える日が、まさか自分に来るとは思ってもみなかった。
息一つ切らさずに、中腹にある本拠地まで辿りつく。
息を切らしていないのは、ミルもであった。
ただし、彼女は召喚で呼び出した奇妙な生き物に乗っていた。
四つ足で全身が黒い毛に覆われ、頭に角が一本生えている。
本人曰く、使い魔であるらしい。
使い魔は一人乗り専用なので、当然のようにフォーリンは徒歩だ。
後方で息を切らし、へたばっている。
「毎日この山を登ったり降りたりしてるんじゃないの?」
フォーリンを気の毒そうに眺めながら可憐が尋ねると、ミルは肩をすくめ、ジロリとへたばった仲間を見やる。
「彼女は肉体労働向きじゃないからねェ。だから本拠地で留守番してろって何度も言っているのにサ、全然言うことを聞かないで毎回ついてくるんだよ。自業自得だよね」
ハァハァ息を乱し、フォーリンが反論してくる。
「だ、だって、ミルに何かあったらと思うと心配で……」
仲間の杞憂にも、ミルは蔑みの視線を向けただけであった。
「君に心配されるほどにはボクも弱くないつもりだけど?むしろ、君のほうが心配だよ。迷子になって暴漢にでも襲われたりしたら」
これ以上の暴言を吐きかけられるのは、フォーリンが可哀想だ。
まだまだ続きそうな小言と文句を「まぁまぁ」と可憐は遮った。
「次からは、俺も一緒に出るから。彼女は俺が守るよ」
「いや、君には別の仲間を同行させるよ。彼女は留守番だ」
ミルには、ばっさり返された。
反論する気力もなくなったのか、フォーリンはくたぁっと地面に横たわっている。
この体力のなさじゃ足手まといにカウントされても仕方ないかな……
と、可憐も内心思ったのであった。


戦力が乏しい、とフォーリンやミルは説明していた。
しかし、本拠地内は全くの無人でもない。
ミルとフォーリンを含めて、全部で六人。それが今の戦力だ。
メンバーは女子供ばかりで、戦力補強とミルが焦るのも無理はない。
召喚術を使えるミルが一番強いのだそうだが、彼女はリーダーではない。
じゃあ誰がリーダーなんだ?と可憐が尋ねると、ミルは視線で後方を示した。
「エリーヌ=チャーリー=クルズ。彼女がボクらのリーダーだ」
「……えっ、クルズって……?」
可憐の記憶が確かなら、この国の名前ではなかったか。
きょとんとする可憐の前で、名を呼ばれた少女が会釈する。
「そうです、私はクルズ王家を離反しました。元・姫でもあります」
肩までの金髪は、緩いウェーブを描いている。
目鼻の通った顔立ちは、さすが元王家、美しい。
身に纏う衣類は皆と同じように質素だ。
だが、青い瞳は意志の強さを感じさせた。
王家を離脱してゲリラの仲間になるぐらいだ。
決意も覚悟も相当なものに違いない。
「でも姫様が行方をくらましたんじゃ、今頃お城はパニックになってんじゃ?」
「いいえ。王家には王子が三人、王女が四人おりますから」
えらく子だくさんだ。
王妃が頑張って生んだのか、それとも養子なのかは可憐の知るところではないが。
或いは大国とは、そうしたものであるのかもしれない。
「私は期待されていない末子ゆえに、離脱が可能だったのです。今の皇帝、私の父にあたりますが、皇帝は狂っています。戦争が始まったばかりの頃のクルズは、今のように誰彼構わず徴兵しなかったと聞きます。ですが父は、戦えぬ女子供や老人でも容赦なく戦地へ送り込むのです。このままでは、世界を制圧する前にクルズ国が滅びてしまいます」
国を作るのは王家ではない。国民だ――
そう締めくくり、エリーヌは項垂れる。
「……クルズ国って、そんなに兵隊が少ないの?」
疑問に思ったことを可憐が口に出せば、ミルが即答する。
「一応千人部隊の騎士団があるんだけどね。何故か皇帝は、民間人を徴兵したがっているようなんだ」
エリーヌがゲリラを結成したのは、今の皇帝の暴挙を止めるためだ。
ひいては、クルズ国民の為でもある。
戦争自体を終わらせるには、もっと時間がかかろう。
クルズだけではない。他三つの国の王とも話し合う必要がある。
「戦争終結の第一歩として皇帝を止める。そういうことでいいのかな」
可憐の確認に、エリーヌも頷いた。
「見ず知らずの貴方を巻き込んで良いとは思っていません……ですが、私達には強力な仲間が必要なのです。お願いします、どうか私達に力をお貸し下さい!」
綺麗な人に頭を下げられて、無下に断る意志など可憐にはない。
いや、ミル達についてきた時から、力を貸すつもりになっていた。
「うん。こちらこそ、お願いします」
あっさりOKする可憐に、その場にいた全員がわっと喜ぶ。
「よしよし。それじゃ、改めて仲間を紹介するよ」
満足げに頷いたミルが仲間達を整列させて、左から紹介しだす。
「まず、この子はガーレット。戦士だよ」
ガーレットと呼ばれた子が頭を下げる。
そばかすの残る、まだ年若そうな少女だ。
赤い髪の毛を、おさげで二つに垂らしている。
手足は華奢で全体的にほっそりしており、重たい武具を持てるようには思えない。
戦士と紹介されても首を傾げる体格だ。
「あの、私、こう見えて魔法も使える戦士なんです。よろしくお願いします、えーと……」
「あぁ、彼はカレン。カレン=イチークラだ」
唐突にヘンテコ外人みたいな紹介をされて、泡を食ったのは本人だ。
「ちょ、ちょっと、ミルッ!?」
だが、すぐに傍らのフォーリンが可憐の耳元で注釈を入れてきた。
「すみません、あなたの本名はワ国民を偲ばせるお名前でしたので……皆を不安で動揺させない為にも、この偽名で固定化させて下さい」
そういえば、時の管理人リュウも言っていたではないか。
この世界での漢字名は一部の地域限定だと。
「よろしくお願いします、イチークラさん」
ガーレットは疑問一つ持たず、にっこり微笑んで会釈する。
可憐も頭をさげ、ついでに希望を付け加えておくのも忘れなかった。
「よろしく。気軽にカレンって呼んでくれると嬉しいな」
ぎこちなく微笑んだら、ガーレットはカァァッと頬を真っ赤に染めて呆然とする。
「ほら、次紹介するからガーレットは、どいてどいて」
そこをミルに突き飛ばされ、ガーネットは、おっとっと、とよろめく。
「あ、は、はいっ。すみません」
よろめくところを可憐は抱き留め、支えてやった。
「なんだ、意外と乱暴だなぁ……大丈夫?」
するとガーレットの頬は、ますます赤みをさす。
なんで急激に赤くなったんだろう?と、不思議に思った可憐も彼女と見つめあう。
「いつまで見つめあってんのサ。次の子、紹介するよ?」
二人の見つめあいを中断させたのは、ミルの刺々しい一言であった。
「あ、あぅっ。すみません、すみません」
慌てて腕の中から抜け出すガーレットをポカンと見送った後、可憐は次の子へ意識を向けた。
「この子はサーシャ。弓師だよ」
上下ともに黄緑色で固めた服装の、ショートカットの女の子だ。
少々目に痛いというか目立つ色なのだが、ゲリラ的にアリなのだろうか。
吊り上がった猫目が、興味深そうに可憐を見つめてくる。
「あたしは、サーシャ。弓には自信があるんだ。もし、あんたが危機に陥っても、あたしの弓で助けてあげる」
「うん。もしもの時は、よろしく」
可憐も素直に頷いて、にっこり微笑む。
さっきよりは自然に微笑めたかな……と思っていたら、サーシャも頬を赤らめて視線を外した。
なんだろう。
さっきから皆がやけに、こちらを意識しているような?
「最後が、この子。アメリア、僧侶だよ」
アメリアと呼ばれた少女が会釈する。
白い法衣に身を固め、金髪を肩までで揃えている。
胸は先の二人と比べると、格段に小さい。ミルといい勝負だ。
「アメリア=バルコットと申します。ガルティーン教の教えを守り、皆様の怪我を癒しております。カレン様も、ご病気やお怪我をなさった際には、私にお声をおかけ下さい。たちどころに痛いのが飛んでいきますよ」
これで最後か。
いや、まだフォーリンの職業を聞いていない。
アメリアにも一応「よろしく」と微笑んでおいてから、赤面する僧侶を視界の端に置きつつ、可憐はミルに尋ねた。
「フォーリンは、何を担当しているんだ?」
「え、フォーリン?フォーリンはボクらの活動会計を担当しているよ」
これは意外な役割だ。
……いや、そうではない。
「えぇと、そうじゃなくて職業として見た場合に何の役割を」
「だから、会計と事務と雑務だって。非戦闘員。それがフォーリンさ」
あぁ。
だから、あんなにも見下されていたのか。
哀れフォーリンは可憐の横でしゅんとなり、俯いている。
「戦闘で役に立つと思ってた?残念、ボクもそう思ったんだけどね。魔法も駄目、剣術も駄目、弓も駄目で戦闘の才能なしって処かな」
「じゃあ、なんで仲間にしたの……?」
当然の疑問を可憐が口に出すと、ミルは心底侮蔑の表情をフォーリンへ向け、吐き捨てた。
「勝手について来ちゃったんだよ。彼女はボクんちの下働きでね。ボクのことが心配なんだってさ。まったく、ボクより自分を真っ先に心配しろってんだ」
どうやらミルは、フォーリンを快く思っていないようである。
だから、体力不足なのに山道を歩かせたりして辛辣な仕打ちだったのか。
何もかも駄目なのに優しさだけは人一倍なフォーリンに、可憐は親しみを覚えたのであった。
BACK←◇→NEXT

Page Top