俺達の戦いは、ここからだっ!

今、城では正気に戻った皇帝による審議会が開かれている。
罪人の大臣、イリュータを調べ上げるのだ。
審議会は城の関係者だけで執り行われる。
よって、可憐達民間人は城の外へ放り出された。
本来ならば、モンスターを城へ嗾けた罪を問われる立場にある。
それらの重罪は、エリーヌ姫の計らいで帳消しにしてもらった。
ドラストは異国の要人という立場で審問会に招待された。
クラウンも同席を求められたのだが、辞職を理由に辞退した。
――そして今は見晴らしのいい丘で可憐と二人、腰を下ろしている。
ここからは遠目にクルズ城が見える。
近くには、彼の故郷サーフィス村もあった。
「しかしまぁ、長いようで短い革命だったなぁ」
はぁっと溜息をついて、可憐は景色に目をやった。
日数にして、一週間かそこらの短い期間である。
だが可憐の旅は、ここで終わりではない。むしろ、ここから始まるのだ。
「クラウンが騎士団を辞めた理由も、よ〜く判ったよ。あんなブサイクババアに毎日逆セクハラされてたってんじゃね〜。俺だったら一日で鬱病になって、やめちゃうかなぁ」
「カレン」
短く遮られ、ん?となった可憐がクラウンの横顔を覗き込むと、クラウンは暗い瞳で、ぼそっと吐き出した。
「相手の顔の造形や年齢は、大した問題じゃない。問題は、やりたくもない行為を無理強いされる点にあった」
「あぁ、うん、だからさ。君は、よく我慢したと思うよ。いっぱい頑張ったよね。でも、もう我慢しなくていいんだ」
可憐に慰められて、しばらく黙っていたが、じわりと瞳に涙が浮かんできて、クラウンは顔を膝の間に埋めた。
声を出さずに泣く友人を、可憐は同情の瞳で眺める。
この青年は孤独だった。
長い間、ずっと孤独だった。
上司に嫌がらせを受けても、悩みを打ち明けられる友人も同僚もおらず、誰にも相談できなくて、辞めるか死ぬかの二択だったのかもしれない。
外で働いたことのない可憐でも、クラウンの胸の内の苦しみは理解できる。
何故なら可憐も、前の世界では精神的に独りぼっちだったから。
「……君は虐められても、ずっと我慢した。家族にも、エリーヌにも真相を打ち明けられなかったんだよね?でも、もう大丈夫だ。これからは、俺が側にいる。何か悩みがあったら俺に相談してよ。ちからになるからさ」
ぽむぽむと肩を優しく叩いたら、感極まったクラウンには抱きつかれる。
「カレン……!俺は、お前に出会えて良かったと思っている」
「うんうん。奇遇だね、俺もだよ」
前の世界では、女子はおろか男子でさえも友達になってくれなかった。
ただ、太っているというだけで。
ただ、名前が男らしくないというだけで。
彼らは可憐を虐め、のけ者にした。
可憐も、いつしか彼らを蔑み、不干渉を貫くようになり、人間という生き物を、ひどく憎悪した。
その一方で、わかりあえる友達を、ずっと捜してもいた。
人間不信を直してくれたのは、サイサンダラの住民だ。
特にクラウンは、可憐の容姿ではなく本質を褒めてくれた。
初めて、自分に理解のある友達が誕生した。
生まれたばかりの友情を、大切にしていきたい。
可憐がクラウンの背中を撫でてやると、しばらくは嗚咽が続いた。
やがて泣きやんだクラウンが、そっと身を離す。
「……お前が、あの一行の仲間にいてくれて良かった」
可憐が彼を見てみると、まだ目元には涙が光っていたが、クラウンの口元は笑っている。
「お前が、あの一行の中にいなかったら、俺は仲間になろうとも思わず一生詛いを抱えて生きて、惨めに死んでいっただろう……お前と出会えたおかげで詛いも解け、生きていこうという気にもなった」
「いや、まぁ」
そこまで褒め讃えられると、少々気恥ずかしい。
だって可憐のやった事といえば、騎士団長をスマイルで驚かせた程度だ。
詛いを解いたのは実質ジャッカーだし、この革命に参加したのはミルが原因だ。
彼女が召喚してくれなかったら、病院で重傷を抱えて一生を終えたかもしれないのだ。
可憐こそ、ミルに感謝しなくちゃいけないのかもしれない。
強制に近い勧誘だったので、あまり感謝の気持ちもないのだが……
大体、彼女とは恋人になったのに、手を繋ぐのすら許されていない。
本当なら、ここで可憐に抱きつくのはミルの役目ではないのか。
城を追い出された後、ミルは「一旦家に戻ってみる」と言い残し、さっさと去っていった。
フォーリンも一緒だ。彼女は何をするにもミルと一緒だから。
三人娘も新たなる旅立ちを前に、それぞれの家へ戻ってしまった。
それも、可憐には一言も話さないで。
なんとも冷たい少女達だ。
仲間になった時は、あれほど可憐様と持ち上げて赤くなっていたくせに。
エリーヌとドラストは審議会に強制出席しているから仕方ないとして、ジャッカーも姿が見えないのは、どこかで金儲けでもしているのであろう。
クラマラス達は追い散らされた。目下、行方不明である。
こんなバラバラで、今後の旅は大丈夫なのか?と問いたくなった可憐だが、でも、土壇場では全員が上手く立ち回れたのだ。
きっと今後も何とかなろう。
「俺も、カレンが悩んでいる時は惜しみなく力になりたい。だから……」
ちらっとクラウンが可憐を上目遣いに伺ってきたので、可憐は力強く頷いてやる。
「うん。これからの旅にも同行してくれると嬉しいかな」
「カレン……ありがとう」
もう一度ぎゅっとクラウンに抱きつかれたところで、可憐は鋭い殺気を背中に感じる。
それも、キリの如く尖ったモノでグサグサ刺されるような感覚だ。
慌てて振り向くと、可憐を睨みつけるエリーヌと目があった。
その視線、まさに氷点下の如し。
「エ、エリーヌ。もう審議会は、終わったの?」
「えぇ。そのご報告にあがりました」
抑揚のない声で答え、ぐいっと可憐からクラウンの身体を引き離すと、エリーヌはクラウンの横に腰を下ろす。
そして、背後へも声をかけた。
「ドラスト様、それからクリシュナ様も、こちらへどうぞ」
クリシュナ様。
どこかで聞いたような名前であるが、はて?
首を傾げる可憐の耳に、鈴を転がす美麗の声が届く。
「はじめまして。異世界の旅人、カレン様。このたびは私の妹に手を貸して下さったこと、感謝いたします。これよりフォーゲル家は、あなた様の味方となりましょう」
会釈してきたのは、ドラストと同じ水色の髪の毛と尖った耳を持つ女性だ。
ほっそりしたスレンダーな美女だが、顔の造形はドラストと似ている。
似ていて当たり前だ。
クリシュナ=フット=フォーゲル、彼女はドラストのお姉さんではないか。
「カレン、我々はイルミに戻る。だが、これは別れではない。イルミに戻り、お前の手助けをしよう」
衝撃の発言に「えっ!?」と驚く可憐へは、エリーヌが補足した。
「実は、大臣の尋問で恐るべき事実が発覚したのです」
彼女が話した審議会の内容によると――

大臣はクルズ人ではなかった。
彼はセルーン国が放ったスパイであったのだ。
国籍を偽り、王家の信頼を勝ち取った後は、皇帝に術をかけて傀儡化した。
騎士団を女性だらけにしたのは、ハーレム建設が真の目的ではない。
大臣の狙いはディスベル家にあった。
幼き継承者のクラウンを騎士団へ放り込みセクハラとパワハラで虐めさせたのも、全ては王家の懐刀である暗殺者一族を根絶やしにする為であった。
騎士団長ドルクツェルは、大臣の正体を知った上で従っていた。
彼女はクルズ人でありながら、スパイに荷担した大罪者だ。
他の上位及び下位騎士は何も知らずに従っていたので、お咎めなしとなった。
大臣はクルズを弱体化すると同時に、イルミとワの弱体化も狙っていた。
各国から名だたる女性兵を拉致していたのは、その下準備だ。
無論、交換条件用の人質として使う予定であった。
拉致被害者の中にセルーン人は一人もいなかった。
大臣も偽装するという頭までは、回らなかったらしい。

「騎士団長にはギロチン斬首刑を強く望んだのですが、国外追放で許されてしまいました……残念です」
ほぅ、と悩ましい溜息をついてエリーヌが遠くを見やる。
ドルクツェルが行なった数々のセクハラは、審議会で明らかになった。
審議会で炸裂したであろうエリーヌの怒りは、容易に想像できる範囲だ。
「まぁ、あのセクハラおばさんがいなくなって良かったじゃん」
可憐は本心からの感想を言っておいた。
「それで、ドラストはイルミに戻るんだよね。イルミから俺達の手助けをするって、どういうこと?」
「あぁ。大臣はイルミ国にも刺客を放ったと言っていたんだ。そいつがイルミで悪さをする前に捕まえると同時に、お前達が最長老に会えるよう、取りはからってみるつもりだ」
最長老とは、イルミ国を治める王様に位置する存在だ。
フォーゲル家は、最長老に会える権限を持つ一族であるらしい。
「偉かったんだね……ドラストんちって」
ぽつりと呟く可憐に、どこか得意げな顔でドラストも応える。
「まぁな。だが私がクルズに協力するのは、お前がいてこそだぞ。それを忘れるなよ、カレン」
「あ、うん。ありがとう、ドラスト」
にっこり微笑んだ可憐を見、ぎゅびりっと喉を鳴らしてドラストが赤面する。
彼女は視線を外し、ぶつぶつと小さくぼやいた。
「ま、まったく……最後まで油断のならない女性キラーめ」
そんな様子を彼女の姉は微笑ましく眺め、可憐にも囁いてくる。
「妹は、相当あなたがお気に入りのようですね。いずれ改めてイルミ国へいらした時には、家族揃ってご挨拶させていただきます」
「え?あ、はい」
家族揃って挨拶される意味が判らず、ひとまず可憐は頷いておいた。
ドラストは綺麗な少女だけど、可憐から見た彼女は家族を誘拐された被害者だった。
けして恋愛対象ではなかったのだ。あまりにも種族が違いすぎて。
もし彼女と結婚して子供が出来たら、その子は間違いなく混血になる。
混血という理由だけで虐められる我が子など、見たくない。
可憐が少々先走りすぎた妄想に浸っている間に、足音が近づいてくる。
「あら、ミル。フォーリンも、里帰りは済んだのですか?」
エリーヌに問われ、ミルが頷く。
「うん。お母さんに旅立ちを話したらね、お前の好きにしなさいってさ」
ミルのお母さんか。どんな人なのだろう。
恋人なんだし、いずれ、ミルの家族にこそ会っておかねばなるまい。
パチンと手をうち、エリーヌが喜ぶ。
「さすがは大魔法使いエリザベート様。寛大な、お心遣いに感謝です」
その反応に、可憐は首を傾げた。
「え?ミルのお母さんって、有名な人なの?」
「はい。クルズ国では知らない人など一人もいないほどの有名人ですよぉ〜」
間髪入れずにフォーリンが頷き、とても嬉しそうに解説を始める。
「かつてクルズ国がイルミ軍に王都まで攻め込まれた時は怒濤の大活躍!を見せて、たった一人で軍勢を追い返したとの逸話もあります〜。だからこそ、私は弟子入りを志願したのですっ!」
「ま、全然モノにならなかったけどね」と、ミルの冷たいツッコミが入る。
「あうぅ〜」と涙目になるフォーリンを横目に、エリーヌが微笑む。
「ミルが協力を申し出てくれた時、私は救われた気分になりました。とても頼もしい仲間です。これからも、宜しくお願いしますね」
「もっちろん!任せてよ」
どんと胸を叩いて、ミルも微笑んだ。
「なんたってボクは、大魔法使いが太鼓判を押す稀代の召喚師だからね」
ミルの実力は今回たっぷり拝見した。
革命への協力を申し出るだけの腕はある。
これからの旅でも、彼女の魔術を頼りにする場面は出てくるであろう。
性格には多少の難があるが……
「あ、そうだ。アメリア達から伝言だよ」
ミルの話はまだ続いていたようで、その場にいた全員が耳を傾ける。
「次の旅にもついていきたかったんだけど、家族に反対されたんだって。だから、ここでお別れするんだってさ。エリーヌにはゴメンね、って伝えといてって言われたよ」
革命終了と共に、仲間も終了のお知らせとは。
漠然と三人娘も同行すると思っていたので、可憐はショックを受ける。
だがエリーヌやクラウンにしてみれば、さほどショックでもないようで。
「そうですか……ですが、仕方ありませんね。無期限の旅とあっては、ご家族が心配するのも当然です」
気を取り直したエリーヌの側で、ぼそっとクラウンも呟く。
「あの三人は実力不足だ。ここで別れておくのが賢明だろう」
「そうだな」とドラストも同意し、肩をすくめる真似をする。
「彼女達には陽動の際、散々足を引っ張られた事だし」
城を襲撃した時、ドラストは三人娘と一緒だった。
同行させないほうが、負担にならず済んだのかもしれない。
「そう言うなよ。あの子達だって一生懸命だったんだぞ」
ぷぅとむくれて、ミルが三人を擁護する。
「一生懸命だったのは判っている。……そうだな。協力ありがとうと、こちらからも伝えておいてくれ」
ドラストは一応謝罪の意を示し、傍らの姉を見た。
「クルズでは、世話になった人間も多い。そのことも最長老に伝えておこう」
「そうですね。私達は、お互いの理解が足りていません」と、後半はエリーヌへ言ったもので。
クリシュナは全員の顔を見渡して、優雅に微笑んだ。
「いずれまた、お会いいたしましょう。では、私達はこれで」
去っていく二人の背を見送ってから、ミルが音頭を取る。
「さぁ、ボクたちも少し休んだら出かけるよ!次の目的地は、そうだな、エリーヌ、君が決めてよ」
「判りました」とエリーヌは頷き、すぐに決断する。
「最初の目的地はイルミにしましょう。最長老との対談は早ければ早いほど、より効果的でしょうし」


――クルズ国の革命は終わった。
しかし可憐達の旅は、まだ始まったばかり。
可憐くんの次回作に、ご期待下さい!
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