皇帝へ物申す!いざ、いざ突撃!

――かくして。
クルズ王国は、かつてない内乱に見舞われた。
突如空を覆い尽くす黒い軍団が現れたかと思うと次々石やら岩を投げ込んできて、右往左往する騎士の合間をすり抜けて宮廷に忍び込む人影が複数。
人影は氷の魔法を駆使するイルミの魔術師であった。
瞬く間に城の一階は混乱に陥り、伝達も機能しない状態となった。
上や下への大混乱の中、さらに入り込んだ人影があった。
彼らは誰に気づかれる事もなく、騎士宿舎、及び城の階段を駆けのぼる。


騎士宿舎の最上階、通路の奥にある扉を蹴り飛ばして彼は叫んだ。
「――戻ってきてやったぞ、ドルクツェル!」
部屋の中をウロウロしていた人物が、振り返る。
「その声は――クラウンちゃんっ!?」
おたおたと、クラウンの後ろを遅れて入ってきた可憐は見た。
騎士団長の全身像を。
そして見た瞬間、彼の思考はパニックに陥った。
だって。
目の前にいる人物は眉毛が太く、立派な髭を生やしているものの、格好は、どう見ても際どいピンクのビキニアーマーで、腰はくびれて胸がでかい。
巨乳と言っても差し支えのない大きさだ。
顔はオッサンなのに、身体は女性。
まるで出来の悪いコラージュの如く、身体と顔が一致していない。
「え、なんで?オカマ?ニューカマー?」と可憐が混乱するのも、無理なき話。
団長は露骨に眉をひそめ、「誰がオカマよぅ。失礼な奴ね」と愚痴たれた。
「ウン、気を取り直して、よく戻ってきたわねクラウンちゃん。突然辞表を出しちゃうから、アタシ、ずっと寂しかったのよ?」
ウフンとウィンクを飛ばしてくる団長に、クラウンが吐き捨てる。
「黙れッ。俺は、貴様に受けた雪辱を晴らしに戻ってきたんだ……!」
キッと睨みつけられても、ドルクツェルは臆したりせずに笑った。
ニヤリと口の端を歪めた嫌な笑みだ。
「その様子だと、詛いだと気づいて解いたみたいネ。腕のいい鷹の指使いでも見つけたのかしら?」
「あぁ。協力者のおかげで、助かった。こうして戻ってくることが出来たのも、あいつらのおかげだ」
睨みあう二人を余所に、可憐は悶々と考える。
驚いた。騎士団長が女だったとは。
なんで、自分は今まで騎士団長を男だと思いこんでいたのだろう。
最初まで遡れば、クラウンがシコシコの時に可憐の名を呼んだのが悪い。
あれのせいで、騎士団がウホッ軍団だと勘違いしたのだ。
「ちょっとクラウン、いいかな。騎士団ってのは男性だけじゃなくて」
可憐がちょいちょいクラウンの腕を突けば、クラウンは振り返りもせずに答える。
「そうだ。上位騎士は全て女性で構成されている」
「そうよ、大臣の差し金でネ」
ドルクツェルの言い分に可憐は勿論、クラウンも「何……ッ」と驚く。
「あら、知らなかったの?大臣はハーレムを作りたいから、上位騎士を全員女性にしたのよォ〜」
ふふんと笑い、団長は上から下まで可憐を眺め回す。
「そこのハンサムくん、あなたはクラウンちゃんのお友達?いい機会だから見せてあげるワ。あなたのお友達が、どれだけ淫乱ビッチな身体かをねェ」
淫乱ビッチなる単語が、ビキニアーマー着用な人物から漏れるのは不思議な感覚だ。
格好だけでいえば、露出度の高さは圧倒的にビキニアーマーの勝ちなのだが。
しかしブサイクの着るビキニアーマーが、これほどまでに視界の暴力だとは。
ビキニアーマーは人を選ぶ服だったんだなぁ、と可憐は、しみじみ思ったのであった。
「ふざけるなッ。二度も三度も同じ手にやられる俺じゃない」
いきり立つクラウンと比べて、団長には余裕が伺える。
「ふふ、そうかしら?あーたの間合いに入るというのは、アタシの間合いでもあるということ。アタシの間合いに入ったら、また乱れに乱れまくっちゃうのじゃなくて?」
くっ、と小さく呻くクラウンを見て、可憐は首を傾げる。
そういやクラウンは、暗殺者をやっていたんじゃなかったっけ?
なのに、なんでヒゲカマーな騎士団長に後れを取ったのだろう。
団長とはいえ、騎士が暗殺者より素早いとは思えない。
答えは、すぐに出た。
残像の見える勢いでクラウンが仕掛けた――と思う暇もなく。
背後に回り込んだ彼を団長がガッチリ抱きしめて、むちゅうと唇を奪ったのだ。
背後に回るという動きを読んでいたばかりではない。
見ているだけの可憐までもが気分を害する、セクハラ反撃だ。
部屋中に、じゅるじゅると汚い音が鳴り響く。
唾液をすする音だと可憐が気づく頃には、ちゅぽんと唇を離してクラウンを後ろから抱きしめ、しっかり絡みついたドルクツェルのドヤ顔があった。
「二度あることは三度ある。フフフ、あーたの動きは把握済みなの。アタシを女だと侮った事自体が、あーたの敗北原因よ?クラウンちゃん」
女だからどう以前に、騎士の動きではない事だけは確かだ。
暗殺者の動きについてくるなんて、何度戦ったって無理じゃないか?
早くも諦めた可憐とは異なり、クラウンには、まだ戦う意欲が残っていた。
「女だからと侮ってはいない……貴様を女だと思ったことも一度もないッ」
だが、雁字搦めの姿勢では如何ともし難く。
耳元にフゥッと生暖かい息を吹きかけられて、ぶるっと身体を震わせる側からドルクツェルの指が怪しく動き、クラウンの感じるスポットを次々攻める。
シャツを押し上げるのは筋肉だけじゃない。
堅くなった部分を指で弄くり回され、クラウンの身体は弓なりに反り返る。
「んんっ、くぅっ」と小さく呻く彼の耳たぶを甘噛みしながら、団長が微笑んだ。
「どう?ハンサムくん。これが、あなたのお友達の本性よ。年上のお姉さんにエッチなことをされて感じちゃう、淫乱スケベな暗殺者!」
きゅっきゅと指で弄ばれ、クラウンの目にも涙が滲んでくる。
「み……見ないでくれ、カレン……ッ」と懇願されたが、目が離せない。
いや、すっかり可憐は動けなくなっていた。
公開処刑ならぬ公開陵辱を、強制的に見せられて。
どうすればいい?
どうやれば、彼をセクハラおばさんの手から救い出せるのか。
暴力は勿論ノーだ。
暗殺者にも勝る動きを見せる相手じゃ、秒殺で負ける自信がある。
焦る可憐の脳裏に、ミルの言葉が蘇る。

――可憐、君の笑顔は初対面の誰でも虜にしてしまう威力がある。
――君の笑顔で騎士団長を動揺させ、クラウンが動きを止める……

そうだ、そういう作戦だったはずだ。
いきなりクラウンが仕掛けるもんだから、すっかり忘れていたが。
棒立ち傍観者でいた自分を棚に上げ、完全にクラウン一人のせいにすると、可憐は叫んだ。
「そこのヒゲおばさん!とくと見るがいい、俺の必殺技を!」
「ちょ、誰がヒゲおばさんよ!失礼なハンサムくんねぇっ」
キッと睨みつけてくる相手に、構わず可憐はポーズを取る。
「くらえ、俺の必殺・シャイニングスマーイルッ!」
昨日までの可憐に、そのような技はなかった。
今さっき考えた、ぶっつけ本番の思いつき必殺技だ。
顎に手をやり、とっておきの笑顔を浮かべる。
ポーズに深い意味はない。
意味があるのは、これから囁くイケメン台詞だ。
「君のハートはイタダキだよ?子猫ちゃん」
かつて散々、便所の鏡を相手に練習した口説き文句である。
イケメンボイスにイケメンスマイルを組み合わせると、最強の必殺技が完成だ。
こんな土壇場で炸裂することになろうとは、可憐本人にも予想外であった。
――言った直後、部屋内には沈黙が訪れる。
我に返ったのは、ドルクツェルよりもクラウンのほうが早かった。
団長と一緒に、ぽ〜っと赤くなって可憐のスマイルに見とれていた彼は、ハッと我に返るや否や団長を振りほどき、首筋に手刀を入れて彼女を床に崩れ落ちさせる。
「やったな、クラウン!」
喜んで走り寄る可憐へ、クラウンは一言ぽつりと返してきた。
「素晴らしい技だった、シャイニングスマイル……」
「えっ?」
クラウンは「……なんでもない」と、かぶりを振って可憐を促してきた。
「俺達も皇帝の元へ急ごう」
「え、なんで?」
皇帝の元にはエリーヌとジャッカー、それからミルとフォーリンも向かったはずだ。
皇帝が暴力に出たとしても、ミルがいれば何とかなるのでは。
そういった可憐の予想は、斜め上の意見で覆される。
「騎士団をハーレムに改造した大臣が関わっているとなれば、女である、あいつらに性的な被害を加えられる可能性も高い」
それは大変だ。皇帝はエリーヌから見て実の父親である。
実の父親と近親相姦でチョメチョメだなんて、神が許しても俺が許さない。
「王座の間まで案内してくれ、クラウン!」
俄然張り切る可憐を背に、クラウンは走り出した。


クラウンがドルクツェルと対決していた頃、エリーヌも皇帝と対面していた。
王座の間へ走り込むなり、ジャッカーが叫んだのだ。
「なんや、あの黒い影!あれが黒幕ちゃう!?」
「な、なんだよ、黒い影って!そんなの何処にも見えないぞ」
ミルやフォーリンはキョロキョロしている。
黒い影はジャッカー、鷹の指を持つ彼女にしか見えないようだ。
「帰ってきたか、エリーヌ」
周りの騒ぎには全く動じず、皇帝が口を開く。
エリーヌもまた、皇帝を見据えて答えた。
「えぇ。只今戻りました、お父様。あなたの暴挙を止めるために」
「暴挙?」と聞き返す皇帝には、表情を崩さずに答える。
「何故騎士団を民よりも大事になさるのですか。いえ、何故騎士団を暗殺者軍団にしてしまったのです?以前は、こうじゃなかった。騎士団は騎士で構成され、騎士たる誇りを持っていた……なのに、お父様は騎士を下位へ追い払い、暗殺者を上位騎士とした。騎士団を事実上、壊滅させてしまったのですよ、あなたは!」
「クラウンを騎士団へ入れたこと、まだ怒っているのか」
見当違いの返事がきたが、エリーヌは無視して続けた。
「暗殺者の軍団を作り、そして各国の女性兵士を捕虜とし……お父様、あなたは一体なにを企んでいるのです?世界の覇王になりたければ、正々堂々と戦えば宜しいでしょう。姑息な真似を繰り返して覇王になったとして、誇れますか!?」
皇帝の答えはない。
無言で睨み合う王族二人を余所に、ジャッカーが指をさして大声で叫ぶ。
「あれや!あれが全ての元凶に違いないで」
ジャッカーの指さす部分は皇帝の背後、真上の壁だ。
そこに、彼女にしか見えない何かが存在しているらしい。
「なんだか判らないけど、そこを攻撃すればオーケー?」
物騒なミルの問いに、間髪入れずにジャッカーが頷く。
「オッケーや!どかーんと一発かましたりィ」
「よぉーし!いけー、クレイバードッ!とりあえず攻撃目標は目の前の壁だッ」
ドカーンと炎の召喚獣が目の前の壁を攻撃し、天井がバラバラと崩れ落ちてくる。
「ちょ、ちょっとミルッ。危ないですよぅ〜」
ひゃっとなって、フォーリンが崩れ落ちる瓦礫の欠片を避けるのにも、やはり王族二人は全く動じず、自分達の会話を続けていた。
「……エリーヌ」
ぼそりと呟く皇帝の言葉に、エリーヌは耳を傾ける。
真面目に構える彼女の耳に届いたのは、信じられない一言であった。
「ハーレムは、よいぞ」
「は?」
「毎日ピッチピチの美女に囲まれて、ウハウハな時を過ごす……最高だ。それが余を守る暗殺者となれば、さらに安泰である」
「なにが!?」と、思わず娘も素で叫んでしまう。
要約すると、父が騎士団を暗殺者軍団にしたのはハーレムを作りたかったから。になる。
そんな馬鹿な。
ハーレムが作りたいのなら、騎士団を改悪するのではなく別途作ればよいだけだ。
――この考え、国を治める皇帝のものではない。
クルズ国を弱体化させたい、何者かの陰謀である可能性が高い。
ミルの黒幕説は正解か。
その考えにエリーヌが辿り着くのと。
ボカンボカンと手当たり次第に炎をぶつけられたせいで、真上の壁が燃え落ちるのと。
「あーっちゃっちゃっ!」と誰かが叫んで、壁の向こうから飛びだしてきたのと。
「エリーヌ、無事かッ!?」と叫んでクラウンらが飛び込んできたのは、ほぼ同時で。
飛び出してきた誰かに反応するよりも、真っ先にエリーヌの意識はクラウンの声に反応した。
「クラウンッ!?私を心配してくれるのですねっ」
「そんなことより!」と彼女を制したのは、ミルだ。
「こいつ、誰?エリーヌの知ってるやつ?」
召喚獣に押さえつけさせた人物を指さした。
壁から飛び出してきた人物は、エリーヌのよく知る人物でもあった。
「大臣?どうやって壁の後ろに潜んでいたのです」
「壁の後ろちゃうで」と突っ込んだのはジャッカーだ。
「そいつ、壁の中に結界で空間作って潜んどったんや」
「ボクの召喚獣は優秀だからね。結界だって燃やし尽くすよ」
ドヤ顔で語るミルを見てから、可憐はポカンと大口開けて天井を見やる。
見事に焼け落ちて、大穴が空いている。いつも思うが、彼女はやりすぎだ。
「――ハッ!?私は今まで何を」と我に返って現在の日付を確認する皇帝と、彼に駆け寄って「お父様、正気に戻ったのですか!」と喜ぶエリーヌも視線の端に捉える。
途中から合流したので何が何だか判らないが、一件落着したようだ。
召喚獣に押さえつけられている大臣とやらが、全ての黒幕であろう。
残った数々の疑問も、こいつを尋問すれば判っていくはずだ。
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