Uターン帰国、クルズ王宮へ!

――翌日。
ガンガン痛む頭を押さえて、可憐が起き上がる。
昨日は途中から記憶がない。
クラマラスの長と宴会を始めた辺りまでは、覚えているのだが……
視界が布で覆われていたので、顔を覆う何かを投げ捨てた。
なんだこれ。パンツ?
ぼ〜っと座り込んでいると、ミルが近づいてきた。
「まったく。君の酒癖の悪さには、驚かされたよ。けど、もう大丈夫だね。これから作戦会議を始めるから、ついてきて」
全く記憶にないのだが、昨日は酒を飲んでの、どんちゃん騒ぎとなったのか。
自分は泣き上戸の笑い上戸だから、散々な失態をやらかしたに違いない。
それを考えると横腹が痛くなってくるので、可憐は考えるのをやめた。
お酒での失敗は、もう、これっきりにしたいものだ。

作戦会議は長の家で行なわれた。
「可憐さん、おはようございます。ご機嫌は如何ですか?」
フォーリンに微笑まれ「頭がガンガンする」と答えた可憐は部屋を見渡した。
三人娘の視線が心持ち冷たいように思うが、気のせいだろうか。
エリーヌとドラストとクラウン、ジャッカーの姿もある。
可憐が最後のようだ。
クラマラスの長には改めて、黒炎と名乗られる。
「昨日の約束、覚えてはりますやろか?うちら全員仲間にならせていただきます」
クラマラス軍団全員に、ぺこりと頭を下げられた。
「これだけ手数が集まったなら、陽動作戦を立てられるね」
ミルの案に「陽動?」と首を傾げる可憐へは、ドラストが答えた。
「空部隊を二つに分けるのだろう?一つは我々を運ぶ隊、もう一つは空からの爆撃隊といったふうに」
下位騎士の足止めに、クラマラスを使おうというのか。
空であれば、敵が何人いようとも関係ない。
「クルズ飛行団は国境沿いを守っていますし、宮廷の空は手すきです。騎士団への陽動、空から仕掛けるのは効果的でしょうね」
エリーヌも頷いた。
「ついでに騎士団長も爆撃で吹っ飛ばしてもらえれば」
「いや、あいつは宿舎最上階から出てこないだろう」
クラウンがエリーヌの戯言を遮る。
「クラマラスは下位騎士の足止めだけで充分だ。混乱している間に俺が宿舎へ潜り込み、奴を沈黙させる」
「一人で?」と尋ねたのはミルだ。
「あぁ」と頷くクラウンに、重ねて可憐が「危ないよ!」と止める。
「一人でいって、もし何かあったら……俺も一緒に行く!」
言ってから、自分でも驚いた。
騎士団長との一騎討ちに自分がついていって、何になる?
クラウンも同じ事を考えたのか、可憐の同行には首を振る。
「危険だ。カレンはフォーリンと一緒に安全な場所に隠れていろ」
「……けど、君はそいつに詛いをかけられたんだろ?」と、ミル。
腕を組んで、可憐とクラウンを交互に眺めた後に続けた。
「また同じ目に遭わないという保証もない。保険のために、可憐をつれていくのは悪い手段じゃないかもね」
「保険?」
男二人が声を揃えて尋ね返すのへは、考え考え答えた。
「可憐、君の笑顔は初対面の誰でも虜にしてしまう威力がある。君の笑顔で騎士団長を動揺させ、クラウンが動きを止める……そういう作戦は、どうだろう?悪い案じゃないと思うんだけど」
可憐のスマイルは、高飛車なドラストや男のクラウンにも有効であった。
皇帝や騎士団長が相手でも陽動役ぐらいになら、なれるかもしれない。
「……判った。あんたが、そうしたほうがいいと思うなら従おう」
クラウンはコクリと頷き、可憐はというと――
「えっ、えぇと、危なくなったら守ってよね」
自分で言い出しておいて、今更になってビビッている。
「当然だ。お前は、このメンバーで一番重要な役割を持つ男だからな」
再び力強くクラウンが頷き、「では」とドラストが話を仕切り直す。
「クラマラスは二部隊に分けて、陽動と運搬を担当。下位騎士を上手くおびき出せたら、騎士宿舎にはクラウンと可憐が突入。他の者は、どうすればいい?私は姉を捜したいのだが……」
それには答えず、ミルがエリーヌを見た。
「エリーヌはジャッカーと一緒に、皇帝の元へ向かってくれ」
「ウチも一緒に?なんでやねん」
首を傾げるジャッカーに、ミルは、こう答えた。
「皇帝の本当の意志を確かめる為さ。今の皇帝は、最初からこうだったわけじゃない」
えっ?となって可憐が姫の顔を伺うと、エリーヌは神妙な面持ちで頷いた。
「えぇ……私が生まれる前までは、まともな統制だったと聞きます。それが、いつの頃からか、今のやり方になってしまって」
「騎士団だって、そうだ」と割り込んできたのは、クラウン。
「昔は国境沿いへ派遣されていた。なのに今は国から離れようとしない」
「え、じゃあ、途中からおかしくなっちゃったんだ?」
初耳情報で慌てる可憐とは対照的に、ジャッカーは冷静だ。
「なるほどねぇ……つまりミルはんは、皇帝が何らかの入れ知恵で乱心したと。そう思とるわけやな?」
「うん」と頷き、ミルはジャッカーを真っ向から見つめる。
「国政ってのは、いきなり変わるものじゃない。きっと今のやり方には、黒幕が居る……或いは、詛いの類かもしれない。それを君に見分けてほしいんだ」
ジャッカーは聴き入っていたが、やがてウンウンと頷いた。
「皇帝改心に一枚噛んだら、ウチの知名度もグンとあがりよるな。よっしゃ、その協力受けたろやないかい!今回は特別サービス、無料でな」
即金払いを言い出さないとは、彼女にしては気前がいい。
ひとまず可憐は褒めておいた。
「いよっ、大統領!」
「なんや、大統領って?」
きょとんとするジャッカーに、可憐は笑顔で受け答える。
「異世界の言葉で、偉い人って意味だよ」
「なんや、てれるわー」
テレるジャッカーと煽て上げる可憐を視界の隅へ追いやると、もう一度ドラストがミルに返事を催促した。
「オイ、私は勝手に動いていいのか?何の指示もないのであれば、姉を救出しにいくぞ」
せっかちな異国民へも、ミルは指示を出した。
「あぁ、待って。君には君の役目がある。皇帝の元へエリーヌとジャッカーが無事に辿り着くためには、騎士団以外の障害も充分考えられる範囲だからね。だから君は、あえて目立つ襲撃を行なって欲しい」
「目立つ襲撃?」
首を傾げるドラストに、ミルは言った。
「わざと派手な攻撃をして、人の目を引きつけて欲しいんだ。エリーヌ達が移動してから、牢屋を探すといい。或いは牢屋の要人を人質にしようと動く者が、いるかもしれないね。そいつを捕らえて、牢屋の位置を割り出すことも出来るだろ」
「いや、しかし、それでは私がピンチに陥らないか?」
たった一人で大勢の衛兵を相手にするのは嫌なのか、ドラストは下がり眉で抗議するが、すかさずアメリアが擁護の声をあげてきた。
「大丈夫、あなたは一人じゃありません!私達も一緒です」
「いや……お前達が一緒にきたからといって……」
値踏みする視線にも負けず、サーシャはドラストを宥めにかかった。
「大丈夫だよ、倒すんじゃなくて陽動だし。あたしの弓でも援護射撃できるし。ドラストは例の氷魔法でバリバリ凍らせてやんなよ」
何が大丈夫なのか全然判らず、ますますドラストは不安になったのだが。
「あれあれ〜?イルミの魔術兵は、ずいぶんと弱気なんだね。一人じゃお姉さんを救出も、できないのかなぁ〜。だよね〜、だって、お姉さんも騎士に捕まる程度の実力だもんね〜」
ミルに煽られて、カッと頭に血がのぼる。
自分が罵られるのもムカつくが、姉を侮辱されるのは、もっとムカつく。
「出来ない等と、誰が言った!?やってやろうじゃないか。貴族どもが灰と化しても文句言うなよ」
間髪入れずにミルが突っ込む。
「灰と化すって、君の得意魔法は氷じゃないか」
「そうだ!全員氷の彫像にした上で、粉々に砕いてやるッ」
「そこまでしなくても充分だよ。凍らせるだけで」
ミルは呆れ目でドラストを見やると、ぽそっと付け足した。
「それにしてもイルミ国も、よく考えたもんだよね。氷なら周りに被害を出さずに足止めができる。平和的手段だ」
半分は本音だ。
今までは炎こそが最強だと思っていたが、炎にも難点がある。
威力がでかすぎて、二次災害を引き起こしやすいのだ。
「その通り!」
高々胸を張ってドラストが吼える。
「我らイルミ人は自然を愛する民族でもあるからな。最小限の被害で確実に敵を仕留める、効率を手段に選んだのだ」
得意げに鼻息を荒くする彼女を見ながら、ミルは、そっと考える。
皇帝を改心させたら、ボクも氷魔法を一つ二つは得意にしておこうっと。
「効率重視なのに、お姉さんは、どうして捕まっちゃったの?」
聞きづらいことをサーシャが尋ね、ドラストは、しかめ面で答える。
「クルズ兵に水筒をすり替えられてな……知らずに眠り薬入りの水を飲んでしまったのだ」
どれだけ強くても、寝ている間は不可抗力というやつだ。
ドラストは当時、同行していなかった。
別戦地から帰ってきて、姉が誘拐されたと聞かされたのだ。
「騎士なのに卑怯だなぁ」
正直な感想をサーシャが述べ、エリーヌも眉をひそめて呟いた。
「これも、皇帝の指示なのでしょうか……?」
「騎士団の誇りは本当に失われていたんだね」
ミルも溜息をつき、全員の顔を見渡した。
「さて。それじゃ全員の分担も決まったことだし、作戦開始といこうか」
「あ、ちょっと待って」と号令に水を差したのは可憐だ。
「何?」と首を傾げるミルへ、問い返す。
「ミル、君とフォーリンは、どうするんだ?」
「あぁ……ボクとフォーリンはエリーヌに同行するよ。皇帝の乱心に黒幕が居たとしたら、戦力が必要だろ?」
「判った。気をつけて」
気遣う可憐に、ミルは肩をすくめる。
「ボクの心配は無用だよ。君達こそ、気をつけてね」
「いや、フォーリンに言ったんだよ。ミルに見捨てられないよう」
「こんな土壇場で、ボクが見捨てたりすると思ってんのかい!?」
前例発言があるので油断は出来ない。
茶化す可憐に怒るミルを交互に見比べ、フォーリンは苦笑した。
「大丈夫ですよぅ〜。ミルは、こう見えて優しい子ですからぁ」
「ちょ、こんな土壇場で子供扱い」
「ほな、そろそろいきますぇ」
話途中でミルは、ひょいと黒炎に抱き上げられて泡を食う。
「ちょっと!なんでダッコするのさっ」
「うちら飛行部隊やりますよってに、一人一人抱きかかえて飛んできます」
しれっと長が答えるのを機に、それぞれのメンバーにクラマラスが寄り添う。
「ほなカレンはんは、うちが運びます」
かなりの身長差があるにも関わらず、ひょいっと持ち上げられて可憐も驚く。
少女に見えても、やはりモンスター。怪力なのか。
「マッスルはん、うちにしっかり抱きついてぇな」
「断る……!」
抱きかかえられた拍子でクラマラスに覗き込まれ、クラウンは視線を外す。
「クラウンを落としたら……あなた、焼き鳥の刑に処しますよ」
そして、クラウン担当のクラマラスに殺気を向けるエリーヌ。
ジャッカーは、しっかりクラマラスへ抱きついた。
「ウ、ウチ、高所恐怖症やった……絶対落とさんといてや?」
「はいはい。しっかりつかまっとってくださいな」
他の面々もクラマラスに抱きかかえられ、準備が完了する。
「ほな、いきまっせぇ〜」
長の号令でクラマラス軍団は一斉に飛びたち、黒い羽根が辺り一面に舞い散った。
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