上から読んでもクラマラス、下から読んでも……あれっ?

「山中入るっちゅ〜と、素人はんは重装備が必要って考えよるけど山ん中に入る行商も沢山おってなぁ、山道なんてのは幾つもありよるんよ」
と、ジャッカーが説明する通り。
可憐達は今、踏み固められた安全な山道を登っていた。
テリトリ山はクルズ国最南端にある山脈の一つで、貴重な野草や食材が採れるのだとか。
行商人や調合師の間では、有名な産地であるらしい。
「へぇ、何が採れるんだい?」
ミルの問いにジャッカーは肩をすくめた。
「そらぁ、あやしげなシロモンから正当派まで色々や。町に出回っていない秘薬も作れるらしいで?」
ウチは、そっち方面の行商人じゃないから詳しくは知らん。と、話を締めて先頭を歩いていく。
だが、すぐにまた振り向くと、可憐に言った。
「そや。クラマラスの里についたら、カレンはんとクラウンはんは外で待っててくれへん?」
「えっ、なんで?」
間髪入れず、可憐は聞き返す。
これからクラマラスをスカウトしようってのに、スカウトマンたる可憐が中に入らなくて、どうするというのか。
「いや、クラマラスは人間のオスに激しい警戒心を抱いとるようなんや。前にウチが話をした時も人間のオスが来たらムチャクチャにしたる〜っつーて、息巻いとったげな」
今更、こんな山道を半分以上登ってきた頃に言われても困る諸注意だ。
可憐やクラウンは疲れていないが、他の面々には無駄な徒労ではないか。
「じゃあ、仕方ないな。ボクが交渉してみるよ」と、ミル。
案外あっさり可憐を外したのが意外に感じたのか、エリーヌが尋ねた。
「いいのですか?」
「いいもなにも、しょうがないじゃないか」
ミルは肩をすくめ、前方の山道を睨みつける。
「可憐に危害を加えられるほうが、よっぽど被害甚大だよ。それだったら、彼には外で待っていてもらったほうがいい」
クラウンもいいよね?と確認を取られ、彼は黙って頷いた。
「そか。ほな悪いんやけど、男二人は外で待っとき。クラマラスには、ウチらが話つけたるさかい」
うっかり殴られて死んでしまったら、シャレにならない。
なにせ盗賊にも一発で負ける実力だ。可憐も神妙に頷いておいた。

クラマラスの里は、頂上にあった。
「見晴らし良すぎィ!」とサーシャが叫んでしまうのも当然で、山頂には里の入口がある以外、他に何も見あたらない。
山頂に看板が立っており、"クラマラスの里へようこそ!"と書かれている。
ワ国からの亡命にしては、隠れ住む気など微塵もない潔さだ。
「ど、どういう奴らなんだ……?クラマラスって」
さすがの可憐も呆然としてしまい、入口からの声への反応に遅れた。
声は一斉に「人が現れたわぁ!」と叫び、一行へ向かって怒濤の勢いで走り寄ってきた。
「きゃー!人間が来るんは何週間ぶり?嬉しいわぁ〜」
「しかも、べっぴんさんだらけ!ねね、今首都では何が流行とるん?」
四方を囲まれ、きゃぴきゃぴ騒ぎ立てられて、誰もが目を丸くする。
クラマラスと思わしき集団は、全員が女の子であった。
皆、黒い羽根飾りのついた着物を纏い、背の高い黒い帽子をかぶっている。
目元に赤い隈取りを入れており、独特な化粧を施している。
なるほど、天狗の別称は伊達じゃないなと可憐が感心していると、女の子集団の目が、こちらに向かい、ギクリとなった。
「キャー!あれ見て!見てぇな、男ちゃう!?」
「ほんまや!男やわぁ、それも人間のオ・ト・コ……!」
ヤバイ。
タジタジと後退する可憐を庇うかのように、クラウンが彼の前に出た。
「……カレン。いざとなったら、お前一人で山を下りろ」
「えっ?く、クラウンは?」
「俺が囮になる。突破口も俺が作ってやる」
「だ、駄目だよ、そんなの」
話している間にも四方を囲まれ、逃げ道が閉ざされる。
他の仲間はというと、やはりクラマラスに囲まれ身動きが取れなくなっていた。
「いややわぁ、どえらいハンサムさんやおまへんの」
顎を撫でられヒェッとなる暇もなく、別の手が可憐に伸びてくる。
「今夜は逃がさへんよ、うちらと飲んで語り合いまひょ」
べっとり抱きつかれ、胸の大きさに一瞬、可憐もウヘヘとなる。
いや、しかし。
人間の男を嫌っていると聞いたが、この態度は、どうしたことか。
どの娘も色目を使ってきており、可憐はオヤ?となった。
「キャー!見て見て、こちらの御方の肉体!稀に見ない筋肉美やわぁ」
甲高い悲鳴と共にクラマラスに抱きつかれ、クラウンにも動揺が走る。
「はっ、離せ……!」
振りほどこうにも次から次へ別の娘が押し寄せる。
「ほんま!?うちにも触らせて」
「たまらんわぁ、このゴリゴリ感」
ついには、ミルの癇癪が爆発した。
「えぇい、もー、うるさーーいっ!!!」
辺り一面を爆風が吹き荒れて「きゃあぁ〜〜っ!?」とクラマラス達は吹き飛んだ。
いや、吹き飛んだのはクラマラス軍団だけではない。
「ちょ、ミルゥゥゥ〜〜!?」
「何するのよぉぉぉーーっ!」
仲間も見事に吹っ飛んだ。可憐とクラウンとミル以外の全員が。

風魔法で全員を吹っ飛ばし、もみくちゃからも解放され、やっとこミルの怒りも収まり、改めて一行はクラマラスの長と対面する。
「先ほどは里の者が失礼しました。久しぶりの人間来訪とあって、ついはしゃぎすぎてしもうたんです」
「そんなに人間って、こないものですかぁ〜?」
フォーリンの質問に、長は頷く。
「えぇ。何しろ山頂では薬草も採れませんよってに。こないな処まで登ってくるのは、相当の物好きぐらいでおましょ」
「物好きで悪かったな」
ぶすっとふくれてミルが言い返す。
「けど、ボク達がココへ来たのは見物気分でもハイキング気分でもない」
「あら、では、どういったご用件で?」
長の問いにもミルは答えた。
「仲間を捜しにきたんだ。ここから一瞬で王都へ戻れる手段を持ち得る仲間を」
「ここから一瞬で……あぁ、うちらを足代わりにしたい、と。せやけど、ここから戻るんやったら飛行船でも構しまへんでしょ」
「そんな目立つ方法で帰ったら、たちどころに見つかっちゃうだろ!」
癇癪を起こしたミルの代わりに、フォーリンが説明をバトンタッチする。
「私達は騎士団に見つからないようにして戻りたいのです。なにしろ皇帝を改心させるのが目的ですから〜」
「皇帝を改心?なんや面白そなお話しですなぁ。詳しく聞かせてもらいまひょ」
興味をひかれたかして、身を寄せてくる長へはエリーヌが説明した。
騎士団より優先して戦場へ送られる民間人。
クルズは内側から狂い始めている。
元凶は皇帝にあると見たが、騎士団の壁が厚くて近寄れない。
騎士団を乗り越え、皇帝を説得する為の仲間を捜している――
といった事を話すと、ふむふむと長は頷き全員の顔を見渡した。
「それで、うちらの飛行能力に目をつけた……と。えぇよ、協力したっても。せやけど、条件つけさせてもらいま。そこのハンサムさん。彼を里に置かれてゆく言うんやったら協力してやってもえぇよ」
一拍の間を置いて。
ハァーーーーーーーーーッ!?
全員が声を大に揃えて叫んだ。
「そこのハンサムって、可憐のこと!?駄目だよ、彼はボク達の最も重要な仲間なんだから!」
キンキン騒ぐミルの横では、アメリアも血相を変えて怒鳴り散らす。
「そうですよ!私達の目的は打倒皇帝だけじゃないんですっ。これからも旅は続くのに、カレンさんを此処で犠牲にできません!」
ちらと長は可憐を見、優雅に扇子をパタパタ仰ぐ。
「カレンゆうの?カレンはん、くれないんやったら協力もなしや」
クラマラスも可憐との人身御供トレード以外は、お断り体勢だ。
このままでは、にっちもさっちもいかない。
お互いに睨み合って黙り込む中、当の可憐が口を開いた。
「なら、君達全員が仲間になればいい。俺達と一緒に旅に出ようよ!そうすりゃいつでも一緒だよ」
「んなっ!?」とミルが目を丸くする横では、長が目を輝かす。
「なんちゅう名案!目から鱗やわぁ」
「だろ?里に残って細々暮らすよりも面白い生活の始まりだぞ。それに上手くいったら君達も有名人になって、俺一人だけじゃなく他の男も入れ食い状態になるかもしれないし」
「えぇわぁ!カレンはん、天才やわぁ!ほな、うちら全員仲間にならせてもらいます」
トントン拍子に話が進んでいき、エリーヌはおろか、ミルでさえも口を挟めない。
「里を畳む準備をせな。あぁ、あと今夜は旅立ちの儀を開きますよってにカレンはんとお仲間はんも参加しておくれやす」
「旅立ちの儀って何?パーティみたいなもん?」
可憐の気安い質問に、長もニコニコ笑って答え返す。
しっかり腕は可憐の肩に回して、しなだれかかりながら。
「そやそや、クルズ風にいうとパーティですわぁ。飲んで騒いで酒に溺れて、何もかも忘れて明日に旅立ちまひょ」
「――ちょっと待って、ボク達には飲み会している暇なんて」
と、ミルが我に返って立ち直る頃には。
目の前には酒の場が設けられ、すでに出来上がった可憐とクラマラスの姿があった。
「そ〜れ、飲めィ!歌えィ!だーっひゃっひゃっ!」
上半身裸で座布団に座った可憐が、大声を張り上げる。
彼の周りには、びっちりクラマラス達が寄り添い、合いの手をうつ。
お酌をする者、扇で仰ぐ者、それらにブッチュブッチュと見境なくキスする可憐。
もはや、出来上がった宴会の場を崩せる者は誰もいない。
ミルの魔法で吹き飛ばしたとしても、彼らは飲むのをやめないであろう。
クラマラスの脱ぎ捨てたパンツを顔にかぶる可憐を見ていられず、クラウンは場を離れる。
騎士団を倒すというから、ついてきた旅だ。
同じ黒髪の可憐には、シンパシーを感じた。
だから、彼の話も聞いてやろうという気になった。
なのに可憐ときたら行く先々で女の子をナンパして、あげく狂乱の宴に突入だ。
いつになったら騎士団――ドルクツェルとの再戦を構えられるのか。
革命は一日でならず。
それは判っているのだが、一日でも早く奴に受けた雪辱を晴らしたい。
大きく息を吸って吐き出すと、クラウンは気持ちを切り替え、宴の場へ戻る。
焦っても無駄だ。
可憐がクラマラスを説得した事には変わりない。
一日の我慢だ。
まだ明々と照りつける太陽を見上げ、彼はもう一度大きな溜息を吐き出した。
戻る途中で話し声を聞き、クラウンは足を止める。
木陰にいるのは、サーシャ・アメリア・ガーレットの三人娘だ。
彼女達も宴の場を逃げ出してきたのか。
「ねーっ、もうカレンってば、あんな奴だったんだ。サイテー」
頬を膨らませて怒っているのはサーシャだ。
アメリアも、明らかに失望の色を浮かべて相づちを打つ。
「私達には全然手を出さなかったのに、あんなモンスターには見境なくキスしたり、胸をもみまくるだなんて……侮辱しています!」
「私達って、そんなに魅力ないのかなぁ……カレンさんから見て」
寂しそうに呟くガーレットを見ていると、励ましてやりたい衝動に駆られる。
三人娘に魅力がないかどうかは、クラウンには何とも言えない。
だが全員が妖艶な雰囲気を放つクラマラスと比べたら、つきあいやすいのではないか。
酒が入っているとはいえ、可憐はよくモンスターにキスなど出来るものだ。
「パンツかぶって喜ぶオッサンだったなんて、信じられないよ……やだなぁ、これからはカレンが何をしても格好良く勝っても中身は下品なパンツマンなんだって思うと幻滅だよね」
宴の場は、三人娘からの可憐評価を大暴落させてしまったようだ。
今後の戦いにも影響を及ぼすのではないかと、クラウンは懸念する。
まぁ、あの三人が戦いで影響する場面も少なそうではあるが。

クラウンが戻ってきても、まだ狂乱の宴は続いており、酒臭さに、もう一度退室しようとする彼をエリーヌが引き留めた。
「クラウン、まって下さい。逃げるのであれば私も一緒に」
「いや、一緒に行く必要がない。別々に逃げ出せ」
ばっさり同行を拒否った側から、今度は誰かに抱きつかれる。
「いやぁ〜ん、マッスルはんが戻ってこられたわぁ。マッスルはん、うちを抱いておくれやすぅ」
振り向かなくても判る。この独特の話し方はクラマラスの誰かだ。
「やめろ……!」
振りほどいても蹴り飛ばしても、モンスターはめげずに色気を振りまいてくる。
「はぁん、硬派なお方……そこも素敵やわぁ」
こんな輩と帰路の道中が一緒だと思うと、それだけで気が狂いそうだ。
全員つれていくと可憐は豪語していたが、こちらの人数分だけで充分だろう。
クラマラスの背中には、黒い羽根が生えている。
あれで飛んでいくのだと見当をつけていたら、また抱きつかれた。
「はぁん、撫で心地の良い胸板……理想の体型やわ」
「うるさいッ」
額に青筋を立てて威嚇しても、全然効果がない。
そればかりかエリーヌの様子までもが、おかしくなってくる。
「やめてください、クラウンは私の許嫁ですよ!私の許可無く彼に触ることは、私が許しませんっ」
「誰が許嫁だ!?」
怒るクラウンなど歯牙にもかけず、エリーヌは妄想を叫き散らす。
「その胸板も腹筋も、いずれは未来の私のものになる予定です」
ひしっと抱きついてくるエリーヌをも突き飛ばしていると、泥酔した可憐と目があった。
「カレン、いつまでこんな馬鹿騒ぎを続けるつもりだ?俺達は急いで宮廷に戻らなければいけなかったはずだ」
怒りで詰め寄るクラウンを、可憐はボーッと視点の定まらぬ顔で見つめていたが。
「だーっひゃっひゃっひゃ!」
底抜けにキチガイじみた大声で笑い出したかと思えば、唖然とするクラウンに、ぶっちゅと口づけてくるではないか。
「怒ってないで、お主も飲め飲め!よきにはからえ、がーっはっはっ」
ぺたんと座り込んだクラウンを見もせずに、再びグビグビ酒を煽りだす。
可憐はクラマラスの胸を揉んだり、お尻を触ったりの痴態に戻っていった。
「カ、カレン……」
魂の抜けた表情で座り込むクラウンを、フォーリンが慰める。
「クラマラスの毒素は、一日で抜けますから……明日になれば、可憐さんも元に戻ります。今日、何をしたのかは覚えていないと思いますので、あなたも蒸し返したりせず、笑って忘れてあげて下さいねぇ〜」
笑って忘れろと言われても。
男友達にキスされて、忘れられるわけがない。
しかし相手が覚えていないのだとしたら確かに彼女の言うとおり、無理にでも忘れてやるのが友情というものか。
「……毒素?」
ぽつりと聞き返すと、フォーリンは苦笑した。
「えぇ。このお酒の成分をミルが魔法で調べてみたんですが、人間の男性にだけ反応する、強い毒素を含むそうです。一定分量で幻覚症状を引き起こし、何が何だか判らなくなっちゃうみたいですね。あなたは飲まないよう、お願いします〜」
それで、ミルとフォーリンは宴の場に残っていたのか。
可憐に失望したりもせず。
ミルは、ちびちびオツマミを食べて、白けた顔で座っている。
傍らにはジャッカーが座り、こちらもオツマミを食べていた。
ドラストの姿はないが、いずれかのタイミングで逃げ出したのであろう。
あの女も真面目な気性だから。
――ともあれ、一日だ。
一日我慢すれば、旅も元の軌道に戻る。
群がってくる筋肉マニアなクラマラス達を、ちぎっては投げして邪険に扱う。
クラマラス全員と可憐が酔っぱらって寝こけてから、クラウンも眠りについた。
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