目覚めたら亜空間

市倉 可憐が次に意識を取り戻したのは、上も下もない場所であった。
周りは真っ暗で何も見えない。
にも関わらず真っ暗な事を認識できる、不思議な場所でもあった。
「ここはドコだ?」
声に出して言ってみたら、答えは案外近くで返ってくる。
「ここは亜空間だ」
慌てて声のした方向へ振り向くと、一人の男が立っていた。
黒スーツにサングラスとは無骨だが、流れるような美しい金髪。
鼻筋も整っており、サングラスを外したら、かなりのイケメンと思われる。
思わず、可憐はチッと舌打ちしてしまった。
イケメンは嫌いだ。男前、美形と言い換えてもいいが。
何がどう嫌いなのかと言われると、上手く言えないのだが……
「亜空間って何だよ、どこなんだよ」
知らない人が相手なのに、うっかりタメグチで話しかけてしまったが、男は嫌な顔一つせずに答える。
「亜空間は亜空間だ。君のいた地球とは別の場所だと思っておけばいい」

そういうもの、として理解しろ。
そう言われているのだ。

可憐はキモオタ――二次元の住民であったから、そこらへんの応用力は一般人より優れていたので、瞬時に理解した。
はっきり言ってしまうと、この討論自体が無駄に感じたのである。
ここが何処なのかをハッキリさせる前に、彼にはやるべきことがあった。
グッズの購入だ。
「ここを抜けるには?」
「意識が戻れば、君は蘇生する。ただし、そこは地球の病院のベッドだが」
あぁ。
やはり、自分はトラックに轢かれていたのか。
「現実の君は重傷だ。このまま起きれば、の話だがね」
なにやら引っかかることを言われ、可憐の片眉があがる。
「君は、このまま蘇生したいのか?それとも別の道を歩みたいのか」
この男、何が言いたいのだ?
しばし互いに見つめ合った後、男が、ようやく名乗りをあげた。
「――失礼。名乗るのが遅れたな。俺はリュウ。この空間に住む、時の管理人だ」
亜空間の住民であったらしい。それで、ここに居たのか。
「君の運命は、本来は此処へ来るべきものではなかった。しかし運命の輪は大きく道を外れ、君を此処へ導いた。これが何を意味するのかは判っている。君は選択を迫られている。二つの未来への道を」
唐突に占い師みたいな事を言い始めるリュウを可憐はポカンと見つめていたが、やはり、そこは二次元の住民。
即座に理解を発揮して、尋ね返した。
「えっと、つまり一つは病院のベッドとして、もう一つは?」
「物わかりがよくて助かるな」と、リュウは僅かに微笑む。
「病院のベッドで重傷を抱えて生きるのが、一つの道。もう一つは全く違う場所、異世界へ転生して生きる道だ」
「いっ、異世界ィィィ!!?
フィクションでは、よく見かけるワードだが、現実では全くない。
ありえない。
そもそも亜空間だって、ありえなかったのだ。現実では。
しかし現実として、可憐は今、そのありえない亜空間にいる。
異世界とて行けるのでは、あるまいか?
いや、今、リュウが、はっきり言ったではないか。
可憐の運命は、現実と異世界の二択だと。
なら、自分の進む道は決まった。
「あ、じゃあ異世界で」
「判った。異世界での君は世界で一番強い肉体と、神々に愛される顔を持つ。これが、その世界での君の運命だ」
「……は?」
「転生とは、君の願望を写し出したものだと考えればよい。君はまだ死にたくない、生きたいと願っている。そして、どうせ生きるならば希望を持ちたいとも願っていた……それが転生という手段に置き換えられただけに過ぎない」
自分が生きたいと願っていたなんて、可憐には初耳だった。
ずっと、楽に死ねる方法を探しているのだとばかり思っていた。
そうか。自分は生きたかったのか。
なら、好きなだけ生きてやろうじゃないか。異世界で。
「神々に愛される顔って、具体的には、どんな顔なんだ?」
「万人に愛される顔とでも理解しておけば問題ない」
なるほど。
つまり、目の前の男リュウみたいな顔なのか。
端的にいうと、イケメンだ。
それなら、もっと生きてやろうという気にもなってくる。

これまで、可憐は自分が大嫌いだった。
親に似ずブサイクな顔も、無尽蔵に太っていく体も大嫌いだった。
男にカレンという名をつけた親も憎んだ。
例えば芋太郎といった名前ならば、変に目立たず生きていけたものを。

「向こうでも、俺の名前は市倉可憐なの?」
気になった点は今のうちに全部聞いておきたいとばかりに質問の嵐な可憐へ、リュウが微笑む。
「君の行く異世界では、漢字名は一部の地域に限られている。君が望むのであれば改名もありだろう。今のうちに考えておくといい」
向こうの世界では君は無名なのだから、とも付け足し、彼は言った。
「ただ、君の名、市倉可憐だが、俺は悪くないと思っている」
同性に名前を褒められたのは初めてで、可憐がポカーンとしている間に真っ暗な空間へ一条の光が差してきて、あっと思う暇もなく。


――可憐は、見知らぬ大地へ足を降ろしていた。
事故に遭う直前の格好、アニメTシャツにジーパンという出で立ちで。
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