もうかりまっか〜ぼちぼちでんな、ほなさいならぁ〜コテコテやんけ

女子のお茶会を抜け出したドラストは、ふぅっと溜息をつく。
主要メンバーで集まるから深刻な話でもするのかと思ったら、恋愛話とは。
とても王都を攻めようと考える者の態度ではない。
大体、こちらの姉を救出する算段も、どうなったのであろう。
いざとなったら自分一人で突っ込む覚悟も必要か。
もう一度溜息を吐き出した時、声をかけられた。
「どうしましたぁ?憂鬱そうですねぇ」
フォーリンだ。彼女もお茶会を抜け出してきたのか。
「お前こそ、どうした。小娘と一緒に研究しないのか」
ミルは研究を盾に雑談を回避した。賢明な判断だ。
いつも金魚の糞が如くミルにくっついているフォーリンが一緒にいかなかったのは、意外だ。
「ミルも、たまには一人になりたいでしょうから」
フォーリンは苦笑し、ドラストの傍らに座り込む。
「可憐さんを、お見かけしませんでした?聞きたいことがあるんですけど」
「カレン?奴なら先に部屋へ戻っていくのを見かけたぞ」
可憐だけではない。彼の数十分前には、クラウンも階段を登っていった。
少女達は雑談に夢中で、誰も気づかなかったようだが。
「そうですかぁ、じゃあ行ってみ」
「今はまだ、行かない方がいいんじゃないか?」
立ち上がりかけたフォーリンを、ドラストは引き留めた。
「男二人で語り合いたいこともあろう」
「ん〜……そうですね、そうしましょう」
ドラストの見立てでも、クラウンはまだ仲間に馴染んだとは言い難い。
可憐なら懐柔できるのでは、といった期待があった。
「……私の姉は無事だと思うか」
フォーリンは少し考え、いつもの調子で答える。
「私は騎士団のこと、あまり詳しくないので判りませんが……でも、エリーヌさんが急いでいない点を見ると、大丈夫なのでは〜?」
「そうか……ありがとう」
「どういたしましてぇ〜」
気休めでも今は嬉しい。
憂鬱な表情でドラストが路肩に座り込んでいると、誰かが声をかけてくる。
「そこのビューティホーなおねーさん!あなた、悩み事がありますねぇ〜?」
ちらりと相手を見て、ドラストは無視した。
物売りか、勧誘か。いずれにしても、ろくなものではあるまい。
「あっ、ちょっとォ、無視せんといてください?ずばり、あなたのお悩み事は家族の心配、ですね!」
「何……?」
動揺したドラストは改めて相手を、じろじろと眺める。
パッツンパッツンの髪の毛は黄緑で、体格は小柄。
幼さを残した顔に似合わぬ、ごっつい黒縁眼鏡をかけている。
片手に書物を持ち、背中にはリュック。どこへ出かけるつもりか、大荷物だ。
ドラストの無遠慮な視線にも少女は無頓着で、嬉しそうに笑った。
「あっ、やっと話を聞いてくれる気になってくらはりましたな!大丈夫でっせ、騎士団は女性にゃ危害を加えまへんよってに」
おかしなしゃべりかたをするが、見た目はクルズ人で間違いない。
黒髪でもなければ耳が尖ってもおらず、こうして言葉が通じている以上。
「ウチは解除士!金庫の鍵から風呂場の窓の鍵まで、なんでも解除しちゃいます」
鍵ばかりではないか。解除士とは、泥棒の親戚か?
おかしな奴には関わりたくない。とばかりに再び無視し、ドラストは宿へ歩き出す。
「あっ、ちょっとおねーさん!ウチの話、聞いてーなー!」
何やら喚く少女を置き去りに、フォーリンもドラストの後を追いかけた。
宿に戻ってみれば、クラウンと可憐の部屋は、もぬけの殻であった。
ドラストとフォーリンが道端で話している間に、出ていったものらしい。
「全く、どこへ行ったのだ」
ぐるりと部屋を見渡して、フォーリンが応える。
「単純に考えまして、スカウトを再開したのでは?」
それも一理ある。目利きにクラウンをつれていった可能性が。
「まだ部屋には戻れぬし、外にいれば変な奴につかまる。仕方ないな、お茶会へ戻るとしよう」
「はい〜」
溜息と共に階段を降りていくドラストに続き、フォーリンも降りていった。


クラウンと可憐は外に出ていた。
ただしスカウトを再開する気は更々なく、外へ出たのは「誰で抜いてたの?」という、下衆な質問をする為だった。
「誰と特定できる相手はいない。不謹慎だとは思うが、女神の裸像を想像して抜いている」
クラウンは視線を外し、それでもボソリと律儀に答えた。
「え〜。エリーヌは?」
「エリーヌとは赤の他人だと言っただろう。興味もない」
少々苛ついた口調で返すと、クラウンが逆に質問してくる。
「……カレンは、どういった奴が好みだ?」
「えっ、俺?俺は、やっぱフォーリンかな〜」
仲間内で、とは言っていないのに一発名指しだ。
それに、フォーリン?ミルではないのか。いつも一緒にいるのに。
「だって見ろよ、バイーン、ボイーンだぞ?あぁ〜、あのパイオツに顔を挟まれて圧死した〜い」
ここへ来たばかりの頃は気取って話していた可憐だが、初めての男友達を得たことで限りなく有頂天になっていた。
女の子と友達になるのもいいが、同性の友達は、もっといい。
男同士であれば砕けて話せるし、こうした恋愛話も持ちかけやすい。
「……死にたいのか?変わった趣味だな」
クラウンは呆気にとられていたが、ぽつりと小さく呟いた。
「俺は、どうしても魂を基準に考えてしまう。女の外見に目を奪われたことは一度もない」
「なら今度、じっくり皆を眺めまわしてみろって。フォーリンのオッパイが、皆と比べて如何に大きいかが判るってもんよ」
本人らに聞かれたら、フルボッコ間違いなしのセクハラ発言である。
実際に眺め回したら血祭りにあいそうだが、クラウンは社交辞令で頷いておいた。
「……考慮しておく」
「おうよ。ところで女神の裸像で抜くぐらいだから、やっぱクラウンも女の子には興味津々なんだよな?」
「まぁ、人並みには興味があると言える」
「なんだ、歯切れ悪いな〜。エッチなのは恥じゃないぞ?」
グイグイ迫ってくる可憐に、やや気後れしながら、さらに視線を上向き加減に外してクラウンは考えた。
こんな雑談をしている暇は、あるのだろうか。
騎士団の横暴を止めるという理由で仲間になったが――
「あ、ところでクラウンって今いくつ?俺、29なんだけど」
可憐の雑談に気を取られてしまい、思考が四散する。
「29!?……随分、年上だったんだな……」
「えっ。あれ、じゃあ、もっと年下?にしては、落ち着いてますなぁ〜。まっ、シコシコを見られた時は、だいぶ動揺してたみたいだけど」
「あっ、あれは誰でも動揺するだろう!」
焦って返しながら、それにしても、よく口が回ると感心していると。
「おっ、そこのイケメンおにーさん。あんた、詛われとりますなぁ〜!」
全く場の空気を読まない声が割り込んできて、そちらを振り向く。
ざっくり短めの髪の毛に、黒縁眼鏡の少女だ。顔に見覚えはない。
ザックを背負っているから、行商人なのかもしれない。
「詛い?」と、ひとまずクラウンが尋ね返してみると、少女は大きく頷いた。
「一発こかんと身体を束縛される。でっしゃろ〜?」
「……あれは詛いじゃない。改造だ」
ふいと顔を背けたクラウンに代わって、今度は可憐が話しかける。
「どういうこと?なんで知ってんの?君、王家の関係者?」
「いや、こんな奴は」
「関係者じゃおまへん。ウチは解除士や!」
少女とクラウンの否定が重なり、少女が改めて名乗りをあげる。
「申し遅れましたな。ウチはジャッカー、解除士や。どんな鍵でも詛いでも、一発で見分けて解除する!それがウチの仕事や」
「えーと……?」
意味が判らず可憐はクラウンを見たが、クラウンにだって解除士などは初耳だ。
「見ただけで判るってのは、魔導の目みたいなもん?」
「せやな。魔導の目は魂の色が判る能力やけど、ウチの鷹の指は、意図的にかけられたモンを解除する能力や」
チートスキル持ちは、世の中にたくさんいるのだと知った。
しかし、詛いとは。
クラウンの後遺症を指しているのだとしたら、あれは詛いではない。
調教という名の虐待で、身に染みついてしまった感覚だ。
それとも、この解釈自体が違っていたのだろうか。
「あんさんらが改造なり調教なりと考えていたとしても、おかしい思わんかったん?特定の時間経過で動けなくなるっちゅーのは」
「それは……だが、抜けば動ける」
ぼそぼそと答えるクラウンを値踏みするかのようにジト目で眺め、少女は続けた。
「そら、そーいう風に関連づけとるさかいな。あんさんに詛いかけたやつは、あんさんが悶える様子を見たかったんちゃう?」
「も、悶えって、そんな露骨な」
ダイレクトな言い分には、思わず可憐も辺りを見渡してしまう。
散々路上でパイオツだのバイーンボイーン言っていた奴が言うのも何だが。
「結論を聞こう」と切り出したのは、クラウンだ。
「あんたには、これが解除できるのか?」
どんと平らな胸を叩き、ジャッカーは自信満々に頷いた。
「モチや。ウチには何だって解除できる」
「なら、今すぐ解除してくれ。この枷さえなくなれば、俺はあいつに勝てる」
「あのさ」と疑問に思った可憐はクラウンに尋ねてみた。
「抜かないと自由が利かなくなるって言ってたけど、具体的にどうなるの?」
クラウンは、じっと可憐を見据え、しばらく黙っていた。
ややあって答える。
「言葉の通りだ。身動きできなくなる。動かせるのは両手と該当の場所だけだ」
「該当の場所って?」
可憐の空気を読まない質問には、耳元でボソボソと囁いた。
始終むずむずして、どうしようもなくなるのだと思っていたが、そうではない。
要するにオナニーしかできなくなる状態に陥るということだ。
そこまでピンポイントな病状であれば、少なくとも調教の後遺症ではない。
ジャッカーの言うように、詛い系統の類だろう。
まだ納得のいかない顔を浮かべるクラウンに、ジャッカーが尋ねる。
「一時解除の方法は誰に教わったん?」
「……かけた奴が実際にやって見せた。それで、覚えた」
俯き気味に答えるクラウンへ、再度ジャッカーは太鼓判を押してきた。
「ほなら、間違いなしやね。ウチには解除可能や。人がかけたモンは必ず解除できる、それが鷹の指やさかい」
便利な能力だ。さすがチートと呼ぼう。
「じゃ、さっそく解除してくれる?それと、俺達の仲間になってよ」
スナック感覚でスカウトしてくる可憐に、ジャッカーも軽いノリで頷いた。
「えぇよ。あ、でも、ここでズボン降ろすのも目立つやろ。どっか落ち着ける場所でやらん?宿とか、どや?あと、二回目からは仲間でも銭取るで。かまへんやろ?」
「えぇよえぇよ、ほな商談成立やな」
可憐にまで、おかしなしゃべりが感染した。
「まいどあり〜。おおきにー♪」
二人は声を揃えて合唱し、アハハと笑いながら宿へ戻っていく。
当の患者である、クラウンを路上へ置き去りにして。

我に返ったクラウンが追いつく頃には、宿の入口でエリーヌ達と鉢合わせる。
だが、これまでの説明をするのも、もどかしい。
「俺達ちょっと新しい仲間と話があるから、先に飯食べててくれるかな」
「新しい仲間?」と聞き返すエリーヌへは「後で紹介する!」と叫び返し、クラウンとジャッカーの手を引いて、可憐はバタンと自分達の部屋へ飛び込んだ。
慌ただしく閉まった扉を恨みがましく眺め、エリーヌが呟く。
「もう……一日中クラウンを占領しているだなんて、ずるいです」
「それを言うならカレンさんを独り占めしているクラウンだって、ずるいですよー」
すかさずアメリアがやり返し、エリーヌは「あら」と彼女へ振り向いた。
「アメリアはカレン様を独り占めしてみたいんですか?」
「もちろんですっ。カレンさんと、もっともっと仲良くなりたいですし」
神官服の女性が取るには似合わないガッツポーズを決めるアメリアに、仲間内からも苦笑が漏れる。
「でも、やっぱ異性より同性のほうがカレンもつきあいやすいのかなぁ」
「そうだね。クラウンさんが仲間になってから、ずっと一緒だもんねー」
キャイキャイ騒ぐ皆の元へ、ミルが階段を降りてきて合流する。
「そろそろ、ご飯にしようよ皆。……あれ?可憐は?」
フォーリンが説明する中、やっとお茶会から解放されたドラストも溜息をつく。
新しい仲間と言っていたが、どんな奴を引っ張ってきたのやら。
心配と不安が、ごちゃまぜだ。この旅の行く末と同じぐらいには。

ベッドに寝かされたが、クラウンは落ち着かない。
「それで……解除とは、どのように?」
不安の面持ちで尋ねると、解除士なる者は気軽に答えた。
「ん?そら決まってるやろ。該当箇所をウチが指でツンツンすりゃ〜解除完了や」
「ちょ、ちょっと待て!触るだとッ!?」
がばっと跳ね起きるクラウンを、がしっと押さえつけたのは可憐。
「治さなきゃ駄目なんだろ?我慢我慢」
場所が場所だけに、彼が嫌がるのは判らないでもない。
しかし、クラウンを治してやると決めたのだ。なら、ここは協力の一択だ。
「触る以外の選択肢はないのか!?」
なおも抵抗を続けるクラウンに、ジャッカーは、あっさり首を振る。
「あらへん。ま、すぐ終わるから我慢しとき?」
ずるりんと彼のズボンを真下に引き下ろし、ついでにパンツもずり下げた。
「なっ」
「ちょいっとな」
それこそ身構える隙も与えぬ、一瞬の所業であった。
他人には触られたくない場所を、ジャッカーの指がツンツンする。
「ふぁっ……」と変な声が漏れそうになり、咄嗟にクラウンは両手で口を押さえ込む。
うーむ、エロいのぅ。
完全他人事モードで見守りながら、可憐はジャッカーへ尋ねた。
「もう終わり?」
「終わりや」と頷き、ジャッカーはシーツで指を拭く。
「ウチかて触りとうなかったんやぞ、イケメンおにーちゃん。せやけど、ハンサムにーちゃんについてけば銭になるとウチの勘が告げよったんでな、あんさんに恩を売らしてもろたんや」
クラウンは涙を浮かべ、ジャッカーを睨みつけている。
感謝より屈辱が勝ってしまったのであろう。
そんな彼を冷ややかに見つめ、解除士は肩をすくめる。
「なんや、ノリの悪いあんちゃんやなぁ。そっちのハンサムはんと違うて」
ハンサムはんが自分を指しているのだと判り、可憐は名乗りをあげた。
「俺は可憐。で、そっちはクラウンだ。これから宜しくな、ジャッカー」
「こちらこそ、よろしゅうに」
クラウンのナニを突いたのとは反対の手を差し出してきたので、二人は堅く握手した。
やはり、まだ機嫌の悪いクラウンを、ほったらかしにして。
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