ベーコンをレタスでくるんで、できあがり(白目)

翌日、サーフィスを出発した一行は途中何のトラブルに会うこともなく、次の目的地ヴィーナ村へ到着した。
「森さえ抜けてしまえば、このへんは平和だからね」
この辺りは戦場から遠いせいか、武装している村人は一人もいない。
遠目に牧場が見えており、牧歌的な雰囲気を漂わせている。
「そのかわり、代わり映えのしない村ばかりってわけ?」
サーフィスとの違いは、牧場があるか否かぐらいだ。
南部の村は何処もまったりとしていて、都会っ子のサーシャには退屈すぎた。
「田舎なんてもんは、どこも一緒に決まってるだろ。さ、早く宿を探して一息入れよう」
さっさと踵を返したミルを追いかけ、サーシャ達も宿を求めて歩きだす。
もっとも、宿は村に一軒しかなく探すまでもなかった。
荷物を部屋に置いて、一息入れた後。
「さ、可憐。さっそくだけど働いてもらうよ。なるたけ有能そうな奴を探すんだ。いいなと思ったら、勧誘すること!」
「ゆ、有能そうって言われても、どれがそうだか判らないんだけど?」
突然の命令でキョドる可憐を見据えて、ミルが再度命じてくる。
「も〜。クラウンみたいに見るからに強そうなのを引っ張ってこいって言っているんだ。君のスカウトマンとしての実力を見せてもらうぞ」
ミルに半ば追い立てられるようにして、可憐は表へ飛び出した。
他のメンバーは、特にすることもないので宿に残る。
ミルは「研究したい事があるから邪魔するなよ」と言い残し、部屋へ戻っていった。
部屋に戻れないのでは仕方なく、酒場の一角を占拠し、女の子達は雑談に興じる。
話題は勿論、恋バナだ。
「エリーヌ様ってクラウンの、どこらへんが好きなんですか?」
話題の中心、クラウンは一緒ではない。
村についたまでは一緒だったのだが、気づいた時には居なくなっていた。
こちらには無断の単独行動で、村を見てまわっているのかもしれない。
「それは勿論、優しいところです」
サーシャの質問に嬉々として答えるエリーヌへ、さらなる追求が飛ぶ。
「優しいって、例えば?」
「私は幼い頃、友人と呼べる存在が一人もいませんでした。その頃、唯一遊び相手になってくれたのがクラウンだったのです。二人で一緒に花畑で王冠を作ったのは、永遠の想い出です」
と、輝いた瞳で言われても。
今のクラウンとエリーヌの想い出の彼とが一致せず、全員が首を傾げる。
クラウンは男前の部類に入る事は入るのだが、常に仏頂面の無言である。
それに全身ムキムキのゴリマッチョだし、近寄りがたいオーラを漂わせている。
その彼が幼き姫と一緒に野草の王冠作り?キャラにあっていない。
「それに優しさもですが、あの肉体」
ぎゅっと両手を結んで、エリーヌは潤んだ瞳で語り続ける。
「シャツを押し上げる見事な大胸筋。そして逞しい上腕二頭筋。六つに割れた腹直筋……完璧です。あれこそ男性として最高峰、究極の美と呼べるでしょう」
筋肉の名称で讃えられても、うら若き乙女達にはピンとこない。
引きつった笑みで、アメリアが相づちを打つ。
「え、エリーヌ様は筋肉質な男性が、お好きなのですね」
「筋肉質なら誰でも好きなのではありません。私が好きなのはクラウンただ一人です」
アメリアの間違いを否定すると、再びクラウンの良さを語り出す。
「あの胸に飛び込んで、ぎゅっと抱きしめてもらいたい。そう考えて、幾度となく夜に侵入して試みたのですが、いつも彼には忍び込んだ瞬間で、目覚められてしまいました」
「えぇと、それは、彼が暗殺者だからではないでしょうか……」
人の気配に気づかないでグースカ寝ているようでは、役立たずにも程があろう。
むしろ何で気づかれないと思ったかのほうが不思議だ。
冷汗垂らして突っ込むガーレットにも構わず、エリーヌは延々と萌え語りを続けた。
「美しいのは上半身だけではありません。美味しそうな肉付きの大腿四頭筋、野生の獣を偲ばせる足底筋。きゅっとひきしまった臀部……さりげなさを装って、何度となく臀裂へ指を差し入れようとしたのですが、いつも彼には気づかれていまい、成功した試しがありませんでした」
姫に友達がいなかったのは、王族だからというだけが理由ではなかったのではないか。
クラウンが何故エリーヌに冷たくあたるのかも、判ってしまった気がした三人であった。


一方の可憐は足が棒になるまで村中を歩き回ってみたのだが、クラウンみたいな屈強の戦士が田舎にいるわけもなく、無駄に疲労した結果に終わる。
大体、クラウンだって故郷で鍛えたわけじゃあるまい。
王家の懐刀として宮廷にいた頃に、鍛えたのではなかろうか。
ぶつぶつ小声で文句を垂れながら、可憐は階段を登った。
「はーぁ、もうめんどくせー。俺に勧誘とか向いてないって」
じゃあ何が向いているのかと言われたら、可憐自身も首を傾げてしまう。
学校を卒業して以来、家でアニメかインターネットを見ていた毎日だ。
家でじっとしているのが、一番性に合っている。
――なんて答えたら、ミルには魔法でぶっ飛ばされそうだ。
とにかく一旦部屋で休んで、それから酒場でうまい飯を食べよう。
ミル達女性とは別に、男二人で部屋を取ってある。
その部屋のノブに手をかけた直後、内側からは呻き声が聞こえてきて、可憐は硬直した。
声は小さく「カレン……ッ」と、助けを求めているようでもある。
まさか、宿で襲撃が!?
元暗殺者ともあろう彼が一体何の襲撃を受けるというのか。
考えるより先に、可憐の手はドアノブを引き開けていた。
「クラウン、大丈夫――かッ!?」
クラウンはベッドの上にいた。
手には己のブツを掴んで、上下に扱きながら。
「んっ、ん……か、カレン……ッ!?」
詳しく状況を述べるまでもなく、自慰行為の真っ最中であった。
いや、しかし、オナニーするにしても時と場所を選んで欲しい。
というか、何故その行為の真っ最中に可憐の名を呼んだ?
まさか、まさかとは思うが、こやつは俺を好きなのではっ!
そういう世界があるのは知っている。
伊達に毎日アニメやインターネットに囲まれて暮らしていた訳ではない。
んがしかし、自分が巻き込まれるなんざぁ、想定の範囲外だ。
軽く混乱する可憐の耳に、クラウンの声が届く。
「ち、違う、カレンッ……誤解しないで欲しい!」
誤解というが、この状況で名前を呼ぶのはイコール好きな人としか考えられない。
ごめんなさい。好きって言われても、どんな顔すればいいのか判らないの。
可憐は脳内で土下座しながら、じりじりと後退する。
「い、いや、あの、ごめん、シコシコタイムの邪魔しちゃって。てっきり襲われてると思って……その、ごめん、とにかくごめん!」
しどろもどろになって逃げ出そうとする可憐の背に、悲痛な叫びが追い被さった。
「違うんだ……ッ、この行為は、好きでやっているんじゃないッ」
見ればクラウンは涙ぐんでおり、しかし手は休まずシコシコしており。
逃げるにも逃げられず、可憐は棒立ちのまま彼の自慰行為を眺めた。
前の世界でも他人のブツを、じっくり眺めたことはない。
最後に他人のブツを見たのは引きこもりになる前、高校時代のトイレだろうか。
こやつ、結構ビッグなシロモノをお持ちじゃのぅ。
暗殺者と聞いているが、そっちの方面でも暗殺したことがおありかのぅ?
ラノベファンタジーに出てくる忍者みたいなテイストで。
アホな思考を巡らせる可憐の前で、クラウンが、ぶるぶるっと体を震わせる。
荒い息を整えると、彼は訥々と話し始めた。
「……まず、こんな真似をしていた理由だが」
「あ、いや、それは説明されなくても?」
可憐の制止など聞こえなかったかのように、クラウンは一気に吐き出した。
「俺は、一日一回抜かないと自由が利かない身体にされた。……そういう身体に、改造されてしまったんだ」
誰に?
喉元まで出かかった質問を、可憐は寸前で飲み込んだ。
本人が、あえて暈かしたのだ。聞いたところで答えまい。
名前を言わないというのは、言えない相手なのかもしれない。
つまり――騎士団長ないし、皇帝?
パワハラで辞めたのかと思いきや、セクハラが原因だったとは。
そうなると騎士団はウホッな軍団なのだろうか。
いやいや、まだそうと決めつけるのは早い。
もしかしたら、全然関係ない酒場の親父が犯人かもしれないし。
「こんな淫乱な身体だと、お前が知ったら、どう思うか……軽蔑されるかもしれない。そう考えたら目の前が暗くなって、つい、お前の名前を口に出してしまった……誤解させて、申し訳ない」
調教を強制で受けたのならば、そいつは性虐待だ。
虐待の被害者を気持ち悪いと罵るほどには、可憐も性格が悪くないつもりである。
「いや〜、まぁ、シコってたぐらいじゃ軽蔑は、しないかなぁ。つーか俺も前は、よくやってたし……」
この世界へ来てからは、まだ一度もやっていない。
毎日が驚きの連続で、性欲どころではなかった。
「お前が……?」と驚かれてしまったが、今の可憐しか知らないのでは無理もない。
昔の自分を見たら、きっとクラウンもドン引きするんじゃないかと可憐は思った。
「したくなったら先に言ってくれれば席を外すし」
可憐の提案にクラウンは目を伏せ、もう一度謝ってきた。
「……すまない。俺なんかと同室のせいで気を遣わせてしまって」
クラウンは、すっかり意気消沈している。
知られたくない秘密を新しい友達に知られてしまったばかりか、彼はこれからも虐待の後遺症を引きずって生きていかねばならないのだ。
「謝らなくていいって。その後遺症も、直せるようなら協力するよ」
考えるよりも前に可憐の口からは、そんな言葉が飛び出す。
「いや、そこまでしてもらうわけには」と恐縮するクラウンの手を握り、可憐は微笑んだ。
「これからずっと仲間になるんだ。協力できる事なら何でもしたい。その代わり、クラウンも俺が助けを求めた時には応えて欲しいんだ」
実際に何でも出来るかどうかは、大した問題じゃない。
主題は後半にあり、クラウンに助けてもらいたい気持ちでいっぱいだ。
なにしろ、自分は弱すぎる。
盗賊なる雑魚に拳一発でK.Oされたのは、可憐の記憶にも新しい。
「勿論、協力するに決まっている。……それと、この件は……」
視線を逸らすクラウンに、可憐は力強く頷いた。
「あぁ。誰にも言わないから安心してくれ」
拡散したって何の意味もない情報だ。エリーヌは喜ぶかもしれないが。
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