恋バナッ!

サーフィスは明日発つことが決まった。
えらい急な話だとは思うが、何もない田舎村では皆が飽きたとしても仕方がない。
それに打倒皇帝は、のんびりやれるものでもない。
月日が経てば経つほど、みんなの士気が下がるであろう事は可憐にも予想できた。
いや、エリーヌやクラウン、ミルなんかは絶対諦めなさそうなのであるが、心配なのはアメリア・サーシャ・ガーレットの三人娘の士気だ。
この三人の話を聞くと、どうもミルに誘われて軽い気持ちで参加したように見える。
ともあれ有能そうな仲間を、あと二、三人引き入れようという話になって、この日の作戦会議は終了した。


出発までの間は何もやることがない。
道端で雑談しているのは、例の三人娘だ。
「国民全員をスカウトするって話から、随分と規模が縮小化しちゃったね」
ガーレットがぼやく横では、サーシャが空を見上げて明るく言う。
「でも、正直ホッとしたよ」
「えっ、なんで?」と驚くガーレットに、サーシャは答えた。
「国民全員スカウトしたら、カレンのファンがいっぱい増えちゃう!ライバルが多くなるのは困るな〜って思ってたんだ」
「あ、それ、判ります!」とアメリアが叫び、うんうん頷く。
「あのイケメンボイスでもって耳元で"一緒に頑張ろう"なんてやられたら、イチコロで惚れちゃいますよね!」
「じゃあ"一緒に千人部隊と戦おう"ってカレンさんに囁かれたら、アメリアは本気で千人部隊と戦っちゃうの?」
ガーレットの無茶ぶりには、「あ、それは無理」とアメリアも真顔で返す。
「それ以外の事だったら、なんでもやりますけど〜」
「そうそう、カレンって何も命令してくれないから消化不良だよね」
「根が優しいんでしょうね、きっと前の世界でもモテモテだったでしょう」
キャッキャと盛り上がる側に、当の可憐の姿はない。
フォーリン曰く、彼はミルと一緒に買い物へ出かけたそうだ。
「ミルが召喚したから、カレンさんがミルに従うのは判りますけど……」
「ねー。カレンはミルのこと、どう思ってんのかなぁ」
サーシャの疑問へ答えるかたちで、雑談に割り込んできたのはフォーリンだ。
「可憐さんはミルと恋人なんですよぉ〜」
これには三人とも「えっ!?」と声を揃えて驚いた。
だって全然、ミルはそんな話をしてくれた事がなかったのだから。
「ホント!?いつの間にっ」
血相を変えるサーシャにも、いつもの調子でフォーリンは頷く。
「はい。初めてお会いした日に、可憐さんのほうからミルと恋人になりたいと打診がありまして〜。ミルは引くに引けなくなりまして、それで渋々許可を出しました〜」
「えっ?じゃあ……ミルはカレンさんが好きだから恋人になったんじゃないの?」
「てか、カレンのほうからミルに?ウッソ〜!」
「きっとミルの性格を知らないで一目惚れしちゃったんじゃ!?」
「やだ〜、カレン可哀想!ミルの見た目に騙されたんだっ」
言いたい放題の三人娘を、フォーリンはニコニコしながら見守った。
ミルがなんで可憐の願いを許可したのかは、本人に聞かねば判るまい。
自分が召喚した相手だし最高の待遇で持て成すと言った手前、意地になっての許可であったと最初はフォーリンも考えた。
しかし可憐への態度を見守ってみるに、ミルは案外、彼に好意的である。
或いは恋人になると決めた時から、ミルは可憐を好きだったのではないか。
そう考えると、フォーリンの脳内は可憐とミルの未来予想でいっぱいになってしまう。
あの二人に子供が出来たら、どちらに似ても美人orイケメンだ。
二人も仲むつまじく幸せそうで、うっとりする美男美女カップルになる。
ミルが疲れたら、可憐はきっとオンブしてくれるに違いない。
そしてミルも恥ずかしがりながら、可憐の背に身を任せるのだ。
自分自身が幸せになるよりも、ミルと可憐が幸せになって欲しい。
そう願ってやまないフォーリンであった。
もちろん、可憐のことはフォーリンも好きだ。
好きだが、しかし、それは異性としてと言うよりも仲間としての好きだ。
なんといってもミルが自信を持って召喚した相手だし。
可憐の魂が優しいものだと知った時、ミルの選択眼には惚れぼれした。
そう。
可憐とミルを比較した場合、フォーリンの中では圧倒的にミルの一人勝ちだった。
師匠の娘だからというだけじゃない。全身全霊をかけて守りたい対象だ。
魔術に長け、何事にも前向きで正義感の塊な少女。
それに普段は口汚いふりをしているけど、本当は性根の優しい子なのである。
そんなのは、彼女の魂を見れば一目瞭然であろう。
そのミルが選んだ男なのだ、可憐は。
絶対革命を成功させてくれるし、絶対ミルを幸せにしてくれるはず。
――フォーリンが脳内での未来計画に浸っている間も、雑談は続いており。
「カレンの目を覚まさせるには、どうしたらいいかなぁ」
腕を組んで考え込むサーシャには、ずばっとアメリアがツッコミを入れる。
「そんなの簡単でしょ!私達の誰かが、真実を伝えるんです」
「でも一目惚れだったら厄介だよ?恋は盲目っていうし」
ガーレットが肩をすくめる横では、サーシャが思いつきを言ってみる。
「んじゃ、こういうのはどう?カレンを、あたし達の魅力でメロメロにしちゃうってのは」
「それいい!次の村についたら、やってみよっと」
「え〜、ガーレットじゃハードル高すぎません?」
「なによぉ。アメリアだって、その貧乳で挑戦する気ィ?」
ドスドスと胸を人差し指で突かれて、アメリアとガーレットの間に険悪な空気が流れるも、すぐさまアメリアは反撃の言葉を見つけ出し、自信満々に言い放つ。
「わ、私は誘惑なんかしなくても怪我の治療で急接近ですし?」
即座にサーシャがアメリアの妄想を現実で打ち砕いた。
「いや、カレンは前に出せないよ。死ぬし」
「あんなにハンサムなのに超弱いってのも魅力だよねぇ、カレンさん」
何故かガーレットはうっとりし、他二人も賛同する。
「弱いカレを、あたしの弓で守り通す!やだ、あたしってばイケメン!?」
「いや、女はイケメンって言わないでしょ」
はしゃぐサーシャへ、パタパタと手を振り突っ込むアメリア。
三人娘の雑談は、まだまだ続きそうで、フォーリンは、そっとその場を立ち去った。
敵の戦力を知って士気が落ちたのではないかと心配したが、そうでもなさそうで安心した。
戦力外だとミルが文句を垂れていても、今までずっと一緒にやってきた仲間だ。
最後まで彼女達と一緒にやり遂げたいと、フォーリンは考えた。

宿へ戻ってくると、ミルの甲高い声がフォーリンの耳を劈いた。
見れば、なにやらエリーヌへ食ってかかっている。
「もう、エリーヌ、しっかりしてくれよ!色ボケ沙汰は全部が終わった後でも出来るだろ?」
クラウンとの事情か。
彼が合流してからというものの、エリーヌの調子がおかしい。
リーダーが浮き足立っていたのでは、ミルが心配するのも当然であろう。
フォーリンの見立てでは、クラウンはエリーヌに、とんと無関心である。
無関心というよりは、敵意を持っているようにも伺える。
王家に嫌気が差して騎士団を飛び出したようだし、エリーヌも元とはいえ王家の一員だ。
彼女にも、あまり良い印象を抱いていないのかもしれない。
従って彼を混ぜるのは不安で仕方ないのだが、エリーヌが歓迎ムードだ。
エリーヌばかりではない。可憐も歓迎モードであった。
クラウンと旧知の仲なエリーヌが歓迎するのは判るが、可憐は何故?
理由を聞いてみたいが、ミルが同伴している場所で聞くのは躊躇われる。
変な勘ぐりをしていると思われるのは厄介だし、二人の仲が拗れても困る。
二人というのは、つまり可憐とミルの仲だが。
ミルを通さず可憐と話すには、彼がスカウト活動している間に限定される。
次の町でのスカウト活動が始まったら、それとなく尋ねてみよう。
その後で、クラウンの扱いについても皆と話し合う必要がありそうだ。
クラウンの魂からは、涼やかな光を感じる。
冷静沈着で大人しい魂だ。可憐同様、悪い人ではないのだろう。
しかし同時に、彼の抱く王家への憎しみは破滅の匂いを感じさせた。
ミルの言うように、エリーヌには恋話を後回しにしてもらうか――
或いは逆に恋話を推し進めて、憎しみばかり考えられないよう仕組むのもありか?
自分でも自分の案に驚きながら、フォーリンは、あれこれと思考を巡らせるのであった。
BACK←◇→NEXT

Page Top