すれちがい……宇宙(宇宙関係ない)

森の中を歩いている時は、えらく遠く感じたりもしたのだが、村はクラウンのいた場所から目と鼻の先にあった。
「あ〜、もう足くたくた!温泉とかないのォ?」
ついた途端、騒ぎ出すサーシャには、クラウンがぼそっと吐き捨てる。
「温泉は、ないが……宿なら、そこにある」
顎で示された建物に、皆、我先にと走っていく。
疲れたなんだと言っていた割には、元気なものだ。
皆とは一緒に走っていかなかったエリーヌが、クラウンに話しかけた。
「あなたも、ご一緒に」
だがクラウンときたら、つっけんどんに「いい。家に戻る」と言い返す。
さっさと踵を返して去っていく彼には、エリーヌも言葉がない。
落ち込んでやいないかと、可憐は心配してエリーヌに声をかけた。
「え、エリーヌ。大丈夫?」
「はい、すみません。ご心配をおかけして。彼、以前は、もっと親しみやすかったように思うのですが……やはり、騎士団を辞めた事と何か関係しているのかもしれません」
クラウンの去った方角を見つめる彼女へ、可憐は重ねて申し出た。
「俺、追いかけてみるよ。エリーヌは先に宿へ行ってて」
例え騎士団で何かがあったのだとしても、エリーヌに当たるのはお門違いだ。
クラウン本人のくちから、真相を聞き出してみたい。
「わかりました」と頷くエリーヌの返事を背に、可憐は駆けだした。


クラウンの家は、すぐに見つかった。
ちょうど家に入ろうとしていた処を掴まえたのだ。
「待って、クラウン!」
呼び止めたのが可憐だと判ると、彼は足を止めてくれた。
「何か用か」
「え、えぇっと、単刀直入に聞くけど!クラウンってエリーヌのこと、好きなの?嫌いなの?」
クラウンは目を丸くしていたようだが、かなりの間を置いた後に答える。
「……答えに困る質問だ」
「え」と呟き固まる可憐を見、視線で促してきた。
「中に入ろう。……ここは人目につきすぎる」
彼の家は一人住まいに相応しい、木造建ての一軒家であった。
台所と居間が同じ空間に存在する、いわばワンルームというやつだ。
親との同居で3LDKの一軒家にしか住んだ事のない可憐には、物珍しい間取りだ。
ほえ〜っと見渡す可憐を椅子に誘導すると、クラウンは壁際に立って話しだす。
「まず、あいつとは幼馴染みでも友人でもない。あれは勝手に此方へ接触してきた、変わり者の王族だ」
「え、でも、一応王宮で暮らしていたんでしょ?クラウンも」
という可憐のツッコミには頷き、しかしと続けた。
「暮らしていたと言っても、俺の一族は粗末な小屋に押し込まれていた。代々その暮らしだ。だが消耗品だからな、文句を言える立場にもない」
話だけ聞いていると、とんだブラック雇用に思える。
一体どういう人間なのだろう、クルズ国の皇帝とは。
民間人は戦地に追いやるわ、部下は粗末な小屋に突っ込むわ。
首を傾げる可憐の前で、クラウンの告白は続く。
「あいつは近づいても何の得にもならない俺に近づいてきた。貴族の中で村八分にされる危険性もあったってのに……恐らくは興味本位だろう。暗殺者が珍しかったのかもしれん。俺の嫁になりたいと抜かしていた時期もあった。周りが見えていない、只の夢想者だ」
さらっと今、とんでもない一言が聞こえたような。
「大きくなれば許婚を押しつけられて結婚する……一生を王族で終わる立場の奴を、好きか嫌いかと聞かれても困る」
「あ、いや、でも人として、どうってのはあるじゃん」
人として見た場合、可憐はエリーヌが好きだ。
ミルと違って礼儀正しいし、貴族でありながら他人への気配りも出来る。
それに姫君が仲間にいるなら、可憐の将来は約束されたも同然だ。
皇帝が反省した暁には、可憐の生活費ぐらいは保証してくれるだろう。
――なんて下心も、ちょっぴりなくもない。
「人として、か。人としてなら俺はエリーヌよりもカレン、お前のほうが信頼できる」
「え」と、またまた可憐は硬直する。
だって今日初めて出会ったばかりの相手に、信頼できると言われても。
「……お前の魂は純粋で繊細だ。それでいて、暖かい光を放っている。一緒にいると、安心できる」
クラウンに優しく微笑まれて、可憐はオタオタしてしまった。
こいつ、こんなふうに笑うことも出来たのか。
他の子達には、えらく冷たい態度と無表情だったくせして!
「もしかして、女の子が嫌いとか?」
思いついたことを尋ねたら、即座に「違う」と否定された。
「他の奴は、まだ信用できない。魂が、お前ほど清らかではないからな」
「いや、魂がって?何?どうやって判るの、そんなん」
そういやミルとフォーリンも初めて出会った時、可憐の魂がどうのと言っていたような。
あの時は漠然と聞き流してしまったが、改めて考えると謎の発言だ。
「……魔導の目だ。俺は生まれつき、他人の魂が見える」
可憐はキモオタ、もとい二次元の住民なので、すぐにピンときた。
マドウの目とはアニメ等でお馴染みの、スキルに該当する能力に違いない。
なにを隠そう前の世界では、そうした"特別な自分"に憧れていた可憐である。
従って、彼が真っ先に口走ったのは「格好いい!」という感想であった。
魂が見えたからって、何が得するのかは全然判らないけれど。
「……かっこ、いい……?」
可憐のピントのずれた反応には、クラウンも呆気にとられる。
「大した能力じゃない。魂の輝きが見えるだけだからな」
ふいっと視線を逸らす彼の反対側に回り込んで、可憐は滅茶苦茶褒め讃えた。
「いやマジカッケェ!スキル持ちとかチートじゃん!それで?エリーヌやサーシャ達の魂も見えちゃったりするわけ?どんな感じなの?魂が見えるのって!」
可憐が何故興奮しているのかが判りかねると見えて、クラウンの反応は鈍い。
困惑の表情を浮かべたのちに、ぼそっと答えられる範囲分だけ吐き出した。
「……生き物であれば、全て見える。魔導の目が見せる魂とは、素質……そう言い換えてもいい。エリーヌの魂は、お前ほど純粋じゃない。王族故の計算高さも含まれる。だから、信用できん」
要するにクラウンはエリーヌのことが、あまり好きではないようだ。
「まぁ、でも今は仲間だし?」と、可憐のテンションも元に戻る。
「仲良くしろとまでは言わないけど、冷たくする必要もないんじゃないか。俺と仲良くできるんだったら、エリーヌとも普通に話してあげてよ」
拒否は許さない微笑みを浮かべる可憐に、クラウンは渋々頷いた。
「……判った。お前が望むのであれば」
――こいつ、チョロイ……!
と可憐は思ったのだが、口には出さないでおいた。
ひとまず、クラウンは可憐のお願いであれば言うことを聞いてくれる。
なら、彼は常に可憐の側につけたほうが仲間との摩擦も少なくて済むだろう。
エリーヌにも、そう報告しておこう。彼女は残念がるかもしれないが。
「とにかくさ、一緒に旅をするって決めたんだし自宅に引きこもってないで、一緒に宿に泊まろうよ」
可憐は有無を言わせぬ勢いで、ぐいぐいクラウンの腕を引っ張った。
自宅は快適だけど、他人とのコミュニケーションをはかれる場所ではない。
可憐の見立てで言うならば、クラウンは少々内気な性格なのではあるまいか。
皆と宿に向かわず、まっすぐ自宅に帰ってしまうなんて、まさに過去の自分そのものである。
他の仲間と仲良くできなくてもいい。
せめて可憐とだけでも、仲良くなってくれれば。
「い、いや……俺は……」
クラウンは行きたくなさそうであったが、構わず誘いをかける。
「この家は一人用だから、皆で入るには狭いだろ。それよりは広い宿の部屋で一緒に語りあいたいし?」
「か、語りあうって、一体何を」
腰の退ける相手には、最初の目的を思い出させた。
「騎士団だよ。君の知ってる騎士団の詳しい話を聞かせて欲しいんだ、皆にも」
「あぁ……」
クラウンも思い出したのか、硬い表情に戻る。
「判った。宿に向かおう。そこで話す」
言うが早いか、さっさと出ていくもんだから。
「ま、待ってよ、一緒に行こうっ」
置いて行かれまいと、可憐は慌てて後を追いかけた。
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