ハーレムもいいけれど

ミルの聞きつけたモンスターの声――
正しくは、モンスターの断末魔だった。


駆けつけた可憐達が見たものは、血まみれで転がる巨大な生物。
そして、その傍らに立つ一人の青年であった。
青年は、ひとめ見て精悍だと感じる顔つきだ。
太い眉毛に短めの黒髪。
意志の強そうな鋭い瞳が、今し方息絶えた巨大生物を睨んでいる。
状況から判断して、彼が仕留めたと見ていい。
巨大な生き物は背中に羽根を生やし、口の中には鋭い牙が並んでいた。
あきらかに肉食獣だ。
生前は獰猛で、他の生物を食い荒らしていたのかもしれない。
或いは人間に襲いかかる事もあっただろう。
この猛獣も、たった一人の青年に仕留められてしまうとは夢にも思わなかったに違いない。
青年は素手だった。
上から下まで黒一色で固め、黒いシャツを見事な筋肉が押し上げている。
彼を眼窩に捉えた瞬間、エリーヌが叫んだ。
「クラウン!クラウン=ディスベルではありませんか?」
「え?」
「お知り合いですか、エリーヌ様!?」
仲間達は驚いているから、エリーヌ個人の知人であるらしい。
しかし元王族が森の中にいるような男と、どうやって知り合いに?
首を傾げる可憐の前で、エリーヌは親しげに青年へ話しかける。
「あなたを迎えに行く処だったのです。まさか、ここで出会えるとは思いもよりませんでした」
話しかけられたほうは、無言だ。
違うとも、そうだとも答えないで、黒い瞳がじっと彼女を見つめている。
焦れたミルが口を挟んだ。
「おい、話しかけられてんだから何か言えよ。失礼だろ?」
「ミ、ミルゥ、言葉を選んで下さぁい」
フォーリンがフォローするも、ミルはガン無視して青年に詰め寄る。
「お前がエリーヌ期待の前衛なのか?どうなんだッ」
ミルをまじまじ眺めた後に、青年がボソッと答えた。
「……俺は前衛じゃない」
「え?」と驚く皆の前で、こうも続けた。
「俺は暗殺者だ。誰かを守れる盾には、なりえない」
暗殺者だったのか。それで全身真っ黒なのか?
可憐が妙な感心をしていると、ドラストが唸り出す。
「ディスベル、だと?聞いたことがある……クルズ王家に仕える、腕の立つ暗殺一族がいたという話を」
他国でも有名だったようだ。
「えぇ、そうです」と話を受け継いだのはエリーヌ。
「数年前まで彼は王家の守りにして、クルズ騎士団の一人でした。私とは幼い頃ともに遊んだ友人、幼馴染みでもあります。ですが、ある日突然辞職願を出して、故郷のサーフィスへ帰ってしまいました。騎士団長に理由を聞いても一身上の都合としか説明されなくて……きっと、言うに言えない何かがあったのだと察しました。騎士団長と彼の間で。そうなのでしょう?クラウン」
「……俺とあんたは友人じゃない」
エリーヌの間違いを正してから、彼は視線を逸らす。
「騎士団で何があろうと、あんたには関係ないだろう」
何かありました、と言っているようなものだ。
「元部下って割には、あんた呼びで気安いご身分だなァ」
不機嫌にミルが突っ込めば、クラウンも言い返してくる。
「部下でもない。俺の一族は王家御用達の消耗品だ」
「それが嫌で、辞職願を?」と尋ねるアメリアには首を真横に振った。
「違う。だが俺の辞めた理由を、あんた達に話す必要もない」
「そりゃそうなんだけど」と、サーシャも混ざってくる。
頑なな青年の態度は何かを我慢しているようでもあり、放っておけない。
それに、上手く聞き出せばクルズ騎士団の弱みを掴むことが出来るかもしれない。
――とは、ミル一人が考えた下心なのだが。
「あんたは友達じゃないと思っててもさ、エリーヌ様はあんたを友達だと思っているみたいだし。一応、顔馴染みではあるんでしょ?困っているなら話してみなよ」
サーシャの誘いにもクラウンは「困っていない」と、にべもない。
そればかりか、くるりと踵を返して、どこかへ去ろうとする。
可憐も、ついつい口を出した。
「待って!」
呼び止めてから「何か?」と振り向かれた時には、何を言おうか迷った。
周りの勢いにつられて話しかけてしまっただけなのだ。
だが、すぐに用件を思いついた。
そうだ、スカウトだ。
自分はスカウトを任されていたのだ。
「え、えぇと……俺達はクルズ騎士団と戦うつもりで戦力を集めてるんだけど、その、まだ全然集まらなくて、それでサーフィスへ向かうつもりだったんだ。エリーヌさん、いやエリーヌ様が、前衛になれそうな人がサーフィスにいるって言うから、その人をスカウトしようってなったんだけど、あなたが、そうなんですか?」
しどろもどろで、とてもスカウトマンの言葉とは思えない。
じっと可憐の話を聞いていたクラウンは、続けて可憐の顔を見た。
そのまま無言が続くものだから、居心地の悪さに可憐は額をぬぐう。
……びっしょり汗をかいていた。
コミュ障を治したつもりになっていたが、実際はまだ要改善の域だ。
無言のまま帰ってしまうのではと危惧していた相手が、口を開く。
「お前も黒髪か。先祖か家族にワ国人がいるのか?」
思ってもみない返事、いやさ質問が飛んできて、可憐は呆気にとられる。
「え、いや、俺は……い、異世界人っていうか?」
「イセカイ人?」
眉をひそめるクラウンに補足解説したのは、フォーリンだ。
「そうなのですぅ〜。可憐さんは異世界より召喚された、伝説のスマイルイケメンですよぉ」
さらっとフォーリンの戯言は聞き流し、クラウンが重ねて可憐に問う。
「騎士団と戦うつもりだと言ったな。それは、お前らの総意なのか?」
「う、うん、一応。エリーヌ様が、皇帝を倒したいんだって」
頼りないスカウトマンの返事を聞き何を想ったのか、クラウンはエリーヌへ視線を移し頷いた。
「……いいだろう。なら、手を貸してやる」
「えっ!?」と、またまた仲間達は驚愕の大合唱。
いや、突然の心変わりには、驚くしかない。どういう心境の変化なのか。
皆のリアクションをも無視し、クラウンはエリーヌに話しかけた。
「騎士団長の弱みなら、俺が握っている。聞きたいのは、それか?」
「い、いえ、一個人の弱みは必要ありません、というか……カレン様が言ったように、この国の世直しと戦争の終結が目的です」
急激な態度豹変にはエリーヌも戸惑ったが、答えるべき要点は、きちんと抑えている。
「戦争終結か、大きく出たな」
初めてクラウンが笑った。口元を歪めた皮肉の笑みだ。
「面白い。あんたは昔から変わり者だったが、成長した今でも変わり者のままだとは知らなかった。王家が打倒王家か。父親殺しの覚悟もある、と?」
父親殺し――
言われた瞬間、エリーヌがビクッと身体を震わせるのを可憐は見た。
"皇帝を倒す"とは、殺すの意味なのだろうか?
違う、と可憐は思う。
エリーヌは、お父さんに性根を入れ替えて欲しいのだ。たぶん。
「えっと、殺さないで世直しできる方法を考えよう?」
エリーヌとクラウン双方に言ったら、クラウンには苦笑される。
「それは俺の仕事じゃない。俺は暗殺者だ、殺す事しかできん」
「そんなことないでしょ、ちょっと皇帝にプロレス技を仕掛けるだけでも」
ついつい手を握りしめてしまったら、彼には目を見開いて驚かれた。
しまった、少々気安すぎたか。
顔面コンプレックスを克服した余波で、どうも他人との距離を測りかねている。
女の子なら真っ赤に染まって許してくれるが、男はどうなのか。
内心慌てる可憐の前で、クラウンは視線を外して手を抜きさった。
「ぷろれす技、というのが何かは判らんが……俺でも役に立つ場面があるというのなら、使えばいい」
眉間に皺をよせられて露骨に嫌がられるかと思いきや、意外と好意的だ。
考えてみれば、彼は可憐にだけは質問などして最初から興味津々であった。
きっと、同じ黒髪なのが幸いしたのかもしれない。
「そういや、さっきの話だけど。クラウンさんはワ国に親族がいるんですか?」
個人詮索は、さすがにヤバイかなと思ったのだが好奇心が抑えきれず、興味本位な可憐の質問には本人の代わりにエリーヌが答えた。
「クラウンはワ国人のお母様とクルズ人のお父様の間に生まれた混血なのです。その件で騎士団では問題とされましたが、父が権威で握りつぶしました」
さすが皇帝と言おう。
権力で握りつぶした、等と言い切ってしまう娘も娘だが。
しかし、混血か。
この世界での混血の立場は判らないが、騎士団が問題視するぐらいである。
幼い頃は誰かに虐められていたのかもしれない。
それを考えると、可憐の中にもクラウンへの同情がわき上がる。
同情というよりは共感、親近感だ。
可憐も前の世界では、虐められっ子だったのだから。
自分では、どうにもならない生まれや名前で虐められるのは悲しい。
親や周りの人間が、その悲しさを判ってくれないのも、悲しい。
「それじゃ、クラウンさん。改めて、宜しくお願いします」
かしこまった可憐の挨拶に、クラウンがボソッと応える。
「見たところ俺とは歳も近いようだし、呼び捨てで構わない。俺もお前を、カレンと呼びたい」
やはり視線を外しており、テレている。
新生可憐のニュースキル"万人に好かれる顔"は、男にも有効のようだ。
「わかりました。いや、わかったとタメで言うべき?」
「あぁ」
「それじゃ……よろしく、クラウン」
知り合ったばかりの人々にタメグチで話しかけるなんてのも、旧可憐には無理だった。
つくづく生まれ変わって良かったなぁ、と感動する可憐を横目に、ミルが全体の号令をかける。
「んじゃあ、もうサーフィスへ行く必要なくなっちゃったね。次は北上してみる?」
「そうですね……」
エリーヌも考える素振りを見せ、皆の顔を見渡した。
「南にはサーフィスの他にも幾つか村が点在します。そちらへも、一応まわってみましょう」
言うが早いか、ゲッとなるミルではなく幼馴染みを促す。
「まずは森を抜けてサーフィスへ向かいます。クラウン、道案内をお願いしますね」
ミルが迷子になっていたことなど、元姫は先刻お見通しであった。
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