どんぐりころころ、つるぼっちゃん

「試練というのも曖昧だな。具体的に我々は何をすればいいんだ?」
キースに問われ、アンナが記憶の限りに答えた。
「確か……内面の真実を差し出せって言ってましたよ、仁礼尼さんは。本音で答えろって意味かと、あたしは理解したんですけど」
「ならば、能力の有無は関係ないな」
キッパリ断言するキースを不思議に思い、可憐は尋ねてみる。
「どうして、そう思うの?」
「試練とは本音での問答なんだろう?口頭でのやり取りなのだとすれば、能力は関係ないと考えるのが当然じゃないか」
池は外に出ないと出現しない。
そして出現するタイミングがいつなのかも、こちらには判らない。
極端な話、さぁ出かけようと翌日外へ踏み出した途端、足元に出現するかもしれないのだ。
これまでの旅で、池らしき場所を可憐は一度も見かけなかった。
考えてみれば何度も山を上り下りして自然のある場所を行き来しているのに、水場を見たのが自然温泉だけとは些か不自然でもある。
水場が極端に少ない世界なのであろうか、サイサンダラとは。
「ミル、サイサンダラは池や沼って少ないのかな」
「ん?そんなことは、ないと思うけど……」
可憐の問いに答え、ミルは腕を組む。
「……でも、数えた事もないからなぁ。何と比較して少ないとするのかも難しいよね。他の世界へ渡ったことがないし」
この中で異世界に住んでいた経験があるのは、可憐だけだ。
可憐も少し考え、比較の答えを出した。
「俺が前に住んでいた世界では池や沼がたくさんあって、俺の住む国だけでも、手賀沼、十和田湖、洞爺湖、摩周湖……山の中だけじゃなくて街の近辺にもあったな、水場が」
「なるほど。広いんだね、可憐のいた世界は。それに水資源も豊富だ」
感心したように頷き、ミルは輝いた視線を可憐へ向ける。
「それだけ自然が残された世界なら、きっとずっと平和なんだろうね!サイサンダラよりも」
視線を外し、可憐は「あーうん、どうかなー……」と煮え切らない返事でお茶を濁す。
自分の住んでいた日本は七十年ほど平和が続いている。
しかし世界規模で見ると、中近東は内戦が絶えず、韓国は未だ戦争中だったはずだ。
「水場が多い異世界なら、あたしも知ってるよ!」と横手から声があがり、ミルと二人でそちらを見やると、ナナが嬉々として語り出す。
「前に任務でワールドプリズって異世界に行ったことがあるんだけど、すごかったよ!世界の半分以上が海だったの」
「ナナたん。あれは一応守秘義務で、外部には内緒の特務だったんだぞ?」と突っ込むキースなんぞは存在ごとスルーして、異世界探検記を披露する。
「移動は船ばっかりだったから、カレンさんはワールドプリズじゃなくてサイサンダラに来てホント良かったよね!あ、でもサイサンダラで船酔いしちゃったんだっけ……ごめんなさい」
ぺこんっと勢いよくナナに頭を下げられて、可憐も恐縮する。
「い、いや、いいんだよ。ありがとう、気遣ってくれて」
ナナの言うとおりだ。
海だらけの世界にきていたら、長旅の半分以上をベッドの上で過ごしたのは間違いない。
サイサンダラが船旅の少ない世界で助かった。
「じゃあ、それらと比べたらサイサンダラは池や沼が少ないんだね?」と念を押して尋ねると、ナナはコクリと頷いた。
「うん。街の中に自然な池がある都市ってセルーンじゃ全然見た事ないかも。山のほうに入れば、一つ二つはあるけど」
どのみち、既存の水場を探しても意味はない。
今できる事を考えようとミルに仕切り直されて、一同は再び頭を突きあわせての相談に入る。
「もう、出来る事なんてなくなっちゃったんじゃない?」とは、アルマの弁。
「ワはセルーンさえ停戦してくれれば戦争賛成派も話を聞いてくれるだろうけど、セルーンは機械王が話を聞いてくれないんだよね?だから池を探すって話になったんだけど、池の出現法則が判らないってんじゃ、待つしかできないんじゃないの」
「もっと具体的な例を明日、仁礼尼から聞きだして、試してみるって手もあるけど……」と呟くミルには、ミラーの突っ込みが入る。
「でも仁礼尼さんが見た未来も過去も、法則はないような言い方でしたよ?偶然に頼るしかないのは、厳しいですね」
結局アルマの言うように、可憐達に出来る事は、もう何一つ残っていないのだろうか。
考えても埒が明かない状況に、だんだん瞼が落ちてきて、こくりこくり舟をこぎ出す可憐を一瞥し、クラウンがお開きを告げる。
「……ひとまず、明日は仁礼尼と話をして打開策を考えるとしよう。今日は、もう遅い。そろそろ寝たほうがいい」
「そうだね。ボクも、さっきから眠くて眠くて」
ふぁぁぁ〜っと大きくあくびをかまし、ミルは布団に潜り込む。
「おやすみなさ〜い」とフォーリンも声をかけ、部屋の灯りは吹き消された。


翌日。
目が覚めて朝膳を囲んでの仁礼尼への質問大会でも芳しい回答が出ず、一同は食事を終えた後、なんとなく客間で時間を潰す。
やがて、それにも飽きたのか、シズルが立ち上がった。
「ここでダラダラしてんのも、時間の無駄だよな。刃、ちょっと散歩してくっか」
「そういや、お前らは駐屯地に戻らなくていいのか?」と尋ねてくるドラストへは、手をひらひらと振ってみせる。
「定時連絡は、あとで入れておくから心配いらねぇぜ」
集団で無断外泊してしまった勢いか、開き直った態度でもある。
しかし本人が後で大丈夫だというのなら、外野は信じる他あるまい。
「いってらっしゃーい」「気を付けて」といった、やる気のない挨拶を背に受けて、シズルが母屋の扉をガラッと開けて、一歩踏み出た、まさにその瞬間。

ちゃぽん、と足元で音がした。

「え?」となった刃の目前で、シズルの体が下に沈む。
「えっ?」となったのは、シズル本人もだ。
すぐに疑問は「ぶわっぱぁ!」という悲鳴に変わったが。
目の前で大きく水しぶきが上がり、刃の体をも濡らしてきたが、それどころではない。
「シッ、シズル!?シズルッ!!」
動揺する刃の目の前では、水たまりに首まで浸かって激しく水を掻く親友の姿がある。
昨日までの段階で、このような大きな水たまりは入口付近に存在しなかった。
いや、大の成人男性が首まで浸かる水たまりとは一体なんだ。
首まで沈んでしまうのは、もはや水たまりではない。池か沼だ。
「おぼ、溺れる、なんだこりゃあ、足がつかねぇぞ!?」
本人も相当パニックに陥っていて、水をかけども身体は、どんどん沈んでゆく。
刃は母屋を振り返って叫んだ。
「だ、誰か手伝ってくれ、シズルが沈んでしまう!」
激しい水音と尋常ならぬ叫び声に気づいたか、バトローダー達が揃って駆けつけてきた。
「ちょ、何これ、どーなってんの!?」
驚くケイを押しのけて、真っ先にシズルの頭へ掴みかかったのはサイファだ。
「んなこと言ってる場合じゃないよ、工場長を引き上げなきゃ!」
「あだだだ!首、首もげるっ!」と騒ぐシズルの、浮上してきた腕をカリンも掴む。
「今助けます、えぇ〜い」
二人がかりで引っ張っても沈む力のほうが、やや強く、「わったった!?」と、たたらを踏んだサイファの腰をアルマとミラが両側から押さえつけ、同じく引きずり込まれそうになっていたカリンはクロンに支えられ、五人がかりの「せーの!」で、シズルは盛大に水たまりから投げ出され、勢いあまって地面で二度三度とバウンドする。
「あったった……」
尻をさする彼には、すぐに刃が駆け寄って助け起こした。
「大丈夫か、シズル」
シズルは「お、おう。なんとかな」と頷き、バトローダーへも礼を言う。
「お前ら、ありがとよ」
「どういたしまして!」と胸を張るサイファの横で、ケイが水たまりを見下ろした。
「それよりも、これって……例の池、じゃないの?」
池というには一人か二人入れたら充分なサイズで小さく、しかし水たまりというには底が深い。
ぐるりと辺りを見渡して、刃はポツリと呟いた。
「すると、あれが扉……というわけか」
神社の鳥居に、ぴったり嵌る形で襖が出現している。
あれも昨日までは、存在しなかった代物だ。
「……扉っていうから駐屯地にあるような引き戸ないし押し戸な扉かと思ったよね」
「うん。襖、なんだ……」
的確なケイの突っ込みに、他のバトローダー達も頷いたのであった――
と、いうのは、さておき。
少し遅れて、わらわらと出てきた他の面々も扉ならぬ襖と池ならぬ水たまりを目にする。
「うーん、なんか想像していたのよりも全体的に小さいような……」
白けた表情で呟くアンナの横では、ミラーが仁礼尼へ確認を取る。
「あれも一応、扉と池ですよね?」
仁礼尼も全体スケールの小ささに呆然としていたようだが、ハッと我に返って頷いた。
「そ、そうです。私が以前見たものより小さめですが、そうに違いありません」
「では、この襖を開けた先にセルーンの管理者が……?」
襖に手を伸ばしかけて、エリーヌは皆を振り返る。
「いかがいたしましょう。今すぐ挑戦するのか、それとも人をもう少し集めてからにするか」
「このメンバーで突破できるかって言われたら怪しいものがあるけど、だからといって、扉がいつまで出現しているかも怪しいもんだよね」と答えたのはミルだ。
続けて「可憐は、どう思う?」と話を振ったのと、エリーヌが「きゃあ!」と悲鳴を上げたのは、ほぼ同時で。
何事かと見てみれば、突如開いた襖にエリーヌが吸い込まれようとしている処であった。
「エリーヌ姫!」と叫んだミラーが手を伸ばすも一歩遅く、エリーヌを飲み込んだ襖はピシャッと鼻先で閉まってしまう。
「な、なんなのよ、これ!あたし達に入るか否かの選択権も与えないつもり!?」
金切り声でブチキレるアンナを制し、クラウンが襖へ手をかける。
「言っている場合じゃない。エリーヌを助けにいくぞ」
「う、うんっ」と可憐も頷き、クラウンの後ろにぴったりくっついた。
「真っ先に助けにいこうだなんて言い出すってことはぁ、クラウンってばエリーヌのことが大好きなんだね!やだぁ、ラブラブッ」
なにやら場違いなアルマの発言も聞こえてきたが、突っ込んでいる暇はない。
「待てよ、全員で行くのか!?」と聞き返すシズルへは、振り返らずにクラウンが答えた。
「無理強いはしない。試練を受ける覚悟がある者だけ、ついてくるといい」
「ボクも、いくよ!エリーヌを見捨てるなんて絶対に出来ないし、さっさと戦争を終わらせたいからね」
可憐の後ろにミルもくっついて、一行は数珠つなぎとなって、襖の中へ雪崩れ込む。
「頑張ってください、お気をつけて!」と仁礼尼の応援を背中に聞いたのが、可憐の意識が途切れる一歩手前までの記憶だった。
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