チートスキル、確認!点呼開始ィ〜

可憐一行は荷車に揺られて、仁礼尼のいる鎮守神社へと戻ってきた。
始終ガタガタ揺れる荷車の上で、何度となく舌を噛みそうになりながら、カーブを曲がるたびに振り落とされそうになるのを必死でしがみついての帰路である。
辿り着く頃にはクラウンとクラマラス、それからバトローダー達を除いた全員が、ぐったりしてしまった。
「……だから飛行機で行こうって言ったんだよぉ」
如何にもだるそうなミルの横で、あからさまな疲労を浮かべた刃が謝罪する。
「申し訳ありません。ですが、ここに飛行機を着陸させるのも至難の業かと判断致しまして」
鎮守神社が建つ山頂は狭い。
神社の周りを囲むのは、鬱蒼と生い茂る森林だ。
こんな処に飛行機を着陸させたら、周辺の木々は根こそぎ吹っ飛ばされる。
荷車を移動手段に選んだシズルの判断は、正解だ。
ただ、その移動手段が、もっと快適な乗り物であれば良かった。
「人間ってなぁ、貧弱だねぇ。この程度の山道でグロッキーになるなんざ」
バトローダーの一人、サイファが煽ってきたので、間髪入れずにキースもやり返す。
「お前ら人工生命体と一緒にされては困るぞ。俺達人間はナイーヴなんだ。そう、お前らの司令官である刃様だって、ごらんのとおりにグロッキーなわけだが」
「白羽司令は、いいんだ。だって司令だからね」
サイファは笑い、ちらりとお疲れ気味な司令官を見やる。
「司令は現場で戦わない。だから、華奢でも問題ないんだ。けど、お前らは違うだろ?あたし達と同じ、現場で戦う軍人だ」
「軍人じゃない人のことも、たまには思い出してくださぁ〜い……」と呟いたのは、青白い顔で俯いたミラーだ。
今にも吐きそうな顔色だが、青白くなったのは彼女ばかりではない。
ドラストやアンナも気分がすぐれないのか、下向き加減である。
ジャッカーは既にゲロを二回ばかりぶちまけており、お腹まで空いてきた。
「夕餉を食べさせてくれると嬉しいんだけどなぁ」
ミルの図々しいぼやきも聞こえてきたが、エリーヌは、さらりと無視して可憐を促した。
「カレン様、山の天気は変わりやすいと聞きます。急いで仁礼尼様とお会いしましょう」
気になるのは天気ばかりではない。
外で休むよりは、建物の中で休ませてもらったほうが、より安全であろう。
やはり顔色のすぐれないエリーヌへ、可憐はウンと無言で頷くのが精一杯だった。
ヤバイ、一言でも話したら、ゲロをぶちまけてしまいそうだ。
だがイケメンの名にかけて、美少女たちの目前でのゲロまみれだけは阻止せねば。
さっさと歩いていくクラウンを追いかけて、神社の戸を開けた。


戸口で待ち構えていた仁礼尼に案内されて、一行は以前にも通された大部屋に腰を下ろす。
皆の体調が回復してから、ようやく本題に入った。
「ようこそ、皆様。お待ちしておりました」
仁礼尼は、改めて正座で首を垂れる。
「お待ちしていたって、また例の千里眼でボクたちの動きを見ていたのかい?」
尋ねるミルへ頷くと、仁礼尼は全員の顔を見渡した。
「えぇ、あなた方が無事に白羽様とお会いできるまでは見通しておりましたから。しかし、その後奇襲された都の救出に行かれたのには、驚かされました」
彼女が視た未来とは異なる展開だったようだ。
「あたし達が首都を見捨てた未来があったってコト?ありえないよ!」
さっそく噛みついてくるアルマへは「違います」と否定し、仁礼尼の視線が可憐を捉える。
「首都が襲撃される――それ自体が新しく起きた出来事だったのです」
「そ、それって、どういう」
狼狽える可憐をまっすぐ見つめて、仁礼尼は言う。
「私が視た未来では、アナゼリア大尉が目覚めることは一生なかった……ですが、彼女を目覚めさせた者がいたのです。そのせいで、未来が大きく変わってしまいました」
「え、アナゼリア大尉が一生目覚めなかったって、どうしてそんな酷い事に?」
アンナの素朴な疑問へ被せるようにして、キースが殊更大声で吠えた。
「一体誰なんだ?俺の眠り薬を破る奴が、セルーン軍にいるとは到底思えんのだが」
仁礼尼は頷き、視線を可憐からキースへ移す。
「えぇ、その者はセルーン人ではありません。セルーン軍に拉致されて長い年月、投獄されていたイルミ人……名を、イルーニャ=セレフトパレス」
「なんだって!?」と叫んだのは、ドラストだ。
「知っているのか?ドラスト」と尋ねる可憐へ勢いよく頷くと、驚愕の眼差しで語り出す。
「数々の偉業を達成した天才薬剤師だ。万能治療薬から即効性の毒薬まで、彼に作れない薬はない。だが、セルーンとの戦いを最後に行方知れずとなっていたのだ……てっきり討ち死にしたのだとばかり思われていたが、まさか囚われの身になっていようとは」
「彼が行方不明になった時、イルミ軍は探しに行かなかったんですか?」とはミラーの質問だが、ドラストは即座に首を真横に振る。
「彼が消息不明となったのは海上なんだ。乗っていた船が撃沈させられて……砲弾の飛び交う場所で沈没すれば、死んだと思われるのも当然だろう?」
皆々が納得する中、話の続きをナナが促す。
「それで大尉の眠りを覚ますと、なんで未来が変わっちゃうの?」
「セルーンで召喚術の基礎を知るのが、アナゼリアただ一人だからです」と答え、仁礼尼もナナを見据える。
「セルーン人にしては魔力が高い……そう感じたことは、ありませんでしたか?これまでアナゼリアと接してきて」
と聞かれても、下っ端兵士のナナが大尉と直接接触する機会は滅多にない。
第九小隊の直属の上司はエウゼンデッヘ少尉だし、アナゼリア大尉の魔力が高いかどうかなんて、気にしたこともなかった。
「彼女は、天満の花を持っています」
突然聞き慣れない言葉が仁礼尼の口から紡ぎ出され、可憐はキョトンとなる。
言葉の意味を尋ねる前に、ミルが可憐の聞きたいことを全部しゃべってくれた。
「それで大尉は召喚術を使えるのか、納得だよ。あぁ可憐、天満の花ってのは魔力の源だ。この能力を持つ人は、魔法を使うのに適しているんだ」
「え、じゃあ」と可憐がドラストを見やると、彼女も「あぁ、そうだ。カレン、私も天満の花持ちだ。イルミ人として生まれた者は、全員持っているのだがな」と答えた。
サイサンダラには、可憐が予想しているよりも、ずっとずっとチートスキル能力者は多いのであろうか。
しかし誰も彼もが能力持ちってんじゃ、チートのすごさも霞んでくる。
そんなふうに考えていたら、仁礼尼と目があって、彼女には微笑まれた。
「何を考えておられるのか、当ててみましょうか?可憐様。サイサンダラには能力持ちがいっぱいいるけど、全員が生まれつき持っているのかなぁ……と、お考えなのではありませんか?」
千里眼持ちでも、可憐が今考えていることまでは、見通せないようだ。
全く考えてもいなかったが、逆に興味をそそられて可憐は尋ねてみた。
「仁礼尼、君は銅間の鏡だっけ。んでクラウンは魔導の目、ジャッカーは鷹の指だったよね、確か。これの他にも能力ってあるのか?」
「もちろんございますとも!えぇ、サイサンダラでは、全ての者が何かしらの能力を持って生まれてくるのです」
仁礼尼は嬉しそうにパンと手を叩き、ただしと注釈を付け加える。
「本人が自覚していないと、能力は一生埋もれたままになってしまいますけれども。能力の開花は人それぞれでございましょう。私の場合は自然と視えたのでございます」
では、自覚していないだけでミラーやアンナにも能力があるのか。
ちらっと可憐に視線を送られて、慌ててミラーが両手を振る。
「あ、あの、そんな期待に満ちた目で見られても困ります。えぇと、私とアンナの能力は、クラウンさん達と比べると、すっごく地味ですから……」
「え!自覚あるんだ、能力の。どんなの!?」
先ほどよりもキラキラが増した可憐の視線に押し負けたのか、ミラーは渋々答える。
「え、と。私が算術の山、アンナは憧憬の泉です。算術の山は暗算が他の人よりちょっと早いかなってぐらいの能力で、憧憬の泉も他の人よりちょっと絵を描くのが上手いかなっていう……なんか、どこまでも地味ですみません」
申し訳なさそうに視線を外したミラーに、可憐は思わず叫び返していた。
「謝らなくていいよ!俺なんか何も能力持ってないし」
可憐はサイサンダラ人ではないから、チートなスキルなど何一つない。
いやチートどころか、人に誇れる才能そのものがない。
所詮、毎日ネットとゲームだけで遊び惚けていたニート生活だ。
それと比べたら、暗算や絵画は充分才能の一つではないか。
ホッと安堵の溜息を漏らす幼馴染に「絵が上手いんじゃないわよ」と突っ込んだのはアンナだ。
「カレン様、憧憬の泉はミラーの地味な能力と違って特殊なんですよ?」
鼻の穴を膨らませての自慢に、多少引きながら可憐は彼女を促した。
「そ、そうなんだ。じゃあ、どういう能力なのかな」
「脳裏に思い描いたものを、的確に絵で表せる能力です」
なんだ、では結局ミラーの説明でも間違っていないんじゃないか。
得意げなアンナには悪いのだが、可憐は率直に結論づけてしまった。
「可憐、フォーリンも魔導の目を持っているよ」と申告してきたのはミル。
そのミルは魔導の目と天満の花、二つの能力所持者である。
「人によっては複数の能力を所持しております。クルズの大魔法使いエリザベートは、ご存じでしょうか?あの方は、三つの能力をお持ちだそうですね」とは、仁礼尼の弁だ。
三つもチートスキルを持つ女の子供だから、ミルも二つ持ちで優秀なのか?
能力格差だと密かに考えていると、キースが可憐に話しかけてきた。
「能力アピール大会となったら、俺達も参加せねばなるまいな。聞け、カレン。俺の能力は」
「変態助平機械開発、でしょ?」
間髪入れずナナが混ぜっ返し、会話に割り込んでくる。
「イルミ人って、すごいよね。ほとんどの国民が能力を自覚しているってことでしょ?セルーンは、そういうのないから……あたしも自分がどんな能力を持っているのか知らないんだ」
「何を言うんだ!ナナたんには、むちむち健康ボディそしてデカパイという世界で最も優秀な能力が、グハァッ!
キースの戯言は言葉半ばにレンの肘鉄で終止符を打たれ、ずっと黙って皆の話を聞いていた刃が、チートスキルアピール大会をも終わらせにかかる。
「互いの能力紹介は就寝前にでもやれば宜しいでしょう。それよりも仁礼尼、市倉様の話によると御前はセルーンの統治者に会う方法を知っているとのことだが本当か?」
「えぇ、本当です」と仁礼尼は答え、こうも続けた。
「可憐様から多少お聞きになったと思いますが、一応繰り返しておきますと、セルーンの統治者と会うには池が鍵です。そして、その池はセルーンだけに現れるとは限りません。これまでにクルズ、イルミ、そしてワにも出現が確認されておりますから」
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