恩を売る作戦は、ひとまず成功……か?

可憐の足取りを追うのは簡単だった。
様子を見に来たクラマラスが、ミルを誘導してくれたのだ。
聞けば道中の護衛も彼女達がやってくれたそうで、フォーリンは何度も感謝を述べた。
「そないに、なんべんも言わんでおくれやす。うちらは仲間やさかい、仲間が仲間を助けるのは当たり前やわぁ」
おっとり流すクラマラスを見、クラウンがミルに囁いた。
「あんたも、あれぐらいの器量を見せればカレンも心を開くはずだ」
「判ってるよぉ」
ぷぅと頬を膨らませて、ミルも言い返す。
「ブヨブヨになるのは無理だけど、優しくなれってんなら、いくらでもなってやるさ」
フォーリンは今回、徒歩の登山ではない。
ミルの呼び出した召喚獣にまたがっている。だからこそ、お礼を言う余裕もあったのだ。
可憐と避難住民は、山頂ではなく途中の自然洞窟にいた。
第九小隊とドラストは別行動を取っており、そちらも何処かの自然洞窟に落ち着いたという話であった。
「ワの空軍は全員引き上げていったみたいだね。ボクらも駐屯所に引き上げなきゃ」
「この人たち、このまま洞窟に置き去りにして大丈夫かな?」と尋ねてくる可憐へは、そこまで面倒みきれないよ――と答えようとして、寸前でミルは気が変わる。
先ほど優しくすると誓ったばかりだ。住民のフォローもしてやらねばなるまい。
「じゃあ、ここに残って様子を見て、大丈夫そうなら街に戻す担当を決めるかい?」
ミルの提案に反応したのは、当の避難民たちだ。
「いや、それには及びませぬ。我らは自分で判断して山を下りますよってに。あぁ、もちろん軍のお偉方にも報告せにゃなりませんなぁ。異国の若い御方に助けられたということを」
クラウンがざっと見渡した限りでは、ワの陸軍と思しき者も多数参戦していたようだが、住民が感謝を伝えるのと下級兵士が戦況を報告するのとでは、軍部の捉え方も違ってこよう。
彼らの案に頷き、ミルが号令をかける。
「よし、じゃあボクらは予定通り下山して、ヤイバの元へ戻ろう」
もう一度ちらっと避難民を見て、この中で味方になってくれそうな人はと考えるも、戦う力がなくて逃げてきた人々を連れて行くのもどうなんだと思いなおし、可憐はスカウトを断念した。
セルーン管理者と会うための人材を探すのは、ここじゃなくていい。
どちらかというと、ワ軍の中に有能そうな人がいそうだ。
「お客人は、白羽様をご存じなので?」と住民に尋ねられ、ミルは頷く。
「うん。元々彼に会いに来たんだ、ワへは。戦争を終結させるためにね!」
堂々と住民に目的を話すミルに可憐は驚いたが、もっと驚いたのは住民の反応だった。
こんなちっこい幼女が戦争を終わらせるなどと大言壮語を吐いたのだ。
てっきり馬鹿にされるかと思いきや、住民たちは口々にミルを讃え始めた。
「おぉ……それで異国よりはるばるワへいらしたのですか。ありがたや、ありがたや」
「あなた方こそ、天が遣わした安寧の使徒に違いありますまい。なんまんだぶ」
なんと、ミルに向かって念仏を唱える者まで。
これには本人も驚いたか、テレ隠しに手をぶんぶん振って視線を外す。
「ちょ、ちょっとやめてよ、大袈裟だなぁ。まだ終結させたわけじゃないんだからね」
「ユンさん達とは、どうやって連絡を取りましょう」
エリーヌへ相談を振るミラーに混ざってきたのは、ミルを案内して来たクラマラスだ。
「ほなら、うちが呼んできたりはりまひょか?」
「いいんですか?」と恐縮するミラーへも微笑んで、「仲間ですさかい」とクラマラスは仲間を強調する。
クラマラスがひとっ飛びすれば、どこの山であろうと短時間で到着するだろう。
それじゃあと召集をお願いするミラーを横目に、可憐はひっそり考える。
空を飛べる仲間が、ここまで便利だとは想定していなかった。
それに、あそこまでクラマラスが強いとも予想していなかった。
全員一緒に行こうと誘ったのは、話し合いが平行線で決着がつきそうになかったからだ。
モンスターだが、一応話は通じる。適当にご機嫌取りしておけば大丈夫だと踏んだ。
要は、会話のできるペット感覚で誘った。
クラマラスにしても仲間を強調するあたり、仲間になれたのは相当嬉しかったと見える。
誘ってよかった、と可憐は二重の感慨にふけるのであった。


可憐一行が再び第38小隊空撃部隊へ戻ってくる頃には、別路で第九小隊も帰還しており。
改めて、一同は刃から賞賛の言葉を贈られる。
「たった数人で世界を平和にすると聞かされた時には驚きましたが、あなた方には充分戦う力があったのですね」
「戦う力は防衛用ってだけだよ」と刃の祝辞に水を差したのは、ミル。
「ボクたちの目的は、あくまでも話し合いでの終結だからね。ワが終戦を望むのであれば、残るセルーンとも対話で終戦にこぎつけてみせる」
「で、セルーンに渡るメドはついたのか?」
さらにキースが混ぜっ返し、シズルも会話に混ざってくる。
「お前らを引き渡せって要請してきた部隊と話し合うってのは、どうだ」
「ムリムリ」と即座にナナが打ち消し、肩をすくめた。
「引き渡しを要請しているのって、どうせ海軍でしょ?極悪大尉に引き渡されたりしたら、エリーヌ姫が政治利用されるだけで終わっちゃうわ」
「アナゼリア巨乳大尉なら、ぐっすりオネンネ中のはずだがな」と一応突っ込んでおいてから、キースが刃に話を振る。
「次期帝様が直々に会談の場を設けるってのは出来ないのですか?」
「セルーンは、どことも会談の場を受けつけていません。前帝が健在であった頃から」
刃は暗い表情で答え、可憐に目をやる。
「私個人の感情で言えば、停戦は大歓迎です。しかしワ軍の戦争支持派は停戦を認めようとはしないでしょう……国民も然り、全体の意志をまとめるには、やはり強敵セルーンの動きを先に止めるのが効果的と考えられます」
セルーンではワと先に和解しろと言われ、ワではセルーンと先に和解しろと言われる。
一体どうすればいいんだ!
と、早くも脳内で投げやりになった可憐とは異なり、エリーヌは賢明であった。
「仁礼尼様は、セルーンの統治者と会うには池を探せとおっしゃっておられました。池に落ちることで、統治者へ会うための道が開かれるのだそうです」
「池に、落ちる?」
ワの軍人は揃ってポカンとしている。
それもそうだろう。仁礼尼経由だとはいえ、突拍子もない話だ。
話についてこられない人々を前に、エリーヌは聞き伝えの情報を語る。
「池に落ちるだけでは突破できないとも申されていました。統治者と会う為の試練を突破するには、それに見合う人材が必要なのだとか」
「池、池、ねぇ……それはセルーン領での池なのか?」
眉根を寄せてシズルが尋ねてくるのへは、「たぶん」とアンナが頷いた。
「セルーンの統治者に会うんですから、ワで落ちても意味がないんじゃないですか」
しかし、仁礼尼は何処の領土とまでは言っていなかったように可憐は記憶している。
ただ、池だとしか。そして、扉を見つけたのがセルーン人だけだとも言っていなかった。
「たぶんじゃ駄目だろ。確実な情報じゃなきゃ」
駄目出しするシズルへ「そこは、もう一度会って確かめないと」と可憐が持ち掛けると、刃も話に乗ってくる。
「仁礼尼の情報提供であれば、内容は確実でしょう。もう一度会って確認するのは、ご賢明な判断です。我々も同行しましょう」
即座に「危険です!!」と何を案じているのか大声で制止してくる宗像には厳しい目を向けて、刃は制止をはねのけた。
「彼らはワの同志を救ってくれた恩人だ。護衛は必要だろう」
「ですが、そいつらは物の怪を飼い慣らしておるではありませんか!」
宗像が指を差したのはクラマラスだ。
「あれは護衛も兼ねておるようですし、司令が同行する必要などッ」と叫ぶ声と重なって、ジャッカーが声を張り上げる。
「物の怪やあらへん!クラマラスはウチらの仲間やぞ!!仲間を侮辱するんやったら容赦せんで、オッサン!」
彼女の激怒に驚いたのは、怒鳴られた宗像だけではない。
刃やシズル、ワの住民はもちろんのこと、アンナやミラー、可憐もだ。
皆、クラマラスはモンスター、物の怪という認識で受け止めていた。
ジャッカーにしてみたら違ったのか。
鼻息の荒い彼女に、黒炎が微笑む。
「あんさんは、うちらを仲間だと認めてくれはってたんやなぁ」
「そらそうやろ」と、同じ訛りでジャッカーが返す。
「仲間に加わった瞬間から、あんさんらはモンスターやのうなった。ウチらの仲間や」
都合のいいペット扱いしていた自分を恥じると同時に、そういやジャッカーはなんでクルズ人なのにワ出身のクラマラスと同じ方言なのかと今更になって可憐は疑問に思ったりもしたのだが、質問する時間は彼に与えられなかった。
「……クラマラスは人間と自分達を区別していないって、現地のクラマラスも言ってました」
ぼそっと呟くレンに、皆の視線が集中する。
「本当に世界を平和にするのでしたら、異種族も視野に入れないとまずいのでは?」
「だが、その前に同種同士での和解が先だ」
キースが仕切り直し、全員の顔を見渡す。
「ひとまず次の指針は仁礼尼に確認を取る、でいいんだな」
「その通りだ」とミルも頷き、仲間を促した。
「ここから戦闘機で飛べば、すぐつくだろ。お願いしてもいいかい?」
「あんな山奥に戦闘機の着陸できる場所があるかよ」とシズルが混ぜっ返し、手招きする。
「飛行機を使わんでも、荷車をぶっ飛ばせば山道なんて軽い軽い」
「荷車ぁ?君、正気かい?荷車で山道を走ったら、谷底に転げ落ちるじゃないか」
今度はミルから罵声が飛んできて、シズルも眉間に縦皺を寄せて反論した。
「そいつは馬や牛で疾走した場合だろ。うちの荷車は牛馬より賢い奴が引っ張るから安心しな」
一体どんな方法で荷車を引っ張るのかと思えば、荷車を見れば一目瞭然で。
なんと荷車の先頭にはバトローダー総勢六名がベルトでくくりつけられており、どうやら彼女達が引っ張り手であるらしい。
「がんがん引っ張ってやっから、安心しな!」
荷馬車扱いに誰一人不満を持っておらず、むしろ誇らしげだ。
「だ、大丈夫なんですか?この子達って、飛行機乗りが専門なんじゃ」
却ってレンたちが委縮する中、シズルは鼻高々に宣言した。
「人工生命体の馬力をナメんなよ。連日戦い続けられる体力が、こいつらにはあるんだ。荷車を引っ張るぐらい、どうってこたぁねぇ」
家畜と違って命令に背いたり間違うこともないから安全だと諭され、全員が荷車に乗り込む。
「ハイヨー!」と勢いのあるシズルの号令で、荷車は勢いよく出発した。
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