ミルのヒミツ

今は住民が全て山中に避難しており、店も宿も機能していない。
湖は街の外れに、ひっそりと存在していた。
本来は隠れた行楽スポットで水浴びの場ではなかろうが、宿が開いていない以上、ここを使わせてもらうしかない。
「二人が先に体を洗ってくれ。俺は向こうで待っている」
踵を返したクラウンを呼び止めたのは、ミルだ。
「待って。別々に浴びるのは時間がもったいないし、一緒に浴びようよ」
「いや、しかし俺に裸を見られるのは嫌だろう?」とクラウンが聞き返してくるのにも、ミルは平然と答えた。
「平気だよ、君になら。だってボクは君を信頼するって決めたんだからね」
幼女とはいえ、ミルは女だ。フォーリンに至っては妙齢の女性である。
いくら本人が平気だと言っても、こちらに抵抗がある。
クラウンが黙っていると、フォーリンも声をかけてきた。
「あ、あの、私は離れた場所で入りますから、ミルとクラウンさんとでご一緒にどうぞ」
フォーリンには一応恥じらいがあったようだが、どうあってもミルは一緒なのか。
「男と一緒に水浴びするのは恥ずかしくないのか?」
もう一度本人に確認を取ると、ミルはクラウンを見上げて予想外の返事を放ってきた。
「恥ずかしくないっていうか、恥ずかしがる必要は、もうなくなったんだ。だって君は疑っているんだろ?ボクの本性を。だったら、そろそろ教えてもいいかなって」
なおも沈黙するクラウンの前で、訥々と語り出す。
「君も魔導の目を持っているんだってね。可憐から聞いたよ。ヤバイと思ったんだ、仲間内に魔導の目持ちが来るのは想定していなかったからね。仁礼尼と会ったことで、君は、ますます疑ったんじゃないかな、ボクの本性を」
ふぅっと溜息を一つ吐き出して、ミルは告白を締めくくる。
「一緒に旅をして判ったんだ。君は悪い奴じゃない、信頼のおける仲間だって。だから、君にはボクの本性を教える気になった」
あっさり仲間に加えたと思っていたら、その実、品定めをされていたようだ。
だが、それと一緒に水浴びをするのとが、どう繋がるのか。
黙って様子を見守るクラウンの前で、ミルが小さく呪文を唱える。

変化は、すぐに表れた。

背がぐんぐん伸びて、短い巻き毛だった長さの髪も背中まで伸びて。
ずるずるの長いローブをまとったミルが、にっこり笑ってクラウンと目線を併せる。
「これが本当のボクさ。どうだい、驚いた?」
本性を隠しているとは疑ったが、ここまで違うとも思っていなかったクラウンは唖然となる。
成長した胸はまっ平らで、女性ならば大なり小なり多少はあるはずの膨らみがない。
肩幅も女性にしては広く、喉には喉仏が現れており、年の頃は十代後半ぐらいに見える。
ゆうに数分経過してから「男だったのか!?」と驚く彼に満足したのか、ミルは大きく頷いた。
「そうとも。幼女を偽装していたのは、そのほうが情報を集めやすいと感じたからさ。子供、それも少女だと年上は男も女も優しくしてくれるしね。でも、後悔したよ。君が、あんなに可憐と仲良くなれるんだったら、ボクも最初から男として会っておけばよかったって」
僅かばかりに表情が曇ったので、オヤ?となってクラウンがミルを伺うと、ミルは、はぁーっと今度は大きく溜息をついて愚痴りだす。
「いや、ね?恋人じゃなくて友達になりたかったんだよ、可憐とは。なのに、いきなり恋人になれとかさぁ……しかも幼女の姿をしたボクにだよ!?無茶ぶりすぎるよね。可憐は綺麗だから恋人でもいっかな?ってチラッと思っちゃった時もあったけど、あの性格でしょ?ナイナイ、やっぱ可憐とは友達がベストポジションだよ」
「なら、何故すぐ本性をカレンに教えなかったんだ?」と尋ねるクラウンをジト目で睨み、ミルが言い返す。
「言おうと思ったよ、何度も。けど、そのたびに新しい仲間が入ってきて、そいつが信用できるかどうかも判らないのに本性を出せるわけないじゃないか」
しかも新しい仲間は、ほとんどが女性だ。
なるほど、これまでずっと幼女だとばかり安心して部屋も風呂も一緒だった相手が実は青年だったと判れば、今後の信頼にヒビが入るのは間違いない。
クラウンにだけ教える気になったのは、口の堅さと魔導の目持ち、そして男性である点を重視しての判断だろう。
「世界が平和になって、しばらくしたら……全員にカミングアウトしようと思っている。だから、それまでは可憐にも内緒にしといてもらえるかな」
眉根を下げてお願いされずとも、最初から吹聴する気はない。
クラウンはコクリと頷き、ミルを促した。
「男なら文句はない。水浴びしたら、カレン達と合流しよう」
ついでに、ちらりと遠目にフォーリンの様子を伺うクラウンに、ミルが突っ込んでくる。
「あぁ、彼女も知っているよ、ボクの本性を。知ってるはずなんだけど、でも、なんでか、いつもボクを女の子扱いしてくるんだよねぇ。擬態を取っていても、いなくても……」
言葉尻には、不満と疑問を含みながら。


フォーリンに背を向ける形で、クラウンとミルは服を脱いで水に入る。
多少冷たくはあったが、凍える程でもない。
クラウンが腕や胸に水をかけていると、「ふわ〜」と感嘆の声を上げて、ミルが近寄ってくる。
「どうした?」
「間近で見ると、すごい筋肉だな〜と思って!ね、ね、触っていい?」
幼女を偽装していた頃は全く無関心と見えたのに、本当はこちらの身体に興味津々だったのか。
許可した途端、ミルはペタペタ触れてくる。
本性の彼はクラウンより頭一個分低く、大体、可憐と同じぐらいの身長ではあるまいか。
可憐は二十九歳だと言っていた。クラウンより六つ年上である。
ミルは、幾つぐらいなのだろう?見た目は十代後半なのだが。
「ふえ〜、どうやれば、ここまでマッスルになれるの?やっぱ日々の特訓の成果?ボクも毎日君がやったのと同じトレーニングで鍛えたら、君と同じぐらいのマッスルになれるかなぁ」
本性に戻ったミルは、やたら饒舌だ。
元々口数は多いほうだが半分以上は毒か必要事項で、無駄話をしない印象があった。
三人しかいない、それも本性に戻ったとあって、ミルもリラックスしているのかもしれない。
「筋肉質になりたいのか?しかしミルは召喚師だろう。召喚師に筋肉は」
決めつけてくるクラウンにムッとなって、ミルが反論する。
「いいだろ、術師がマッスルになったって!男の細腕を馬鹿にする奴は、これまでに街でいっぱい見てきたからね。馬鹿にされる前に鍛えておくんだ」
ミルは男性にしては、ほっそりしており、色白できめ細かな肌だ。
このままでもいいと思うのだが、本人が鍛えたがっているのを無理に辞めさせる必要もない。
クラウンはボソリと助言する。
「鍛えたいのであれば、召喚獣を使わず徒歩で移動すればいい」
うっかり「うへぇ」と本音で呻きを漏らし、ミルは背筋をしゃんと伸ばす。
「い、いや、それでマッスルになれるんだったら、なんだってやってやるさ!」
「いい心がけだ」
クラウンに柔らかく微笑まれ、ミルは驚きに目を見張った後、視線を逸らしてブツブツぼやく。
「……ずるいや。いつもは仏頂面なのに、そんなふうに笑うこともできるだなんて。その笑顔でエリーヌだけじゃなく可憐まで虜にしたんだな」
「虜にした覚えはない」と本人の否定を食らっても、構わず内面の愚痴をぶつけてきた。
「しただろ。じゃなかったら、なんで可憐は君にベッタリなんだ?ボクとは、ボクから誘わないと買い物にもついてきてくれないのにっ。ボクだって本当は可憐といっぱい話したいんだ。なのに可憐ってば、君とばっかり話しててさァ。ボクのことなんか、もう、どうでもよくなっちゃったんだね」
まさか、ミルが可憐とクラウンの友情に嫉妬していたとは思いもよらなかった。
二、三秒ほどポカーンとしてしまったクラウンは、馬鹿正直に頭を下げる。
「それは、すまなかった」
「すまないと思っているならさ、ボクと可憐が仲良くできる方法を考えてよ」
無茶ぶりされて、これまた真面目に考えたクラウンは今し方思いついた案を話してみる。
「擬態のままでか?なら、カレンの望みをかなえてやるといい」
「可憐の望み?って、なんだっけ」
今更ながらに、とぼけたことを抜かすミルに言ってやった。
「恋人が欲しいそうだ。探すか、知人を差し出すか、或いはあんた自身が恋人に」
「わ〜〜〜!それはナシだろッ。よし、フォーリンを人身御供に出そう!!」
「ちょ、ちょっとミルゥ!?勝手に話を進めないでくださぁい!」
ミルのトンデモ斜め上案には、フォーリンも黙っていられずマッタをかける。
離れた場所で後ろを向いたまま乱入してくるとは、さてはずっと聞き耳を立てていたのか。
「うるさいな!可憐はブヨブヨのデブが好きなんだ。フォーリンなら、ちょうどいいだろ!?」
「デブってません!胸が人より、ちょっと大きいだけですぅ!!」
ちょっとのボーダーには疑問だが、もっと疑問に思うのは。
二人の口喧嘩に挟まる形で、クラウンは彼女のほうを見ずにフォーリンへ尋ねた。
「フォーリンはカレンが嫌いなのか?もし嫌いでなかったら、カレンの恋人になってほしい」
「ななな、なんで私なんですか!?ミルじゃ駄目なんですか?」
声が滅茶苦茶動揺している。
見なくても判る、顔を真っ赤にしているであろう彼女の様子が。
「だから言ってるだろ!ボクは可憐と、恋人じゃなくて友達になりたいんだ!!」
癇癪を起こすミルの隣で、クラウンは淡々と答えた。
「前に尋ねた時、彼は言っていた。仲間内では、フォーリンが一番好きだと」
場は一瞬にして静まり返る。
やがてぽつりと呟いたミルの一言には、フォーリンが即座に反応した。
「え……そこまでブヨブヨのデブが好きだったんだ……」
「デブじゃないです!?」
重要な内容を伝えたというのに、そこだけなのか、反応するのは。
――これは脈なしか。
だが、可憐は巨乳が大好きなのだ。
エリーヌやミラーではサイズが足りない。
かといって、セルーンやイルミで途中参戦した女性は可憐に興味がなさそうである。
仕方ない。恋人斡旋作戦は保留にしよう。
「ひとまず、毒を吐くのをやめるだけでもカレンは好意的になるだろう」
クラウンの助言そのニに「え〜?別にボク、毒を吐いた覚えはないんだけど……」と口答えした後、ミルも今の話を一旦終わりにした。
服に着替えてから、再び呪文を唱えて幼女の姿に戻る。
「それより汗を落として、すっきりしたんだ。早く可憐と合流しなきゃ!」
それにはクラウンも同感だ。
彼らが山へ住民を避難誘導してから、だいぶ時間が経っている。
山には野生のモンスターも生息していよう。けして安全な場所ではない。
「急ごう」
ミルとクラウンは走り出し、その後ろにくっついてモタモタ着替えながら「ま、まって下さぁぁぁい〜!」とフォーリンも慌てて追いかけた。
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