山岳攻防

山へ民を誘導しても、そこで戦いが終わるとは限らず。
途中で怪物に道を塞がされた可憐達は、クラマラスの援護で先を急いでいた。
「そ、それにしても」と息を切らせながらジャッカーが言う。
「クラマラスはんて、あないに強かったんやなぁ」
「伊達にモンスターではないってことですね」とアンナも相槌をうち、後ろを振り返る。
後方ではクラマラスが一人、一手に怪物退治を引き受けて縦横無尽の活躍だ。
手にした団扇を仰ぐたびに、怪物が面白いように吹き飛ばされる。
「あんなに強いんだったら、セルーンでも活躍してもらえれば」
今更な相棒のぼやきを聞き流し、ミラーはついてくる民を先導する。
「さぁ皆さん、慌て過ぎずしっかりと歩きながら私達についてきてください!」
向かうのは山頂ではない。山の中腹にある人工洞窟だ。
民の一人が教えてくれたのだ、ワの国の山には、そうした洞窟が幾つもあると。
かつては他国の空襲を避ける為の防空壕として使われていたらしい。
バトローダーの量産が整い戦況が逆転してからは、放置されて久しかった。
辺境の民は辺境だから、のんびりしていたのではない。
奥地まで攻め込まれなくなったが故の平和だ。
それは都心部でも同じことで、久々の避難に、どの顔も不安で落ち着きがない。
「なんなんじゃろうか、あの異形の怪物は」
声を潜めて尋ねてくる民に、可憐も首をかしげて応答する。
「判らないです。でも、危険な感じがしました」
ワ国民の反応を見た限り、モンスターが攻めてくる事態はサイサンダラでは珍しいのだろう。
思えばクルズでも、モンスターに遭遇したのは数回しかない。
剣と魔法のファンタジー世界でありながら、ここでの争いは国同士の人間戦争がメインだ。
せっかくの剣も魔法も人殺しの為に作られたのかと考えると、残念な異世界だ。
もっとも、可憐が前にいた世界だって戦争面で言うなれば、ここと大差ない。
核爆弾も銃も戦闘機も、人を殺すために作られた兵器だ。
慌てず騒がす、しっかりと大地を踏みしめて傾斜を登っていく。
足は前に進みながら、そういや自分達の仲間になったクラマラスは、どうしてワを出て行ってしまったんだろうと可憐は朧気に考えた。


山へ避難したのは可憐の率いるグループ一つだけではない。
ユン達、第七小隊も可憐とは別途グループを組んで、民の先導に当たっていた。
こちらはクラマラスの護衛なしでの登山だから、当然行く手を阻むモンスターの相手は第九小隊の役目となる。
「くそ、こんなことなら銃をめいっぱいかっぱらってくるんだったぜ」
ぶつぶつ愚痴るカネジョーを、ぎゅぅっと抱きしめてセーラが励ます。
「あぁん、カネジョーくん。怖いんだったら私に甘えて?胸元にスリスリしてくれたってかまわないのよぉ〜!」
「うるせぇ、ウゼェ!前が見えねーだろうがッ、放せ!!」
滅茶苦茶暴れるカネジョーと、放す気のないセーラを横目に、ユンとキースは民の盾となるべく位置で身構える。
「カネジョーの言うとおりだ。銃もナイフもなしで、俺達はどうやってこいつらと戦うつもりだったんだ?」
キースの文句に「勢いで出てきた今、何を言っても虚しいだけだ」とユンも現実で切り返す。
手ぶらの彼らにドラストが同行していたのは、不幸中の幸いであった。
彼女の魔法は森林でも問題なく威力を発揮し、次々モンスターを氷の彫像に変えていく。
「退治は私に任せて前進しろ!後ろは気にするな、防空壕を目指して駆けのぼれ!」
ドラストの檄に背中を押される形で、民もろとも全員の登山スピードが上がる。
バキボキと地に落ちた小枝を踏みつぶし、草に足のあちこちを切り刻まれながら、しかし文句を言う民は一人もいない。
彼らも判っているのだ。今が、どれだけ緊急事態なのかを。
「恐ろしい、恐ろしい……なんまんだぶ、なんまんだぶ」
呪詛のように呟きながら念仏を唱える爺さんは、キースが抱きかかえあげた。
「よーし、念仏を唱えるのは洞窟に到着してからにしろ爺さん。急げないなら俺が担いでやる。他の奴も疲れたら言えよ?俺の仲間がオンブしてでも、つれていってやるから」
戦えないなら、誘導で頑張るしかない。
ナナやレンは男性軍人より非力とはいえ、民間人よりはパワーがある。
足腰の弱い老人や、体力のない子供たちの手を引き、山道を急ぐ。
一行の前に回り込むようにして、ふわりとモンスターがまた一匹、降り立った。
「もーっ、しつこいなぁ!いい加減にしないと、ぶん殴るわよ!?」
ナナが威嚇しても全然臆せず、モンスターは口の端を歪めて笑うだけだ。
「ナナたんは怒っても可愛いからな、仕方あるまい」
斜め上方向に納得しているキースはさておき、ドラストを置いてきてしまったが故に戦える者が一人もいない。大ピンチだ。
「クラマラスー!近くにいるなら、助けてくださーい!」
恥も外聞もなくレンが大声で空に向かって叫んだ時、救いの手が差し伸べられた。
さぁーっと勢いよく降りてきた黒い影が、ぶわっと団扇を一仰ぎした途端、強烈な風が巻き起こり、モンスターを一撃のもとに吹き飛ばしてしまったのだ。
これには第九小隊全員ポカーンとなり、振り返ったクラマラスへの挨拶も遅れた。
「なんや、うちを呼ばはる声が聞こえよったから舞い降りてみれば、面妖な格好のお人が沢山……あんさんらは、何者どす?」
しかも初めて会ったかのような挨拶をされて、レンやナナにも動揺が走る。
「え……?あたし達はカレンさんの仲間になった、セルーンの元軍人だよ」
「カレンはん?誰どす、それ」
首を傾けられても、こちらだって困惑してしまう。
クラマラス軍団は全員可憐の仲間かと認識していたが、違うのか。
「うちは、このお山を守るクラマラス、名は天童と申します。あんさんらの知るカレンはんゆう御方は、クラマラスの誰かと仲ようなりはったんやね。あいにく、うちは、その御方を知りまへん。けど、うちのお山で助けを求める声があったら、駆けつけなあきまへんなぁ」
なんと、彼女は現地のクラマラスであった。
野生のモンスターが人間に手を貸すとは、思ってもみなかった。
そう突っ込むレンに、天童は笑う。
「あんさんらは、うちらを見ると、すぅぐモンスターゆわはりますけど、うちらとあんさんが違うのは種族だけよってに。助けを呼ぶ声があったら、助けなあかんのと違います?」
ワ国のモンスターは、人間と敵対していないのか。
ますます驚きでレンの目は点になる。
セルーンはモンスターと呼ばれる野生の生物が数多く存在し、陸地でも海洋でも人間に害をなすため、毎月一斉モンスター殲滅作戦と称して、全軍あげての退治活動が行われている。
国が違えばモンスターの扱いも違ってくるのかとレンが感心していると、背後からは怯える民の声が聞こえてきて、二度えっ?となった。
「や、山の怪奇じゃ……物の怪が人前に出てきよるとは……」
「いよいよもって世の末じゃぁ……なんまんだぶ、なんまんだぶ」
怯える現地人、驚く第九小隊を見比べて、クラマラスは肩をすくめる真似をする。
「うちらは種の違いを意識しておりまへん。けど、あんさんら人間は種が違うただけで、このザマや。助けても化物呼ばれて迫害される……ほんまに化物なんは、どっちやろねぇ」
ぽつりと呟いたのを最後に、ふわっと舞い上がると、呼び止める暇もなく野生のクラマラスは飛び去って行ってしまった。
「あ、まだお礼を言ってなかったのに……」
残念そうなナナの肩をポンと軽く叩き、ユンが促す。
「次に会えた時でいい。今は避難誘導が先だ」
散々モンスター扱いという無礼な真似を現地人がしてしまったのに、次に会える機会なんてあるのだろうか。
レンはそう思ったのだが、さすがに隊長相手じゃ声に出して突っ込むわけにもいかず、彼の言うとおり民の先導を再開した。
ただし立ち去る間際、空に向かって、ぺこりと会釈するのだけは忘れずに。


次から次へと襲い掛かってきていた怪物も、ついに切れ目が見えてきた。
戦い始めの頃は圧倒的な数の前に終わるのかどうか不安になったものの、片っ端から撃ち落としているうちに、目に見えて数が減ってきた。
「よーし、あとちょっと!頑張ろう、みんな」
アルマの檄に、各戦闘機が応える。
『油断は禁物だよ、アルマ!』
『当然、この戦いでもMVP争いは健在ですわよね、司令』
『ミラ、今はそんな時じゃないから……あ、でもモチベは大切?』
地上では、あちこち煙が立ち登っているが、こちらも終結に向かいつつある。
首都に残って戦っていたクラウンとミルにも、朧気に肌で感じ取れていた。
「無事に逃げられたかな、可憐」
額に浮かんだ汗を拭き、ぽつりとミルが呟くのへは、無言の頷きでクラウンが返す。
「クラマラスさんも一緒ですし、きっと大丈夫ですよ」
同行していたフォーリンも力強く頷くのへは、ジト目でミルが嫌味を放ってくる。
「そうだね、最初から最後まで何の役にも立たなかったキミよりは役に立っているだろうね」
思わぬ反撃に「あ、あうぅぅ」と涙目になるフォーリンを慰めるでもなく放置して、クラウンは辺りを見渡した。
ここはワ国首都だそうだが、宮廷らしき建物が見当たらない。
辺境よりは栄えている。だがクルズの首都と比べると、断然田舎だ。
モンスターに襲撃されたせいもあってか、閑散とした印象が否めない。
――そもそも。
首都に軍隊は配置されていなかったのか。
慌てて空軍や陸軍を全召集した点を考えても、きっとそうなのだろう。
バトローダーの量産で押し返したとはいえ、他国の魔術を侮っていたのは迂闊である。
「ほら、いつまで泣いているんだい。さっさと宿を探して、お風呂に入ろう」
涙目で座り込むフォーリンを急き立てるミルの声で、物思いに沈んでいたクラウンは我に返る。
ずっと戦い通しでいたから、自分も返り血でベタベタだ。
ミルは、さっきからさかんに汗を拭っている。
「ワってクルズより暑くない?ボク、もう汗でベタベタなんだけど」
「うぅ、言われてみれば私も汗びっしょりですぅ〜」
「へー、何もしていないのに?じゃあ、やっぱり暑いんだ、ココ」
これ以上ミルの嫌味でフォーリンが虐められるのを眺めている必要は、あるまい。
空を見上げると、ワ国の空軍部隊が次々帰還していく。
空には既に、モンスターの姿が一匹も見当たらない。
空部隊が帰還するのであれば、陸も同じだ。
民の避難は完了し、危機も去ったと見ていい。召喚術もネタギレか。
ミルとフォーリンの二人を促してクラウンは最後の見回りを行ったのちに、宿ではなく、綺麗な湖を見つけて腰を落ち着けた。
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