異形の襲来

ワ国第38小隊空撃部隊の駐屯地を訪れた可憐は、ワ国の首都が襲撃されたニュースを知る。
おたつく彼の前に現れたのは、セルーンで船を沈められた際、消息不明になっていたクラマラス軍団であった。
「黒炎!無事だったんだ」
再会を喜ぶ可憐に、長の黒炎が微笑み返す。
「あの程度で、うちらが死ぬと思うとりましたん?さ、それより首都へ急ぐんでっしゃろ。うちらに掴まってつかぁさい」
勝手の判らない飛行機よりはクラマラスに抱きかかえられて飛んだほうが、まだ安全であろう。
しかし、戦場へ向かうこと自体が危険である。
黒炎に掴まろうとして、もう一度可憐は考える。自分が行って、何になる?
クラウンも同じ考えだったのか、クラマラスへ掴まる前に声をかけてきた。
「カレン。お前は、ここに残れ。俺達だけで様子見してくる」
「え、でも」
ここに一人で残されるのも不安だ。
可憐が悩んでいる間にも、バトローダーは次々と戦闘機に乗り込み、離陸していく。
「可憐、きみとフォーリンは留守番だ」とミルにも言われ、二人揃って「えっ!?」と声をあげた。
「そんな、嫌です!ミル、あなたと離れ離れになるのは」
涙目のフォーリンをジト目で眺め、「戦えない奴がくるほうが迷惑だよ」とミルは素っ気ない。
そんな彼女に可憐も反論した。
「戦える奴の他に、避難を誘導する手も必要だろ!?」
言いながら、そんなボランティア精神が自分にあったことにも驚いていた。
前の世界で暮らしていた頃はテレビで災害のニュースを聞くたび、無償で働く人を小馬鹿にしていた自分がいた。
他人の為に自分の時間を犠牲にする奴は、バカなんじゃないかと思っていた。
だが今、緊急時において、自分は馬鹿にしていた連中と同じ真似をしようとしている。
「……覚悟があるんだね?」
真っ向からミルに見据えられて、ビクビク頷く可憐とフォーリンへ、クラマラスの手が伸びる。
「なら、いきまひょ。ここに残って人質に取られても面倒やさかい」
「人質?」と聞き返すミルへ「異端分子なんでっしゃろ?カレンはんは。ここにはセルーンに引き渡そと考えとった輩もおるさかい」と、したり顔で黒炎が頷いた。
一体どこまで聞いていたのか、さては最初から話を盗み聞きしていたのかもしれない。
「いいい、いこう。首都へ」
だいぶ引け腰ではあったが、可憐はクラマラスに抱きかかえられると、ワ国の首都を目指して飛び立った。


ワの中央、金都上空――
「見えたわ!あれが襲ってきた奴らじゃない!?司令ッ」
先頭を突っ切るのは、アルマが操縦する戦闘機だ。
後部座席に刃を座らせているもんだから、彼女のテンションは普段より高めだ。
「何者か知らないけど、全部撃ち落としてやるわ!司令、見ててくださいね、あたしの活躍」
「いや、いきなり撃ち落としちゃ駄目だろ」と冷静に突っ込んできたのは、刃と共に乗り込んだ工場長のシズルだ。
「まずは何者なのか、確認を」と言いかける傍から、双眼鏡を目に当てた刃がビクッと震える。
「ど、どうしたヤイバ」
「シズル……中央を襲う敵は、戦闘機ではない」
深刻な表情とかち合い、シズルは刃の手から双眼鏡をひったくり、己の目で確認した。
遠目に見えるシルエットは、確かに戦闘機の類ではない。
もっと大きな物体だ。背中に羽根を広げ、二本ずつ手足が生えている。
生き物であった。所謂モンスターだ。
だが、クラマラスではない。クラマラスよりも邪悪な顔をしていた。
肌は黒く濁った深緑色をしていたし、頭には二本の角が突き出ており、赤い瞳が爛々と光り、口が耳元まで裂けている。これまでに見た事もない新種だ。
双眼鏡から目を離し、シズルは叫んだ。
「な、なんだこりゃあ!?なんで、こんな変なのが都上空にいるんだよ!」
「判らん、だが」
刃に促されて地上を見下ろすと、あちこちから火の手が上がっている。
上空に浮かぶ奴が耳障りな音を発したかと思うと、同じような生物が何匹か飛んできて、一斉にカッと大口を開けた瞬間、まばゆい光を地上へ向けて吐き出した。
「な、なにあれ!?」
驚くアルマの目前で光は街を直撃し、新たに火災を呼び起こす。
謎の生き物が都を襲った犯人なのは、間違いないようだ。
しかも、生き物は複数いる。
こんなものに上空から突然襲われては、都が混乱するのも無理はない。
「どうする、撃ち落とすか!」
シズルに問われるまでもなく、あちこちで銃撃戦が始まっている。
刃以外にも召集された空軍部隊とモンスターとの間での戦いだが、あまり戦況は芳しくない。
「個別に叩いていたのでは埒が明かない。編成で囲って一気に潰すぞ」
ちらりと後方へ目をやると、ミラやサイファの機体も追いついてきている。
ちらほら飛んでいる黒いのは、クラマラスか。戦闘空間へ、やつらが現れるのは珍しい。
「クラマラスが集まってきてやがんな」とシズルも呟き、アルマは「それより司令、命令を!」と急かしてきた。
通信機越しに刃が命じる。
「フォーメーション、トライフォース。各機、照準を未確認モンスターに併せよ。クラマラスは無視していい」
「よおっしゃあ!バリバリ撃ち落とすわよ!!」
アルマの瞳はモンスターに負けじと爛々輝き、しかしながら編成を整えるべく減速する。
代わりにクロンとケイが前に出て、その次にミラとサイファが一定の距離を保って飛ぶ。
カリン機を中央に据え置き、その後ろにアルマ機がつく。
38小隊はV字型に機体を並べると、その状態でモンスターの群れへと近づいていく。
「へぇ、さすが空軍部隊いわはるだけはありますわ。見事な編成やわぁ」
遠目に様子を眺めて呟くクラマラスに、ミラーが尋ねる。
「空軍は空で戦っていますけど、地上に降りたモンスターは誰か相手をしているんでしょうか」
「それや」とクラマラスは頷き、腕の中に抱きかかえた人間へ確認を取った。
「うちらは地上に降りて、避難誘導と怪物退治をしはりまひょ」
「か、怪物退治、ですか」と怯える彼女には、にっこりと微笑んで。
「あぁ、退治はうちが引き受けますよって、あんさんは避難誘導を宜しゅう」

可憐を抱えた黒炎が金都へ到着する頃には、空軍部隊の統制も整いつつあった。
だが、地上は大混乱だ。
あちこちで火の手が上がり、路上で泣きわめく子供が異形の怪物に襲われ、一撃で絶命する。
ちょうど舞い降りた直後で殺害現場に出くわしてしまい、可憐は恐怖で身をすくめる。
さっと飛び出した影が一撃で怪物をしとめるのを、ただ茫然と見守った。
「……くそ、間に合わなかったか」と呟いた黒服の彼は、クラウンだ。
可憐が到着するまでにも何匹か仕留めたのか、どす黒い返り血を全身に浴びている。
「ク、クラウン」
青い顔で棒立ちの可憐へチラと目を向け、クラウンは小さく囁いた。
「ここは危険だ、カレン。避難誘導はアンナとミラーがやっている。そちらへ急げ」
「い、いや、でも、ここにも逃げ遅れた人が……いるんじゃないの?さっきの子みたいに」
死体を目に入れないようにしながら、ぼそぼそ呟く可憐は、再び黒炎に抱きかかえあげられる。
間髪入れず、先ほどまで可憐のいた場所へ爪を突き立ててきた異形の怪物には、クラウンの重たい一撃が決まった。
『ギャアアァァゥ!!』と断末魔を上げて、怪物が崩れ落ちる。
改めて、しげしげ眺めても、モンスターとしかいいようのない外見だ。
何故こんなものがワ国を襲っているのか――可憐の脳裏をセルーンの巨乳大尉がよぎった。
あっとなる可憐へ、クラウンが言う。
「こいつはセルーンの仕業に違いない。召喚術で直接ワを攻めてきたか」
「そ、それじゃあ、イルミやクルズも今頃は同じ目に!?」
そこまでは、クラウンにも判りようはずがない。
クルズともイルミとも、連絡の取れる通信媒体を持ちえていないのだから。
「他の国の心配よりも、此処を片付けるほうが先と違いますのん?」とは黒炎の突っ込みに。
クラウンは力強く頷き、もう一度、可憐を見た。
「クラマラス、カレンを頼む。アンナやミラーのいる場所まで運んでやってくれ」
「ひ、一人で戦うのは」危ないよ、と可憐が言い終える前に体が宙を舞う。
「クラウンはんなら大丈夫でっしゃろ。戦い慣れておりますし。それよりカレンはん、うちらは避難誘導しまひょ。逃げ遅れた人々を、山ん中へ逃がしてやるんどす」
黒炎に促され、「山の中に?」と可憐はキョドッた目で見上げる。
「そや。山ん中やったら、飛行生物は上手く飛べまへんし」
そうは言うが、クラマラスとて飛行生物の一部ではないのか。
怯えながらも可憐が突っ込むと、長は優雅に笑った。
「うちらは飛ぶことも出来る〜ゆぅだけで、本来は山で暮らしておりはったんやよ。山中は、うちらの独壇場やさかい、山に誘い出して一匹ずつ仕留めまひょ」
山中では木々が、逃げる人々の味方をしてくれる。
自然洞窟も多いと言われ、誘導先は決まった。
「そ、それじゃ」
「アンナはんやミラーはん達にも、お伝えせなあきまへんなぁ。カレンはんは、しっかり掴まっておくれやす。最大出力でぶっ飛ばしていきますよって」
言い分全てをクラマラスに取られつつ、可憐はワの空を最大スピードでぶっ飛んでいった。

緊急出撃を言い渡されたのは、刃の率いる38小隊だけではない。
今や全てのワ国空軍が、首都上空に集結していると思われた。
空を見上げ、ユンがポツリと呟く。
「……思惑通りだな」
「え?何の?」とナナが反応し、キースは彼女の腕を引っ張ろうとしてレンに邪魔される。
「チィ、なんで邪魔するんだレン!ナナたんを一刻も早く山へ連れて行かなければ、ここも火に包まれるぞ」
「あなたがやるのは市井の人間の避難誘導です、ナナではなく!」
傍らで起きた口喧嘩などは見もせずに、ナナは今一度義兄へ尋ねた。
「誰の思惑通りなの?ユン兄」
「セルーンに決まっている。ワは首都襲撃で、戦力を全て奥地に集めてしまった。おかげでセルーンとの境界線は空っぽになった」
「ほぅ、では、やはりあれはセルーンの放った召喚獣だったか」
二人の話に混ざってきたのは、途中で合流してきたドラストだ。
「他に召喚術でワを攻める国があるとしたら、イルミしか残らんだろ」
キースも軽口で混ぜっ返し、いきりたったドラストには怒鳴られた。
「イルミは、そのような無粋な真似などせん!」
「だろ?だから、セルーンの仕業という結論ってわけさ」
クルズで召喚術が使えるのは、ちびっ子ミルぐらいだしな、とキースは肩をすくめる真似をして、ユンに最終決断を迫る。
「どうする?俺達も山登りするのか、海へ出てセルーンの侵攻を食い止めに行ってみるか」
既にクラマラス経由で、可憐の作戦は皆に伝わっている。
アンナやミラー、エリーヌ達は山へ向かったそうだ。
ミルとフォーリン、それからクラウンは街に残って戦っている。
あのボインちゃんに戦える能力があったとはキースには意外に感じたのだが、どこで戦っているのかまでは把握できず、健闘を祈るしかない。
ユンの決断はゆるぎなく、「山へ向かおう」の一択だった。
海に出たところで足がない。空を守ろうにも、飛行機は扱えない。
街で戦うにしても、武器がないんじゃ海軍兵士は足手まといだ。
自分達に出来るのは、非武装ワ国民の避難誘導、それぐらいしかない。
しかし、山か。
自分がセルーン司令であれば、山にも当然召喚獣を呼び出すだろう。
ユンは浮かない顔で山脈を見つめていたが、ナナに促されるようにして、走り出した。
BACK←◇→NEXT

Page Top