次から次へと急展開!?

天上より舞い降りし、神の使い――

それが、刃の抱いた可憐への第一印象であった。
かつて文学青年をやっていた頃、世界の名画を収めた本を見た。
その本に載っていた長城壁画に描かれた神と、瓜二つと言ってよい。
あまりにも神々しく、あまりにも眩い。
絵から抜け出てきた存在に、言葉を忘れて無遠慮に眺めた。
即座に謝罪しようとしたが、途中で声が固まり、続けられなくなってしまう。
無礼に次ぐ無礼を重ねた自分に、だが彼は怒ったりせず慈悲の微笑みを浮かべてくれたのだ。
やはり、神の使いなのではあるまいか。
促されるがまま司令室へ来訪者全員を招き入れると、刃は可憐と差し向いに腰かける。
可憐からは「これ読んでください」と、サワヤカな笑顔と共に紹介状を手渡された。
ひとまず紹介状で可憐の美貌光線を防ぎ、刃は熱心に読み始める。
「しっかしよォ」
奥の部屋へ通された一行をジロリと睨みつけて工場長が悪態をつく。
「なんで女ばっかなんだ?女を使者に選べば俺達が油断すると思ったのか?」
むかつく言い分にミルが何か怒鳴るよりも先に、「それを言ったら」とキースが切り返す。
「ここのバトローダーは何故幼児体形ばかりなんだ?妖艶なお姉様や隣のお姉さんタイプを作ったっていいじゃないか」
「それ、作る意味がねーだろ」と工場長にジト目で返されても、キースはフッと鼻で笑う。
「判っていないな。工場長の割に、貴様は全く判っていない」
「あ?何が判ってねぇってんだよ」
「人工生命体とは、作り手が自由に創造できる生き物なのだろう?ならば、己の欲望を前面に押し出すのは無意味ではない。毎日己の欲望に忠実な生き物を眺める至福……どうだ、最大に意味があるじゃないか!」
キースの熱弁に対し、「バッカじゃねーの」と吐き捨てる工場長へは刃の叱責が飛ぶ。
「シズル、言葉を慎め。彼らは重要なお客人だ」
途端に「シズル!?」とミラー達には驚かれ、当のシズルも当惑気味にぼやいた。
「な、なんだよ。俺がシズルって名前じゃ悪ィのか?」
「だって君、君が水門を守る一族の跡取りで学士を目指していたシズルだって?全然文学者の名残が見当たらないじゃないか!」と叫んだのはミルだ。
フォーリンは驚愕に口をポカンと開け、ミラーの表情も困惑の色が隠せない。
「美青年×美青年だと思っていたのに、片方が三白眼のゴリマッチョ!聞いてないわ!」
アンナまで絶叫し、こちらの女性陣は本人を前にして遠慮がない。
「まてよ、文学者だったのはヤイバだけで――」と、言いかけて。
「水門の一族を知ってるってこたァ、俺の実家に立ち寄ったのか。……まさか、親父に手を出したんじゃねぇだろうな?」
ギロリと人相悪く睨みつけられて、可憐やアンナは恐怖に唾を飲み込む。
先ほど言葉を慎めと司令に叱られたばかりなのに全然命令を聞かないとは、このシズルという男、予想外の不良息子だ。
「シズル、やめろ。彼らは母の客人でもあったようだ」と再び制止の声が飛んでくる。
紹介状を読み終えたのか、司令が顔を上げた。
「あなた方の用件は判りました。全世界への停戦呼びかけ、世界平和が目的であると。しかし、これは自分一人の推量で決められるものでは、ありません。軍全体での議決、及び国民投票を行わねばワの民は誰も納得しないでしょう」
「え、でも」と、思わず可憐はタメグチで突っ込んだ。
「ワ国民は亡命者が、いっぱいいるって聞いたけど」
「あー民間の一部な、それ」とタメグチで混ぜっ返してきたのは、シズルだ。
「一部の日和見主義な金持ちが、クルズやイルミに亡命してたんだ。バトローダーの量産が追っつかなかった頃の話だけどよ。今は亡命する奴も、ほとんどいなくなった。量産が完了して、巻き返し可能になってきたからな」
運河 大吾は、どちらかというと戦争反対派だった。
だというのに、どうだ。
息子のシズルは、思いっきり戦争支持派ではないか。
刃も次期帝という立場にありながら、国民と相談しないと決断できないと言う。
正しくは軍部だ。
軍部上層部を仰がねばならないということは、帝の権限はこちらが考えているよりも弱いのか。
「それよりも」と、刃が眉をひそめて可憐に尋ねる。
「この紹介状によると、あなたは異国民ではなく異世界人――と、ありますが」
「あ、ハイ」
素直に可憐が頷くのと同時に。
「異世界人ですってぇ!?」
大声と共に扉がドバーン!と激しく開かれて、靴音高く乗り込んでくる人影が数人。
真四角、そう称しても構わないオッサンを筆頭に、先ほど見たバトローダーが全員。
バトローダーの背後には、キース待望のグラマラスな美女も控えている。
先頭のオッサンが、がなりたてた。
「司令、そやつらこそはセルーン軍が引き渡しを要請している異端分子に違いありませんッ!」
「不敬だぜ、教官!扉はノックするのが礼儀だろ」
シズルの野次を一切スルーし、四角い顔のオッサンは可憐に詰め寄った。
いや、詰め寄ったばかりか襟首を掴んでくるものだから、可憐の首はきゅっと絞まる。
「貴様、如何なるつもりで我らが司令を窮地に叩き落としに来た!?」
「ぐ、ぐえぇぇ」
ひっつぶれた蛙よろしく苦悶の悲鳴をあげる可憐に、慌ててミルが駆け寄った。
「やめろよ!可憐に酷い真似をするなら、こっちも暴力手段に訴えるぞ」
必死になってオッサンに掴みかかるも、幼女如きがどうにか出来るものでもなく。
可憐を唐突な暴力から救ったのは、横から伸びてきたクラウンの手であった。
片手でオッサンの手を捻り上げ、無理矢理振りほどく。
「き、貴様ら、抵抗するか……!」と憤るオッサンに、再度待ったがかけられる。
「宗像教官。彼らは正式な客人だ。まずは数々の非礼、彼らに謝罪してもらおう」
静かではあるが怒りを込めた刃の一言に宗像と呼ばれたオッサンは勢いを失い、下向き加減に、ぶるぶると体を震わせる。
やがて屈辱に強張った顔をあげると、可憐へ頭を下げた。
「無礼を働き、まことに申し訳ありませんでしたッ!!」
悪さを叱られた子供の如く、簡潔極まりない定型文謝罪だ。
だが恐らくは司令を心配しての無礼だと考え、可憐は寛大にも許してやる。
「いえ、別に……ところで異端分子って?」
「というかセルーン軍が引き渡しを要請している、だと?狙いはカレン一人か!?」
前のめりに尋ねるキースへ答えたのは宗像ではなく、スタイル抜群な美女だ。
彼女は副司令の羽佐間 由季子だと名乗り、可憐一行を見渡した。
「セルーン軍が欲しがっているのは異世界人一人では、ありませんわ。あなた方全員の引き渡しを要請しております。ですが、あなた方はワ国陸軍の重要監視下に置かれる大切なお客人。セルーン軍に引き渡す謂れも、全くございませんわねぇ」
「重要監視下だぁ?なのに客って、どういうことでぇ」
シズルが眉をひそめる横で、刃は「紹介状にも、そう書いてあるな」と呟いた。
可憐にしても初耳だ。
いつの間に自分達は、陸軍の監視下に置かれていたのか。
検問をパスした瞬間から、お客様な立場になったとばかり思っていたのに。
「監視塔の仁礼尼曰く、お客人は陸軍が身柄を保護監視する特命公使だそうだ。目的は停戦交渉。彼らの存在は本部にも報告済みとのこと。しかし……申し訳ないのですが、自分は権力を実行できる立場にありません」
後半は可憐に向けた発言で、一行は全員えっ?となる。
「せやけど、ヤイバはんは次期帝でおまっしゃろ?」
タメグチで尋ねるジャッカーには、間髪入れず宗像の怒号が飛ぶ。
「不敬だぞ、お客人といえどォォッッ!」
「いや、お前のほうが失礼だって」とシズルに突っ込まれ、教官の矛先は彼に向かう。
「年中不敬な貴様に叱られる筋合いはないッ!」
まわりの騒音を気にすることなく、刃は悩ましい表情でジャッカーの問いに答える。
「確かに自分は前帝の実子であります。ですが、今の自分は帝ではなく一介の空軍小隊長に過ぎません。小隊司令以外の権限を持たない身だと、ご理解ください。それにワ国の総意は帝一人でもなく軍に委ねられるものでもなく、国民が決めるもの……前帝が没した際、そうした法に改訂されたのです」
これまでの国は皇帝ないし長老、国の一番偉い人がワンマンで統括していた。
トップの命令は絶対であり、直属の臣下といえども彼らの決定に口を挟む権限はない。
ワ国は可憐の知る民主主義に近いと考えてよいだろう。
しかし、これはこれで面倒くさい。
刃と話せば一発でワ国は停戦してくれると考えていた、可憐である。
まさか、ここで『国民の総意』なんて言葉を聞かされるとは思ってもみなかった。
王様ワンマン政治が幅を利かせるファンタジーな異世界で。
軍部で会議をして、国民投票に至るまで、一体何年かかることやら。
きっと会議は学級会よろしく荒れまくり、何年も何十年もまとまらないに違いない。
民主主義とは、そうしたものだ。前の世界で、たっぷり見てきたのだから。
「君に権限がないのは判ったよ」と、ミル。
挑戦的な目を刃に向け、言い放った。
「けど、その会議は何年かかる見通しだい?まさか君が死ぬまで、決定を引き伸ばすつもりじゃないだろうね。クルズもイルミも停戦しようってのに、ワ国は誰と喧嘩を続けたいんだ?」
「セルーン国は、停戦に動いていないのでしょう?」
黙した司令に代わり、口を挟んできたのは副司令の由希子だ。
「三国全てが停戦に動くとなれば、我が国民の意志も平和に傾きましょう。ですが、現状はそうではない。でなければ、セルーン軍があなた方の身柄を欲しがるわけございませんものねぇ?」
「セルーンと先に交渉しろ、とおっしゃりたいのでしょうか」
エリーヌの問いへ目線で頷き、由希子は刃をチラリと盗み見る。
司令は黙って遣り取りを見守っている。時折、手にした紹介状へ目を落としながら。
仁礼尼の報告に多少動揺しているようだが、彼の戦争への意志は、そう容易く変わるまい。
ワ国は人口不足により四国の中で一番劣勢である――
長くサイサンダラ住民は、この情報を信じて疑わなかったはずだ。
全ては監視塔の仁礼尼、情報を攪乱させる役目を負った彼女の仕業で。
水面下で進められたバトローダーの大量生産計画はワ国民をも欺き、今の時代に芽吹いた。
全小隊に予備バトローダーが配属され、38小隊も陸と空の併用攻撃が可能になった。
もっとも、予備バトローダーは出番が来るまで冷凍冬眠させてある。
この駐屯地内で稼働しているのは、空部隊のバトローダーのみだ。
38小隊は軍全体で見ても異例中の異例だろう。
初期に製造したバトローダーが、今以て稼働しているのだから。
バトローダーは基本、使い捨ての消耗兵士だ。
だが、けして愛着がわかないわけではない。
この小隊のバトローダーは六人全員に性格を施してある分、愛着もひとしおだ。
司令とバトローダーの結束は固い。由希子が入り込めない程度には。
知らずギリィッと歯ぎしりしている自分に気づき、由希子は笑みを作る。
「セルーンと交渉がしたいってんなら、今がチャンスじゃねぇか?」
さらに割り込んだのは他ならぬセルーン国民の一人、カネジョーだ。
「俺達を引き渡せっつってんのはドコ部隊だ。そいつらと、まずは話し合ってみようじゃねーか」
由希子が何か答えようと口を開きかけた時、司令の机にある電話が鳴った。
すぐに受話器を取った刃が「こちら38小隊空撃部隊」と答えるのも、もどかしく。
電話口の向こうにいる人物は、可憐達にもよく聞こえる大声で怒鳴ってきたのであった。
『セルーン空軍が都の上空に現れた!38小隊は、ただちに出撃せよ!!』
「お待ちください、監視塔は何も――」
刃の疑問を無視し、大声が、がなり立てる。
『たわけ、最高緊急事態だ!貴殿は四の五の言わず兵を出せばよいのだッ!!』
ブヅッと耳障りな音を残して電話は切れ、司令室は静寂に包まれる。
否、静かだったのは、ほんの一瞬で、たちまち大騒ぎになった。
「えぇぇ?監視塔無視して一桁司令が頭ごなしに直接命令とか、初めてじゃない!?」
「てか最高緊急事態って何?いつの間に、そんなピンチになってんの!」
「おっしゃぁ!司令、都にいこうぜ!あたしの運転で、ひとっとびだ」
「待って待って、いきなり言われても心の準備ができませんわぁぁぁ!」
ぎゃんぎゃん喚きたてるバトローダーを前に、可憐やミラーなどの一般人はポカンと呆ける。
反面ドラストやキースら軍人の立ち直りは早く、二人揃って部屋を飛び出した。
「ど、どこ行くの!?二人ともっ」
慌てて呼び止めるナナへは、ドラストが叫んだ。
「決まっている!都を助けに向かうぞ」
「向かうったって足はどうするのよ!?」
狼狽えるセーラを追い抜き、カネジョーも外へ走っていく。
「ここが空軍の駐屯所なら、飛行機があるだろ!そいつを使わせてもらうぜ」
あるにはあるだろうが、誰が運転するというのか。
それ以前に、勝手に使ってしまっていいものか。ひとんちの飛行機を。
我に返った可憐が見たものは、部下に命じるでもなく部屋を飛び出していく刃司令の背中であった。
「お、おい、ヤイバ!お前が行って何になるってんだ!!」
泡を食ってシズル、それから騒いでいたバトローダー軍団も後を追う。
「可憐、ボクたちも行こう!」とミルに叫ばれて、可憐は、ますます困惑する。
今から行って、救出は間に合うのか。
いや、そもそも、自分が行く意味って何?
空軍じゃなければバトローダーでもないし、飛行機だって操縦できないのに。
混乱する可憐の耳が聞き取ったのは、人の足音に紛れた大きな羽ばたきの音。
窓を見やると、見覚えのある黒い高帽子をかぶった黒い羽軍団が接近しつつあった――!


民主主義の壁に阻まれるワ国との和平交渉。
かと思いきや都がピンチで、さぁ大変。
可憐は、都を無事に救出してワ国に恩を売れるのか?

――可憐くんの、次なる戦いにご期待下さいっ!
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