運命をぶった切れ!(物理的に)

ふ、と意識が戻ってくる。
起き上がった可憐は、周囲へ視線を巡らせた。
パッと見渡して、すぐ目に入ったのは前方の壇上。
その背後には、天使を描いたステンドグラスがある。
ステンドグラスを見た瞬間、可憐の脳裏に教会という単語が浮かぶ。
無論、引きこもりをやっていた彼が実際に教会へ出向いたことは一度もない。
インターネット上で見たことのある景色だ。
パッと明かりがついたので、そちらを見やると、誰かが歩いてくるのが見えた。
背の高い女性だ。
女性だと、すぐに判ったのは、相手が露出度の高い鎧をまとっていたせいだ。
俗に言うビキニアーマーだ。
ビキニアーマーと認識した瞬間、可憐の脳裏を件のオカマ騎士団長がよぎったりもしたのだが、即座に嫌なイメージをかき消した。
違う。
目の前にいるのは、断じて悪夢のクソコラオカマではない。
青い髪の毛を長く伸ばし、猫目で強気そうな面立ちの女性は、手にした本を掲げて朗々と話す。
「童話に男女が出てくると、必ず女が男に助けられて有無を言わせず夫婦にされる。たまには逆があってもいいじゃないか。男に無理やり唇を奪われてハッピーエンドだと締めるのは異常だが、誰も異を唱えない。こと、この世は不条理だな、女にとって」
ぴたりと見据えられて、可憐は何か言わなくてはいけない気分になった。
「え、えーと、そう、ですね……逆バージョンがあってもいいと思います……」
女性は頷き、こうも続ける。
「そうだ、今日は逆バージョンを見届けられて満足した。俺の作ったシナリオをやり遂げるとは、なかなかの役者が揃ったものだ。お前たちの望みは何だ?ゴールまで辿り着いた褒美だ、なんでも聞いてやろうじゃないか」
一人称が俺ときて、可憐は女性を二度見する。
勝気そうではあるが、整った顔つきだ。
ビキニアーマーに包まれた胸は標準サイズ、尻もスマートだ。
オカマアーマーと比べると、ややボリュームは劣る。
だが顔が女性っぽいというだけで、何故こうも華々しく感じるのであろうか。
髪の毛に隠された耳の先が、尖っているのに可憐は気づいた。
となると、この女性はイルミ人?
首を傾げていると、可憐の背後から女性へ声をかける者があった。
「あんたが、この試練を仕掛けたセルーンの管理者なのか?」
クラウンだ。
彼を見つめ返し、女性が尊大に頷く。
「その通り。俺がセルーンの管理者にして機械王を裏で操る者、フォドレンだ」
あっさり正体を明かされて可憐はポカンとなったのだが、クラウンの反応は違った。
可憐を庇う位置に出てくると、さらに態度を崩さず要求する。
「ならば、話は早い。戦争を終わらせてくれ」
フォドレンは無言だ。
無言で可憐とクラウン、双方を見つめるだけだ。
また民主主義が邪魔してくるのか、それとも機械王は誰にも止められないといった展開が待ち受けているのか。
悶々とする可憐の前で、クラウンが言葉を重ねて説得に入る。
「あんたが、かの大魔導士とかわした約束は知っている。だが、セルーンが世界統治するには他三つを滅ぼしでもしない限り無理なのは判ったはずだ……二百年の時が過ぎ、未だセルーンは天下統一をなしえていない。これ以上、何百年戦ったって人類が滅びるだけで統治はできない」
「それなんだが」
ぽつりと呟きで遮り、怪訝に眉を顰めるクラウンを見据えてフォドレンが言う。
「戦争終結と世界平和の関連性について、お前たちは、どう考えている?」
「どう、とは?」
質問に質問で返すクラウンに肩をすくめ、管理者の視線が可憐に移る。
「現地の人間が疑問を持つのは無理だったか。では、異端者のお前に聞こう。今の戦争が終われば、世界は永遠に平和になると思うか?」
少し考え、可憐は緩く首をふる。
「え、と……無理なんじゃないですかね……必ず、どっかで衝突が起きるんじゃないかと」
「その通りだ」と今度は満足げに頷き、フォドレンはクラウンへ答え直す。
「停戦するのは構わない。俺とセルーンに結ばれた縁を断ち切ってくれさえすれば、俺はいつでも機械王を停止させよう。だが、この平和は長く続かないと断言するぞ。人は思想が違えば、必ず衝突を起こす。人種が違うってだけでも諍いになるんだ。そうだろう?異端者可憐。お前の住んでいた世界も、そうだったはずだ」
可憐が生まれるまでの長い歴史、そして生まれた後の歴史でも、地球が何度つまらない諍いで戦争を起こしてきたのかは数知れない。
サイサンダラとて四つの国で分かれている以上、再び同じ理由で戦争が起きるとフォドレンは予想している。
その理論には可憐も同感だ。
だが、今の戦争を止めなければ全地上が焼け野原になるというクラウンの意見にも頷ける。
どちらが正しいという問題ではない。
戦争を終結しても、平和が長続きしなければ意味がないと言われているのだ。
「戦争とは自国以外を更地にする行為だ。だから俺は各国にスパイを送り込んで同時壊滅を図ったりもした。だが、セルーンを機械で統治したのは失敗だった。セルーン人は、俺が思っていたよりも知能が低かったようだ。機械を扱える程度には成長したが、どうしても連中は魔法に頼っちまう。魔法と機械は相性が悪いと何度教え込んでもだ」
「そりゃあ、現場で戦っていれば魔法の脅威は身に染みて実感するからな」
管理者の愚痴に割り込んできたのは、当のセルーン現地人であるキースだ。
「イルミ軍がホイホイ魔法使って攻撃してくるのを目の当たりにしてみろ。俺達にも使えるんじゃ?なんて甘い希望を持っちまう。ま、実際には魔導関連の能力がないと、魔法を使いこなすのは難しいんだが」
「その通りだ。魔法は誰にでも簡単に扱える代物ではない」
イルミ人のドラストも会話に混ざり、自慢げに頷いた。
魔法人種を盗み見て、セルーンの管理者は、なおも愚痴垂れる。
「機械のみに特化しておけば圧倒的戦力差で勝てたのに、魔法に寄り道しやがるせいで無駄な人材を散らすばかりだ。スパイもスパイで命令にない勝手な行動を起こして、こちらの策を無にしやがる。ったく、エクソスラムも面倒な頼み事を俺に残したもんだぜ。俺は長寿ってだけで、誰かを操る能力に長けているわけじゃねぇんだ」
「その……あなたは、異世界人なのですよね?」
恐る恐る質問してきたのは、アンナだ。
フォドレンは頷き、「俺は魔族だ」と答える。
「エクソスラムが後生の頼みだなんだって泣きついてきやがるから仕方なく請け負ってやったんだ、セルーンでの世界統一を。だが、なぁ、現実の戦争ってなぁゲームのようには上手くいかねぇもんだな、可憐!」
魔族とは所謂悪魔の類であろう。
可憐のいた世界でも、鏡を通って現れるという童話がある。
だがフィクションでしかないと思っていた相手は、どうやら可憐の世界にも詳しいようで、ゲームなんてホビーな存在まで知っている。
とりあえず、可憐も無難に返しておいた。
「そりゃあ、そうですよ。リセットボタンないし」
「そうだな。チートも使えねぇ。この世界は全員がチート能力を持ってやがる。甘かったぜ、この世界にないもんを投下すれば簡単に片付くんじゃないかと思っていたのによ」
それで、機械だったのか。
王様まで機械にしたのは、現場にいるより安全な場所で見守りたかったのかもしれない。
それで――と、話を戻したのはクラウンで、じっとフォドレンから視線を離さず問いかける。
「セルーンとの縁を切れば、停戦可能だと言っていたな。縁とは何だ?具体的に教えてくれ」
「縁は縁だ。呪いと言っても過言じゃない。あぁ、だが鷹の指。お前には無理だ、この縁を断ち切るのは」
一歩前に出かかっていたジャッカーが、びくりと足を止める。
それでも「なんでや?やってみな判らへんやん」と小声での反論を、フォドレンは鼻で笑った。
「俺が何百年生きていると思ってんだ?試して無理だったから、そう言っているんだ」
「では、どうやれば縁を」と尋ねるクラウンを手で制し、管理者の目が誰かを求める。
「これだけ人手があるんだったら一人ぐらい、いるんじゃないか?俺が探してんのは神楽の剣って能力だ。かなりのレアレアチートらしくてな。セルーンじゃ一人も見かけなかった」
一拍おいて、管理者以外の全員が合唱した。
「神楽の剣だってェ!?」
一切バラツキなしの見事なハモリにはフォドレンも驚いたのか、一歩引いて尋ね返す。
「な、なんだよ、大声出して。お前ら知ってんのか、誰か知り合いにいたのか?」
「いるよ、いるいる、神楽の剣!」
可憐は思わず口の端から泡を飛ばして大興奮。
その場の流れで仲間に入れた人材が、まさかの切り札になろうとは。
こと、この世は何がどう転んでいくのか判ったものではない。
皆の視線が一点に集中し、注目された人物も一歩前に進み出た。
「お前か」とフォドレンに問われ、頷く。
「はい。自分は白羽刃と申します」
刃を上から下までジロジロと眺めまわし、おぉ、とフォドレンは感嘆の溜息を洩らした。
「なるほど、如何にもレアチート能力持ちっぽい雰囲気を醸し出しているじゃねぇか。じゃあ、話は早い。スパッと縁を断ち切ってくんな!」
しかし嗾けられた刃は困惑の色を浮かべ、「ですが――」と断りを入れる。
「ですが、なんだよ?」と怪訝な管理者を真顔で見つめ、答えた。
「人づてに能力があると聞かされているだけで、自分は、この能力を実際に使ったことが一度もないのです。教えてください。この能力は、どうやって使えばよいのでしょう?」
絶句するかと思いきや、フォドレンは、あっさり刃の欲しい答えを寄越してくる。
「そんなん、お前、刀なり剣を一振りすりゃあ、なんだってぶった切れるだろうがよ。エクソスラムから聞いたぜ?一通り、サイサンダラ人が持つ能力と、その効果をな。そん中でも俺が気になったのは神楽の剣と鷹の指だ。もし面倒臭くなって俺が魔界に帰りたくなった時、戻してくれるのが、この二つの能力じゃねぇかと思ってよ」
誰か剣か刀を持っていないかと振られて、全員が顔を見合わせる。
扉へ来る際、一人として武器らしきものを持たずに来てしまった。
管理者が持っていないのであれば、お手上げだ。
と思っていたら、ミルが手にしたものを、さっと差し出した。
「これ、使える?」
なんと、一振りの剣ではないか。
「召喚師のお前が何故、剣を持っているのだ!?」と驚くドラストには首を振り、ミルは神妙な顔で「今、召喚したんだよ。ここでも魔法が使えるようだったしね」と訂正した。
そういやミルは、彼女だけは可憐と合流した時点で召喚魔法をバンバン唱えていた。
道具まで呼び出せるとは、もしや機械よりも魔法のほうが数倍優れているのではあるまいか。
道理で圧倒的有利であるはずの機械で二百年攻めても、攻め落とせないわけだ。
フォドレンも可憐と同様の内容を考えたようで、「侮れんなぁ、サイサンダラの魔法……」と小さく呟くのが聞こえた。
剣はミルから刃に渡り、刃は剣を持ち上げた直後、「くっ」と小さく呻きをあげる。
「どうした、ヤイバ?」と尋ねてくる親友の耳元でボソボソ囁いた後、刃は、そっとミルの手に剣を渡し戻す。
「……申し訳ありません。もう少し、軽い剣をお願いします」
「えー?非力だなぁ!ボクだって振り回せるぞ、この剣」
思いっきり悪態をつきつつも、再びミルは呪文詠唱に入る。
刃でも振り回せそうな剣か刀を探す間、手持ちぶさたになった一行は、それとなく管理者に雑談を持ち掛ける。
「時間つぶしに、お話ししてもいいですか?」と最初に手を挙げたのは、レンだ。
「いいとも」
意気揚々なフォドレンに、レンがかましたのは次のような質問だ。
「エクソスラムさんの頼み事って、具体的には、どんなんだったんですか?」
「戦争に勝て。あいつが望んだのは、それだけだ。単純明快だろ?勿論、戦争に勝つまではセルーンを滅ぼすなとも言われたが」
「機械王を作ったのは何で?これも戦争の勝利と関係あるの」
ナナの追加質問にも、彼女は快く答えた。
「あぁ、複数名の人間で管理するよりも機械で全体を管理したほうが効率的なんだ。人ってなぁ、複数集まると意見がまとまらなかったりするかんな」
ついでとばかりに可憐も蛇足な質問を飛ばす。
「あの、なんで俺って言うんです?女性ですよね、フォドレンさんは」
すると、これまで愛想のよかったフォドレンが、ギロリと可憐を睨みつけてくる。
「あぁ、そうだぜ。女だ。だが、女が俺って言っちゃいけねぇルールもねぇだろ」
目つきの鋭さに委縮して、可憐は「は、はい、そうですね」と小声で頷くのが精一杯だ。
サイサンダラは優しい人ばかりだから、ついフォドレンにも気安く話しかけてしまったけれど、よく考えたら彼女は可憐と同じ異端者、異世界出身だ。
女が男に助けられる物語に不満をお持ちのようだし、一人称にも強い拘りがある。
可憐の住んでいた世界でいうところの、所謂フェミニストなのかもしれない。
その割にはビキニアーマーを着ていて、女を強調したくないなら何で露出度の高い鎧を選んだんだと可憐は頭を悩ませたりもしたのだが、うっかり疑問を口にすることで、機嫌を損ねて停戦の約束をチャラにされたら、たまらない。
せっかく、ここまで辿り着いたからには、なにがなんでもセルーンを停戦させたい。
停戦しても戦争が再び始まるというのであれば、戦争が始まらないシステムを作ればいい。
異世界で便利なのは、なにも機械だけじゃない。
国家機構、あれもサイサンダラに取り入れよう。
国同士で連携を取り合っていけば、どこかの国が勝手な真似をするのも牽制できるはずだ。
可憐が悶々考えている間にも雑談には花が咲き誇り、フォドレンがフォーリンに向かって笑顔で答えるのが見えた。
「おぅ、そうだ。魔界じゃ能力のない奴も結構な数がいる。だが、能力皆無を無能と罵る奴もいねぇ。なんせ能力を持つ奴のほうが珍しい世界だからな」
「魔界、私もいつか行ってみたいです……」
キラキラと羨望の眼差しでフォドレンを見つめるフォーリンへ、ミラーもノリで便乗する。
「確か、異世界へ行く魔法がありましたよね。えぇと、なんでしたっけ、ポトファトラム?いつか誰かが覚えて使ってくれるかもしれませんよ。そうなったら、皆で一緒に行きませんか!?」
「あ〜いいなぁ、異世界一周旅行!私も行ってみたい」
アンナたち民間人のみならず軍人までもがキャッキャと喜んでおり、やはりサイサンダラ人は誰もが戦争に飽き飽きしていたのだ。
盛り上がる雑談を終わらせたのは、やや投げやりとなったミルの声であった。
「……これでどうかな。クルズで子供が練習用に使う剣なんだけど。これでも無理だったら、もう使える刃物はないと思って」
足元には大小多々、剣や刀が散らばっている。
フォーリン達が雑談している間に、かなりの量を召喚し、どれもが空振りに終わったようだ。
「そんなこたぁねーだろ、包丁なり小刀なり、世の中にゃあ、いっぱい刃物があるだろうが」
反論するシズルをジト目で制し、ミルが頬を膨らませる。
「剣か刀って言われただろ?包丁やナイフじゃ駄目なんじゃないか」
「まぁ、そうだな。エクソスラムもナイフじゃなくて剣か刀っつってたし」
フォドレンも会話に混ざってきて、ちらっと召喚された剣へ目をやった。
一般の剣と比べて、異常なほど短い。
子供の背丈に併せて作られているせいか。
柄は真っ赤に塗ったくられており、練習用とミルが呼ぶだけはある、安っぽい剣だ。
「あ、じゃあ、いっそ木刀なんてのは」と言いかける可憐は、クラウンに遮られた。
「カレン。ものによっては木のほうが重たい場合もある」
そうなんだぁと驚く可憐を背に、刃がオモチャの剣を持ち上げる。
一度、二度、三度と軽く手元で振ってみせ、にっこり微笑んだ。
「……いけそうです。やります」
「よし、盛大に一閃しろよ?あぁ一閃ってのは、思いっきり一振りしろってこった」
ご丁寧な解釈を受けつつ、刃が剣を両手で持ち、場に静寂が訪れる。
ゆっくりと剣を水平に構え、一気に一閃した。

何かが、はっきりと変わったようにも見えない。
いや実際、何がどう変わったんだろう?

首を傾げる可憐の前で、フォドレンが「よっしゃあ!」と突然大声を出すもんだから、驚いた。
「やったやった、この世界と俺を繋ぐ縁が、エクソスラムとの縁も、やっと断ち切れやがった!これで魔界に帰れるぜー!」
大はしゃぎした後、くるっと皆のほうへ振り向いて、フォドレンが満面の笑顔を浮かべる。
「約束だ。機械王を止めて軍隊も鎮圧させてやる。なに、機械王が命じればセルーン人は従わざるを得ないよう躾けてあっから大丈夫だ。だが、セルーンだけが軍隊を止めても戦争は終わらねぇぜ。クルズ、イルミ、ワも軍隊を止めろよ?」
「心得ております」と会釈で返し、エリーヌも微笑んだ。
「これで戦争は終結します。ありがとうございました」
「礼を言うのは、こっちもだぜ!ありがとうよ、腐れ縁を切ってくれて」
フォドレンの笑顔を最後に、またしても周囲一帯が眩しい光に包まれた。
しばらくして、意識が戻ってくる。
一行は、全員揃って鎮守神社の社前に整列していたのであった。
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