森にいるのは美女ばかり

「森が舞台の物語がやたら多く感じるけど、可憐の住んでいた世界って、そんなに緑あふれる綺麗な場所だったの?」
ミルに尋ねられ、可憐は首を傾げてみせる。
「う〜ん現代じゃ、それほどでも……あ、でも、大昔は自然に囲まれた環境だったらしいよ」
可憐の脳裏をよぎったのは幼い頃TVで見たドキュメンタリー番組の一節で、CGで描かれた太古の地球想像図であった。
もっとも、都心を離れた田舎では、現代でも緑が広がっているはずである。
可憐が実際に見たことのある風景が、ゴミゴミした都会のビル街しかないだけで。
東京の外へ出た記憶がない。
幼い頃から旅行とは無縁の人生だった。
可憐の目で見れば、サイサンダラのほうが、よほど緑の多い世界だ。
「人間がいなかった頃まで遡るんだったら、サイサンダラだって一面緑の大自然だったさ。ふーん、そうすると、これらの物語は人間が生まれて間もない頃に綴られたんだね」
童話や昔話が綴られた時代は、そこまで原始ではなかったようにも思うのだが、説明が長くなると考えた可憐はミルの推理へ曖昧に頷いておいた。
「カレンの世界で語られる物語に、女体の神秘はないのか?俺は、そちらに興味がある」
キリッと真面目顔で言われても、言っている内容が最低だ。
キースの問いにも、うーんと一応は悩むふりをして、可憐は簡単に答えた。
「神秘的な女性の出てくる物語なら、いくつかあるよ。例えば湖の女神様だとか」
「ほう、女神様か。泉に住むということは、当然裸――」
その続きを、キースは言葉に出せなかった。
今まさに目の前に湖が見えてきて、さらに中から、ざばっと水をかき分けて薄衣に身を包んだ女性が出現したとあっては。
「私は湖の女神です。あなたがたが探しているのは金のついたカネジョーと銀にまみれたカネジョー。どっちでショー?」
よく見ると女性はレンとよく似た姿見で、両隣には黄金に輝くカネジョーと銀色に輝くカネジョーが二人鎮座している。
「どっちも偽物じゃないか?」とはキースの弁。
ユンも仏頂面で頷き、レンもどきな女神へ話しかけた。
「俺達が探しているのは金でも銀でもなく、生身の人間であるカネジョーだ」
「あら残念。じゃあ、金のついたカネジョーからは金を取ってしまいましょう!」
女神が、ぐいっとカネジョーの股間にぶらさがるモノを引っ張ると、ただの置物だとばかり思っていた金色のカネジョーが「いででぇ!!」と大声で叫ぶもんだから、一同は驚愕する。
「え、生きてたの!?」
「ってか金を取るって、そっちの金かよ!恐ろしいことを言うな」
「何を驚くことがありましょう」
女神は皆の驚きを一蹴し、にこやかに微笑みかけてくる。
「私は問いました。あなたがたが探しているのは金のついたカネジョーと銀にまみれたカネジョーの、どちらなのかと」
「絶対に、この二つから選ばなきゃいけなかったのか」とミルも驚き、改めてジロジロと金色カネジョーを眺めまわす。
頭のてっぺんから爪先までキンキラリンに眩い上、何も着ていない。全裸だ。
銀色のほうはピクリともしないから、あちらが置物だったようだ。
ミルの視線を受けて、カネジョーが「くっそチビ、ガン見してんじゃねぇよ……」と恥じらい、股間を両手で覆い隠す。
「あ、ごめん」
一応謝り、ミルは可憐に助言を求めた。
「ねぇ、これって失敗かな。にしちゃ元の世界に戻らないみたいだけど」
可憐は少し考え、答えを出す。
確証はなかったが、確信があった。
「これって金の斧と銀の斧だと思うんだけど、いきなり交換で始まるのは、おかしいよ。だって俺達は、どういう流れでカネジョーを探しているんだ?湖で見つかるための理由付けが必要だ。本来は斧を誤って湖に落としてしまったから、神様が問いかけてくるんだけどね。お前の落とした斧は銀の斧か?それとも金の斧か?って」
堰を切ったように話す可憐を見て、驚いたのは仲間ばかりではない。
女神も、そして金玉を毟られそうになっていたカネジョーも、目を丸くして可憐を見つめているではないか。
ややあって、女神は口元に指をあてて「それもそうですね……」と、なにやら考え込んだ後、両手をぶんぶんふって、これまでの流れをチャラにした。
「ではリテイク!カネジョーを湖に落とすところから始めましょう」
「待てコラァ、俺を湖に落とす意味が判んねーだろうが!」と異議を唱えたのは本人だ。
カネジョーにしてみれば、金ぴかに塗ったくられた上にずぶ濡れにされるんだから、文句の一つや二つ、言いたくなる気持ちも判らないではない。
「カネジョー、意味は分からずとも、お前が本物なのは、よく伝わってきたぞ」
憐みの視線なキースにも「判ったんなら現状を何とかしろ、この無能眼鏡!」とガンギレに煽ってきて、金ぴか全裸といった異常な格好でありながら、このカネジョーは第九小隊のキースとユンがよく知る本物のようだ。
「えぇと、ちょっと待ってください。金色のカネジョーさんが本物なのはいいとして、物語上の本物も金の落とし物が正解なのでしょうか?」
と、これはフォーリンが可憐に投げかけた質問で、間髪入れずに可憐は首を真横に振る。
「金でも銀でもなく、ユンが最初に言った生身のカネジョーが正解だよ。原本じゃ鉄の斧なんだけどね」
「じゃあ、この場合は正解しちゃ駄目じゃないか。だってボクたちが求める本物は金のカネジョーなんだぞ。いくら正解でも、生身の偽物は要らないよ」とミルが混ぜっ返して、湖周辺は沈黙に包まれる。
最初に投げ出したのは女神であった。
「え〜い、もうめんどくさい!もってけ、ドロボー!!」
どんと背中を押されて、カネジョーは刃の腕の中に飛び込んだ。
「うぉわっ!?」
いや、飛び込まされたといったほうが正しいか。
突然の奇襲ではあったが、カネジョー一人支えられないほどには刃も脆弱ではない。
がっちり抱き留めた途端、周囲からはブーイングが巻き起こる。
「ちょっとー。なんで刃司令に投げつけるのよ、そんな汚いキンピカ」
「刃司令と抱きあうだなんて、まるで童話のお姫様が如し扱いですわね……!」
「ずるーい!刃司令にハグされたいのは、あんただけじゃないんだからァ」
大騒ぎの合間に女神はドロンと白煙をあげて消えてしまい、刃に抱き留められたカネジョーも勢いよく身を剥して悪態をつく。
「野郎なんかに受け止められて、誰が嬉しいかってんだよ!文句は全部あのクソッタレな自称女神に言いやがれ」
すぐさま背後からはギリギリと首を絞められ、苦悶の表情を浮かべるハメに。
「そ・の・ま・え・に!!」
「ぐ、ぐぉぉぉっ!?」
カネジョーをネック・ハンギング・ツリーしてきたのは誰であろう、シズルだ。
眉間には、めいっぱいの縦皺が刻まれている。
「顔面着地しなくて済んだ礼をヤイバに言ったら、どうなんだ?アァン?」
悪鬼羅刹の怒りには、怒られているカネジョーではなく見ているだけの可憐が恐々だ。
「いいんだ、シズル。彼は被害者だ、全身を金色に塗られた心情を考えてやれ」
当の刃に止められて、シズルも渋々カネジョーを離す。
「被害者というか主人公というか、斧、の役……か?」
改めてキンピカな仲間を見下ろして、あまりにもあまりな格好にキースは溜息をつく。
一体どういう基準で選んでいるのかが不明だが、自分がこの役じゃなくて良かった。
この場に本物のセーラがいなかったことも幸いした。
あの女がいたら、全カネジョーが欲しいと欲望まみれに騒いでいたところだ。
「それで、今の試練は終了したのか?」
ユンに尋ねられ、可憐は自信たっぷり言い切る。
「本当は、この後嘘を言って酷い目に遭う人が出てくるはずだったんだけど省略されたみたいだ。何しろ女神様が進行を投げちゃったからね。けど本物のカネジョーが戻ってきたし、クリアできたってことにして気にしないで進もう」
地面に打ちつけた尻をさすりつつ、不意にカネジョーが呟いた。
「あぁ、そうだ」
「なんだ、なにか思い出したのか?」とキースに促され、彼が言うには。
この森の奥には高い塔が建っていて、永遠の眠りにつかされた姫君がいる。
姫を起こすには口づけをすればいいのだが、清き者でないと姫は目覚めない。
さらに姫までの道のりは険しく、塔の内部は茨で囲まれている。
――といった噂話を例の女神に捕まる前、町で聞いたというのだ。
仲間の行方を尋ねてまわっていた際に。
「うーん、見事な眠れる森の美女」
ぽつりと呟いた可憐を見上げ、「今度こそエリーヌと出会えるかな?」とミルが期待に弾んだ声を出したのも一瞬で、「でも、待てよ?清き者のキスで目覚めるってことは、可憐とエリーヌがキスするの?」などと不穏な予想を立ててくる。
本来ならば、喜ぶべき展開である。
しかし、何度も言うがエリーヌはクラウンが好きなのだ。
彼女のファーストキスを許可なく奪っていいものだろうか。
いや、よくない。可憐が彼女だったら、一生許さない案件だ。
人生一度のファーストキスは、好きな人としてみたい。
可憐はキモオタ妄想が激しく、且つハーレム願望を持ちながら、そこんとこは、きっちりロマンティストなのであった。
「ちびっこ、その推理には一つ穴があるぞ」と突っ込んできたのはキースで、なんでだよと問い返すミルに、やたら自信ありげにクイクイと眼鏡を動かして言い放った。
「お前は清い者というワードだけでカレンだと決めつけているが、噂を聞いたのは、そこのカネジョーだ。つまり眠れる森の美女だったか、この試練の主役はカネジョーであり、キッスをするのもカネジョーの役目だとぉ!?許せん、今すぐ立ち位置を替われ!!」
途中からは嫉妬に替わり、謂れなき言いがかりにはカネジョーも持て余し気味だ。
「あー、とにかく姫君を探してみようぜ?見つけた後は、お前の好きにしろよ」


カネジョーの記憶を頼りにするまでもない。
姫を探そう――そういう意識に皆がなった途端、舞台は自動的に塔の前まで彼らを連れて行ってくれたのだから。
「移動が楽なのは、この世界のメリットだ」
独り言ちるキースにつられて、全員が塔を見上げる。
全部で何十階あるんだよと突っ込みたくなるほど高い塔だ。
上のほうは雲がかっていて、よく見えない。
「一気に姫の元まで連れてってくれりゃ〜、なお良かったんだがな」
調子のいいカネジョーの呟きに「茨を乗り越えるのも試練の一つなんだろ」とシズルが突っ込み、先陣切って塔へ乗り込んだのはユンだ。
ユンを先頭に一行は数珠繋ぎとなり、しんがりはバトローダーのケイが務めて奥へ進んでゆく。
塔の内部は細い道が何本もあって、迷子になってしまいそうな広さだ。
外で眺めていた時は細そうだったのに、縦にも横にも広いとは。
「ユン、がんがん進んでいくけど、道は判るの?」
ミルに尋ねられたユンは「直感だ」と、些か頼りない返事をよこしてくる。
とはいえ可憐も塔に入れば、すぐ上に昇る階段へ辿り着くと思っていたのだから、ユンのことは責められない。
やがて一行は進路方向に扉を見つけて、狭い部屋に潜り込む。
テーブルが一つしか置かれていない、質素な部屋だ。
テーブルの上には小さな瓶が置いてあり、高い壁の天井近くに先へ進むべくドアがついていた。
「え〜、あんなとこじゃ飛び上がっても届かなくない?」
アルマがぴょんぴょんする横では、早くもケイが「他の通路まで戻ってみようよ」と別経路を提案し、可憐は何を考えていたのかというと。
「不思議の国のアリスだ!?」
唐突に大声を出して、全員に驚かれたのであった……
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