今夜 十二時 誰かが死ぬ?

「試練は、あと六つ。しかし、見つかっていない人数と併せると数が足りない……残りは、まとめて出てくる可能性が高いですね」
敬語で話しかけてくる刃へ「あ、タメでいいですよ」と敬語で返しながら、可憐は様変わりした風景を見渡した。
すっかり洋風、煉瓦造りの街並みが並んでいる。
日本昔話のターンは終わって、次はグリムかイソップか。
……人魚姫はアンデルセンだったのに、何故日本組に分けられていたんだ?
さてはセルーンの管理者とやら、文学はニワカだな!
可憐は知識の乏しい者を見下すキモオタの性質で、なんとなく勝ち誇った気分になる。
なおも周囲を見渡しているうちに、次のシナリオが始まった。
「らんららんららーん♪森のおばあさんの家に、お見舞いへ行かなくっちゃ」
甲高い声が聞こえた瞬間、ぶわっと一面に花が咲き誇り、一行は花畑に包まれる。
「今の声」とシズルが反応し、刃も頷いた。
「あぁ、アルマの声だ」
声の方角を辿ってみれば、森へ続く細い小道をアルマが歩いているではないか。
彼女は赤い頭巾に赤いスカートと赤一色な服装で、可憐の脳裏には赤ずきんのタイトルが浮かび上がる。
役になり切っている処を見るに、本物のアルマではあるまい。
本物であれ偽者であれ、あれについていけば次のシーンへ出るはずだ。
「女の子が一人で森の奥へ入るのか?狼に襲われたら、どうするんだ」
キースの呟きに驚いて、可憐は尋ね返す。
「え、サイサンダラにも似たような童話があるんだ?」
するとキースも怪訝に「何を言っている?森で狼に襲われるのは日常の範囲だろう」と返してきて、今の呟きは比喩でも何でもなく、サイサンダラではリアルに狼との遭遇が森の危険としてあるのだと可憐に教えてくれたのであった。
考えてみれば、前にいた世界だって昔は狼が森に棲んでいた。
ペローやグリムが生きていた時代には、日常的な話だったのかもしれない。
「森で遭遇するのってモンスターだけじゃないんだ」
照れ隠しに呟けば、ミルにも突っ込まれた。
「森には野生動物も生息しているよ。大概は大人しいけど、時々凶暴なのもいるから、可憐は迂闊に森へ遊びに行かないでね」
注意されなくても、森で遊ぶ趣味はない。
可憐が好きなのは大自然よりも、空想の世界で起きる物語だ。
具体的にいうとラノベ原作アニメだが、サイサンダラにアニメ文化は存在しなかった。
なにしろ、テレビがない。ゲームはあるようなのに、なんてこった。
今後は趣味を開拓せねばなるまい。
サイサンダラにあって、且つ自分にあいそうな趣味を。
どうでもいい計画に想いを馳せながら、可憐の足はまっすぐ森へ向かう。
森遊びをするのではない。アルマの後を追いかけた。
一歩森へ入り込むと、前後左右も緑一色に切り替わる。
「戻るのは許さないんだね」とミルが囁き、傍らで可憐も「どうしても試練へ向き合わせたいみたいだ」と頷く。
どのみち、試練とは向きあわないと帰れない。
前方を歩く赤ずきんへ横合いから飛び出してきた影が襲いかかり、全員あっとなった。
「アルマ!」と叫んで走り出すシズルにつられるようにして、キースとユンも走り出し、少し遅れてミル、それから可憐も駆けつけてみれば、アルマを襲ったのは狼の着ぐるみに身を包んだクラウンだった。
「ハァハァ、赤ずきんたん萌ユス。た〜べちゃ〜うぞ〜、フヒヒッ」
いかにもキモオタちっくな発言がクラウンほどのイケメンフェイスから放たれるのは、精神的なダメージ絶大だ。
キモオタ発言をしていいのは、かつての旧自分だけだと可憐は憤る。
目の前のキモオタクラウンは間違いなく偽者だが、許せなかった。
誰をって、こんな設定を偽クラウンに施した管理者が。
「こらー!こんなの名誉棄損にも程があるぞ!!クラウンは、こんなこと言わない!」
フォーリンもミルも、そして他の男連中も見事に固まり動けなくなっていたが、可憐の怒りで我に返り、誰もが批判に加わった。
「全くだ。シズルの偽者やナナたんの偽者にしても然り、ナナたんが下品なシモネタを放つなんて万に一つもありえないぜ」
憤慨するキースへ「俺の偽者は、どんな感じだったんだ?」とシズルが話を振り、それには刃が答えた。
「皆が見たのと同等かは判らんが……俺の見た、お前の偽者は鬼畜だった。あんな酷い暴言を放つお前は、二度と見たくない」
あまりにも寂しげに呟かれたもんだから、暴言を放った本人でもない本物も狼狽えて、刃を慰めにかかる。
「だ、大丈夫だ。俺は絶対お前を傷つけたりしねぇから!」
シズルのフォローは、アルマの「いやぁぁん、駄目、えっちー!」といったピンクな悲鳴でかき消された。
見れば、フヒヒとか言いながら偽クラウンがアルマの服を切り裂いているではないか。
待て待て、狼は花畑付近では赤ずきんを襲わなかったはずだ。
物語の進行が、おかしくなっている。
先ほど可憐が狼を全否定してしまったせいだろうか。
そうだ、偽者の偽っぷりに怒ってはいけなかったのだ。
試練とは、物語を無事に完結させることにあるのだから。
「駄目だ、狼!赤ずきんちゃんはお婆さんの家にお見舞いへ行くんだから。そうだよね?赤ずきんちゃん」
慌ててアルマに声をかければ、アルマ扮する赤ずきんちゃんも「そうよ、そうよ。寄り道している暇はないんだから」と抗議を申し立て、キモオタ狼は案外素直に引き下がる。
「お見舞いか、気をつけて。フヒヒッ」と言い残し、森の奥へと消えていった。
「ふひひって何だろ。人を不快にさせる笑い方だね」
眉間に皺を寄せて狼を見送ったミルが、可憐を振り返る。
「このシナリオでは、今後どのように動けばいいんだろ。というか、このシナリオの主役は誰なんだ?」
「赤ずきん、というかアルマだと思うんだけど……」
だが、赤ずきんも狼も偽者だった。
主役が本物じゃないと、試練は成り立たないのではなかったか。
途方に暮れる全員の耳が、ガタゴトと重たいものが道路を走る騒音を聞きつける。
木々の隙間から垣間見えたのは、馬車が小道を疾走していく光景だった。
「え!また二つの物語が並行してるのか」と叫ぶ可憐に、刃が問いかける。
「どういうことだ?」
この際だからと、可憐は説明してやった。
キースの料理店とユンのかちかち山は、同時並行で出現していた。
料理店は、からくもバッドエンドを脱し、かちかち山も狸討伐完了で制覇した。
だから、二つの試練は双方突破できたと考えてよかろう。
「あれは俺とユンが本物だったから突破できたんだ。今回は誰が本物なんだ?」
キースにも問われ、可憐は考え込む。
この物語は誰が本物なのか。
アルマとクラウン、二人は偽者としか思えなかった。
出てくる残りの配役は、お婆さんと猟師だが、お婆さんは狼に食べられて姿を消す。
猟師は赤ずきんが狼に襲われて、あわやというタイミングで駆けつける。
猟師が本物だとすると、この試練で戻ってくる仲間は一名か。
こんなペースで全員戻ってこられるのか、甚だ心配だ。
いや――全員戻ってくるという考えで進めてきたが、戻ってくる確証もない。
どうしよう。誰か一人でも戻ってこなかったりしたら。
今更ながらに青くなる可憐は、ミルにポンポンと優しく背中を叩かれる。
「大丈夫。必ず全員探し出して、全部の試練を突破しよう」
すっかり無言で落ち着きをなくしてしまったのを、看破されたようだ。
二十九にもなって遥か年下の幼女に慰められるとは、みっともない。
「う、うん。えっと、この童話で本物なのは、たぶん猟師だよ」
少しばかり頬を赤くして仕切りなおした可憐は、あれ?っとなって周囲を見渡す。
フォーリンとミル以外のメンバーがいなくなっている。
視線に気づいたか、フォーリンが補足してきた。
「あ、他の皆様は馬車を追跡していかれました。私たちも追いかけましょう。大丈夫です、馬車が目指していった場所は判りますから」
彼女の指さす方向には、ぽつんと城が建っている。
また、お城の出てくる物語なのか。
馬車で向かうとなればアレが有名だ、シンデレラ。
シンデレラは姫の領分、またしてもエリーヌの出番だ。


シンデレラだと、お城では王子の花嫁を決める舞踏会が行われているはずであった。
しかし到着した可憐の前で行われているのは、どう見ても――
「狼は何処!?三秒数えるうちに出てこないと、手あたり次第バッキューンするわよ!」
中央では猟銃を構えたアルマが叫んでおり、周辺を逃げ惑う着飾った顔ぶれにはミラやケイの姿もあった。
「舞踏会っていうより狩猟だね……てっきり本物のエリーヌと出会えるかと思ったんだけど」
可憐同様、城で姫を連想したのか、がっかりした表情でミルがぼやく。
「それよりも、役になり切っていねぇ。あいつ、本物じゃねぇか?」とはシズルの弁で、中央のアルマを見てみれば、早くも猟銃を連射しており、舞踏会は阿鼻叫喚だ。
そもそも猟師は森の奥で出てくる役で、お城の舞踏会には出てこない。
「狼とは出会えなかったみたいですけど、どうしてお城に来ちゃったんでしょう?」
フォーリンに聞かれたって、誰も答えられない。
当の本人以外は。
「ちょっと、おやめなさいませ!王子様が、もし刃司令だったら如何なさるんですの!?」
金色に輝くドレスに身を包んだミラが叫び、傍らでは慣れぬドレスを踏んづけながらケイも喚いている。
「そうだよ、何が何だかわからないけど、王子様と踊ると結婚できるんだって。もし司令が王子様なら、司令と結婚できるチャンスだよ!」
最早、ここへ何をしに入ったのかも忘れている有様だ。
逃げ惑う人で大混乱の中、刃が二人、いや三人に呼びかける。
「ミラ、ケイ、アルマ!俺なら、ここにいるッ。王子ではなく、偽者でもない俺が!」
「え〜!司令が王子様ではなかったんですの〜!?」
がっかりするミラ&ケイとは逆に、アルマが安堵の表情を浮かべて銃を降ろした。
「よかった、司令!心配したんですよォ〜。もしや司令が狼だったら、どうしようって」
アルマの杞憂も何のその、中央で集まる一行の耳に、不快極まるキモオタ風味が聞こえてくる。
「フヒヒ、俺様のハニー候補を虐めるのは、ゆ、許さないどー。今夜の初夜を、ばっちし決める為にもぉぉぉ。エッチな四十八手を試して、童貞を卒業するんだぁ」
階段のてっぺんでドヤ顔を決めているのは、先ほどの狼着ぐるみクラウンではないか。
キモオタ言語がクラウンのイケメンボイスで再生されるのも、我慢ならない。
本物のエリーヌが見たら、きっと激おこだ。
つくづく自分の偽者でなくて良かったと思いながら、可憐は狼に向かって叫んだ。
「王子様、踊りましょう!ほらミル、王子様と一緒に踊ってくるんだ。十二時過ぎたら逃げていいから」
「え!ボク!?可憐が躍るんじゃないの?」
いきなりの指名にミルが目を丸くするのも、お構いなく、ぐいぐい背中を押しやって階段を昇らせると、頂上にいる狼着ぐるみの真ん前まで彼女を突き出してやった。
時計の針は十一時五十九分を指している。
あと一分で十二時だ。
踊る暇もなさそうだが、ミルは覚悟を決めて偽クラウンに申し出る。
「ドレスを忘れてきちゃったんだけど、ボクと踊ってくれるかい?」
「ブヒィッ、ょぅじょキタコレ。いいとも〜!」
キモオタ語でしゃべる狼は、過去の自分を見せつけられているようなものだ。
可憐は羞恥で頬が熱くなってくる。
キモオタ時代は、あんな感じでネットチャットしていたのだ。
できることなら、二度と思い出したくない人生の黒歴史だ。
可憐が過去の自分を恥じらっているうちに、時計の針は十二時を指す。
ボーンボーンと低く鳴り響く鐘の音に、全ての動きが止まったかのように見えた。
いや実際、狼は動きを止めており、その隙に逃げ出そうとして、ミルは可憐を振り返る。
「えーっと、十二時になったら逃げ出すんだったよね?逃げる理由は、あるのかい?」
可憐も咄嗟に「魔法が解けちゃうんだよ!」と叫び、手でミルを促した。
「走ってくる途中で靴を片方脱ぎ落せば完璧だ!!」
「えっ、難しいな。靴を脱いでいる間に追いつかれちゃうんじゃ」と、ぶつぶつ文句を言いつつも、ミルは素直に階段を降り始める。
動きを止めていた狼クラウンはミルを追うでもなし、低く小さく呟いた。
「今夜 十二時 誰かが 死ぬ……」
「え?」となった皆が見たものは、鬼の形相でミルの追跡を開始した偽クラウンの姿であった。
「死ぬのは貴様だ、シンデレラー!!」
ちらっと後ろを振り返り、ミルも仰天する。
偽クラウンが殺気を放って全力疾走してくるじゃないか。
先ほどまでのまったりした雰囲気は、十二時を告げる鐘の音と共に吹き飛んだとしか思えない。
魔法が解けたのは、シンデレラではなく狼だったのか。
「ギャー!なんだコレ怖い!ちょっと、見てないで誰か助けてよー!」
必死の悲鳴に皆の時間も戻ってきて、慌ててアルマが猟銃を構えようとして、取り落とす。
「あ、あたし、よく考えたら銃なんて撃ったことない!」
「さっき思いっきり撃ってませんでした!?」
ミラのツッコミを聞き流し、さっと銃を取り上げて構えたのはキースだ。
「俺に任せろ!」
弾は狙いたがわず、狼の体を撃ち抜いた。
撃つ前に本物か否かの確認をされなかったと狼が倒れた後で可憐は気づいたが、あのクラウンは誰がどう見ても偽者であろう。
イケメンは絶対にフヒヒなんて言わない。
たとえクラウン自身にイケメンの自覚がなくとも、可憐は堅く信じていた。
「ぅゎょぅじょっょぃ」と言い残して狼は消滅し、辺りの景色が森へ続く小道へと切り替わる。
「撃ったのは幼女ではなく俺なんだが」と呟き、キースも銃を降ろした。
「……一応、これで二つともクリア、かな?」
ミルに尋ねられ、可憐は頷いた。
「たぶん、ね。場面が切り替わったってことは、きっとそうだ」
試練は、あと四つ。
残っている仲間の人数を考えると、残り全部の物語が並行してくる可能性も高い。
全員が試練で戻ってくるならば、だが。
可憐が不安げにミルを見下ろすと、力強い頷きが返ってくる。
彼女は試練で仲間が必ず全員戻ってくると信じているようだ。
そうだ。
自分が不安になって、どうする。
離れ離れになっている仲間たちだって、きっと心細くなっているはずだ。
不吉な予想をするのもナシだ。うっかり管理者に採用されたら困る。
可憐は思考を切り替えて、一歩踏み出した。
直後、周りの景色は、またしても緑一色に包まれた――
BACK←◇→NEXT

Page Top