転がれ!そして止まれ、答えるのだ

仁礼尼の話によれば、試練は全部で十二個ある。
これまで可憐が見てきた物語は人魚姫、桃太郎、かちかち山の三本だ。
物語がイコール試練なら、歩き回るうちに残り九個も自然と見つかるだろう。
「試練に勝つには内面の真実を差し出せ……そう言っていたよね、彼女。ボクらは今、なんとなく突破してきたけど、あれでよかったのかなぁ。それに内面って、誰のを指しているんだ?」
道なりに歩きながら、ミルは腕を組んで考え込む。
彼女の隣を歩く可憐も首を傾げた。
管理者の求める回答ではなかったら挑戦が終わってしまうようなことも仁礼尼は言っていたように記憶しているから、クリアの仕方は、これでも許容範囲なんだろう。
「もし俺が、あの時エリーヌのお色気に負けていたら失敗になったのかも……」
ぽつりと呟いた一言を聞き逃さず、キースが目の色を変えて突っ込んでくる。
「お色気だと?詳しく聞かせろ!」
「いや、まぁ、原本にない過剰なサービスシーンがあって、危なくハニートラップに引っかかる処だったんだ」
可憐は正直に答え、隣でミルが肩をすくめる。
「本気で危なかったよね、あれは。可憐が女性に優しい紳士で助かったよ。キース、君だったら引っかかって失格になっていたかもねぇ」
「むぅ……カレンにだけエッチなサービス展開があったとは、羨ましい限りだぜ」
面と向かって毒を吐かれてもキースが気にした様子はなく、逆に羨ましがられた。
「それより判らないのはキースが出された試練だよ。酒池肉林美女スープが出てくる物語に、全然心当たりがないんだけど……」
下がり眉の可憐に助言したのは、これまで会話に混ざらず無言を貫いていたユンだ。
「そのスープ情報に関しては、キースが間違って聞き取った可能性が高い。俺が山で遭遇した狸の発言を信じるのであれば、森の中に一軒家があり、注文に従って体を綺麗にすると真っ白な皿に乗せられるのだそうだ」
「皿に乗っかって何をするんだ?」といったミルの質問を流し聞きしながら、可憐は知識を総動員する。
山奥の一軒家で迷い人が物の怪に食べられそうになる物語は数多い。
キースに仕掛けられたのは、そのうちのどれだろう?
ミルの問いにユンが「何もしない。化け物の腹に収まるだけだ」と答え、「なんだ。じゃあ体を綺麗にする奴なんて一人もいないじゃないか」との突っ込みには「その一軒家は珍しい料理屋を装っている。腹を減らした人々は簡単に騙されるようだ」とも答えるのを聞いて、ピンときた。
「あーあーあー、判った判った!宮沢賢治ね、やっぱ一つの試練だったんだ。あれ?でも、まんまと引っかかったのにキースは無事だし、失格にもなってないね」
驚く可憐に、ユンが首を振る。
「完全には引っかかっていない。その証拠に、キースは食べられていない」
「俺が間違って聞き取っただと?失敬な、奴らは確かに酒池肉林美女スープだと言っていたぞ」
キースも不機嫌に応え、付け足した。
「奥で美女が待っているというから甘ったるい匂いのクリームを塗って頭に蜂蜜オイルをかけて、体を念入りに洗った上で、お肌がツルピカになると評判の塩を塗り込んだ。そして先にスープに入っていろと言われたんで入ってみたら、それがまた猛烈な熱湯で、熱さのあまり飛び出たら、スープを煮込む用の火が俺の背中に燃え移ったんだ!」
「途中経過で一度も疑わなかったのが、逆にすごいよね……」
遠い目で固まるミルには、可憐も同感だ。
それにしても、酒池肉林美女スープか。ここでも余計な改悪が施されている。
人魚姫での全裸エリーヌにしろ、注文の多い料理店での美女スープにしろ、こちらの性格を見通した際どいトラップだ。
それが"内面の真実"に繋がる……のだろうか?

麓に戻り、刃とシズルがいると思わしき一軒家の戸を叩く。
しかし返事がないので戸を引き開けてみると、中にいた刃に泣きつかれた。
「大変だ!シズルが、おむすびを追いかけて出ていってしまったんだ」
「そんなことより怪我は、もう大丈夫なのか?狸に襲われたと聞いているが」
マイペースに尋ねるユンには「あぁ、シズルの看病のおかげで助かった」と律儀に答え、「だが、今はそのシズルが行方不明になってしまった」と刃は項垂れる。
この一方的な会話展開からも、刃が偽者なのは一目瞭然だ。
礼儀正しい彼ならば、まず一声目には、自分の為に狸と戦ってくれたユンを労わるはずだ。
しかし、この試練は仲間が偽者か本物かを見分けるものではない。
どんな結末であれ、物語を完結まで導くのが正しい回答だ。
となれば、転がるおむすびを追いかけて出ていったシズルを追いかけるっきゃない。
お昼に食べようとしていたおむすびが地面を転がって、そのままシズルも地平線の彼方まで走っていってしまったのだとか。
「坂道でもないのに?」と驚くミルの横で、キースが至極まっとうな突っ込みを呟く。
「地面を転がった飯なんぞ汚くて食えんだろうに、なんで追いかけていったんだ」
おむすびころりんに突っ込む知能がある割に、酒池肉林スープには、まんまと引っかかったのかと思うと、可憐も内心薄笑いが止まらないのだが、今は仲間の失敗を笑っている場合でもない。
「俺の知っている物語のとおりに進むなら、おむすびはネズミの住処に転がり込むんだ」
「ネズミ?ってことは、シズルは落とし穴に落ちちゃうの?」と、ミル。
「落ちちゃうっていうか、ご招待されるんだ。ネズミに」と訂正し、それらしき穴があったら教えてほしいとユンやキースにも伝え、足元を見ながら歩き出す。
だが地平線の果てまで行かぬうちに「危ない、止まれカレン!」とキースに大声で叫ばれて、一歩遅く「あうっ!」と可憐は前方の何かにぶつかって、すってんころりんと転んでしまう。
「カレン、しっかりしろ」
ユンに助け起こされた可憐が見たのは、前方を塞ぐ形で現れた巨大な土管であった。
「土管がドカンと現れたァ!?」と素っ頓狂に声を荒げる可憐へ、ミルが確認を取る。
「この土管がネズミの住処なのかな?」
「これが?ネズミってのは地中に住む動物だったと記憶しているが」
悩むキースや可憐、ミルへは何も断らずにユンが、さっさと土管の中に入っていくもんだから、三人も慌てて追いかける。
「このペースで一つ一つ解決していくんだとしたら、十二個全部終えるまで何日かかるか判らないよ」とぼやくミルを見て、そもそも今はどれほど時間が経過したのかと可憐は考える。
自分の感覚では数時間しか経過したように思えないのだが、現実と異世界とで時間経過が違っていたりしたら、どうしよう。リアル浦島太郎になりたくない。
やがて前方から「おむすびころりん、すっぽんぽん」と歌声が聞こえてきて、四人は全員が嫌な予感にかられた。
「あー、これは誰かの偽者が全裸で出てくるフラグだね……」
遠い目で呟く可憐へ、ユンの質問が飛んでくる。
「カレンがこれまで達成した試練で出てきたのは、誰の偽物だ?俺達はナナとセーラだった」
「ん?あぁ、関連した人物が出てくるんじゃないかってこと?そうだね、ボクが見たのはエリーヌの偽物だったよ」とミルが答え、「関連も何も、一緒に入った仲間がランダムで選ばれているんじゃないの?俺はカネジョーの偽物も見たよ」と可憐も会話に混ざった。
「関連ってのは言葉が拙かったな。主役に選ばれた人物と近しい偽物が出たんじゃないかと疑っているんだよね?ユンは」
ミルは言い直し、ユンが頷くのを横目に首を振る。
「でも、出現に関しては可憐の推測が正解じゃないかな。ただ、全くランダムってわけでもなく、ボクと可憐の試練は姫がテーマだったからエリーヌが選ばれたのかもしれない」
土管の行き止まりは、大広間になっていた。
部屋の中央に大きな屏風が置かれている。
屏風に描かれているのは、M字開脚でポーズを取るフォーリンの裸画だ。
可憐とキースの口からは同時に「うほぅ!」と奇声が発されたが、ミルとユンの目に留まったのは、そこではなく。
屏風の真正面で正座して、薄い紙に筆で絵を描くシズルの姿であった。
両脇にはネズミの着ぐるみな格好の女性が立ち並び、「おむすびころりん、すっぽんぽん」と合唱している。
屏風の横に立つナマズ髭のオッサンが銅鑼声を張り上げ、鞭をふるう。
「そぉれ、絵の美女を退治せや!倒せなんだら、にぎって転がし、すっぽんぽん!」
前後の流れが見えてこない、異様な状況だ。
可憐の世界で伝わる、おむすびころりんとは程遠い。
「えー……何この地獄絵図」
ネズミの住処で何をするのかも聞いていなかったミルは、想像もつかない光景に茫然と佇み、ユンはシズルに近づいて尋ねた。
「おむすびは、どうなったんだ?」
だがシズルときたら一面に墨をつけた顔で振り返り、「それどこじゃねーよ!今日中にフォーリンの似顔絵を描かないと殺されて、おむすびにされちまう」ときたもんだ。
「似顔絵を描くのと絵を倒すのとは、どう繋がるんだ」との冷静な追及にも、鬼相を浮かべてシズルが答える。
「屏風の絵を倒せってのは俺にも意味が判んねぇ……けど刃が人質に取られていて、俺が満足のいく似顔絵を描けなかったら、二人揃って、おむすびの具にされちまうんだよ!」
「なら、手っ取り早くナマズ髭をぶっ殺せば済む話じゃないか?」
横手から物騒な案を出してきたのはキースだが、そいつを止めたのは可憐だ。
「流れに従わないで登場人物を勝手に殺したりしたら、何が起きるか判らないぞ」
屏風に描かれた美女を倒すのは、きっとアレだ。一休さんだ。
おむすびが行方不明になったのは気がかりだが、こちらはトンチな解決で何とかなろう。
「ユンは鉈で狸を殺したじゃないか」というキースの不満にも、「狸を退治するのは流れに沿った行動だよ」とフォローを入れ、改めて可憐はナマズ髭なオッサンの前に立つ。
近くで見ても大男だ。可憐と彼では、頭三つ分ぐらい背丈が違う。
知らない人と話すのにも、だいぶ慣れてきたと思っていたが、知らない人で且つ厳つい顔の大男と話すのは恐怖で足が震え、心も挫けそうになる。
しかし、ここで押し負けていては、シズルと刃が殺されてしまう。
ここは解決策を知る自分が何とかしなきゃいけないのだ。
勇気を奮い立たせる可憐に、男が銅鑼声で嗾けてきた。
「さぁ、さぁ、美女を倒してみせませぃ!この美女、夜な夜な抜け出ては皆を色香で惑わせる。縄で縛って捕らえませぃ!」
「縄で裸の美女を縛るのか……マニアックだな」と明後日の方向に感心するキースはさておき、可憐も大声を張りあげる。
「で、では、私が縄で縛ってみせますので、屏風から美女を追い出してくださいませ!」
何故か敬語で。
いや、原本の一休さんも敬語で言っていたから、これが正しい回答だ。
ナマズ髭は、ふふっと笑い、可憐の肩を軽やかに叩く。
「絵に飛びかかるでもなく、絵を破るでもなく、絵を汚すでもなく、言葉で打ち倒すとは見事なり。合格だ、二人は帰して進ぜよう」
いくらヌードの絵が描かれていたからといってもミルやユンの見ている前でシコシコする蛮行は出来ないし、絵を塗りつぶしたり破るといった方法は可憐の脳裏に浮かびもしなかった。
器物破損するような人間だと思われていたのかと考えると憤りもするが、もしかしたら可憐が現代人だと知った上で、物語の逆手を取ってくると予想されたのかもしれない。
瞬時にネズミ着ぐるみ軍団とナマズ髭男が消えうせて、何もない草原に出現したのを確認してから、ミルが仲間たちの顔を見渡した。
「合流できたのはシズルと刃だけかぁ。あと幾つ試練が残っているんだか知らないけど、先は長そうだなぁ」
「いや……フォーリンもだ」
ユンの一言につられて、皆の視線が集中する。
「いやあぁぁぁ、見ないでくださぁぁいっ!!」
素っ裸な自分を必死で隠そうと、地面にしゃがみこんで動けなくなった彼女に。
「ほぅ、ほぅ。夜な夜な皆を色香で惑わせる手管を、俺にも見せてもらおうか」
スケベ笑いで近づこうとするキースは、可憐が「だーめだって!おむすびの具にされちゃうぞ!」と羽交い絞めで食い止め、ミルもキースをチラリ一瞥してポツリと呟く。
「そうだね、無体を働く輩はボクの召喚獣で生皮剥がしてスッポンポンの刑に処そうか」
悪魔の提案を出されたとあっちゃ、キースも接近を断念するしかない。
「冗談だ。俺がナナたん以外の巨乳に心を惹かれると思うなよ」
「どうかなぁ。君は初対面でフォーリンに悪さをしたじゃないか」とミルも突っ込み返し、裸のフォーリンにはシズルと刃の上着が渡されて、どうにか上下を隠して動けるようになった。
「うぅっ。酷いです、意識を取り戻したら酷い格好で絵の中に閉じ込められてしまって……抜け出せても、服が戻ってこないなんて」
ぶちぶち愚痴垂れるのを聞くに、あの絵は本人まんまだったのか。
もっとよく、じっくり眺めておくべきだった。
スケベ笑いを浮かべる可憐の後方では、フォーリンが笑顔でワの二人に礼を述べる。
「ありがとうございます。シズルさん、刃さん。お洋服は後で洗ってお返ししますね」
「あー、まぁ、礼を言うなら可憐に言ってやんな」
パタパタと手を振ったシズルが、前を歩く可憐の背中へ呼びかけた。
「俺達からも礼を言わせてくれ。助けてくれて、ありがとうよ!あんな解決方法、俺じゃ絶対思いつかなかったぜ。俺は言われるままに絵を描くしか出来なかった……きっと、あのままだったら、俺も刃も殺されていたよ」
「そしてフォーリンも絵の中に閉じ込められたまま、永遠に……」
ミルの悪ノリに、本人がヒィッと青くなる。
「や、やめてください、ミルゥ。怖い想像は」
「ま、でも絵は死なないからいいんじゃない?誰かの家を飾る芸術品になれたかもよ」
フォローにもなっていないフォローには、フォーリンも涙目でグスグス文句を愚痴たれた。
「うぅ、芸術品になるよりも、人として暮らしたほうが幸せですぅ……」
それにしても管理者の仕掛けてくる罠は、どれもこれも死と直結したバッドエンドばかりだ。
ミルも可憐と同じことを考えたのか、眉をひそめて急かしてきた。
「死にかけるような危ないシナリオばっかりだね。早いとこ全部クリアして終わらせちゃおう」
そうしたいのは山々だが、残りはあと六つもある。
一つずつ順番に解決していくしかなかろう。こちらで呼び出すことも出来ないのだし。
ひぃふーみーと指折り数える可憐の行く手が、またしても切り替わる。
今度は、うってかわって日本風から西洋風な背景へと――
BACK←◇→NEXT

Page Top