※役柄はイメージです

可憐とミルが道なりに走っていくと、突如辺りの風景が青から緑へと切り替わる。
「書き割りみたいだなぁ」と呟く可憐に「書き割りって?」と尋ねてから、ミルは足を止めた。
いつの間にやら、見通しの悪い大樹海に入り込んでいた。
舞台背景のようだと可憐が感じるのも無理はない。
ここへ到着するまでに、海と森の間に存在するはずの景色を見た覚えが一切ないのだから。
「次のシナリオは森で起きるのか。この世界を作った奴は、ボクたちを物語に重ねて何をやらせたいんだろうね?」
「反応を見て楽しんでいるだけかも」と可憐は推理を働かせてみたが、質問した側のミルは聞いてもいなかった。
静かだった木々が風もないのにザワザワ揺れて、異変の前触れを告げてきたとあっては。
「さぁ、始まるぞ。シナリオの心当たりがあったら、先の展開を教えてくれ」
ミルにひそひそ耳打ちされて、可憐は無言で頷いた。
いわゆるネタバレか。それなら可憐でも、お役に立てそうだ。
待ち構えていると、姿を現したのは赤いビキニのアルマと青いビキニのクロンであった。
二人とも頭に鬼の角をつけていると確認した瞬間、可憐が大声で叫ぶ。
「判ったぞ!泣いた赤鬼だッ」
「え?何、それ」と驚くミルの横で、簡潔に説明する。
「人間と友達になりたい赤鬼の為に、青鬼が人肌脱ぐ友情物語だよ」
ドヤ顔で語る可憐へ、アルマが掴みかかった。
「見つけたわ、桃太郎一味め!奪った財産を返してちょうだい!!」
「へ?」となったのはミルだけではなく、当の可憐もだ。
ポカンと呆ける頬にぐりぐり鉄棒を押し当てて、クロンも鬼の形相で迫ってくる。
「へ?じゃない……人を勝手に悪人にしたてあげて、金銀財宝を強奪するのは許されない」
「い、いや、知らないけど?てか、俺もミルもモモタロウじゃないし」
返せ返せと急き立てるだけでアルマもクロンも、それ以上の攻撃をしてこないと知って、ひとまずは安堵したが、前方をアルマ、後方をクロンに囲まれての挟み撃ちでは逃げ場もない。
「よく判らないけど、桃太郎を退治すればいいのか?」とのミルの問いには、頬をぐりぐりされながら答え返す。
「違う!桃太郎は退治する側なんだ。じゃあ、この物語は泣いた赤鬼じゃなくて桃太郎?」
首を傾げた直後、どこかで剣戟が鳴り響いて、ミルも可憐もハッとなる。
打ち合う音は、もっと森の奥深くだ。仲間の誰かが襲われているのだとしたら、助けねば。
「金銀財宝は奪ってないから知らないよ。それより通してくれる?誰かが奥で戦っているんだ」
ミルの要求にも二人は頷くことなく「金銀財宝を返してくれなきゃ通さない!」の一点張りだ。
「……もう、めんどくさいなぁ」
ぶつぶつ愚痴垂れるミルの額に青筋が入ったのを、見逃す可憐ではない。
クレイバードを呼び出す前に、注意を呼び掛けておいた。
「あんま物語にないものを呼び出さないほうがいいんじゃないかな。何が起きるか判らないし」
「けど今のままじゃ、にっちもさっちもいかないじゃないか。強引に突破口を作らないと奥に進むこともできないよ」と、ミルも苛々した口調で言い返す。
可憐も負けじと推理を披露した。
「たぶん、このシナリオを作った人は、シナリオ内容に沿ってクリアしてほしいんじゃないか。さっきは強引に突破したせいで、城までアワアワになって大変な惨事になっちゃったじゃないか。だから、今度は内容通りに」
「内容通りにクリアしたとして、他の皆と合流できるって可憐は自信もって言えるのかい!?」
最早ミルの額に浮かんだ青筋は、一本や二本ではない。
可憐と口論しているだけでも、クレイバードは召喚されてしまいそうだ。
妨害する気はないと油断していた鬼役の二人が、不意に動いた。
「どうしても」「返さないというのであれば」
「実力行使で奪い返すまでよ!!」
二人の声が重なって、同時に金棒で殴り掛かってくるのを、寸でのところで可憐は「ひゃあ!?」と身をかがめる。
よけた後で、今のは、よく自分でもよけられたもんだと感心した。
普段の可憐なら、およそ直撃していてもおかしくない。
当たっていたら即死は免れなかっただろう。
「持っていないって言っているだろ!?しつっこいなぁ」
こちらもヤバイ。
完全にミルがキレた。
しかし、召喚術には呪文を必要とする。
多少のタイムラグがあるからには、呼び出される前に、こうするしかない。
呪文を唱え始めたミルを抱きかかえ、「ひゃああ!?」と今度はミルが悲鳴をあげる中、可憐は森の奥を目指して走り出す。
「ちょっ、ちょっと、やめてよ、くすぐったい!ボクは自分で走れるったら!」
騒ぐミルもなんのその、アルマとクロンが追いつく前に次のシーンへ飛び込んだ――と、可憐が感じたのは他でもない。
またしても風景はガラリと切り替わり、一面田んぼな場所に出たからだ。
「さ、さっきのシーンはクリアできたのかな……?」
「それより早く降ろせよ!」
プンスカ怒るミルに腕を引っかかれ、「ア、イタタ!」と叫んだ可憐は勢いで手の中の幼女を放り出す。
人の腕を引っかくたぁ、猿みたいな真似をしてくれる。
もしかして、ミルが凶暴なせいで桃太郎の仲間だと間違われたんじゃあるまいか。
ミルはストンと華麗に着地を決めて、ぷぅっと頬を膨らました顔で可憐を見上げた。
「だっこしなくても言ってくれれば、一緒に逃げたよ。次からは、そうしてくれよな」
「いや、だってさっきは呪文を唱えようとしてたじゃんか。俺が言っても逃げなかっただろ?」
可憐もムッとなって反論するが、前方から土煙をあげて誰かが突進してくるのに気づいて、ぎょっとなる。
「うぉおおおおおおお!!!!!」と怒声を放って走ってきたのは誰であろう、変態眼鏡ではないか。
何故か狸の着ぐるみをまとっている。
「え、えーと、次は、かちかち山、かな?」
狸の出てくる昔話は、かちかち山だけに限らない。
それでも可憐が、かちかち山だと断定したのは、キースの背中に燃える薪を見つけたせいだ。
狸がいるなら、近くに兎もいなければおかしい。
しかし、ぐるり一帯を見渡しても兎の着ぐるみな人物はおらず、首を傾げている間にキースが可憐とミルの横を走り抜ける。
続けてボチャンと飛び込む音に振り向いてみれば、田んぼにダイブしたキースと目が合った。
「まったく冗談じゃないぜ!酒池肉林美女スープかと思って飛び込んだら、火の海地獄だったとはな。おかげで全身火だるまになるところだったじゃないか。試練があるとは聞いていたが、異世界で死亡の可能性があるとは聞いてなかったぞ!」
いきなり前後の見えない話題をふられてミルは勿論、可憐もポカンと呆けてしまう。
かちかち山に酒池肉林美女スープなるものは出てこないし、薪に火をつけられても狸は火だるまにならない。
とりあえずシナリオを進めてみようと、可憐は話しかけてみた。
「え、えっと、酒池肉林美女スープの噂は、どこで聞いたの?」
「兎の着ぐるみを着た奴らが話していたんだ」と答えてからキースは道にあがり、ずぶ濡れの着ぐるみを脱ぐ。
「ユンやナナたんと一緒に狸退治に出たまではいいんだが、途中ではぐれちまってな。仕方ないから当初の目的、酒池肉林美女スープを探す旅に戻ったんだが、双子らしきオッサンに騙されて、このザマだ。まだ二人が山奥にいるんだとしたら、俺はユンを助けにいかねばならん」
意外な一言に、可憐とミルは目が点になる。
キースなら、真っ先にナナの安否を最優先するはずだ。
となると、このキースは偽者なのだろうか?
ポカンとする二人に気付いたか、キースが注釈を付け加えてきた。
「あぁ、言っておくがユンと同行しているナナたんは偽者の可能性が高い。なにしろ堂々と俺達にシモネタを振ってきたのだからな!いつも天真爛漫、純真天使なナナたんが、あんなシモネタなんぞを振ってくるわけがないッ」
一体どんなシモネタを振られたのかは判らないが、口をへの字に折り曲げてのご立腹だ。
キースが本物なら、言っていることも本当で、ナナは偽者だ。
だが、もしキースが偽物だった場合は――?
立ち止まって考えていても、答えは出まい。
現にキースは早くも山へ向かっているし、ここで立ちんぼしている意味もない。
道すがら、それとなくミルはキースに尋ねる。
「なんだって狸退治をする流れになったんだ?そういう試練なのか?」
「理由は判らんが、刃が狸に襲われたのだとユンが言い出してな……酒池肉林美女スープを探す俺と合流し、途中の道でハレンチ偽ナナたんや、あからさまに偽者なセーラとも出会って目標の狸を見つけたまでは良かったんだが、川から流れてきた筏に俺だけが跳ね飛ばされて、あとは先ほど話した通りだ」
「えぇと」と首を傾げて、なおもミルが追及する。
「筏に跳ね飛ばされた後、何がどうなればスープに飛び込んで背中に火がつく羽目になるのか、全然わからないんだけど」
「まぁ、そこは長くなるから省略した。さして面白い話でもないしな」
仏頂面で答えるキースに「え〜?教えろよぉ」とミルが絡むも、キースは「うるさい、省略だ。他人の黒歴史を、ほじくり返そうとするんじゃない」と突っぱね、会話が途切れてしまう。
省略された冒険の詳細は可憐も気になるが、しつこく尋ねたってキースは絶対に答えまい。
普段多弁な彼が口を閉ざすからには、思い返すのも腹立たしい出来事があったのだろう。
黒歴史を掘り返されるのが嫌なのは、誰だって一緒だ。あえて省略してあげよう。
急な山道を登るうちに、「お、そろそろ、はぐれた地点に到着するぞ」とキースが呟いた。
藪の中に『鬼が島』と書かれた看板が立っているだけで、他には何もない場所だ。
「鬼が島って……山、だよね?ここ」
ミルに確認を取られて、可憐も頷く。
「そういや、さっきの鬼二人が言っていたね。桃太郎に財宝を奪われたって。桃太郎には誰が当てはめられているんだろう?」
「待て、モモタロウだと?」と反応したのはキースだ。
「モモタロウなら知っているぞ。偽ナナたんにユンが、そう呼ばれていたはずだ」
しかし先の話によればユンに当てはめられたのは狸退治であり、かちかち山の兎役である。
ユンに倒されるべきは狸のキースだったわけだが、キースはユンと同行していた。
狸役が二人いるのか、それとも桃太郎のルートと、かちかち山は別物扱いなのか。
「偽者のナナは、どんな格好になっていた?」
ミルの問いに、キースが答える。
「ワンコの着ぐるみだ。可愛かったぞ、偽物でも」
「犬かぁ。犬は何の役目を与えられているんだ?」と、これは可憐に尋ねたもので、可憐も顎に手をやりながら考える。
「今の物語に沿った役なら、桃太郎のお供かな」
「あぁ、それで股につけた二つの黍団子を狙っていたのか。お供になる報酬として」
キースの発言に、ミルと可憐は二人揃って「黍団子?」と聞き返す。
いや、可憐は黍団子が何なのか知っていたが、あれは確か腰にぶら下げていたはずだ。
「お腰につけた きびだんご〜 一つ私にくださいな〜……だよな」
小声で歌ったら、キースには「そうだ、その歌を歌っていたぞ、偽ナナたんも。だが、腰ではなく股だと歌っていたが」と突っ込まれる。
どうも、あちこち妙な改変がされている。
最初に見た人魚姫だって、原本で消えるのは姫だけであって城まで泡になるのは過剰演出だ。
「その歌を知っているってこたぁ、カレンは、ここで起きている一連の流れが何なのか知っているのか?」とも聞かれたので、可憐はミルに話したことをキースにも教えてやった。
「ふむ、ベースとなる原本があったのか。では尋ねるがユンが目的とする狸退治は、原本では、どのように遂行されるんだ?やはり殺すのか、鉈で」
思わず「鉈なんて物騒な武器は使わないよ!」と叫んでから、可憐は言い直す。
「兎は、まず、狸の背中に薪を背負わせて火をつけるんだ。その後、やけどを負った狸の背中に辛子を塗り付けてやって、最後は泥の船に乗り込ませて溺死させるんだったかな」
「なんだそりゃ。ひと思いに鉈で殺すよりも、よっぽど残忍な処刑法じゃないか」
キースは呆れ、ミルも驚いたように小さな溜息を吐き出した。
「可憐の住んでいた世界って、平和なのか物騒なのか、よく分かんないね……」
可憐も、二人の感想には驚いた。
まさか正義のヒーロー、兎側を批判されるとは思わなかったのだ。
「えっ、だって、お爺さんはお婆さんを狸に殺されたんだぞ?兎は、お婆さんの恨みや苦しみを狸に与えてやったんだ」
独身の可憐でも、兎の行為は妥当だと考える。
もし仮にフォーリンと結婚して、フォーリンが惨殺されたとなったら、犯人には彼女と自分の受けた苦しみを五十倍にして与えてやりたい。
「そ、そうなんだ。じゃあ、これは、愛の物語……なのかな?」
まだキースやミルは納得いかない様子であったが、茂みがガサッと揺れて、全員の意識がそちらへ向かう。
誰だと誰何する前に青い髪の男、ユンが姿を現した。
「キース、戻ってきたのか。狸は討ち取った。しかし、ナナとセーラが消滅した」
「偽ナナたんと偽セーラが消滅って、どういうこった?」
キースの質問に「どうもこうもない。煙のように掻き消えてしまったんだ」と、無表情にユンが答える。
物語が完結すると、偽物の仲間たちは消えてしまう運命にあるようだ。
ユンとキースは残っている処を見るに、本物の二人で間違いない。
「狸は、どうやって倒したんだ?」との問いにも、やはり仏頂面で鉈を一振りする。
「鉈でバッサリやった。呆気ない戦いだった」
「え、えーと……その、着ぐるみを?それとも、本物の狸を……?」
可憐の深く突っ込んだ質問には、しばらくの間が空いて、やがてユンは踵を返す。
「想像に任せる。それよりも、本物のナナが心配だ。探しに行こう」
さっさと下山する背中を見つめ、不燃焼な可憐にはキースが、そっと答えた。
「あぁ、ちなみに、この流れに本物の獣は一切出てこなかった。そういうことだ。さぁ、納得したなら山を下りて、ナナたんを探しに行くぞ」
おかげで気分が悪くなり、余計な質問をしなきゃよかったと可憐は後悔したのであった。
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