全裸の女が無言で結婚を迫ってくる恐怖

波の寄せる音が聞こえる……
身を起こし、ミルは自分が浜辺で寝ころんでいたのだと知る。
砂だらけのローブをはたき、周りを見渡してみたが、仲間は一人もいない。
見覚えのない海岸に、独りぼっちだ。
即座に、これは扉を作った奴の作り上げた異世界だと判断した。
次々出される試練に答えていくだけかと思ったのに、仲間と離れ離れになるとは誤算だった。
ミルは「困ったな……」と、声に出して呟いてみる。
そうすることで、何らかの反応を世界に期待した。
果たしてミルの声が聞こえたか、ザバァッと水をかき分けて、浜辺に上がってきた者がいる。
一目見て、あっとなる。
「……何やっているんだい、エリーヌ」
現れたのはエリーヌであった。
ただし頭にはワカメをかぶり、腰から下には魚の鱗模様が描かれていたが。
上半身は胸が露わで、下半身には何も履いていない。
しかも、それを隠そうとしなければ恥じらいもしていない。
どう見ても普段の彼女とは、およそかけ離れた姿に、ミルは唖然と見守る。
「嵐の夜、助けた王子様のことが忘れられません。魔法使い様、どうかこの恋を成就させる魔法をおかけくださいませ」
破廉恥な格好のエリーヌは、芝居がかった涙をこぼし、ミルに泣きついてくる。
「え、魔法使いって。ボクは召喚師なんだけど?」
真顔で返すもエリーヌは全然聞いておらず、いそいそと下半身のペイントを海水で洗い落として、頭に乗せたワカメも地に落とし、晴れやかな笑顔を浮かべた。
「マァ素敵!王子様と同じ人間になれたわ。でも、王子様の前では口を開いてはいけないのね。もし口を開けば、海の泡となってしまうのだから」
何を言っているのかと突っ込む前に、エリーヌが勢いよく走り出す。
「ちょ、ちょっと待ってよ、どこ行くんだ!?」と尋ねれば、彼女は走りながら状況説明を叫ぶ。
「二十四時間以内に、お城の王子様と会わなくては!海の泡になってしまう」
海の泡になる意味が分からずとも、追いかけるしかない。
どう見ても今のエリーヌは正気ではないし、あからさまに偽者っぽいのだが、もしかしたら本物が洗脳されている可能性もある。
あの格好、全裸で町だか城だかに突入する気満々だ。
もし彼女が正気に戻った時の心情を考えると、絶対に止めなくてはならない。
「待て、止まれ!そこの全裸女ー!」と叫びながら、ミルも慌てて走っていった。

走っていくうちに、風景が変わったのには気づいていた。
先ほどまで浜辺にいたはずなのに、今いるのは煉瓦造りの家が並ぶ街中だ。
エリーヌを見失ってしまったが、全裸女が駆け抜けていったのを誰一人として気にする者はいないようだ。
ミルは足を止めて、考え込む。
誰かが企てたシナリオによると、全裸のエリーヌは城で王子様と出会う予定である。
出会って、何をするつもりだ?そもそも王子様とは、どこの国の王子様だ。
順当に考えればセルーン国だが、あの国は王が機械なのだからして、王子がいるとも思えない。
現に第九小隊の面々は、一度も王子や王妃の話をしていなかった。
いや、ここが異端者の作りだした異世界だとしたら、誰が王子なのかを考えるのは無意味だ。
エリーヌを探して、連れ戻そう。偽者か否かは、連れ戻した後で判明させればいい。
町の人に尋ねて、城の場所を教えてもらう。
城は大通りを抜けた先に建っていた。
煉瓦造りの大きな建物で、入口には兵士が二人見張りについている。
「ねぇ、全裸の美少女を見なかった?城の王子様に会うって言って走ってったんだけど」
ミルが直球で尋ねると、兵士の一人が格好を崩す。
「あぁ、全裸の美少女なら来たぜ。今頃は、お楽しみなんじゃないか?大臣が」
「え?なんで大臣が?」と驚くミルに、兵士は卑猥な笑みを浮かべて答えた。
「そりゃあ、決まってんだろ?全裸で口がきけない美少女だぞ。大臣が味見をした後は、俺たちにもマワされるって寸法よ」
口のきけない美少女を慰みものにしようとは、聞いて呆れる統制者だ。
ただでさえ短気なミルの頭にはカァーッと血がのぼり、口を飛び出したのは召喚の呼び声で。
「クレイバード!この薄汚い城を焼き尽くせ!!」
召喚獣出現で驚く兵士二人を突き飛ばし、城の奥へと入り込んだ。

可憐もまた、この異常なる世界にて目を覚ましていた。
ハッと我に返った時には童話に出てくる王子様みたいに真っ白な提灯ズボンを履かされて王座に座っており、皆が可憐を"王子様"と呼んでくるものだから、可憐には逃げることはおろか、違いますと首を真横にふる選択肢も残されていなかったのだ。
王子様扱いされている割には、何をするでもなく椅子に座っていなければいけない。
これはこれで結構つらい。
幸い、尿意も空腹も感じないのだが、どこにも見当たらない仲間が気がかりで仕方なかった。
不意にバターン!と勢いよく正面の扉が開いて、両脇にいた兵士が高らかに叫ぶ。
「大臣の、おなーりぃー!」
誰が来たのかと目を凝らす可憐は、入ってきた人物を見て、あっとなった。
何故か偉そうな髭を生やしているが、間違いない。
カネジョーじゃないか。第九小隊の。
カネジョーらしき人物は「王子様にご献上したい者がございます」と述べ、扉へ向かって声をかける。
「おい、つれてこい」
命じられて兵士の一人が廊下へ出て、ぐいぐい手を引き連れてきたのはエリーヌであった。
ひとめ見た瞬間、「うわぁっ!?」と悲鳴が可憐の口を飛び出した。
なにしろエリーヌの格好ときたら、上から下までスッポンポン。
アソコもオッパイも隠そうとせず、堂々と全裸で仁王立ちしている。
これには見ている可憐のほうが恥ずかしくなって、慌てて視線をそらしたが、カネジョーたる大臣が近寄ってきて、無理やり可憐の首を強引に捻って正面へと向き直らせてきた。
「ちょぉ、やぁ、駄目だって!何も着てないんだから」
手で隠そうとしても、両手を兵士にふん縛られて、可憐は全裸と向き合わされる。
こうなったら、アレだ。目を瞑るしかない。
カネジョー大臣に頭を掴まれた格好で、可憐はギュッと両目を瞑る。
本音を言うと、見たい。ジロジロ丹念に眺めまわしたい。
だが、そんなことをやった後で何か文句を言われたらと思うと怖くて出来ない。
相手は一国の王女、しかも想い人がいる少女だ。可憐が眺めていい全裸ではない。
これがフォーリンだったら、どうだろう。
あの大きなおっぱいが、たゆんたゆんでウヘヘのヘ。
可憐が近づいて見ようとするだけでも、やめてくださぁいと涙目でお願いしてくるのだ。
そんな恥じらい反応まで込みで萌える。超萌える。
余の妃にして、この国で一生を終えるのも悪くない。
フォーリンと結婚したら、やりたい放題のパラダイスが待っている。
柔らかそうな、おっきなオッパイに包まれて、毎日平和に暮らしたい。
目を瞑ったまま口の端をだらしなく緩めてニヤつく可憐に、エリーヌらしき美少女が手旗信号を送ってくる。
が、目を瞑っていたのでは可憐に伝わるはずもなく、少女はカネジョーに腕を引っ張られて、たたらを踏んだ。
「どうやら王子は、お前を必要としておらぬ様子。儂が可愛がってやろう」
のっぴきならぬ発言に、可憐はパチリと目を開ける。
エリーヌはクラウンが好きなのだ。カネジョーにも、彼女を可愛がる権利はない。
「やめといたほうがいいぞ。クルズ国じゃ、両手ないし両足を粉々にされるそうだから」
椅子を立ち上がって可憐が忠告するのと、ほぼ同時だった。
炎をまとった巨大な鳥が激しい轟音と共に壁を破壊して、王座の間に飛び込んできたのは!
あれはミルの召喚獣、クレイバードじゃないか。
ということは、彼女も此処に?
よかった、エリーヌにエッチな真似をしてなくて。
囂々と火花を飛ばす召喚獣に、カネジョー大臣が兵士を嗾ける。
「おのれ、怪物め!水をかけよ、火には水が一番だ!」
バケツリレーで次々に水をかけているが、そんなもので倒れるほど召喚獣もヤワではなかろう。
逆に炎で煽られて、兵士はパニックに陥っている。
今のうちにエリーヌを連れて逃げようかと可憐が考えていると、エリーヌも、こちらに駆け寄ってきて、ひしと抱き着いてきたものだから、泡を食って身を引きはがす。
「だっ!だだだ、駄目だって、駄目だって!」
一瞬だが、肘に彼女のオッパイが当たった。
柔らかくて、温かい感触が。
嬉しいけど、ミルに見られたら一巻の終わりだ。
ミルだけではなくフォーリンに見られてもヤバイ。
旅を共にしてきた仲間たちには、誰に見られてもアウトだ。
ドラストやクラウンだって軽蔑しよう。
好きな人がいると分かっている少女と、裸で抱き合う可憐を見たら。
こちらは全裸じゃないとしても、相手が全裸だ。
そうだ、いつまでも全裸のままでいさせるのは可哀想じゃないか。
恥じらっていなくても、もしかしたら内心じゃ恥ずかしいのかもしれないし。
そそくさと可憐はフリルのついた上着を脱ぎ、エリーヌの体にかけてやった。
提灯ズボンも脱いで、体を極力見ないようにしながら、彼女の腰回りに巻きつけてやる。
「さ、寒かっただろ?ひとまず、これで隠しておこう」
代わりに可憐が下着一丁と寒々しい格好になってしまったが、仕方ない。
エリーヌを全裸のまま放っておくよりはマシだ。
俯いた彼女が、そっと呟いた。
「お優しいのですね、王子様」
「えっ?」となった可憐の目が見たものは。
無数のシャボン玉となって、崩れ落ちるエリーヌの姿であった――
「ひ、ヒィッ!?」
人魚姫の最後で、姫は海の泡となって散る。
願いがかなわなかった非業の死だ。
初めて童話を読んだ幼い頃、泡になって消えるとはロマンティックな死に方だと感じた。
だが目の前で人の形をした生物が実際に泡となって消えていくのは、かなりグロテスクだ。
青くなって叫んだ可憐は誰かに腕を引っ張られ、強引に王座の間から連れ去られる。
去り際、振り向いた可憐が見たのは、泡の塊となって次々と天に昇っていく城の最後だった。


どこまで走ったのか。
息も絶え絶えに、ミルが「あ、危なかったぁ」と叫んで草原に転がるのを眼下に見た。
「ミル、きみはホンモノだよな?」
確認を取ると、「当然だよ」と答えてミルも可憐を見上げる。
「この世界は危険だ。うっかりしていると誰かの作ったシナリオの登場人物にされかねないし、崩壊に巻き込まれたら何が起きるかも判らない。さっきのエリーヌやカネジョーは偽者だったけど、本物が使われている可能性だってある。早く皆を見つけて合流しないと」
「さっきのシナリオだけど」と可憐も呟く。
「俺の世界にあった童話と、よく似ているんだよね。もし、この世界を作ったのがセルーンの異世界人だとしたら、そいつは俺と同じ世界の出身なのかもしれない」
「本当かい!?」と驚くミルへ頷いた。
「或いは、俺の世界を知っている別の世界の住民かもしれないけど。とにかく皆を探すのには賛成だ。さっきみたいに」
ぼやんとエリーヌの全裸が脳裏に浮かんで一瞬涎が出そうになり、可憐は必死に首をブンブン振って、イケナイ妄想を脳裏から追い払う。
「……さっきみたいに?」とジト目で問い詰めてくる相手に、動揺丸出しで言い繕った。
「さ、さっきみたいに色仕掛けでこられると、いろいろ困るし!?」
「そうだね。可憐は特に弱いしね、その攻撃に」
淡々と言い返され、ますます立場が悪くなった気がする。
すっかり居心地の悪くなった可憐に、でも、とミルは付け足した。
「君は、エリーヌの体に服をかけてやったじゃないか。なかなかの紳士っぷりだったよ。いや、王子様っぷりと言ったほうがいいのかな?次も、その調子で頼むよ」
滅多に聞けないミルの誉め言葉に、しばしポカーンと佇んでしまった可憐は、「ほら、何してるの?他の人を探すためにも、この世界をもっと歩き回ってみなきゃ」とミルに急かされて、慌てて後を追いかけた。
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