脱走フラグ

可憐はセルーン王を倒しに来たのではない。話し合いにきたはずだった。
なのにミルのまとめを聞く限りでは、国王を倒す方向に向かっている。
曰く、国王さえいなくなればセルーンの国民は自由になれる、との事であったが……
戦争を終結させるとは聞いていたが、セルーン国民の革命に参加するとは聞かされていない。
女性兵士と雑談しているうちに意気投合して、話が脱線したのだろうと可憐は予想した。
ともあれ、倒すかどうかは国王に会ってからでも決められる。
可憐としてはラブ&ピース、戦わないで済むような流れに持っていきたいところだけれど。

可憐がミルとの夢会話で頭を悩ませていた頃――
第九小隊のテントでは、珍しく小隊会議が行われていた。
「国王を倒すなどといった馬鹿げた妄想に、お前が乗るとは珍しいじゃないか。さては、どこかで頭を強く打ったのか?あるいは眠っている間に、悪い物を食ったか」
頭からレンを見下すキースには、レン本人よりも彼女の親友ナナが怒って反論する。
「もう、なんでキースは嫌味しか言えないの?そんなんだから陰険眼鏡って言われて、大尉にも相手にされないのよ!」
「陰険眼鏡って誰が言ったの?エロ眼鏡や変態眼鏡なら聞いたことあるけど」
セーラの茶々に「あたしが今思いついたの」とナナは軽く流し、なおもキースに食ってかかる。
「王様を一人倒すほうが他三国を倒すより、ずっと簡単でしょ?それだけで世界平和に一歩近づけるのよ!」
「そうは言うがな、ナナたん」
愛しのナナが相手でも、キースの反応は渋い。
「実際問題リアルに方法を考えるとして、だ。機械担当は恐らく俺がやるんだろうが、国家規模のセキュリティーを突破しろって、手持ちの機材で何とかなるレベルじゃないぞ。それに復旧までの時間も、どれくらいの速さなのかが判らん。王家転覆を狙うなら五年十年は時間をかけて、じっくり案を練らないと」
「なら、せめて彼らを外に逃がすだけでも出来ませんか?」と、キースの弁を遮ってきたのはレン。
ユンも珍しく言葉を発して、彼女のフォローにまわる。
「王はクルズの王女一行を捕縛させて政治利用に使うと決めた。つまり、彼らと交渉する気は更々ないということだ。王家転覆はキースの言うとおり、現段階では不可能だ。だが……王女一行をセルーンの外に逃がすだけなら、出来ない事もない」
「彼女たちは、イルミ国に突如出現したモンスターの出どころも知りたがっていました。ユン隊長は、何かご存じではありませんか?」
「イルミにモンスター出現だと?」
「あぁ、そりゃあババア大尉の十八番だな」
レンの問いに、キースとカネジョーの声が見事にかぶる。
「おい、お前の言うババアとは、まさか巨乳アナゼリア大尉のことではあるまいな」
キースが眉間に皺を寄せて聞き返す。
悪気のない顔で「他に誰がいるんだよ」とやり返し、カネジョーは肩をすくめた。
「あのババア、つか王様ヒゲも含めてだが、最近は召喚術にハマッてるらしくてよ。あちこちで召喚転移して迷惑だってんで、こないだなんか本部に宮廷術師が乗り込んできたらしいぜ。バッカじゃねーの」
以前、自分たちが提出した異世界探索記録を読んだ少尉が大尉を唆したのかもしれない。
戦力不足は空だけじゃない、陸も海も毎年死傷者続出だ。
異世界召喚に王様ヒゲ少尉が目をつけるのも、当然であろう。
ただ、現在は王が異世界召喚を禁じている。
異世界に渡る術の使用や、他国へ物資を転送する術の使用も同様に。
何故王が、そのような判断を下したのかは判らない。だが、セルーンの民は従うしかない。
「大尉と少尉が?それって反逆罪、または不敬罪じゃないの!?」
「いや、せいぜい良くて罰金が関の山だろう」と、ナナの驚愕に突っ込んだのはユンだ。
「しかし……使えるな、その情報」
キラーンと眼鏡を光らせ、キースが呟く。
「少なくとも、王家に対して巨乳大尉と王様ヒゲは弱みがあるわけだ」
「お、陰険眼鏡が本領発揮か?」
茶化すカネジョーを全スルーし、キースは声高々と思いついた案を披露する。
「国内で迷惑行為を繰り返していたのは、他国へ送りつける為の練習だったわけだ。だが今は、召喚も転送も禁じられて久しい世の中だ。ルール違反を上の奴が犯していたとなると、規律もダダ崩れよなぁ?ユン」
名を呼ばれてユンは一応頷いたが、嫌な予感がしてならない。
キースが得意になっている時は、大抵自分にいらぬ災いが降りかかってくるものだ。
「奴らと対等に話が出来るのは、俺達の中では、お前しかいない。父親の権威を盾に出来る、お前にしか。そ・こ・で・だ。ユン、物は相談なのだが」
ユンは渋い表情を浮かべていたが、その先に続くであろう言葉を自ら放った。
「アナゼリア大尉を言いくるめろ、と言いたいんだろう……」
「その通りだ。急激に物分かりがよくなったな、友として喜ばしいぞ!」
気安くポンポン隊長の肩を叩くキースを見、セーラがぼやく。
「いつの間に友達になったのかしらね」
「フン、男の友情とは女が知らん間に培われるものだ。さぁユン、もっと具体的な案を練るためにも、俺の研究室へ行こうじゃないか」
ぐいぐいユンを引っ張って、どこかへ連れ出そうとするキースにマッタがかかる。
「ちょっと、案なら、ここで練られるでしょ!ユン兄をドコつれてこうってのよ!」
憤慨しているのはナナばかりではない。
女性でひとまとめにされたレンやセーラも不信の目を向けている。
同じくカネジョーも放置されていたわけだが、彼は女性陣ほど、ふてくされていなかった。
「女にゃ聞かせたくない話題か。いいぜ、どっかでやってこいよ」
そればかりか逆に快く送り出したのにも、ナナは憤慨する。
「なんで急に聞き分けよくなってんの!そんなに女子には聞かせられないような事、ユン兄にやらせようっての!?」
「大体キースの研究所ってドコよ?テントを離れるのは、軍規違反だわ」
セーラの疑問にキースはニヤリと笑い、言い足した。
「安心しろ、駐屯所内にある。正しくは、このテントの下に地下部屋を掘った」
「テントの下に部屋を!?」と驚く三人など、もう彼は見ちゃおらず。
「さぁさぁユン、奴らを逃がすにしても時間は待っちゃくれないぜ。巨乳大尉を落とす作戦を二人で、じっくり考えようじゃないか」
相変わらず渋い顔のユンの背を、ぐいぐい押して出ていった。


第九小隊メンバー全員の承諾を得たのは、翌日の朝であった。
それを可憐に伝えたのは、夢の中のミルではない。
第九小隊の小隊長ユンだ。
彼が作戦に乗ってくるとは可憐もクラウンも予想していなかったので、驚かされた。
だが、もっと驚かされたのは、作戦内容の変更だ。
彼ら曰く、セルーンの国王はエリーヌ王女一行と対談する気が全くない。
故に、一行を逃がす手伝いなら出来るとの事であった。
「ミルは納得したの?」との可憐の問いにユンは黙って頷き、傍らのキースが補足する。
「王女もチビッコも最初は不満ブーブーだったらしいがな。それ以外では手を貸せないとレンが断ったら、渋々納得してくれたぜ」
「けど、それじゃイルミの最長老との約束が……」
しょげて呟く可憐の声を拾うかのように、カネジョーが質問をかぶせてくる。
「イルミに放たれたモンスターの正体か?あれならババア大尉と王様ヒゲの仕業だ」
どうしてそれを、と聞きかけてクラウンは口をつぐむ。
大方フォーリンかアンナあたりが、女性兵に話したのであろう。
「ババア大尉?」と首を傾げる可憐には、「垂れ乳大尉って言ったほうが判りやすいか?」と、上官に対して不敬極まりない発言をカネジョーがしている。
セルーン軍の内部は、どうも礼節が足りていない。
礼節が足りないのは、或いは第九小隊だけなのかもしれないが。
「……今のセルーンは皆、狂い始めている。長き戦争の余波なのかは不明だが」
ユンがポツリと呟いたので、全員の視線が、そちらへ向く。
「艦隊を指揮する上官が法を犯すなど、以前は考えられなかった。暗殺教官の送り込みにしても、そうだ。セルーンは大国の誇りを、いつ見失ってしまったのか……」
悩ましい表情のユンに、容赦なく現実的な突っ込みをキースがしてくる。
「そりゃあ、年々劣勢になってきているからな。王も必死なんだろ。無茶な徴兵制のせいで、国全体が痩せ細っているのにも気づかない有様だしな」
「えっ、セルーンが劣勢なんだ!?」と驚く可憐へ頷くと、キースは改めて現在の世界情勢を彼に伝える。
現在最も侵攻を広げているのはクルズ王国。
二番手は意外にもイルミ国だ。
最長老の話を聞く限りでは、戦争に飽き飽きしているはずだったのだが。
ワ国は防衛に必死で、侵攻を広げるどころではない。
従って、今の時代に覇権を争っているのはクルズ・イルミ・セルーンの三国となろう。
クルズは数にものを言わせた騎士団が主戦力だ。
イルミは余所にない魔法の種類が豊富である。
セルーンの長所は機械文明だが、年々、それを扱える兵士は激減している。
五十の雁首を揃える海軍にしても、数だけが多い烏合の衆だとキースに説明されて、ポンコツ呼ばわりされている海兵がそれを言うのは、どうなのだろうと可憐は密かに考えた。
「パーフェクト機械王を倒したければ、先にワ国との和解を済ませてきてはどうだ?イルミ・クルズ・ワの戦力を集結させて決戦に挑むといい」
「けど……」と、可憐の悩みは、まだ尽きず。
「けど?」と促してきたカネジョーを見て、彼は尋ねてきた。
「俺達を外に逃がしたりしたら、君達は罰されるんじゃ?」
「ま、よくて投獄、悪けりゃ死刑だろうな」と、カネジョー。
あっさりな答えにポカンとなる可憐に、「今更何を言っている?」とキースの突っ込みも入る。
「俺達は任務を放棄しようとしているんだぞ?お咎めナシなわけがあるまい」
なら、協力は辞めるべきではないのか。
そう言おうとした可憐の鼻先に指をつきつけて、キースは不敵に笑った。
「無論俺達も、お前らについていく。軍なんて、せせこまい場所に収まるよりも大仕事が待っているんだろう?お前らの旅には」
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