第九小隊の目論見
これまでの会話を盗聴されていないかと不安がる可憐に、キースの突っ込みが追いかぶさる。
「俺がそんな真似を許すと思うか?」との事であり、盗聴器の類は初日に全部潰したそうだ。
セルーン軍は誰も信頼ならないと説明され、なるほどなぁと可憐は妙に納得したのだった。
キースのようにフリーダムな部下を持ったアナゼリアも、気の毒に。
だが、そのフリーダムな兵士がやる気になってくれたおかげで、ここを逃げられるのだ。
大尉の注意を逸らすのは、ユンがやる。
ユン一人に任せて大丈夫なのか?と尋ねるクラウンへは、キースが意味ありげに笑う。
「巨乳大尉が俺達ミソッカスに寛大なのは何故だか判るか?大尉はな、ユンの嫁の座を狙っているんだ。俺には判る。それもユン自体が魅力なんじゃない、ユンの家柄が魅力的なんだ」
自分でミソッカスと言ってしまっては身も蓋もない。
ともあれ、ユンに好意を持つ大尉にユン本人をぶつけるのは正攻法だ。
大尉を上手く誑し込んで、睡眠薬を一服盛る。そういう作戦になっていた。
よくナナが許可したなぁと思いつつ、可憐はキースへ尋ねた。
「俺達は何をすればいい?」
「いや、お前らは何もしなくていい。足は俺達の艦がある。ユンが無事大尉を寝かしつけた後は、一気に逃走だ」
戦艦は、どれも同じ性能の量産型だ。出足が早ければ絶対に追いつかれない。
しかし逃げ出す際、途中の道で兵士に取り囲まれたら?
心配するクラウンには「そん時は援護攻撃してくれ」とカネジョーが請け合った。
セルーン軍には銃器がある。少数だが、暗殺者や術師もいる。
しかし、奇襲されるのには慣れていない。
囲まれる前に攻撃して、怯ませてやればいい。
暗殺者は実戦経験皆無な者も多いと聞かされて、クラウンは微妙な気持ちになった。
己の暗殺者としての経験を振り返るに、クルズは激務だった。
地方の反逆者を倒しに出向いたり、城に忍び込んでくる逆賊退治が主な仕事であった。
実戦皆無で暗殺者が務まるのか?と問えば、カネジョーは、ひらひらと手を振る。
「オメーの国じゃどうだか知らねーが、セルーンは内陸まで攻め込まれるなんての、俺が知る限りじゃ一度もねーし、王家に牙を剥くような奴も、城までは来ねぇ。だから内陸にいる奴らが戦った事ねーってのも、当たり前っちゃ当たり前だろ?」
今回、相手は内陸の人間ではない。追っ手となるのは海軍だ。
海軍の武器は銃が基本だから、撃たれる前に懐へ飛び込んで一撃決めるしかあるまい。
願わくば、誰にも気づかれないうちに脱出したいものだ。
いつ実行するのかと可憐が尋ねると、キースの答えはキッパリしており。
「明日だ」と言われ、さすがに二人とも動揺する。
「えぇ?明日?早すぎない??せめて一週間後とかさぁ」
だが、キースには一蹴されたのみだ。
「フッ、これだから素人は困るというんだ。日が経てば経つほど警備網は濃くなる。それに今は俺達がお前らを保護しているが、いつ大尉の気が変わるかも判らん。内陸に連れ込まれたら、誰もお前らを救出できなくなるだろう」
エリーヌとドラストは政治利用され、他の者は魚の餌だとも言われ、可憐は驚愕する。
なんとなく全員助かるのではと楽観的に物事を見ていた自分の甘さを、再確認した。
「それにしても」と可憐の目はユンを見つめ、ポツリと呟く。
「ミソッカスでも許される家柄って、なんなんだ?どうして、そんな家柄の長男が下っ端階級に留まっているんだ」
親のコネが使えるんだったら、可憐なら、もっと上を目指すだろう。
少尉大尉なんて生易しい、いっそ海軍の総隊長ぐらいにまでは。
「オイ、お前がミソッカスと呼ぶな」
幾分機嫌を害したキースに窘められ、可憐の疑問には本人が答えた。
「ウランブルド家は、セルーンの王が生身だった頃からの忠実な側近配下だと聞く。その縁があるせいで父も俺も、軍属を逃れられなかった……」
本人は昇進どころか軍属自体、なりたくなかったようだ。
一番軍人を辞めたいと思っているのが、まさかの小隊長だったとは。
「ともかく、だ。睡眠剤は既に完成している。ユンが巨乳大尉に飲ませた後は、速やかに小隊艇で脱出する。船は海軍専用ドッグに停めてあるから、そこを突破するには、こいつを使う」
キースが、ごそごそ取り出してきたものを見て、可憐とクラウンは、あっとなる。
なんと、爆弾だ。それも、やたら大きい。
「こんなの至近距離で爆発させたら、俺達も危ないんじゃあ?」
おたつく可憐に、キースはニヤリと不敵な笑みを浮かべる。
「と、思うだろ?そこが狙い目よ」
手に取って、じろじろ眺めていたクラウンが呟いた。
「……導火線が見当たらないようだが。フェイクか?」
「その通りだ」と満足げに頷き、キースはクラウンから爆弾を取り上げた。
「これを投げるぞ投げるぞ爆破するぞ!と脅しに使ってやるんだ。爆弾を撃てば大爆発、なんてのは軍にいりゃ〜誰でも知っているからな」
持ち場を離れて逃げ出すようなら好都合、逃げ出さないなら、お前の出番だと言われてクラウンはコクリと頷いた。
元より、道は自分が切り開く予定でいた。
最悪、エリーヌとミルとドラストと可憐。この四人だけでも逃がせれば上々だ。
だが――ちらりと可憐を盗み見て、クラウンは独りごちる。
この優しい異世界人は、きっと誰の犠牲も望まないであろう。
逃げる時は、全員一緒に脱出だ。
計画実行は明日。
というのはミル達も聞かされていたのだと、可憐は夜、夢の中で知った。
「そりゃ誘ったのは、こっちだけどさぁ。迅速すぎるよね」
ミルは率直な愚痴をこぼし、苦笑する。
「十八番を取られて悔しかった?」
可憐がからかえば、ミルは、かぶりを振った。
「もっと入念に準備するのかと予想していたんだ」
ともあれ走り出した計画を止める気は、ミルにもない。
こういうのは勢いが大事だ。相手がやる気になっている今こそが脱出のチャンス。
セルーン王と面会できなかったのは残念だが、王を知る地元の人間が声を揃えて言うのだ。
王は、他国の人間と話し合う気が断じてないのだと。
イルミに魔物を放ったのはアナゼリア大尉の仕業だとも判明している。
正確には、彼女の直属部下が実行犯だ。
現状では、それらを打破することも、ままならない。
すごすご負け犬の如く逃げ出して、ワ国に協力を求めろと提案された。
クルズ皇帝を何とか出来たのは偶然に近いと第九小隊から突っ込まれ、ミルも渋々認めた。
今の段階では、セルーンとの和解は無理だろう。王に会うことすら出来ないのだから。
それにセルーン以外が戦争をやめてしまえば、セルーン王も話を聞く気になるのでは?
ポンコツと呼ばれている割に的確な突っ込みの第九小隊にミルは感心し、彼らの評価を改めた。
彼らを仲間として迎え入れる件についても頷いたのであった。
「ボク達はモンスターだって仲間にしちゃっているからね!今更怖い物なしだよ」
「そういや、そのクラマラスなんだけど」
可憐は脳裏にモンスターらの姿を思い浮かべる。
黒い羽根の仲間は海で攻撃を受けた際、散り散りになって別れたっきりだ。
「あぁ、ボク達が撃沈された時には見当たらなかったね。まぁ、生きているとは思うよ?」
脱出時に呼べば、戻ってくるだろうか。彼女達にも陽動を頼みたい。
「今は、いない仲間よりも、いる仲間に期待しよう」
ミルに思考の切り替えを要求され、可憐も仕切り直す。
「そうだね。何もしなくていいって言われたけど、クラウンは援護攻撃に回るってさ」
「そのほうが確実だろうね。ボクも魔法で援護する予定だよ」
「えっ、それは」
思わず不安が声にもれてしまい、夢の中でミルには怪訝に睨まれてしまう。
「なんだよ。火炎魔法は絶大だぞ?こと、銃器を持つ相手にとっちゃ」
大爆発に巻き込まれるのだけは、遠慮したい。
その辺、ミルも多少は手加減してくれるだろう。できると思いたい。
「ユンが大尉を誑し込んで、彼が戻ってきたら一路逃走。よし、明日は頑張って逃げよう、可憐」
頑張って逃げるとはおかしな話だが、ミルの言うとおりだ。
セルーンから死に物狂いで逃げなければ、世界平和の道も閉ざされよう。