セルーン脱出計画

ここを脱出する。
言うのは簡単だが、実行は難しい。
可憐達が拘束されているテント周辺には、第九小隊の面々がいる。
彼らは必ず三人体制で見張りとして起きていて、夜も朝も隙がない。
つまり、ここを抜け出すには第九小隊の全員を味方につけないと駄目だ。
キースは案外、思考が庶民派だから説得できそうな気安さがある。
いや、説得するよりもフォーリンの巨乳で誘惑すれば一発で落ちそうだ。
だが可憐がキースを勧誘した時、カネジョーには滅茶苦茶圧をかけられた。
彼は真っ向からの説得では、耳を貸してくれない恐れがある。
貧乏で軍人になったと言っていたから、金をどこかで入手できれば説得も可能だろうか?
最難関はユンだろう。
彼の家は代々軍人だそうだから、カネジョーよりも弱点がない。
駄目だ。
早々に策を諦め、可憐は寝そべったまま、寝ぼけ眼で天井を見上げる。
こういう時こそスカウトマンたる自分の出番かと思ったのに、何も出来そうにない。
大体何故、ミルは自分をスカウトマンに任命したのだろう。
誰もを魅了する笑顔だけで決定したのだとしたら、ミスチョイスと言わざるを得ない。
昔よりは他人と話せるようになったとはいえ、可憐の本質は何も変わっていない。
人見知りで内気、そして臆病でもある。仲良くない相手と話すのは難しい。
二十年近く、そうやって生きてきたもんだから、今更変えようがない。
それでも、ミルがスカウトマンをやれと言ってきた時には、多少嬉しかったりもした。
初めて誰かから与えられた役目だ。仕事と言い換えてもいい。
そうだ。簡単に諦めて、どうする。
何のために異世界転生してまで、生まれ変わったというのか。
新しい人生を始める為じゃないか。
いつまでも昔を引きずっている場合ではない。
昔の自分は、もう死んだ。
今いるのはサイサンダラに永住すると決めた、新・可憐である。
いつ、自分の中の殻を破るの?今でしょ!
どこぞの予備校の先生を脳裏に思い浮かべながら、可憐は起き上がる。
「おはよう、カレン。よく眠れたか?」と挨拶してくるクラウンへ、話しかけた。
「あのさ、クラウンは自分を変えようって思った事、ある?」
唐突すぎる質問、それも人生相談にクラウンはキョトンとなったが、割合すぐに答えを返してきた。
「……ある。何度も、あった……だが、変えられたことは一度もない」
暗い瞳で答えるクラウンに、何を思ったか可憐は彼の両肩を掴んで引き寄せる。
距離の近さにキョドる相手など、お構いなしに励ました。
「そんなことないよ!クラウンは俺と最初に出会った時よりも、ずっとフレンドリーになったと思うよ」
「そ……そうだろうか」と伏目がちな友人に、力強く頷いてやる。
「うん。だって最初は壁に寄り掛かったりして斜に構えた話し方だったのに、皇帝を改心させたら俺に抱きついて泣いたりして、めっちゃ距離が近くなったじゃないか。まぁ、その前にもシコシコの件あたりから、君の本当の姿が見えたというか」
輝く笑顔で己の恥ずかしい行動を嬉々として語られては、クラウンも、たまったものではない。
「も、もう、いい……やめてくれ……」
顔から火が出そうなほど頬を赤く染めて俯くクラウンに、横手から助けが入る。
「皇帝を改心させただと?随分、面白そうな話をしているじゃないか」
変態眼鏡こと、キースだ。いつの間に可憐達のいるテントへ入ってきたのか。
「皇帝というのはクルズの皇帝か?」
「うん」と素直に頷き、可憐は、さくっと簡単にまとめてやる。
「エリーヌ姫に皇帝を倒そうって勧誘されて、それで仲間になって、お城に行って、皇帝を操っていた大臣をミルが倒したんだ。そしたら、皇帝の洗脳も解けたってわけ」
えらい雑にまとめた説明であったが、キースの関心は洗脳に向けられた。
「ほぉ、クルズの皇帝は洗脳されていたのか。それで戦法がおかしかったのか、納得だぜ」
「戦法がおかしかった?」
可憐がオウム返しに尋ね返すと、キースはウムと頷き、ここ近年の海軍事情をあげる。
「攻め負けるかと思ったタイミングで撤退されたり、予想以上に攻め込んでこなかったりで、何を考えているのか判らず、こちらも思い切った策に出られずにいたんだ。だが、セルーンの誰かが潜り込んで皇帝を操っていたのだとすれば、納得がいく」
「どうしてスパイがセルーンの人だって判ったの!?」
仰天する可憐にはクラウンとキース、双方の突っ込みが入った。
「お前、俺を馬鹿にしているのか?セルーンに有利な戦法であれば、セルーンのスパイが入り込んだと考えるのは当然だろう」
「カレン……これだけあからさまな戦法であれば、最前線で戦う者には察しがつくはずだ」
「えぇ?でも皆は、すぐにはセルーンのスパイだって判らなかったじゃん」
なおも反論する可憐は、キースに険しい視線で睨まれて委縮する。
「敵の戦力も見えていなかった、お前のオトボケ仲間と俺たち軍人を一緒にするな」
軍人は、どうも苦手だ。
すぐ怒るし、メンチを切ってくるし。前の世界のヤンキーと大差ない。
「俺達には外の戦況が判っていなかった。なら、どこの差し金か判らなくても致し方がない。俺も……国境を越えた先に出たことは、なかったのでな」
そう言って、クラウンが項垂れる。
彼は国王の懐刀として暗殺者をやっていた。
常に国王の傍にいなければいけない職ならば、国の外を知らなくても当然か。
「まぁ、しかし」とキースが話題を切り替えて、二人の顔を見渡した。
「そいつは捕まったんだろう?お前らが国を出てこられたってことは」
「まぁね。俺達が国を出た時は尋問裁判中だったみたいだけど、もう処刑されたんじゃないか」と可憐が推測を話す横で、クラウンが訂正を入れる。
「カレン、クルズに死刑はない。偽大臣は国外追放の刑が妥当だろう」
クルズの国外追放刑は両手ないし両足の骨を粉々に砕き、全財産を没収する。
考えようによっては、ギロチンで首を刎ねられて死ぬよりも残酷な刑罰だ。
「ほぅ、クルズには死刑がないのか。お優しいことだ」
キースは腕を組んで聞き入っている。
「大臣がスパイか?そいつの名前は」
「えーと……確か、イリュータ、だっけ?」
可憐が、うろ覚えの記憶を総動員して答えると、再びキースは「ほぉ!」と感嘆の声をあげた。
「知っている人物なのか?」とのクラウンの問いに何度も頷き、口元には笑みを浮かべる。
同胞が重たい罰を受けたにしては、奇妙な反応だ。
「知っているぞ、巨乳大尉の愛人にして国王直属配下の暗殺司令じゃないか!しばらく姿を消したと聞いていたが、そうか、クルズに出向していたのか。ふん、だが野で、のたれ死んだとなれば万々歳だ。奴はセルーンの汚点だからな」
えらい嫌われようである。
そこまで汚物な感じでもなかったけどなぁと可憐は首を捻りながら、キースに尋ねる。
「暗殺司令って?暗殺者の親分みたいなもの?」
「あぁ、違う違う、暗殺司令ってのは、暗殺者を育成する教官だ。だが、あいつは女ばかり依怙贔屓するってんで皆にも嫌われていたんだ。しかし死んだのならば、今後はボインちゃん達も安心して暗殺者になれるというものだな」
安心して暗殺者になるというのも、これまたおかしな話であるが、母国での偽大臣は下級兵士の悩みの種であったようだ。
何故、偽大臣はクルズの騎士団を女性だらけの暗殺部隊にしてしまったのか。
皇帝が改心した後も疑問に思っていたクラウンは、ここでようやく納得に至ったのだった。
要するに奴は、ただの女好きだった。それだけだ。
「そっかぁ、昔から女好きだったのか」と、可憐も納得している。
「だからってヒゲおばさんが騎士団隊長は、ないよね」
「ヒゲおばさん?なんだ、そりゃ」
首を傾げるキースに、可憐は内情を説明する。
「あー、うん。団長はクルズ人だったんだけど、ヒゲの生えたオバサンだったんだ」
敵兵相手に少々しゃべりすぎではないかとクラウンは懸念した。
だがキースも、かなりの内情をしゃべっているからオアイコであろう。
キースの口の軽さにも、クラウンは驚いていた。
海軍の動きは本来なら庶民、ましてや敵国の人間になど話すべきではない。
先ほどは偉そうに軍人を誇っていた割に、守秘義務たるものが欠片もない。
「そうか、それでヒゲおばさんか。セルーンじゃ、そんな女は見かけないが……クルズには面白い生き物がいるんだな」
「キースは他の国に出かけたことってないの?」
だいぶ会話が弾んだおかげで可憐はキースに気を許したのか、気軽に話しかけている。
ちょっと前まではヤンキーだのと怯えていたのが、嘘のように。
「ないな」
首を真横に振って、キースも気さくに笑う。
「俺たちの休暇は国内に限定されているからな。それに、国境の外に出れば他国の軍人に襲われて命を落とすだけだ。わざわざ危険を冒してまで、他国旅行なんぞする奴の気がしれんぜ」
「あ、いるんだ。他国旅行する人」
するとキースは可憐を指さして、こう言った。
「何を言っているんだ?お前らが、まさにそうじゃないか。この、他国旅行者めが」
そういえば可憐達の旅の目的を、まだセルーンの人々に話していなかったような。
巨乳大尉は自分の話を進めるばかりで、こちらの目的を聞いてもこなかった。
言うなら、気安く話せている今しかない。
――だが。
言いだそうとして、可憐は寸前で思いとどまる。
昨夜、夢の中でミルが何か忠告していなかったか。
いい作戦があるから、可憐は迂闊に動くなとか、何とか。
まずは、ミルの作戦が終わるのを待ってからにしよう。
可憐はぐっと我慢し、後はキースが語る上司の悪口を聞き流しながら一日を過ごした。
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