遠隔内緒話

夜は見張りの目がなくなる。
その代わり外出も禁じられるので寝るしか、やることがなくなる。
ベッドなんて気の利いたものはなく可憐とクラウンに渡されたのは粗末な寝袋であったが、疲れていたこともあり可憐は、ぐっすり眠りについた。

「――ねぇ可憐、そのままでいいからボクの話を聞いて?」
夢の中で揺り起こされ、可憐が眠たい目をこすると。目の前には、ミルがいた。
「ボクと君との間で仕入れた情報を交換するには、この方法しかないみたいだ。だから、君が寝ている間にボクが入手した情報を伝えておくね」
これは夢なのだと、彼女は言う。
夢の中で夢だという認識があるとは、不思議なものだ。
ぼんやり頷く可憐に、ミルは伝えた。
監視役の女性兵士から聞いた、セルーン事情を全て。
一通り聞いた可憐に判ったのは、この国には自由がない――という結論だった。
服のデザイン一つを決めるのにも、王の許可がいるらしい。
製造した機械や料理は、全て王にレシピを提出しなければいけない。
特に機械分野の管理は厳しく、国に内緒で兵器なんぞ作ろうものなら、速攻で縛り首だ。
軍にしたって、何かを決めるには王の判決を必要とした。
人質交渉に最低でも一ヶ月以上かかると言っていたのは、そういうことなのだ。
王の判決を待つだけで、一ヶ月以上を要する。
各国へスパイを派遣したのも、海軍を強化したのも、王の決断だ。
セルーンとは、王一人に徹底管理された独裁政治国家であった。
「何者なんだ、セルーンの王様って」
可憐の呟きに、夢の中のミルが、かぶりをふる。
「そこまでは、ボクにも判らない。けど、たった一人の人間が出来る仕事の範囲を越えているよね」
働いたこともない可憐に振られても困るのだが、彼は一応頷いておいた。
「普通国政ってさ、何人もの配下が王様と一緒に会議したりするもんじゃないの?全部王様に任せっきりじゃ、そのうち王様もノイローゼで倒れるんじゃあ」
「そうだよ。けど、この国の大臣達は事実上、全員使いっ走りと同等みたいだ。何を決めるにも、そう、政治の方向も最終判断を王様に委ねている……大尉って呼ばれていた女の人がいただろ?多分、第七艦隊の艦長だと思うんだけど。あの人も国というシステムの中じゃ、下っ端兵士と同じネジの一つでしかないんだ」
では変態眼鏡が大尉に敬意を払っていなかったのも、そうした理由か。
少し考え、可憐は間違いを改める。
違うな。無礼講なのは、あの変態眼鏡だけだ。
全員がそういう意識であるならば、誰を王様ヒゲと呼ぼうが誰も気にしないはず。
「君達も、あの変態から何か情報を聞き出したんだろ?聞かせておくれよ」
ミルに催促されたので、可憐も伝えた。キースやカネジョーから聞き出した内情を。
この国は海軍に戦力を極振りしてしまっているが為、陸軍と空軍が弱い。
人質交渉で、陸と空の領土を塗り替える予定ではないかと彼らは予測していた。
可憐達おまけを殺さないのは人質両名が先走って自死したりしないよう、精神を落ち着かせるための対策だ。
無論、交渉に失敗すれば全員が処刑される。
下級兵士は皆、戦争に否定的だ。
大金さえあれば、すぐにでも軍隊をやめたい意志が見え隠れしている。
「一人だけエリートっていうか代々軍人家系みたいなのがいるんだけど」と、可憐。
ミルも頷き、自分の得た情報と照らし合わせる。
「あぁ……それはボクも聞いたよ。ナナって子の家だろ?あの子は優秀な血筋を残すために、ユンの家に引き取られたんだって」
「え?じゃあ、ナナちゃんはユンのフィアンセなの?」
首を傾げる可憐には訂正する。
「違う違う、ユンはユンで長男として先に生まれていて、ナナは別の優秀な家系と組み合わせる、いわば政略結婚の苗床として選ばれた義娘なんだ」
「え!?そんな非道的なのが、サイサンダラじゃ許されているんだ!?」
驚く可憐に、ミルは少しばかりバツの悪そうな表情を浮かべる。
「そうだね……クルズでも一部の御貴族様にある悪しき発想だよ、これは。けど、実家が貧しいばかりにナナは人身御供になるしかなかった」
カネジョーも実家が貧乏だから軍人になったそうだし、一般家庭は貧乏人だらけだ。
なのに軍隊は五十もの艦隊を揃えられるほど潤っている。
国税で資金を吸い上げたおかげだろうか。
セルーン国は、どこか一箇所を突いただけでも全てが決壊しそうな危うさだ。
突くとすれば、やはり貧乏な一般家庭層が狙い目であろう。
「じゃあ、ナナちゃんは、もう、誰かの人妻に……なんてこった。俺より若いのに、政略結婚でオッサンなんかの嫁に……」
至極残念そうに呟く可憐にはジト目を向け、ミルが突っ込んでくる。
「それは心配しなくていいよ。ユンが結婚を阻止してくれたそうだから」
「ユンが?」
「そっ、ナナが言うにはユンが必死になって政略結婚を止めてくれたおかげで、軍隊に入るか進学するか就職するかの自由が開けたんだって」
自分は親の言いなりで軍属になった割に、義理の妹には、えらく心を砕いたものだ。
いや、自分が言いなりになるしかなかったからこそ、妹だけでも救いたかったのか。
だが結局、ナナは軍属を選んでしまった。政略結婚より最悪な未来だ。
「ユンはまぁ、男だから仕方ないとして……ナナちゃんは何で軍に?お兄ちゃんが軍属だったから?」
「その通りだよ。よく判ったね、可憐」
驚くミルに、可憐は何度も頷いてみせる。
「そりゃあね。義理の兄妹なら、そうなんじゃないかと」
可憐が前の世界で見ていたラノベアニメでも、そういう設定の義兄妹は鉄板であった。
大抵は妹が兄に恋心を持ち、兄もいつしか妹が気になり、最後はラブラブになってベッドイン。
血の繋がっていない兄妹だからこそ、くっつくのはアリだと可憐は思っている。
リアルの兄妹がくっつくのは、近親相姦になるのでアウトだ。
近親相姦は奇形が産まれやすいと聞いている。本当かどうかは判らないが。
しかし、もし可憐に美人で巨乳の、可憐にだけは優しい実のお姉さんがいたら?
或いは姉弟のラインを越えてしまうかもしれない。
もちろん姉は可憐にだけは優しいから、頼めば胸枕だってしてくれるに違いない。
いいなぁ、そういうお姉さんが欲しかった。
可憐のキモオタ妄想は留まることを知らなかったが、その間、ミルはミルで自身の考えをまとめるのに没頭していたようだった。
しばし夢の中では静寂が続き、ややあってミルが会話を再開する。
「ボク達がセルーンで生き残るには、まず、ここを脱走しなきゃいけない。そして、セルーンの貧困層を味方につけよう」
先ほど可憐が考えたのと、大体同じ方向性にミルも行き着いたらしい。
だが現実問題として、ここをどうやって脱出する?
可憐がミルに尋ねると、彼女はニッコリ笑って答えた。
「ボクに考えがあるんだ。脱出日時が決まったら、また夢の中で教えるよ。それまでは、そっちのテントで大人しくしていてくれるかな?」
「一体何をやる気なの?」と心配する可憐にも、ミルは何故か詳細を教えてくれず。
「駄目だ。それを此処で言っちゃうと、君がうっかり口を滑らせてボクの作戦を台無しにしてくれる可能性があがるしね」
何度も他人のプライベートで口を滑らせていたせいか、全く信用されていない。
「安心してよ、危険な真似はしない。ちょっと、いつものボクじゃないボクを演じるだけだ」と、ミルは言う。
いつものミルじゃないというと、かわいこぶったりするのであろうか。
それはそれで見てみたい気もするが、女子捕虜との接触は禁じられている。
心の内で沸き上がる好奇心を何とか抑えつけると、可憐は頷いた。
「判った。じゃあ、くれぐれも気をつけて」
「うん。そっちも迂闊な発言で兵士を怒らせて、死んだりしないようにね」
ポイズン発言を聞きながら、可憐の意識は薄れてゆく。
本格的に眠くなってきたのだな、と夢の中で考えながら、可憐は深い微睡みの中へ。

真夜中になっても全く寝付けず、クラウンは何度目かの寝返りをうつ。
傍らではチャックを閉めた寝袋の上に大の字となって、可憐が豪快なイビキをかいていた。
寝袋の使い方が間違っているのに、よく熟睡できるものだ。しかも敵地で。
前から思っていたのだが、可憐は敵に対する緊張感や敵意そのものが絶望的なほど低い。
一体どういう世界で暮らせば、ここまで無防備な人間に成長するのであろうか。
顎に垂れた涎を寝袋の端で拭いてやると、クラウンは、しみじみ可憐の寝顔を眺める。
寝ていても天使度は損なわれず、否、むしろ寝ている時のほうが天使度は高い。
天使度というのは、御伽話に出てくる天使の如し麗しさだ。
魂と容姿双方に恵まれた者を、これまでの人生でクラウンは一人も見た覚えがない。
声にも張りがあり、どこをとっても完璧なのに、前の世界では孤独だったと本人は言っていた。
敵意がないのは、争いのない平和な世界だったのだと予想できる。
しかし、そんな世界にいながら孤独で過ごすというのは――矛盾している。
争いが起きないのであれば、誰かが誰かを蔑む世界にも、ならないはずなのだが……
おまけに可憐には、これといった欠点がない。
厳密に言うと性格に多少の難はあるが、全体で見れば大した欠点でもない。
どうして、孤独だったのか。
これまで、どんな人生を歩んできたのだろう?
いつか、自分にも話してくれるといい。
そんな期待を込めて寝顔を眺めていたら、可憐が突如パチリと目を開けるものだから、クラウンは死ぬほど驚いた。
「かっ、カレン。起きたのか?」と尋ねても、可憐はウンともスンとも言わない。
真顔で、しかも目は何処にも焦点があっておらず、誰の目にも不自然だ。
もう一度「カレン」とクラウンが声をかける前に、可憐はバタンと寝袋の上に倒れ込む。
「カレン、カレンしっかりしろ!」
慌てて揺さぶってみれば、再び豪快なイビキが聞こえてきた。
起きたと思ったのは一瞬で、あっという間に眠りこけてしまったようである。
起きたとするのは正しくない。今のは明らかに様子が、おかしかった。
まるで何者かによる遠隔操作――の実験、のようでもあった。
即座にクラウンの脳裏に浮かんだのはミルないしドラストの姿であったが、彼は緩く頭を振る。
あの二人が可憐を操ったとして、何の利がある?
それに、あいつらなら可憐を操るよりも自ら魔法をぶっ放すだろう。
もし誰かが邪悪な意志で可憐を道具に仕立てようとしているのであれば、全力で阻止せねばなるまい。
結局一睡もすることなく、クラウンは夜通し可憐を見張るのであった。
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